『聖者の涙』

主なキャラクター:パパ・ラス(ロック)、リサホークイセキ、偽「超人ロック」、ルイーズガンダルフ、ソエダ、将軍

 

 惑星プラタ最大の都市プラタリアのスラムへ麻薬売買で一旗上げに来た青年ホーク・カザフは、「超人ロック」と名乗るエスパーの賞金かせぎ(ハンター)に殺されかけたところを地元の麻薬王パパ・ラスに救われる。パパ・ラスの右腕である美人医師リサ・メノンに特製の薬「聖者の涙」を打たれたホークは、そのままパパ・ラスのもとで働くように。

 一方ホークの行方を追っていた「超人ロック」は再びスラムに現れる。実は彼はパパ・ラスの商売仇ガンダルフからパパ・ラスの暗殺を依頼されており、ホークを襲ったのはパパ・ラスを引っ張り出すためだった。彼は計算通りパパ・ラスと対面するが、実は強力なエスパーだったパパ・ラスに逆に捕らえられ「聖者の涙」によって洗脳されてしまう。手中に収めた「超人ロック」の案内でガンダルフの隠れ家を訪ねたパパ・ラスは、ガンダルフを返り討ちにして彼の縄張りを乗っ取る。

 ガンダルフの孫娘ルイーズは祖父が「聖者の涙」を打たれて「引退」させられた事に憤りパパ・ラスを襲撃するがあえなく失敗。相手にされずあっさり見逃された事でかえって激昂したルイーズのもとへ連邦軍の少尉イセキが訪ねてくる。某惑星上の麻薬製造工場の所在を探るよう密命を受けていたイセキは、ガンダルフの持つ麻薬密売ルートを教えるようルイーズに迫り、代わりに彼女の仇討ちに協力すると持ちかける・・・。


 1988年の『少年KING』休刊以来、3年ぶりの記念すべき雑誌(今は無き『月刊OUT』)連載作品(雑誌連載以外でなら単行本書き下ろし形式の『ソリティア』とOVA『ロード・レオン』の付録マンガ『がんばれ!!!!キャリアン』がある)。個人的には『ロック』をリアルタイム(連載)で読んだのはこれが初めてだったので、その意味でも思い出深い作品です。

 しかし新規読者も多いこのタイミングでいきなりこんな問題作にして名作をぶっこんでくるあたり、さすがは聖先生(笑)。主人公はロックという名のエスパーであるはずなのに、「超人ロック」を名乗る男は未読の人にも知られている(だろう)ロックの絵とは顔も違えばキャラ的にも偽者くさい(ファンなら100%「こいつ偽者」と断言するレベルの偽者感)。加えてロックの顔をした男は別の名前を名乗っているうえ麻薬組織の親分という悪人としか思えないポジション。誰が主人公なんだか初読者は戸惑ったことだろうと思います。

 既読者にしてもパパ・ラスが何者なのか、なかなか判断がつきにくいところだったと思います(私がそうだった)。「超人ロック」を薬で洗脳してガンダルフの縄張りを奪うあたりまでは行動も喋り方も悪役ぽくて、およそロック本人とは思えない、何の目的でロックのマトリクスを使っているのか?マトリクスを使ってるわりに別人を装ってるのはロックの持つ超能力を手に入れるだけが目的だったから?といくつも疑問符が頭を飛び交ったものだった。偽「超人ロック」に本当の名前はロックだと名乗ってさえ、素直に本物のロックとは信じられなかったし。

 しかし仇討ちに現れたルイーズに最初は戸惑い、後には寛容な態度を見せたあたりから、だんだんに我々が知るロックらしい表情・言動が増えてゆき、最終的には死んだと見せかけてイセキを欺いた直後─一人称が「ぼく」に戻ったところで完全に彼がロックだと確信した。パパ・ラスが最もロックらしくなかった部分─麻薬を製造・売買していることについても、第一部ラストで「聖者の涙」の正体が明かされるに及んで「なんかロックらしいやり方だよなあ」と一応納得できたし。

