『荒野の騎士』

主なキャラクター:ロックハントナオミ、アリス、「かかし」、「道化」、「ふくろう」、「氷山」、「流れ星」、ベイツ

 

 「ローグプリンセス」の代理人アリスは、ライト・エンジニアリング社から同社のライバル「テンゲン」社のAIの入手を依頼される。それを受けて「ローグプリンセス」ナオミはテンゲン社のシステムに侵入するが自身のコピー三人に反撃され捕らえられてしまう。直後に脱け殻状態のナオミの身体も家を襲撃した男たちによって拉致され、その場に居合わせたアリスも傷を負う。ハントとロックはアリスを救助、ナオミを取り戻すべくアリスも共にテンゲン社の本社がある「ザイル」に向かう。

 一方ネット上の「待機所」で目覚めたナオミは、「道化」「かかし」ら有名な「電子使い」たちと出会う。ライト・エンジニアリング社からの依頼は有能な「電子使い」を捕まえ利用するための罠だったのだ・・・


 『ひとりぼっちのプリンセス』の続編。今回描かれるのは二つの意味でのネットの怖さ。序盤でナオミは「ネットはそんなに危険なとこじゃないのよ いざとなったら線を引っこぬけばいいんだもの」と発言しているが、この言葉は後にネットから離脱する間もなくナオミが捕らわれてしまうことで否定される。そもそもこの発言に続けてナオミはかつて「あとさき考えずに ひたすら盗み、破壊を繰り返す連中」を自分たち電子使いが「全力でひねりつぶ」したことが2回あったと話している。ひねりつぶされたうちの一人は自殺し一人は現在も精神医療施設にいるということは、彼らは逃げようにも逃げられなかったわけだ。「いざとなったら線を引っこぬけばいい」では済まないことをナオミは身をもって(加害者側として)知っていたはずである。そして今回は彼女は被害者となり、最後には再びネットのルールを逸脱した者に制裁を与える加害者として、ネットは「全力でひねりつぶ」される危険の潜む「荒野」であることを鮮明に浮かび上がらせる。

 その中でもう一つの怖さも描かれる。「道化」の中身がいつのまにか(物語の最初の時点以前のどこかで)「流れ星」に入れ替わっていたことに、一緒に行動していた電子使いたちの誰もが気づかなかった。ナオミや「かかし」「ふくろう」は、5年前に「ネットを荒らしまわったクラッカー」である「カイゼル」を倒すため「流れ星」と共闘しているというのに。この「共闘」の過去が電子使いらの会話に登場したさいにも、「まだ駆け出しのころ」で別の名前を使っていた「かかし」が「カイゼル」の件に参加していたのを「ふくろう」が知らなかった場面が描かれている。おそらく名前のみならずアバターの外見も今とは違ったのだろう。現実世界でもメイクや整形で顔を変えることはできるが、声・姿勢・しぐさなどの〈その人間らしさ〉を完全に払拭するのは難しく、そうそう他人に化けられるものではない。それがネット世界では簡単にアバターを変えることができる。「流れ星」がやったように他人のアバターをのっとることも、凄腕のハッカーであればさほど困難ではないだろう。リアルではそうそう起こり得ない〈なりすまし〉がネットでは格段に難易度が下がる。「流れ星」はそれを利用して自分の勧誘を断った「道化」を抹殺して彼になりかわったのだ。

 もっとも何のために「道化」になりかわったかはよくわからない。なぜ「流れ星」のままで皆と接触しなかったのか。「流れ星」と二人で「カイゼル」を追いつめた話を振られたナオミの「そうだったかしら」という冷淡な反応からすると、彼女にとって「カイゼル」の件はあまり思い出したくない苦い記憶のようなので(いかに「掟」に逆らったとはいえ他人を廃人同然に追いこんだことに罪悪感があるのかもしれない。少し後で「流れ星」の「俺たちは力を合わせて奴を殺した」いう言葉に「殺してはいないわ 治療所に入ってるはずよ」と反論したのも、精神的には殺したも同じと思いたくなかったゆえか)、「流れ星」のまま接触することが「プリンセス」を勧誘するうえでマイナスに働くと考えたものだろうか。 

