『クランベールの月』

主なキャラクター:ロックキャプテン・タカニモニカディアドラドクター・トナル、シェーンバイト、パブロフ、ジャクソン、ケイト、ウェンディ

 

 通常長くても5年程度の惑星開発に8年以上かかってる惑星があると知って興味を持ったロックは、応援の人員としてその惑星クランベールへと向かう。クランベールの開発チームは原生生物「豆の木」の度重なる襲撃と開発期間の延長にもめげず、奇妙に楽観的な連帯感とモチベーションの高さを保っていた。

 ロックは新人の洗礼(?)として恋多き女モニカ・セイヤーに迫られたのをきっかけに、「豆の木」が人間の意志に反応して行動していることに気づき、仲間の誰かがテレパシーで「豆の木」を操り自分たちを襲わせてると考え始める・・・


 コミックス一冊分というこの時期としては短い構成と他のエピソードとの繋がりがないことから「小品」という印象がある作品。スケール的にも一惑星の開発がテーマで、銀河の存亡に関わるような大きな話ではない。

 ・・・のだが、実はさらっと『ブレイン・シュリンカー』『不死者たち』を思わせる不死の知的生命体の問題がここには描かれている。唯一最大の「敵」に思えた「豆の木」は実は代表にテレパシーで操られていたにすぎず、その代表もまた「月」によって操られていたに過ぎなかった(ウェンディが登場した時点では代表を操っていたのは彼女かと思ったが、代表が月に向けて撃ったA弾が着弾したさい驚いていたし、「月」とイコールであったはずの「彼ら」が次々に姿を消す中、一人取り残され月もろともに粉砕されていたので、やはり主敵は「月」だったのだろう)。ロックたちが代表を気絶させた直後に彼らを襲い一時は追い詰めた「豆の木」がシェーンバイトらが搭載艇で駆けつけると同時に姿を消してそれ以後全く現れなくなったのも「月」の意志(キャプテン・タカニの〈「豆の木」はクランベールの生態系において何の役割も果たしていない不自然な存在〉という言葉に照らせば、もともと「月」が代表の願いを叶えるために生み出した幻の存在だったのだろう)、搭載艇があればロックたちはステーションに行ける→ステーションに行けば超空間通信が使えるため一連の騒動の真相を会社や連邦に知らされる、ということでもはや年貢の納め時と思ったものか。

 それにしてもキャプテン・タカニではないが、「彼ら」の「目的」は何なのだろう。なぜウェンディらの船を発見したとき暴動寸前にまで不満の高まっていたクルーにウェンディの故郷である「地球と月」の幻を見せて、彼らの気持ちを静め後のクランベールへ着陸するよう促したのか?船長のウェンディだけとコンタクトを取って彼女を事実上籠絡したのか?クランベールに(正確には「月」に)残ることを選びつつもクランベールのデータを持ち帰るという「本業」を全うすることにこだわったウェンディのためにクルーの記憶を作り替え記録を改竄させてまでウェンディの存在を抹消し副官だったウォルターがクランベール提督であるかのように偽装したのか?特に最後の件は、データを持ち帰らせれば惑星開発チームがクランベールに乗り込んでくるのは明らかだった。〈本格的に開発が始まれば「月」の存在も知られてしまう。だからそれを阻止するために代表を操って調査を引き延ばしさせ開発が始まらないように仕向けた〉というのがキャプテン・タカニの見立てだが、そんな面倒なことをしてまでウェンディの要望を叶えてやる必要があったのか。彼らの安息の地が外来者の手によって脅かされる危険を冒してまで。ウェンディに言わせれば彼らは永遠に生きられるのだから「目的」など必要ないそうだが、「目的」がないなら最初から何もしなければいい。「彼ら」は何のためにウェンディに肩入れしたのだろうか?

 一つ考えられるのは彼らが〈退屈していた〉という可能性だ。ロックの「(チームのメンバー90人が8年間ずっと一緒に生活するのは)そうとうストレスがかかるような気がするんですけど」という疑問に対しドクター・トナルは「みんなよく訓練されているし 大きな目標もあるもの」と答えている。そう、目標・目的があれば何とか耐えられるかもしれない。しかし「彼ら」が「目的」を持たないのなら、8年どころか永遠の時間をずっと共に過ごさなければならないのなら、それはとんでもないストレスだろう。まあネオ・イモータルたち(『不死者たち』)を見ても永遠を生きる者たちは人間とは感受性も異なるようだが、やはり何か刺激、変化を求める感情はわずかながらでも存在しているのではないだろうか。「ただ存在し、あらゆるものを感じ取る」、積極的に自分から行動を起こすのでなく「感じ取る」ことに特化した受け身の存在だからこそ、感じ取るべき「何か」が欲しかったのではないか。ウェンディたちの船の発見、そこから派生した惑星開発チームの登場は彼らにとっては絶好の〈退屈しのぎ〉だったのではないか。代表はキャプテン・タカニに「私の望みはただ一つ この状況が続くこと」と言ったけれど、それは代表だけでなく「彼ら」の本音でもあったのかもしれない。

 とはいえ、あくまで「彼ら」にとってはウェンディも開発チームも〈退屈しのぎ〉〈暇つぶし〉であって、必要不可欠というわけではなかったのだろう。だから自分たちの正体が明るみに出そうになったら、さっさとウェンディを切り捨て、長らく一体であったはずの「月」までも捨ててどこかへ去っていってしまった。「目的」意識を持たずただ永遠に生きるのみのはずの「ネオ・イモータル」たちもどこへともなく宇宙空間へ旅立っていったように、目標がない者ほど暇つぶしの対象すらなくなった時には意味もなく彷徨い続けるものなのかもしれない。

 

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