ナオミ・ソハラ

 

 『ひとりぼっちのプリンセス』『荒野の騎士』登場。「ローグプリンセス」と名乗る凄腕の「電子使い」。その能力を用いて相棒のアリスとともに非合法な仕事を請け負い代価を得ている。偶然からハントの不死身の秘密を知って関心を抱き彼に接近するが、いつしか相思相愛に。

 ハントが一回会っただけで強く印象に残ったほどの美人(理知的タイプ)でありながら、恋愛には全く関心がなく、興味があるのはもっぱらネットのみ─ナオミ本人いわく「私がほしいのは「知識」と・・・・・・ お金」。知識はわかるとして「お金」というのはなかなか意外ではある。彼女はお洒落にお金を掛けてるようには見えないし、また物の味がよくわからず「栄養は満点だし 保存もきくし 手間もいらないから」と「ネズミの○○○」と呼ばれるほど不味いので有名な軍用レーションばかり食べてるくらいで食事にも全く無関心。そもそも肉体に付随する快楽(食欲や性欲)に関心が希薄でなかったら、ラストでネット世界の番人として常時接続しっ放し=人としての生活を捨てる道を選ぶことなどしないだろう。そんな彼女がお金を必要とするならネット接続環境を整えることくらいで、確かにそのためならいくらでも金を惜しまず掛けるだろうが、彼女は個人レベルで可能な限りのネット環境を手に入れているだろうから、それを維持し続けるのにそこまで巨額の金が必要か?とも思える。

 これだけ世俗的なことに無関心な彼女が、なぜ金に強く執着するのか?考えられるのは彼女が手に入れた「知識」の相対的価値、彼女の真の生き甲斐である〈あらゆるセキュリティを突破してお宝を手に入れる〉行為、その技術の高さを評価する基準として報酬額の多寡を捉えているケースだ。ナオミが手に入れた情報、手に入れる過程でかいくぐった罠の困難さ、それらが「報酬」という形で評価され、「ローグプリンセス」の名が高まる。彼女が真に求めているのは「お金」そのものではなく自身の「電子使い」としての能力への評価なのではないか。それは『荒野の騎士』序盤で味覚オンチの彼女が美味しい料理を作るために改良した味覚センサーに対する反応にも表れている(「味覚センサー」という以上調理器ではないのだろうから、見た目からしてぐちゃぐちゃの料理しか作れなかった彼女が短期間に外見も綺麗に整った料理を作れるようになったのは、センサーとは無関係に技術的研鑽を積んだものなのか?)。「どっかの会社に売りこめば けっこういい値段で売れそうだが」というハントにナオミは「売りこむつもりはないわ あなたがおいしそうに食べてくれれば それで充分」と返す。大好きなはずの〈金になる〉話のはずなのにまるで無反応なのだ。彼女が執着するのが金そのものでなく、金によって具象化される彼女のハッキング能力であることの補強材料といえるだろう。

 もう一つ、「お金」は誰にとっても共通して価値あるものと見なされやすいのもあるかもしれない。ナオミの「ネット」への執着には冷淡(「それって むなしくない?」)なアリスが「私がほしいのは「知識」と・・・・・・お金」というナオミの返しに「まぁ確かに お金は大事よねぇ」と「お金」の方にのみ同意を示している。後にハントも「うまい食い物とうまい酒があれば・・・ 人生なーんもいらないって」「金だの名誉だのなんて うっとおしいだけのもんさ」との発言にナオミが「でも お金は大事ですよ それと・・・・・ 知識」と返したときに「まあ・・・な 金は 馬鹿にしちゃいかんよな」と金に対しては一応の価値を認めている(知識を求めることについては、知らなくてもいいようなこと=不老不死のメカニズムを知ったためにかえってろくなことにならなかったと懐疑的態度を見せている。この会話の最中にナオミが欲得ずくで自分に近づいてきたと気づく=知りたくなかったことを知ってしまうというのも皮肉である)。ネット世界とそこに点在する「知識」への情熱を同業者以外には理解されにくいからこそ、アリスやハントのような〈一般人〉にも理解しやすい価値基準として何かと「お金」を引き合いに出すのかもしれない。

 上でも書いたように、ナオミは最終的にネット空間に常駐してネット世界の番人になる道を選ぶ。彼女はその少し前に「テンゲン」に捕らわれて「(身体は)生命維持装置とネットとにつながっている」「薬で半覚せい状態 脳だけが活動できる」状態で彼らのために働かされる状況を経験している。自分の意思かどうかの違いは大きいとはいえ、身体は脳が活動するための単なる器、モノ扱いで、「恋も知らずにこんな機械につながったままで歳とって ひとりぼっちで死ぬなんてさぁ」とかつてアリスが揶揄した状態そのものだ。また睡眠の問題もある。人間の三大欲求のうち性欲(恋愛感情)と食欲に極めて関心の薄いナオミのこと、もともと睡眠も脳を円滑に働かせるための必要悪といった捉え方で必要最低限の睡眠しか取っていなさそうだが(なんなら短時間で質の高い睡眠が取れる薬なり機械なり使っててもおかしくない)、さすがに一日あたり数時間の脳の休息は必要だろう。 となればネットに24時間常駐していたところで睡眠時間中に起きたトラブルにまでは結局対処しきれないことになる。「ローグプリンセス」がいつ休息するのか、およそのタイムスケジュールを把握したうえで犯罪を起こす人間も出てきかねない。結局一人の人間がネットの守り神になるには限界があるのだ。「カイゼル」を倒した時のように同業者数人で共同戦線を張る、それでは今回のように後手に回るというなら皆の回り持ちでネットの隅々まで巡回する(非番の時はオフラインで普通の社会生活を送る)ような仕組みを作ったほうがよほど効果的なように思えるのだが。

 個人的にはナオミの選択は、元々現実世界よりネット世界に多分に傾斜していた彼女が、『荒野の騎士』の一件(より正確にはアリスの死)によって、彼女を現実に繋ぎ止めるものを失ってしまったせいに思える。ハントに恋人として愛着も信頼感も抱いてはいただろうが、彼の存在はナオミにとってネットに優越するものではなかった。『荒野の騎士』序盤で次の仕事について「非合法なやつか?」とハントに聞かれたナオミは「気に入らないのね 元「おまわりさん」としては」「心配してくれてありがとう」と笑って応えるだけで、彼が嫌がるなら非合法な仕事は止めようかと悩む素振りすら見せない。ハントを好きでも彼のために自分の生き方を変えようとは全く考えない。彼と出会った後で変わったのは料理をちゃんと作るようになったくらいである。ある意味大きな変化とも言えなくもないが、それも彼を喜ばせたいというより料理の腕で負けたくないという対抗意識のゆえらしいし。恋を知ってなお彼女は「こんな機械につながったままで歳とって ひとりぼっちで死ぬ」ことを選んだ。むしろこのアリスの言葉に多少動揺するところのあったナオミが、恋愛というものを一度〈お試し〉してみようと無意識に思った結果としてハントに惹かれたと考えるのは穿ちすぎだろうか。

 

 

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