ラヒブ・イセキ

 

 『聖者の涙』登場。連邦軍情報部の少尉で強力なエスパー。初登場時の虎縞の襟巻きとポーズ、下まつげの長い二枚目顔から軟派な色男タイプと思いきや、命令遂行のためにはルイーズのような小娘を利用し半死半生の目に合わせることも躊躇しない冷酷さを見せる。だがその非情さが軍への忠誠心のゆえかといえば、「工場の星」をつぶすためにエージェントを派遣することを決めた─人選には関わらなかったらしくエージェントの責任者がイセキと知って驚いていた─「将軍」が「あまり派手なことをしてくれなければいいが」と不安視しているあたり、なかなかの問題児であるようだ。にもかかわらず彼にこの任務が回ってきたのは「正々堂々やれないから おれたちの出番がくるわけだ」という台詞が示す通り、部下たちともどもこうしたおおっぴらにできない仕事を請け負うのが彼の立場だからだろう。軍上層部には秘密の、正式ではないうえ危険を伴う任務という時点で、イセキに任務が振られたのは自然な流れだったのだ。

 忠誠心厚い模範的軍人タイプではないイセキが、〈命令を遂行する〉ことに対して絶対的なこだわりを見せるのはなぜか。それは「おれたちはプロ・・・だ」「「プロ」というのはな 何がおきても 任務を果たすことのできる連中のことさ」という台詞が示すように、プロとしての自負心のゆえである。上掲の「おれたちの出番がくるわけだ」の後に「おれたちはこれでも軍人だ 命令を受けたら それを実行する 私情ぬきでな」と続けることからいってもこの自負心が彼の冷酷さの理由であり、軍人としてのアイデンティティーを支えているのだ。

 イセキはパパ・ラスを追うことを命令に優先させた結果軍を脱走するに至るが、もし撤退命令が下ってなかったとしても彼は早晩軍を離れていたのではないかと思う。パパ・ラス=ロックへの憎しみという「私情」を抑えきれなくなった時点で、彼はすでに軍人としてのアイデンティティーを捨てたも同然だからだ。ロックとルイーズを始末し損なったまま帰還した時には、すでにロックに殺意を抱いているのは明らかながらも、まだしも「工場の星」の候補地に関するデータを持ち帰るという任務を優先させていた。関係者の口封じには失敗したものの、データを入手したことで8割方は任務成功と見なせたからだろう。それが候補地を絞り込むべくバロン・シナツエを探す任務に従事するなかでロックと再会したことで、いわば箍が外れてしまった。彼がロックを付け狙うのは今度こそ口封じを敢行することで不完全に終わった先の任務を完璧に仕上げたかったから、というわけではない。それなら同様にルイーズの命も狙う必要があるわけだが、第二部で彼がルイーズを気にしている様子は全くない(もし彼女と顔を合わせる機会があったなら、どんな反応をするか気になるところだが)。ルイーズに対しては全く興味を失っているとしか思えない。

 ならばイセキがロックを憎む、あれほど執着する理由はどこにあるのか。考えられるのはESPを用いての戦いにおいて─つまりはエスパーとしての実力においてロックに敗れたことである。危険な場所に向かうたびに「おれはエスパーだ」とイセキは余裕の態度を見せる。普通の人間にはない能力がある、エスパーであるということに彼は強い自信を持っている。上で書いた〈プロとしての自負心〉もそうだが、自分の能力・優秀さに対する過剰とも思える自信がイセキという人間の核になっている。それはロックに固執する理由を「自分より優秀なエスパーの存在は 許せないってわけ?」かとリサに問われた時、それまでの余裕ある態度から一変した怒りの篭もった表情で「だれが・・・ おれより優秀なエスパー・・・だって?」と問い返したことからもわかる。そしてそれは彼がエスパーであるがゆえに被ってきた不利益と無関係ではないだろう。

