高一夏・甲子園前

 

初めて甲子園行きの切符を手にした明訓ナインの気構えや練習風景、レギュラーの発表といった、来たる全国大会に向けての“備え”が描かれる。地区予選ではまださほど目立ってなかった(初戦と決勝戦しか出場してない)里中が、決勝での完全試合を機にすっかり人気が盛り上がるのもこの時期ですね。

個人的見どころはやはり、ほぼ一話を使っての明訓ナインの紹介。これのおかげではっきりレギュラーの顔と名前が一致した。こんな形でのナイン紹介がなされるのはこの一年夏の大会前だけ。まあこれ以降はレギュラーの入れ替わりがあっても2、3名程度なので覚えるのに苦労もないですしね。

印象深いのはほぼ全員家庭環境が出てくるなかで殿馬、沢田、里中の三人は一人の姿が描かれていること。肩の故障の可能性という後のストーリーに直接関わってきそうな(結局スルーされましたが)描写のある沢田が家族と一緒の場面でなかったのはわかりますが、殿馬と里中の家や家族も出てこないのが気にかかりました。甲子園に向けて本格練習に入る前の休日という前振りがあるのだから、彼らを励ます家族や家にいられる機会に家業を手伝う姿が出てくるのが自然。実際ほかのナインはそうした場面が描かれてるだけに、ゆっくり家族と暮らせるはずの時間を、一人物思いにふけったり練習したりしている彼らは家庭的に恵まれないのではないかと勘ぐりたくなってしまったのです(家は描かれても家族は出てこなかった岩鬼については、家族のはみだし者であることが中学の時点で描かれている)。

その後も彼らの家庭については見事なまでに語られることがない。一年秋に里中の自室が一コマ出てくるくらい。ピアノやら度重なるケガの治療やら、二人とも結構金がかかってるはずなのでそこそこ裕福な家なんだろうとは推測できるものの、主役級のキャラクターでありながらこうもバックボーンが明かされないことに驚きます。

結局里中は無印の最後に至っていきなり極貧の母子家庭であることが判明し、以降それまでが嘘のように家庭に関するエピソードや台詞がガンガン出てくるようになりますが、この一年夏の頃から里中の家庭環境を決めてたわけではないでしょう。無印最終回が里中中退で終わったのも単なる思いつきだったそうですし(詳しくはこちら)。里中の家庭について何も書いてなかったおかげでとっさにこういうエピソードを作ることができた。もしかしたらそういうときのためにメイン級のキャラほど家庭環境を伏せてあったのかも。『プロ野球編』でようやく「家族はいない」ことだけは判明した(いつから、どういう理由でいなくなったのかは全く不明のまま)殿馬や、一切合財が謎のままの微笑三太郎も、いつかがっつり家庭の事情が明らかになる日が来るのかもしれません。


・県大会優勝後、校長が「特に今年は新入生に優秀な選手が多くいたことも運がよかった まあ これにしても土井垣のいる明訓ということですが」と語る。PTA会長?の「スーパースター土井垣くんの在学中に一度は甲子園のチャンスが思っていたがとうとうやってくれたね」というセリフからしても、まだまだ土井垣あっての明訓という認識が一般的なようです。

・明訓ナインの紹介。一人1−2pを使って、彼らの人間性を打順にそって短くわかりやすく説明している。まずは岩鬼の場合。夏子が訪ねてきたのをわざと濁して岩鬼に伝えたうえで、「かわいそうに夏子さんは玄関払いか・・・・・・へえ〜〜」などとドア越しにいうお手伝いさん。お手伝いさんが岩鬼に来客を取り次ぐネタは中学編から何度かある。そのパターンの系譜にある展開。お坊ちゃん(それも怪力コワモテの)をからかうとは度胸あるお手伝いさんですが、長く付き合う中で岩鬼が単純かつ根は優しい男なのを見切ってるんでしょうね。