 2024年現在VRの技術は日進月歩で、体感型のアミューズメントやシミュレーションマシンなども日々進化し続けている。『荒野の騎士』で描かれたようなネットへのフル感覚ダイレクトの接続もそう遠くない未来に実現するだろう。その時今作のような〈人為的に接続を切断されたことにより精神が肉体から切り離される〉事態も十分想定できるし、アバターやアカウントの乗っ取りは既に現実化している。ネットを荒らすブラックハッカーからシステムを守るホワイトハッカーも現実に活躍している(ナオミたちの場合自身もネットで非合法に利益を得ており、自分たちの利害のために〈乱獲で漁場を荒らす奴〉を退治している形なのでホワイトハッカーとは呼べないが)。いずれこの物語のような事件が本当に起きる時が来るのかも。

 ともあれ今回の事件が収束したのち、ナオミは第二第三の「流れ星」が現れるのを防ぐために見張り番としてネット世界に常駐することを決意する。必然的に現実世界で生きるハントとは別れることになるわけだが、ハントは一応引き止めはするもののさほど強く反対するでもなく、ナオミは明るい笑顔で「心配しなくても大丈夫 その気になればいつでも あっちへ行けるんだもの」「ありがとうリュウ」と言い、別れの言葉を口にすることもない。彼女の言葉を額面通りに取れば〈別れるわけじゃない、ちょっときつい内容の仕事で遠くまで行くけどすぐに帰ってくる〉かに聞こえるが、彼女が事実に反してネット世界から簡単に戻ってこれるかのように話すのは序盤の「いざとなったら線を引っこぬけばいいんだもの」と一緒だ。そして「その気になればいつでも」帰れるとしても、おそらく彼女が「その気にな」ることはないだろう。

 思えば最初からフラグはあった。前回ラストで無事恋仲となったハントとナオミだが、今作序盤での彼らは前作での初々しい雰囲気は(特にナオミ)どこへやら、すっかり熟年夫婦のような色気のなさ&ツーカーっぷり。改良した味覚センサーをめぐる会話でも「(味覚センサーを商品化して利益を得なくても)あなたがおいしそうに食べてくれれば それで十分」なんて健気に微笑むナオミに、「負けず嫌いだな 料理で 俺に負けたくないってことだろ」とハントがツッコみ「あ〜あ お見通しなのねえ」とナオミが一転した不敵な笑顔で応えたりしている。ハントがナオミに泊まっていくよう促すシーンも同じく二人とも人の悪そうな笑顔を浮かべ、ベッドシーン(事後)も色気やロマンティックさがまるで感じられない。付き合いだしてから一年と経ってないんじゃないかと思うのだが、相手に対する〈熱〉や〈執着〉があまり感じられないのだ。愛情はあるのだろうが、結局ナオミの一番は「ネット」であり、それをハントも理解しているゆえの距離感が存在するのではないか。

 ハントが「どうも おれは 頭のいい女に弱いなぁ うん わかってるんだが」と呟くシーンがあるが、確かに『ブレイン・シュリンカー』のリコ、『猫の散歩引き受けます』のクラウディア・クシノ、そしてナオミと、ハントがいい雰囲気になる女性はみな頭がいい仕事のできる美人ばかりだ。ハントと相思相愛になりながら死別したリコを別にすると、クシノ議長とナオミにはいろいろ共通点が多い。頭がいいがゆえに自分の世界、譲れないものが明確にあり、それのために自分の人生を賭ける覚悟も持っている。彼女たちが最終的には〈それ〉を自分より優先するのをハントは惹かれた当初からわかっていたからこそ、寂しさを胸にしつつも別れを自然に受け入れたのではないだろうか。

 もちろんそこには永遠の時を生きるハントが彼女たちと添い遂げることはできないのをお互い承知しているという事情もあるだろう。ハントと同じ時を生きられるのはこちらも不老不死のロックだけであり、どうしたって彼女たちとの別れは必須となる。『ひとりぼっちのプリンセス』で珍しくハントの恋が成就したなーと思ったが・・・。アリスがあそこで命を落とさなければ、ここでの別れは回避できたかもしれないけど。

 

 

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