 イセキは軍を脱走するにあたって自身の眼球を潰している。彼のようなエスパーの工作員は貴重であるゆえ細胞レベルに生体発振器が埋め込んであり、一生涯網膜パターンを送信し続けるという。イセキによると「これのおかげで助かった奴も何人かはいる」そうだが、実際のところ脱走防止がこの装置の主たる狙いであろう。軍を脱走し所在をくらまそうとするなら、自ら目を潰すしか方法がないのだ。このエピソードにエスパーが道具として扱われ、はては体内に爆弾や細菌を埋め込まれ(植えつけられ)さえする『エネセスの仮面』を思い出した読者は多いだろう(もっぱら非正規の任務を請け負っているらしいイセキと部下のエスパーたちの立ち位置も『エネセスの仮面』のアモンたち特務エスパーを髣髴とさせる)。上の「だれが・・・ おれより優秀なエスパー・・・だって?」の台詞に続き、「小さいころからずっと そうだったの?」とリサに聞かれたイセキは「おれはE(エスパー)だ それがどういうことか・・・ おまえにわかるのか?」と再び問い返している。辺境育ちのラインハルトほど極端ではなくとも(ラインハルトいわく「連邦の中では・・・ エスパーは一応認められていますよね 公民権だってちゃんとある」)エスパーだというだけでおそらくは幼少時より警戒され監視されてきたろうイセキは、逆にその超能力を〈売り〉とすることで生きていかざるを得なかった。人間らしい扱いを受けられない辛さをエスパーとしての自負心に擦り替えることで呑み込んだ。だからエスパーとしての優秀さを誇示することは彼にとっては生きる手段であり、自分より優秀なエスパーは彼の生存基盤を揺るがす存在なのである。

 さらには敗れた自分をロックが殺さなかったことも一因かもしれない。自分を殺そうとした相手を、返り討ちにできるだけの力も時間的余裕もありながら、ロックは殺そうとしなかった。イセキにしてみれば〈情けをかけられた〉と判断すべき状況で、相当な屈辱を覚えたろうことは想像に難くない。彼のプロ意識を支える自負心、己の能力─ESP及び工作員としての知力・行動力─に対する自信を決定的に傷つけられたわけで、自負心を取り戻すには自分がロックより(エスパーとして)優れていると示す、イコール殺すしかないと思うに至ったのだろう。

 しかしリサに「今なら 赤ん坊殺すより簡単よ」「彼が完全に治ったら あなたに勝ち目はないわ」と焚きつけられ、挑発とわかっていながらもロックの〈治療〉に協力したところから彼の感情は次第に変化し始める。目的がただ〈ロックを殺すこと〉から〈万全の状態のロックを殺すこと〉になり、リサの「あなたの目的は パパ・ラスを足元にはいつくばらせることだと思っていたんだけど」という言葉に誘導されたように「おれはパパ・ラスと戦って 勝つさ」と答え、当のロックに対しても「殺すのが目的じゃない・・・ きさまを打ちのめして おれの足元にはいつくばらせることさ」と半ば殺意を否定するような発言をするようになる。そしてロックがまたいつソーマに支配されるかわからない─万全の状態ではないのでまだ戦って倒すべき時ではない─という理由があるとはいえ「工場の星」をつぶすために共闘までするに至るのだ。これはロックが他の人間は到底連れていけないような危険な場所に「一緒に行かないか?」、もしまたソーマに操られるようなことがあっても「その時は キミに何とかしてもらおうと思ってるんだけどね」とイセキを当てにする発言をしたのも大きかったと思う。絶対的なライバルと思い定めた相手、かつてはイセキを余裕で殺せる状況で見逃すという〈歯牙にもかけない〉態度を取った相手が、自分の力を認めてくれたのが内心すごく嬉しかったんじゃないか。実際彼は予想通りソーマの支配下に落ちたロックに攻撃を食らいピンチに陥りながらも、防御するだけで反撃らしい反撃をせず「聖者の涙」でロックを正気に戻すことに成功した。手加減などしてたら自分が殺されかねないのだから、反撃ついでに返り討ちにしても申し訳は立ったろうに、ついこないだまで殺そうとしていた相手を意地でも助けようとした。「キミに何とかしてもらおうと思ってる」というロックの信頼に命懸けで応えたのだ。リサが「目玉を取って軍を脱走までしてきたのに さっぱり相手にしてもらえない 「もの」にできない訳でしょ?」と揶揄する場面があるが、彼のロックに対する態度はまさに片思いのごとくである。その「片思い」の内容が次第に殺意・憎しみから〈今度こそ勝ちたい〉という殺意抜きの闘争心へ、信頼を置いてもらえたことへの嬉しさ・責任感へとシフトしていったのだ。

