「ロゴス・アカデミー」と条件づけ

 

 『ソード・オブ・ネメシス』の中でゴダン・コーポレートの警備部長だったハシェットが追われる身となってラヒブ(ハインズマン)やニムバスの部下だったジャフィットと行動を共にするようになった時、ラヒブから「会社に忠誠を尽くすよう条件付けされているのではないのか?」と問われる。それに対するハシェットの答えは「ああ だが もう 会社は 「ゴダン」はなくなった 今の「ゴダン」は ただの脱け殻さ」。「条件づけ」とはどういうものか具体的な説明はないが、現代の我々も課せられているような職務上知り得た機密情報を社外に漏らさないことはもちろん、会社に不利益になるような行動は一切取らない、取れないように強い制約をかけるということであろう。といっても『エネセスの仮面』における「会社」所属のエスパーたちのように体内に爆弾を仕掛けられたり細菌を植えつけられたりという物理的な拘束ではなく、強烈な催眠暗示によって会社に逆らうような言動を取ろうとすると異様に強いストレスを生じるような仕組みなのではないか。だからゴダンが崩壊同然となり、〈実質ゴダンはなくなった〉と見なしうる状況が成立したことで、「条件づけ」の制約を受けずに会社から「生きている岩」を持ち出すような行動も取れるようになったわけだ。

 この「条件づけ」という単語から思い出されるのが聖先生の別作品『TWD EXPRESS』だ。第2巻にメインキャラの一人デューク・スターンがその母校「論理学究院」(ロゴスアカデミア)と「誓約」について語るくだりがある。「(論理学究院とは)簡単に言うと・・・ 銀河系で最も進んだコンピュータ専門学校さ 各惑星から特に優秀な人材を集めて 最新のデータと莫大な資料によって・・・・・・ コンピュータエンジニアの 超エリートを創り出すわけさ その時に誓約をさせられる」「アカデミーの出身者はその能力を悪用しないように徹底した条件づけをされる それが誓約だ!」。ハシェットの場合はあくまで彼が籍を置く企業に対する「条件づけ」だったが、論理学究院の出身者はその気になれば世界を転覆させられる(作中でデュークたちがやられたことを見るかぎり充分可能だろう)だけに、社会全体に対して能力使用の制限をかけられているわけだ。SFの古典『デューン 砂の惑星』に登場する「帝国式条件反射(インペリアル・コンディショニング)」のようなものか。そして帝国式条件反射がある手段を用いることで無効化できたように、論理学究院の「誓約」も無効化する方法がある。帝国式条件反射の無効化手段が多分に情動的なやり方だったのに対して「誓約」のそれは、「かなり複雑なプロセス」というデュークの表現と考案者ディミトリアス・ヘレネのパーソナリティからして冷徹に細かい計算を積み重ねていったものである可能性が高いと思われるが。

 さて本題はここからで、この「論理学究院」によく似た名称の組織が『超人ロック』にも登場する。『ミラーリング』の中で連邦軍情報部に所属する才媛、エリアル・グラントの母校として紹介されるのが銀河系きっての天才養成校「ロゴス・アカデミー」なのだ。名前、性質、卒業生に特注の指輪が送られるところまで「論理学究院」を彷彿とさせる。もっとも「ロゴス・アカデミー」が学校で最優秀の一人にしか「ミラーリング」を与えない(該当者なしの年も多い。グラントは久々の「ミラーリング」ということで相当優秀なのがわかる)のに対し、「論理学究院」の方は同期?に大天才ディミトリアス・ヘレネがいたにもかかわらずデュークが指輪を持っていたので卒業生全員に(「誓約」をしている証明もかねて)付与しているらしい点が違っている。

