映画全般についての感想

 

 私が『亡国のイージス』原作を読んだのは結構遅くて今年(2005年)4月のこと。すでに映画化もキャスティングもとうに決まっていて予告編まで出来ていたにもかかわらず思ってしまったのは、「映画化なんて無理なんじゃ」ということでした。〈政治的にまずくないのか〉とか〈あのアクションを実写で再現できるのか〉とかはさておいても、尺の問題がある。単行本1冊分、文庫で2冊分というのは普通ならさほどの長さではありませんが、キャラクターの心情から背景からアクションシーンの動きまで事細かに描写する福井作品ですから、とにかく話の密度が濃い。分量的には文庫本2冊でも情報量は3冊4冊分かもしれない。これをせいぜい2時間から3時間の枠に落としこめるものなのか?

 この〈長さ〉に対するアプローチの方法は二種類あるんじゃないかと思います。一つは『ローレライ』(※9)がやったように、物語の柱の一つ(フリッツの存在)を大胆に削除することでそこから派生するエピソードや人間関係をすっぱりと整理してしまうこと。『イージス』もこの手法で来るかと思っていたら、『オール・アバウト・如月行』(※8)を見る限り、行の父親殺しの場面も「救出」の絵(これは結局本編では使われなかった)も存在している。かなり原作に忠実にエピソードを拾う方向であるらしい、と嬉しい一方で、でもそうするとダイジェストみたいになるんじゃないか?という不安も感じました。そして蓋を開けてみれば想像どおり映画版は二つめの方法、〈個々のエピソードを薄めることでなるべく多くのエピソードを残す〉手法に立脚した作品になっていました。

 とはいっても単純に物語が薄っぺらくなった、ということではありません。原作が細やかに説明するところを俳優の目線や仕草、台詞にこめた感情、間合いなどによって表現してしまう、それによって原作の数十行を数秒に縮める、という時間短縮が行われていたのです。当然そのシーンの細かいバックボーン―そこに至るキャラクターの来歴や詳しい心情―まではわからない。しかし〈何に苦しんでいるのか〉はわからなくても〈何かに苦しんでいる〉のはわかる。あとは前後の状況から観客の想像に委ねるよ、というメッセージがそこここから感じられました。饒舌すぎるほどに語りつくす原作とちょうど正反対のスタンス。それを可能にしたのはアカデミー主演男優賞の方々を初めとする役者さんたちの演技力と、「彼らなら言葉に拠らずして多くを観客に伝えることができるはず」という監督たちの役者に対する強い信頼、原作とは真逆の映画の方法論を積極的に支持した原作者の姿勢だったのだと思います。

 短い台詞と間合いで語るキャラクターの代表格は仙石でしょうか。たとえば杉浦砲雷長が死んだ直後に仙石が艦内放送で呼びかける場面。ここは何度も脚本を書き直したすえ、「・・・・・・」という間の部分が大半を占める形になったそうです。なまじに言葉を連ねるより、真田さんなら「・・・・・・」の部分で深い感情を表現してくれると考えたからだと。また宮津が仙石に向かって「操艦」と二度繰り返して言うシーンでも、鋭い一度目と深くしみじみと発声する二度目のトーンの違いに万感の思いが表現されていました。

 一方その台詞すらほとんどなく佇まいだけで内面を表現していたキャラクターも少なからずいる。とりわけ驚かされたのが宗像一尉を演じた真木蔵人さん。宗像の人となりも名前すら説明されていないうえ台詞も皆無に等しいのに、あの風貌だけでエースパイロットとしての矜持、任務の重さに耐えうる精神力、苦しみなどが全て表現されていました。映画の宗像はほとんど端役といっていいポジションなのにもかかわらずわざわざ真木さんをキャスティングした理由がわかろうものです。ドンチョル、ジョンヒら元某国工作員の人々もこのカテゴリーのキャラクターでしょうか。工作員連中の中では比較的台詞の多かった行も、どちらかといえば〈風貌のみで語っていた〉タイプに入れていいでしょう。

 もちろん「風貌だけ」というのは、見た目が役のイメージに合ってるだけで演技していない、という意味ではないです。例えば行を演じた勝地涼さんの場合、〈監督の指示で、目と姿勢には絶えず注意を払っていた〉そうで、インタビュー(映像あり)などを見聞するかぎり、ご本人は行とは正反対の物腰柔らかな好青年という印象です。あの力強く底に哀しさを秘めた目はあくまで演技だったんですねえ。ジョンヒ役のチェ・ミンソさんも素顔は明るく気さくな方らしいし。いやはや役者さんてすごい。

 この〈観客の想像に委ねる手法〉の問題点は、見る人によって180度解釈が違ってしまったりすること、あるいは解釈以前に「わけわからん」と切り捨てられる危険性があること。実際「説明不足」「意味不明」といった批判をネット上でよく見かけました。私自身一度目に見たときは、「この場面、原作知らない人はきっと誤解するなあ」と思う箇所が少なからずあり、「3回5回と見るほどに良さがわかるはず」という原作者と監督の言葉を信じて結局3度見ましたが、たしかに見返すほどに魅力を増す作品だと感じました。読み取るべき行間がたくさんあるので見るたびに発見があり、作品の深みが増してゆくのですね。DVD化のあかつきには、じっくりと見返しつつまたも細かいレビューなどやってみたいと思っています。

 

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