(ソーマに冒されたロックの脳内に去来するさまざまなイメージを映像としてスクリーンに映し出すシーンで、イセキの姿が映し出された瞬間、イセキとリサは無言で何か思うところある表情を浮かべている。次々浮かんでは消えるイメージの一つに過ぎないものの、ロックの記憶の中でイセキはそれなりの存在感を持っているということで、彼の〈片思い〉がちょっと報われたような気が二人ともしてたんじゃないだろうか)

 こうしたイセキの変化に重要な役割を果たしたのがリサである。上でも書いたようにリサの発言は要所要所でイセキのロックへの感情に変化を促している。それだけではない。危機的状況でたびたび「おれはエスパーだ」と悠然と構えてみせるイセキを、〈エスパーだって人間、失敗もするし 撃たれれば死ぬ〉とリサはそのつどたしなめている。『聖者の涙』では似た内容の台詞やシチュエーションが数度登場する、敵に放った台詞が自分に返ってくるといった〈繰り返し〉が効果的かつ印象的に使われているのだが(後者は第二部前半のイセキがラインハルトやコップと戦う場面に顕著)、とくにリサとイセキの3度にわたるやりとりは秀逸。1回目はアフラのアジトを突き止めるため軍の基地に潜入する直前。「おれは エスパーだ」「エスパーだって人間よ 失敗もするし 撃たれれば死ぬわ」「心配してくれているのか?」「鼻もちならないうぬぼれ屋だわね いいわ そんなに自信があるならとっとと行けば!」。2回目は基地を脱出し合流した直後の「傷を見せて」「その必要はない おれはエスパーだ」「エスパーでも撃たれればけがするし 放っておけば死ぬわ さあ!」。そして3回目は小型船でアフラの要塞に近づきすぎたリサが自動機械の攻撃を受けて間一髪のところをイセキに救われた直後の「大丈夫だったのね!生きてた!」「は! はは このおれがそう簡単に死ぬわけないだろう は!」「死なない人間なんていないわ!」。上で書いたようにイセキが「おれはエスパーだ」と強調する裏には、人間として扱われないことへの苦しさ、エスパーは人間ではないのだという哀しい開き直りがある。そんな彼を〈エスパーも人間〉だとリサは繰り返し主張する。そして1回目は「心配してくれているのか?」とからかうようなイセキの態度に自身も冗談ぽく笑顔で切り返したリサが、イセキが傷を負って戻ってきた時には真顔で傷を見せるよう迫り、3回目には「生きてた!」と本気で喜び「死なない人間なんていないわ!」と本気で怒鳴る。イセキにとってはまず確実に初めて、彼を本気で人間として扱い親身に心配してくれたのがリサだったのだ。2回目で「(傷を見せる)必要はない」という言葉を裏書きするようにすでに傷口が塞がっているところを見せたにもかかわらず、リサは彼を化け物とも不死身とも見なさなかった。さらに2回目と3回目の間にはエスパーとしての優秀性にこだわるイセキに「小さいころからずっと そうだったの?」と尋ね「おまえにわかるのか?」という言葉に「話して」と返す場面もある。自身の暗い過去を問われるまま告白したのも含め、リサはイセキを理解しようと、理解し合おうとしている。

 こうした彼女の態度が、人間らしくあることを諦めてきたイセキを少しずつ〈人間〉の方へ揺り戻していった。「小さいころからずっと〜」の少し前には「おれはEだが・・・ れっきとした「人間」だからな ちゃんと泣いたり笑ったり 欲情したりするさ!」と自らエスパーは人間だと認めるような発言をする(この時のリサは「本当に!?なんだか信じられないわ!」とイセキが人間らしい感情を持っていることを否定するような言葉を口にしている。もっとも笑いながらの台詞なので「欲情」というきわどいキーワードが出たのを受けて軽く流したんだろう)。そして終盤で「死なない人間なんていないわ!」と真顔で怒られるに至っては「いや・・・ その あ くそ! 何て言えばいいんだこんなときは!」と顔を赤らめ本気で動揺している。これまでは余裕綽々たる態度でリサとも軽妙洒脱な大人の会話を楽しんでいたかのようなイセキが言葉を失ってしまう。初めて本気で自分に向かい合ってくれる人に出会った時、そしてその人の思いに応えようとした時、自分の心の痛み、本心から目を背けることで己を保ってきたイセキは相応の語彙を見出せなくなってしまったのだ。そんなイセキにリサは「黙ってればいいのよ」と微笑みかける。何も言わずとも彼の動揺ぶりが雄弁に彼の思いを表現している。この時リサは言葉以上の言葉を十分にイセキから受け取ったのである。