・一人海辺で船を見ながら物思いにふける殿馬。高二春の大会後に留学するかどうかで迷ったときも弁慶戦の後に楽譜を捨てたときも全部一人の海。
「しばらく作曲もしてねえな」の台詞から殿馬が弾くだけでなく作曲もすることが判明。「まあタマ遊びが終わるまでしゃーねえづらな」と続けることで、殿馬がいずれそう遠からず野球をやめるつもりでいることも匂わされています。

・書店で女性ファンにたかられ、家には記者がつめかける土井垣。記者が殺到してるのが描かれるのは彼だけで、この時点では彼が別格のスターなのがわかる。土井垣家は一軒家で、父親の金であっさり洗濯機を買ってることからも結構裕福そうです。

・北に妹妙子がホームラン打つようにとお守りを渡すシーン。このお守りと、お守りだけじゃ飽きたらず病身を押して甲子園大会を見に来た妙子の思いに励まされて、北はホームランこそ打たなかったものの殊勲打をあげた。この頃は伏線が結構ちゃんと機能していますね。

・対照的に「うちは下位が弱いだと・・・・・・くそ そんなことはない 甲子園で証明してやる」と出前中に素振りしてる石毛さん。打てない男の代名詞のように言われる石毛さん、結局甲子園でも全然打てないままでした。しかしここでは7番と紹介されてる打順が大会で6番になってるので大会前に猛練習して打撃の成績が上がってたのかも。
石毛さんの家族は出てこないが店(そばや)の前なので彼の家庭環境が見える。山田が学校見学に行った時点では明訓はいかにも金持ち学校ぽかったのに、実家魚屋の山岡さんといい結構庶民の生徒も多いですね。

・右肩を故障していることがほのめかされる沢田。この伏線については回収されてませんが、あえていうならいわき東戦でホームランボールをフェンスにあがって取ろうとするも入ってしまったシーンは、故障のせいで動きが鈍くなった可能性も。

・神社の境内?で一人投球練習する里中。「相手に勝つよりまず自分に勝つことだ・・・そして 大会の強敵はただひとつ」と続くので、「自分自身だ!」と来るかと思いきや、「灼熱の太陽だ!!」 かっこいいなあ♪
この時は一般論として書かれたセリフだったんでしょうが、『大甲子園』で里中が夏の太陽に弱い設定が出てきてから見返すと、なんかぴったり。打順に従って紹介されてくおかげで里中が締めにきたのがナイス。石毛さんや沢田さんがラストじゃあれですから。

・初甲子園前に合宿所の玄関側に張りだした「めざせ!ベスト8」の紙に、岩鬼が「ベスト8たァなんじゃい!!」とケチをつけ新たに「優勝」と書き付けた紙を貼ったとき、「まさに岩鬼の言うとおりだ」「どうやらおれの考えはあまかったらしいな」と笑顔であっさり認める土井垣。自称「敗北という二字が大きらいな男」だから、生意気でも勝ちに執着する岩鬼や里中の性格はむしろ好ましいのかもしれない。

・片手打ちの練習をする殿馬に「雲竜のまねして片手打ちなんて ふ ふざけんな」と岩鬼が文句をつけていますが、以前なら土井垣が怒りそうなもの。野放しに練習させてるのは地区予選を通じて殿馬の野球センスに対し信頼感を持つようになったからでしょう。

・サチ子と徳川の会話。「おい監督いいかげんにせえぜバカバカ なんでにいちゃんだけに洗たくさせるんだ」「一年坊主じゃからのォ」「いっくら一年生でも野球がうまいんだぞ」「一年は一年」「それじゃ岩鬼だってとのまだって」。里中の名前は出さないあたり、すでに相当里中シンパになっている模様です。

・三吉がボールコントロールの練習がてら野良犬を石で打ち殺し、死体を有料でお鹿ババアに引渡してババアはそれを5000円の肉スープにするつもりでいる(たぶん犬のスープなのは伏せて売るんだろう)場面。これ文庫では台詞を変えてあるのは有名な話ですね。残酷かつ不道徳ってことなんだろーな。そういや土佐丸高校が闘犬の嵐を連れて宿に着いたとき、岩鬼が「イヌ汁にして食ってまえや」と言ってますが、連載当時極地的に実在したんだろうか犬スープ。

