ミラ・ファニール

 

 『カデット』『星辰の門』『久遠の瞳』『風の抱擁』他登場。ISC士官学校を士官学校始まって以来の成績で卒業した秀才。その才能への期待から任官早々に密命を帯びた輸送船「エイサム」に搭乗することとなり、その「密命」のために同艦に乗り込んでいたロックと運命的な出会いを果たすこととなる。

 生まれつき第三波動を自然と操れる能力を持ち、その力で幼少期に亡くなった双子の兄・クリフを実体化させながら(ミラ以外の人間には見えない)、ロックに指摘されるまで自分が特殊なエスパーであることも、そもそもエスパーだということにすら気づいてなかったあたり、秀才なのにどこか抜けている。実際ミラの言動は多分に天然なところがあり、壊れた調理機械を手も触れず直したロックに「ロックさんって 魔法使いだったんですね!!」と言い放ったのはその最たるもの。この台詞がロックがミラに好意を持つきっかけになったわけだが、この天真爛漫な明るさ、「フランシス」の項で書いたように(「超人ロック」と恋愛関係になるにあたり生じるだろう諸問題に対して)あまり深刻に悩まなそうなところが、ロックには好ましかったのかもしれない。

 実際最初にカナーン一味に捕らわれた際なども、何もない空間に(精神的に)閉じ込められて声も出せず一切身動きも取れない地獄の責めを体験しているにもかかわらず、その前後でのトラヴァース少尉とのやりとりというかミラのリアクションのいちいちがコミカルなためあまり悲惨な雰囲気にならない。ロックがなぜ自分などと付き合おうと思ったのか疑問に思い「私に 変な「能力」があるから」「ろくに友だちもいない ひとりぼっちでさみしそうだから つき合ってあげようと思ったんですか」とロック本人に問い正した時も、「理屈じゃない 君が 好きだよ」との返答を「うまくはぐらかされたよーな」と感じつつも「ま いっか」と軽く流している。こうした「伝説の超人」と恋仲にあるとも思えないミラの〈軽さ〉はアイザック元長官を戸惑わせたり(ロックと当面遠距離恋愛になることに対して「伝説のエスパーに 距離なんか関係ありませんです!」と明るく断言したミラに「・・・・・・ な るほど」と一瞬絶句している)オリマ中尉の反感を招いたり(「あなた 例の人が どういう人なのかわかってる?」)もしているのだが、このくらいある意味図太くないと「伝説の超人」と付き合うことの重みで精神が焼き切れてしまうのも確かだろう。この明るさ・軽さがあってこそミラはロックと結婚にまで至ることができたわけである。

 『久遠の瞳』ではすでに高齢のため退役しロックと穏やかな老後生活を営んでいるミラが登場するが、コミカルな明るさはあいかわらずながら人生経験に裏打ちされた説得力や余裕を感じさせる態度、一時的に現役復帰した際の行動力や自然と滲み出る威厳など、素敵に年齢を重ねているのがわかる。個人的には、皺は増えても『久遠の瞳』の年を取ったミラの方が若い時のミラよりもっと魅力的な女性だと感じます。

 そうした明るい・軽い・いい意味で図太いミラのイメージを覆したのが『風の抱擁』。最晩年のミラが偶然知り合った少年に昔話をするという形式で『星辰の門』直後から彼女とロックが結婚するまでの軌跡が語られるのだが、ここでのミラは精神面で徹底的に痛めつけられ持ち前の明るさが発揮される場面がほとんどない。それ以上に『風の抱擁』のラストは結婚した二人が再び凄惨な事件が起こらないよう人目を避けて隠遁生活に入ったようにしか見えず、ロックともども長年、おそらくは定年までISCに奉職し具体的階級は不明(大佐のヤマトがときどき敬語を使っているから准将以上と思われるが)ながら提督にまでなっている『久遠の瞳』に上手く繋がらない。この物語がミラの回想の形を取っていること、すでに若返りによる延命も限界を迎えていたにもかかわらずやむを得ざる事情から無理矢理延命処置を受けたために聴覚も味覚もダメになっている─少なくとも聴覚については耳そのものでなく脳神経に問題があるとミラ自身が語っていることからすると、『風の抱擁』はほとんどがミラの妄想なのではないかとさえ思えてくる。

 もし、これまでは理性と明るさとで抑制してきた不安や孤独感が、脳に障害を生じ精神の箍が緩んだために吹き上がってきた結果があの陰惨極まるストーリーなのだとしたら、ミラの心の闇は相当深いものだったと言わざるを得ない。そのあたりは『風の抱擁』の感想を書くさいに改めて深掘りしてみたいと思います。

 

 

home