 そしてもう一つ、別の意味でもリサはイセキの「諦め」に一石を投じている。アフラと繋がりのある資産家サスーン・ハイデッガーのもとに向かう途中、リサとイセキは「気に入らない?」「何?」「気に入らない?って聞いたの サスーン・ハイデッガーみたいな奴 「人の生き血を吸ってでっぷりと太っている連中」」「・・・・・・いや そういう連中は昔からいたしこれからもなくならんさ」という会話を交わしている。イセキの回答をリサは「そう」とあっさり受けるが、その後イセキは無言で何か考え込んでいる。おそらくこれまでのイセキは他人を食い物にする輩にいちいち腹を立てても無駄だと達観してきた。エスパーであるゆえに人間扱いされないのと同様に、どうにもならないことと諦めてきた─つもりでいた。しかしその実、彼がこうした人間に怒りを覚えていることを「くさるほど金持ってるってわけだ」というちょっとした言葉からリサは見抜いた。イセキ自身も意識しなくなっていたろうニヒルな態度の奥に隠し持った正義感を、リサは的確に指摘してきた。イセキはそのことに驚き、改めて自分の心を見つめ直したのだろう。その後アフラの「工場の星」を目指す途上でアフラの策略によって「薬」漬けの星で次々クーデターや暴動が起きていること、連邦も動かないか動けないことを知ったイセキは「くそったれ 奴の思うままってわけか!」と怒りをあらわにする。以前ソーマの治療のためロックの精神を覗いたイセキはアフラを「これ以上ないくらい 邪悪なもの」と断じて激しく警戒していたが、暴動続発に対するイセキの怒りはアフラ個人への嫌悪感より巨利を貪ろうとする〈悪〉のために多くの人々が犠牲となる状況への公憤に基づいているように思える。リサにハイデッガーへの義憤を見抜かれて自分を見つめ直し、結果自身の中に眠る正義の心を発見したことで、イセキは巨悪への怒りを素直に感じ、かつ表明するようになったのではないか。それから間もなく彼は自身の眼球を再生する。これは脱走兵として連邦軍に追われている立場を利用して軍を「工場の星」に誘導するための計略だが、上の「くそったれ」発言の直後に「工場の星」への所要時間をリサに確認していることからして、彼がこの計略を思いついた直接のきっかけは暴動・政変の続発を知ったことにあったのは確実だろう。自分を的に、追われる身となるのを覚悟のうえで彼はアフラの組織を壊滅させようとした。「人の生き血を吸ってでっぷりと太っている連中」が滅びることはないと諦めていたつもりのイセキが、内なる正義感をリサに指摘されたことで一転〈悪〉を滅ぼすべく行動を起こした。そしてラストで「麻薬はなくならないと・・・・・・ 思っているの?」とリサに問われたイセキは「ん・・・ ああ いや 以前だったらそう思っただろうが いまは・・・・・・ 少しちがうな・・・・・・ 希望は・・・・・・ どんな時にも必ずある」と真剣な、けれど穏やかな表情で応える。傷つきもし死にもする一人の人間として彼を見てくれた、彼の心を理解しようとし、彼自身意識しない本心さえ見抜いたリサの存在が、諦めから希望へ彼の心を大きく方向転換させたのだ。

 そんな彼にリサは「パパ・ラスみたいな 言い方ね」と微笑む(この台詞も先の「欲情したりするさ!」の後の「ここで・・・ 口説くつもり?」「パパ・ラスなら・・・ そんなことはしないって言いたいのか?」という会話の繰り返しというか変奏である)。結局イセキはロックを倒すこと、まともに再戦することさえ叶わなかったわけだが、あれほどロックに勝つことにこだわっていたイセキが気にしている風もない。自分を人間として扱ってくれる存在ができたことで、彼はエスパーとしての優秀さに固執する必要がなくなった。余計な肩の力が抜けたイセキは別人のような穏やかな落ち着きを示している。眼球を治したことで、この先また連邦軍にしつこく追われることになるのかもしれないが(すでにそうなっているのかも)、彼ならリサとともに上手に逆境を乗り切り、自身の正義感のままに生きていけるのではないだろうか。

 

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