『星辰の門』

主なキャラクター:ロックミラカナーンニーブンニエミネンオリマラコーニ、ウーザック

 

 ロックの活躍によって捕らえられたカナーン率いる海賊たちは、カナーンの口封じを狙った「クライバー」の刺客を返り討ちにして逃亡。さらに連邦軍の工廠を襲ってフリゲート艦20隻を強奪する。ISCのニーブン中佐は連邦軍の下請けとしてカナーンが放棄したフリゲート艦19艦の回収を指揮、ミラが新たに配属された艦も回収作業に携わることに。

 その途中、ミラの乗る艦はカナーンらの艦に遭遇。戦闘力で劣るカナーンらは当初逃げようとするがミラが乗船してると気づいたカナーンは反転、苦戦しつつもミラを攫う。ミラが行方不明になったと知ったロックは、ニーブンともどもカナーンらの行き先を追う・・・。


 『カデット』の数ヶ月後(?)を描いた続編。なのだが、いきなりRPG調の冒頭シーンに面食らった人は多い事だろう(笑)。実は陸戦用シミュレーターのプログラムだったというオチで本編には何も関係してこないので、完全に聖先生の趣味ですね。この冒頭の風変わりな基地デート場面はその後「みんなと一緒にわいわい騒ぐのは苦手」(だから町に出るのを避けた)なミラの内向的性格→ロックがなぜ自分などを選んだのかという疑問と不安→それをオリマ中尉がダメ押し、とストーリーが発展していくものの、カナーンらと戦闘に入ったことでそのままミラの不安はしばし棚上げに。

 今作でミラは再びカナーンに誘拐され、それをロックがいつにない強引さで追跡し、と『カデット』と同パターンの展開が繰り返されるのだが、大きく違うのがカナーンとミラの関係性。「また薬づけにして ゲートを作らせるのですか?」とのラコーニの問いに「ああ」と答えたのとは裏腹に、カナーンはミラに薬を盛ることなくゲートを作らせようともしなかった。ミラの腕を買って操船をやらせはしたが、それも強制ではなく丁寧な態度で頼んでいる。そもそもミラを攫った理由もミラに喝破された通り、彼女が自艦のESPジャマー攻撃によって命を落としかねなかったからであり彼女を助けるためだった。ジャマーでダメージを受けた彼女が「歩けるようになったら どこかの惑星におろす」つもりですらいたのだ(そもそもカナーンがミラを連れ出すべく反転せずそのまま逃げていたらジャマーを使わずに済んでいたわけだが。とはいえあのまま戦闘艦に乗り続けていれば、いずれ味方のジャマー攻撃でダメージを受ける事態は避けられなかっただろう)。

 こうしてみるとミラに対するカナーンの態度は『カデット』とうってかわって紳士的になっているのがわかるが、変化の理由は彼の素性─元連邦軍人だった事がオープンにされたためだと思われる。『カデット』では常に着用していた仮面をなぜつけないのかとミラに問われた時、カナーンは「連邦軍に正体がばれてしまったからな マスクは必要ないんだ どこかで 軍に対して申しわけないと思っていたのかもしれんな」と答えている。彼にとっては必然的な事情があったにもせよ、海賊に身を落とした事について古巣に負い目を抱いている、だから正体が明るみになった以上は元連邦軍人として恥じない言動を取らなくてはという意識が働いたのではあるまいか。

 一方ミラも「海賊の手伝いを する気はないわ!」と言いながらも、一度操船を引き受けた際にカナーンやラコーニらに腕前を誉められた事や「皆と一体になって 戦った」感覚を快いものとして思い返しているし、その後再度船が苦戦に見舞われた際には自ら操船に名乗りを挙げている。ISCのフリゲート艦乗船時には自艦のジャマーで倒れ「私はここでは役に立たないんだ」と感じたミラにとって、自分が役に立てる、自分の腕を必要としてくれる海賊船の方がはるかに居心地が良かったのではないか。その特殊な能力ゆえにずっと心許せる友人がいなかったミラには「皆と一体になって 戦った」、運命共同体の一員になれた事は幼い頃から抱えてきた孤独感をしばし忘れさせてくれたのではないか。二度目の戦闘中、小休止の際にカナーンとウーザックのやりとりを聞いてつい笑ってしまう姿など、ISCの艦に乗船している時よりよほど伸びやかな気持ちでいるのがうかがえる。ロックにはどこか遠慮がある彼女が、本来なら敵だからとはいえカナーンには「情けない」「馬鹿馬鹿しい!」「ひねくれ者」と真っ向から言いたい事を言っている(それをカナーンがさらっと肯定したり大笑いしたりしている)のを見るにつけ、カナーン中佐の方がお似合いなんじゃと感じたりしたものである。カナーンに特別な感情がないからこそはっきり物が言える、好きだからこそロックには言葉を選んでしまうのだと理解はしていても、「パペット」に襲われそうになったミラをかばったカナーン(ロックもすぐ側にいたのにカナーンの方が行動が早かった)が「パペット」と刺し違えミラが「中佐ーっ」と叫ぶ場面など、やっとの思いでミラの元へ辿り着いたロックとの感動の再会がすっかり流されてしまってたし。

 まあミラのカナーン中佐や海賊たちへの思い入れはそれ以上描かれず、連邦軍提督のロックに対する謎めいた言葉(前置きなしに笑顔で「よろしくお願いします」とだけ告げる)とそれに対するミラとロックの反応(『カデット』でミラが「母は代々の軍人」と語っていた事と結びつけて、提督がミラの母親とこの時点で早くも看破した人がいたのには驚いた)、エスパーだけで構成される実験艦の艦長にミラが内定!?とコミカルな雰囲気で『星辰の門』は幕を閉じる。

 もっとも雰囲気こそコミカルながら、この〈エスパーだけで構成される艦〉計画はエスパーは本人の意思にかかわらず情報部勤務となる=艦隊勤務を許されない(ために根っから〈海の男〉だったカナーン中佐の絶望からの脱走→海賊化を招いた)連邦軍、連邦軍と違いエスパーを艦隊勤務から公然と排除しない代わり隠然たる差別が行われている(オリマ中尉が副長に「(自分自身はエスパーに対し偏見はないが)Eが艦内にいるというだけで 不安になる乗組員もいると思う」「ISCの任務は(中略)乗組員の心がひとつにならなければ とても遂行でき」ないからエスパーのミラは艦隊勤務から外した方が良いと具申した件に顕著)+戦闘時にESPジャマーを使用すれば味方艦内のエスパーを殺しかねないISC双方が抱える問題点を解決する可能性を秘めた画期的な重要プロジェクトといってよい。この計画が実際に始動し、それがとんでもない方向へと発展していった顛末を描いたのが『風の抱擁』であり、今作で提示されつつ棚上げになったままだったミラの不安と孤独、彼女の心の暗部が抉り出される事となる・・・・・・。

 

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