クラウディア・クシノ

 

 『猫の散歩引き受けます』登場。某都市を実質的に動かしている「評議会」に議長として50年以上君臨する、事実上の都市の支配者。実年齢は96歳だが、若返りを8回も繰り返しているため見た目は30代ほど。知性と上品な色香、ユーモアも兼ね備えた美女。

 家庭よりも仕事を選んだ結果、仕事の上では比類ない業績をあげている、というあたり前作『クランベールの月』のウェンディに共通するものがあるが、内面がハントに似ていたという夫や幼い息子との写真や孫への態度を見るかぎり、クシノ議長の場合は結果的に仕事優先になってしまったものの家族に対する愛情は深いとも思える。ハントが彼女に好印象を抱き、最後には何もかも放り出して自分と一緒に逃げないかと誘ったのも、この都市を守るという使命感に囚われて、自分の身を削りつづけ家族への情も後回しにせざるを得ない姿に切なさと愛しさを感じたからだろうし。

 その一方でクシノ議長には氷のように冷たい一面もある。彼女は自分の後継者になれると期待していたジャニスを「不合格」の一言で迷わず射殺した。ロックはこの時の彼女の精神に〈人を殺す時にはそれなりの憎悪とか決心とかあるはずなのにそれが全くなかった〉と驚いている。ストウは議長が自身の息子であるピエールが暴徒に襲われたのを見殺しにした(どころか暴徒の中に放り込んだ)と激しく憎悪していたが、この時もおそらくは冷然と見捨てたのではあるまいか。彼女が孫たちに憎まれたり保身のためなら自分を切り捨てるものと見切られているのもそうした冷たさに起因するように思える。その点子供をほぼ放置だったウェンディが孫娘に崇拝されていたのと対照的だ。

 ただ彼女はストウに「ピエールを(助けられなかったことが)母親として どんなに無念で悲しかったこと・・・か」と辛そうに語り、またジャニスを射殺した直後に「あなたには 誰より期待していたのに また何年も待たなきゃいけないのね 何年も・・・・・・」と苦しげにつぶやいている。前者は殺されかけている状況からすればストウを懐柔するための嘘とも取れるが、後者は誰も聞いていない独り言であり嘘を言う理由がない。おそらくは判断を下さなければならない瞬間には冷徹な行政マシンに徹することができるが人としての感情を失っているわけではなく、判断を下した後には人並みの痛み苦しみを感じ取っているのだ。

 いかに有能とはいえ冷徹一方で情のないリーダーには人はついてこない。時に冷酷になれることは必要だが同時に懐の深さと思いやりも兼ね備えているようでなければ50年以上にもわたって大都市を治めることなどできないだろう。逆にいえばこの〈情〉の部分も、優れた統治者であり続けるためにそうした人格を無意識に作り上げてきたとも取れる。おそらくハントはそこまで見通したうえで、自分の全てをこの都市のために捧げている彼女に憐憫を覚えたのではないだろうか。

 しかし一緒に逃げようという誘いに彼女が応じた場合ハントはロックのことはどうするつもりだったのか。ロックも含め三人で逃げるつもりだった?まああれは彼女が決して応じないのをわかったうえでの言葉だったのだろうが。〈逃げられないのはわかってるけど、どうして辛い選択ばかりするんだよ!〉と、誰もが評議会議長としての彼女に依存し、あるいは打倒しようとしてるなかで、一人の女性としての彼女を気遣い、その哀しみを理解してる人間もいると伝えたかったのかもしれない。

 

 

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