 これだけ同一の組織と言ってもいいくらい「ロゴス・アカデミー」は「論理学究院」と似通っているのだが、「ロゴス・アカデミー」の方は「誓約」のような条件づけの有無について触れられていない。コンピューターの超天才が能力の用途に何ら制約を課せられてないとしたら危険なことこのうえないので、言及がないだけで「誓約」のようなシステムはおそらくあるのだろう。ただ「ロゴス・アカデミー」に在籍した過去がありながら「誓約」的な条件づけを受けていないのが明らかな例がある。『ミラーリング』のヒロインの一人というべき天才ハッカー、カサンドラ・アル・ハッサンのケースがそうだ。相棒のバーコフともども連邦に追われてたくらいで、 彼女が非合法行為で生計を立てているのは間違いない。カサンドラはアカデミーを中途退学しているから「条件づけ」が行われる前に学校を去った、というのが真相なんだろうが、多少ともアカデミーの教育に接した人間が犯罪者になってしまったというのは、アカデミーが知ったなら蒼白になりそうな案件ではある。

 もう一人、「条件づけ」を受けていないと思われるのがランである。彼の場合そもそもロゴス・アカデミーで学んでないのだから当たり前なのだが、「ミラーリング」であるグラントが自分を超える「本物の天才」と認めたカサンドラが「本物の天才ね」「信じられないわ」と感嘆したほどの能力があり、カサンドラすらゼロから構築することは不可能なプログラムを14歳足らずで作り上げた超天才が、銀河系中の才能を選りすぐって最先端の教育を与えている──同時に悪用すれば社会の害毒にもなりうる能力の使用法に枷をかけもする(たぶん)──組織と別個に誕生しえたというのはなかなか危なっかしい話ではある。事実彼はごく個人的な動機から2万人のエスパーを消去する計画を考案し、自身が作り上げたコンピュータープログラム「エレナ」を使ってそれを実行した。後に「エレナ」のバックアップを手に入れたカサンドラも、自分たちを受け入れなかった社会への復讐を行おうとした。グラントの上司であるエイブル大佐風に言うなら「倫理観に問題のある人物」が何らかの「条件づけ」を受けることなく自在にその能力を振るえる状態にあったわけで、どちらの計画もロック(たち)がいなければ成功していたろうと思うと背筋が寒くなるものがある。

 ただランのケース=「皇帝計画」は仮に彼が「条件づけ」を受けていたとしても実行にうつされなかったかは微妙なものがある。上で書いたように「条件づけ」のメカニズムは催眠暗示によって会社や社会に対する背任行為を働こうとすると強烈なストレスがかかって身体的苦痛をも生じる、といったものかと思うのだが、「エレナ」を偏愛する彼にとってエレナのシステムに深刻な障害をもたらしかねないエスパーは存在するだけで害毒であり、エスパーを消去することに何ら良心の呵責もストレスも感じないのではないか。つまり「条件づけ」がなされていたとしても全くストッパーとして機能しなかった可能性があるのだ。そもそも「皇帝計画」とは2万人のエスパーを人工要塞ごと抹消する役割を担う連邦軍の艦隊─正確には艦隊に攻撃命令をくだす軍の高官たち─の良心の呵責を弱める、攻撃の「いいわけ」を用意することが主軸となっていた。エスパーを「害虫」もしくは「便利な道具」と見なしながら、それでもいざ殺すとなれば良心がとがめて当たり前、という人間心理を十二分に理解しながら、ラン自身はそのごく人間らしい心理から離れたところにいる─ますます背筋が寒くなってくる。

 その気になれば世の中を引っ繰り返せるような能力を持った者たちはその能力の使用に制限をかけられるべきである。この論理学究院の考え方は社会秩序を守るためであると同時に、卒業生たちを守るためでもあったろう。彼らがある程度能力を限定的にしか使用できないがゆえに、彼らは社会から受け入れられているのだから。こうした制限なしに人並み外れた能力を持つものと共生しなければならなかったとしたらかなりの恐怖だろう。一般人がエスパーを迫害するのはまさにこの「恐怖」に由来する。制服に発信機を仕込んだり体内に爆弾や細菌を仕掛けたりするのも、エスパーたちの行動を制限し管理下に置きたいからだ。突出した才能を持つというのは不幸と隣り合わせなのだな、と「条件づけ」を通して改めて考えてしまった。

 

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