・不知火・雲竜に仮想緒方・坂田の練習に連れ出された山田は、雲竜の(雲竜本人として投げた球を)ジャストミートする。予選では(たぶん)打てなかったのに。

・「鳴門の牙」を四国中探しまわった(地区予選が終わってから旅立ったんだろうから探し回ったといっても2、3日のはず。そりゃ見つからないわ)という雲竜の友情に山田が涙するなか、「このおれを忘れてもらっちゃこまるぜ」と不知火が雲竜を左腕で後ろに押しやる。しかし押しやる不知火も押しやられる雲竜もごく気軽な笑顔のまま。山田のライバルであり応援団でもある二人、結構仲良しさんです。

・ここで手に入れたフォークボールを不知火がその後も使わなかったのは、緒方が結局フォークを狙い打たれていたからだろう。これに磨きをかけたのが高二秋の高速フォークだったってことですかね?しかし左目が見えないことを結果的に公衆の面前で暴いて野球人としての彼に致命傷を与えた山田のために、指から血を流しながら短時間でフォークをマスターした不知火・・・どれだけいい奴なんだ。

・やっと雑用が終わったと思ったらちょうど練習も終わっている。「おにいちゃんまた練習できなかったね サチ子一生懸命手伝ったのに・・・・・・・・・」。誰にでも臆せず物を言い、毒舌生意気暴力的なサチ子ですが、こういう自己犠牲的行動力が彼女の良いところですね。

・甲子園に向けて新ポジション発表の後の土井垣と岩鬼のやりとり。「スーパースターがファンに尻を向けるこたァないよ」「ひ 一言多い スーパースターはこの岩鬼じゃいアホッ」。後輩に「アホッ」まで言われても土井垣は「きみはドリームボーイじゃなかったのかい」と笑顔でかわす。岩鬼の操縦を通じて人間練れてきた気がします土井垣さん。

・めでたく山田が正捕手に。「おめでとうかよく言うぜ里中のやつ おれが受けるとわざとクソボールばかり投げよって これじゃ だれの目にも おれとは 息があわんとみえるぜ」。モノローグの口調は乱暴だが、山田・里中を見守る土井垣の目は暖かい。そこまでする里中の山田への執着をむしろ評価してるっぽい。
自分をキャッチャーとして認めなかった、追い落とした里中に彼はこの先もずっと優しい。このお坊ちゃんらしい鷹揚さがハングリーの塊のような里中や山田にこの人が食われてしまう部分なのだが、同時に彼の美質でもあるわけで。

・サチ子が入浴中に山田が背番号2番を見せにきて、サチ子が喜んで背中を流す。それを窓の外からのぞく岩鬼が「兄妹のくせに い いやらしい〜〜〜わい!!」と騒ぎたてる。「ぜったいに兄妹でもあれは や やりすぎや」と岩鬼はいうが、サチ子を女として見てるからこその認識では?だいたいなぜ岩鬼そこにいる。風呂のぞきにきたのかい。

・8月2日に明訓は大阪を目指す。新幹線の中と旅館へ向かうバスの中でホームランを打ったのにアウトになる夢を見て寝惚けて騒ぐ岩鬼。後から思えばこれはもろ正夢だった。

・大会初出場なのに宿舎の前に主として女学生がたむろする人気ぶり。この時はまだ山田・岩鬼・殿馬はスルーされてる。
バスから顔を覗かせるなり「わあ〜〜見て見て里中さんよ〜〜」「かっわいい〜〜」と声援を浴びせられた里中の第一声が「ひっ」。「ちぇっだーれもいない」とか言ってたときとえらい違いですが、思わずおびえてしまうところが可愛いというか。「はなしてくれよ」と言いつつも里中はなんか嬉しそうな顔してる。
里中が女の子に騒がれるのを素直に喜んでたのはこの時期だけで、ケガで苛立ってるのに女子集団にしつこくサインをねだられた甲子園後くらいからどんどん女嫌いっぽくなっていきます。

 


(2010年8月20日up)

 

 

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