 ロックがリサに「やり方が強引すぎるわ」とたしなめられる場面は、かつて『ロンウォールの嵐』でジュリアスから「君のやり方は強引すぎる」と批判されたことを髣髴とさせる。リサの言葉はガンダルフを無理やり(ガンダルフに近い人間からは洗脳・薬づけにしたとしか思えないような方法で)隠居させたことだけでなく、連邦の基準では非合法になってしまう治療薬を麻薬と偽って普及させようとする方法論を指している。人助けのためにあえて犯罪者の汚名を着て、急ピッチで事を進めるせいで同業者の恨みまで買ってしまっている彼は、穏健派のジュリアスを冷凍睡眠状態にして革命軍のリーダーの座を一時的に奪い、容赦ないやり方に反発した身内に暗殺されかけたリヴィングストン将軍時代のごとくで、ロンウォール独立以降は近しい人間がらみかよほどの大量虐殺でもないとそうそう動かなくなった(「ロック」の項参照)ロックには珍しい積極性を見せている。上で「一応納得できた」と書いたのはそこの部分で、旧連邦時代以前のロックとしては「らしい」行動だが旧連邦成立以降の彼としてはやや意外の感があるのだ。

 もっともよく見ていくと、これでもロックなりに随分遠回りして、慎重に事を運んでいるのがわかる。たとえば連邦が薬の製造元を探していると聞かされた後のホークとの会話。製造元をつぶされれば「聖者の涙」以外の薬はストップする、ヤク中みんなに行き渡るほど「聖者の涙」は大量生産できないから禁断症状に苦しむ患者が溢れることになる、彼らを全て収容できるような規模の施設はないから結局中毒者は粗悪な代替品に手を出すようになる──。この会話の時点では薬の製造元である「工場の星」はパパ・ラスのものであるかのようにミスリードされているが、第二部でガンダルフの背後にいる総元締め=アフラの本拠であることが明らかになる。第一部の終盤、イセキの追跡をかわすためにパパ・ラスは死んだことにした後ロックは「工場の星」に向かうが、本当なら4億人もの中毒者を生み出している諸悪の根源などもっと早くに破壊したかったろう。それをずっとせずにきた、麻薬の流通そのものを止めようとしなかったのは、中毒者全てを救える手段がない─治療薬である「聖者の涙」の生産量も更生施設の収容力も不十分な状況のまま彼らから麻薬を取り上げれば、彼らの大半をより苦しめるだけだとわかっていたからだ。「聖者の涙」の生産力が追いつくまではあえて「工場の星」を野放しにせざるを得なかった。第二部で描かれるようにアフラは麻薬の品質にはうるさい男である。アフラ管理下の麻薬が流通している現状の方が代わりに粗悪品が出回ることを思えばまだしもマシだったのだ。麻薬中毒者を救いたいと思いながら、その準備が整うまではホークのような「生きたいと思っている」人間から優先的に細々と救いあげることしかできなかった。さぞかし苛立たしくやるせなかったことと思うが、ただちに工場の星を破壊することをせずに時を待った。一見性急なやり方に見えても、ジュリアスを死んだことにして革命組織を実質乗っ取り、アルフレッド・クラウスを怒りのままに殺害した頃と同じ轍を踏んではいないのだ。

 ところで麻薬の治療薬を「聖者の涙」と名付けたのは誰なのだろう。私見では薬の開発段階からパパ・ラスの腹心だったろうリサではないかと思う。麻薬中毒者を救うために非合法行為を行わざるを得ない、それすら軌道に乗るまでは既存の麻薬を流通するにまかせ、新たな中毒者が増え元々の中毒者がより傷を深めるのを見過ごすしかない─そんなロックの顔には出さない苦しみを彼女は傍でずっと見てきたはずだ。「聖者の涙」とはすなわち、誤解も身の危険も省みずに人々を救おうとする聖者=ロックの人知れぬ苦悩の賜物という意味を篭めた命名だったのではないだろうか。

 

 

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