『ソード・オブ・ネメシス』

主なキャラクター:ロックアイザックニムバスヘルガトラウトマンニエミネンハンザソニアアミナハインズマン、サルキンド、ユージン・バーダル、ファン・エステベス、ニコルソンハシェットジャフィット

 「生きている岩」を研究していたハンザ博士が研究所ごと謎の消滅を遂げ、博士の友人だったロックはその捜査に乗りだす。一方海賊キャプテン・ニムバスを追っていたISCのアイザック・ヨシノ長官はニムバスの船「ネメシス」が目の前の惑星ごと消えるという異常事態に遭遇する。連邦のサルキンド将軍を通じてこの件への助力を頼まれたロックはハンザ博士の消滅と共通するものを感じ、ニムバスが消失直前に用いた特殊な操船法「ハインズマン・ステップ」の生みの親である80年前に死んだはずの軍人ハインズマン大佐の事跡について調べ始める・・・。


 伝説の『超人ロック』第一作『ニンバスと負の世界』をリメイク。シリーズ中でも屈指のキャラクター数の多さながら、彼らを巧みに動かして『ロック』シリーズ最大の〈人類の危機〉をクールかつスリリングに描いたハードSF作品。

 加えて、ここで歴史上のターニングポイントというべき大きな出来事が二つ起こっている。一つは「ISC」(独立星間コマンド)の発足。発足自体は年表によると30年ほど前の話だが、その存在及び活動が描かれたのは本作が初めて。サルキンド将軍言うところの「旧態依然の肥大した今の連邦軍」では即時に対応できないような事件─たとえば海賊の逮捕などに目覚ましい功績を挙げているという。連邦軍の重鎮らしきサルキンド将軍とISCのアイザック長官が密接なパイプを持ち、ISCが連邦から人員や装備を借り出したりしていることからして、一応連邦軍とは別組織ながらも半ば子会社的な存在のようである。連邦軍上層部の腐敗とそれに伴う弱体化はすでに前作『聖者の涙』で描写されているところで、連邦軍に変わる有能かつ理想を持った若い組織が誕生したのは必然と言える。

 ただ『聖者の涙』時点では明確に敵対はしてないものの、新連邦の母体となったSOE時代以来の蜜月が嘘のように連邦と没交渉状態になっていた(でなければ「聖者の涙」をあんな非合法手段でなく堂々と流通させることができたろう。脳にターミナルを植え込むシステムを連邦が認めてなかったとはいえ、そのつもりがあれば特例は作れたはずである)ロックが、今作では連邦と再び良好な関係を保ち、連邦とISCの優先ID、有名な研究所の名誉会長の肩書などおよそ可能な限りの特権を認めてもらっている。内部の腐敗が進んでいた時期はロックと距離を置いていたらしい連邦が再度彼と協力的な体制を築いているのは、低予算や軍人の質の低下といった問題を抱えながらも、一時期のように上層部が麻薬組織と繋がっているようなモラル崩壊状態からは大分立ち直ってきた証と見ていいのではないか。

 今回連邦軍は将軍の判断のもとアイザックを何かと援助する役どころを果たしていて、欲得ずくで動く場面や将軍が嘆いたところの「軍人の質や士気の低下」を思わせるところはまったくない。それどころかトラウトマン大尉を筆頭に優秀な人材しか出てきていない印象である(むしろ〈人は良いが能力に欠ける軍人〉はISCの人間として登場してきている)。『聖者の涙』では全銀河規模で汚染が拡大していた麻薬とスラムの問題が今作で一切触れられてないことからして、アフラの組織が壊滅した後に麻薬はゼロではなくとも社会問題にならないレベルまで衰退したのだろう。それに伴いアフラの組織から利権を得ていた人間も影響力を失って、それが連邦軍のモラル面での浄化に繋がったのではないか。リサ、イセキ、ルイーズらの努力が実ったのだと思うと、何だか嬉しくなってくるのである。

 もう一つの大きな出来事とはもちろん「生きている岩」の研究を通して「第三波動」が発見されたことだ。この第三波動によって巨大化するブラックホールとでもいうべき「むこうの時空」が作り出され、それがこちらの時空を急速に浸食してやがては人類が滅亡するかという非常事態を引き起こされたわけだが、歴史的な意義としてはこの〈人類滅亡の危機〉よりもこの第三波動を利用した門(ゲート)の誕生─正確には「門」およびそれを利用した「超空間ハイウェイ」の〈構想〉が誕生─したことの方が大きいだろう。

 しかしすでに「岩」によってニムバスが作り出した「むこうの時空」に惑星トルが呑み込まれISCの艦隊も壊滅するという大惨事が起こり、なおも膨張を続ける「むこうの世界」に打つ手なしという状況の最中に、「岩」の力を応用した「門」の構想を楽しげに語るハンザ博士もかなりアレだよなあ。ついこないだ「岩」のせいで(本人は自覚してなかったとはいえ)研究所ごと異空間に閉じ込められるはめに陥ったばかりで「岩」の危険性は肌で知っているはずなのに。

 個人的には、今読むとこの「門」にはつい原発を重ね合わせてしまう(ちなみにリメイク元の『ニンバスと負の世界』にはハンザ博士がプシ陰線=第三波動のことを「原子力以来の大きなエネルギー」と評する場面がある)。本作の続編『オメガ』で実証実験段階だった「門」がテロリスト(ヤマト)によって暴走したり(ロックがいなければ大惨事だったろう)、連邦に隠れて一企業が研究を進めていた「門」がこれまたテロで暴走してあわや星ごとふっとびかけたり(ロックがいなければ本当にふっとんでいた)、「門」が便利なのはわかるけどこんな大きなリスクを冒してまで実用化する必要あるのか?従来のHD(ハイパードライブ)でいいじゃないかと思わざるをえない。こんな事件が頻発しても研究が止まる気配も開発中止を訴える声もなく、復活したニムバス=オメガがゲートを利用して再度全人類を滅亡の危機に陥れる騒動の後しばらく実験は中断したものの、数十年後には無事実用化されるに至るのである。『闇の王』で触れられた〈銀河コンピューター復活計画〉もそうだが、本当に人間とは懲りないものだ・・・。

 それにしても一連の事件の発端である「生きている岩」とは何なのだろうか。「知性」や「意識のようなもの」を持っていると言われるわりに「岩」の意志らしいものは特に描写されず、単なる第三波動発生機に甘んじている。それならなぜ「知性」がある設定にする必要があったのか。・・・実はニムバスによる「こちらの時空」の浸食も「超空間ハイウェイ」も、全ては「岩」の手のひらの上で転がされてただけだったりして。何せ18万年以上生きているんだから、ロックをも上回る大古狸でもおかしくないんじゃあ?

 

 

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