麻薬中毒者は理想郷の夢を見るか?(2)

 

 それにしても、政府はなぜスラムに戦闘機を派遣して住民を抹殺したりしているのだろうか(はっきり政府と書かれているわけではないが、戦闘機を派遣できる資力・権力・理由を持っているのは政府であろう)。国家・自治体として表向きは「スラムの連中を食わしてやらなくちゃいかん」が金銭面その他で彼らを生かしておく余裕がないというのなら、素直に「フィーダー」の提供する食料に毒を入れておけば済む話である。「あれ」を混ぜておけば病気や怪我にも気づかなくなるのだから、同時に毒を盛られても気づくことなく静かに死んでゆくだろう。わざわざ別口で暗殺者を送り込む必要などないはずなのだ。事故死を偽装するにも、戦闘マシンが現場に出入りしていればスラム外の人道主義者に見つかり糾弾される可能性が増えるわけで、毒殺の方がずっと適切な手段のように思われる。高温で焼き払い遺体を残さないことで行方不明の体裁を取ろうとしたのだろうか?確かに死体がゴロゴロ転がっているのが目撃されれば組織的に大虐殺を行ったと疑われてしまうのに対し、死体が出ない分にはスラムからどんどん人口が減っていっても〈彼らが自由意志で出ていった〉と言い抜けることができる、そういうメリットはあるかもしれないが・・・。

 一番可能性が高いのは、業者から「あれ」を買いつけているのとスラムに戦闘機を送り込んでいるのとは別人だということだ。政府の中にも嫌々にもせよ公共福祉のため「スラムの連中を食わしてやらなくちゃいかん」と考えているグループと〈生産性のない犯罪者とその予備軍など生かしておく必要はない〉と考えているグループがあって、それぞれにその思うところを実行しているのではないか。命令系統が別々だから生かそうとしながら殺そうとするような矛盾した結果が生まれるのだ。

 そして命令系統が違うからといって、くだんの「あれ」の業者がスラムで行われている「虐殺」を知らないということはないだろう。はっきり知っていることを示す発言はないが、業者の男が「病気や怪我に気がつかなくなるのさ 最後まで 何の苦痛も感じない」と語る前後で問題の虐殺場面が挿入されている。これは「最後まで 何の苦痛も感じない」という台詞を発する男の中で、具体的に〈苦痛を感じない最後〉を現在進行形で体験している人間の存在、それがどのような形でもたらされているかがイメージされていることを暗示しているのではないか。この男は「豚のエサのようなしろもの」を美味しく食べられるようにする、いわばスラムの住人の生命の存続をサポートする側に一応は身を置いているはずなのに、その生命が次の瞬間に消されていくことに何の痛痒も感じていないかのごとくである。それどころか薬が切れて自分たちの状況に気づいた、ないしは単なる禁断症状の結果として住民が暴動を起こしたとしても「そうなったらさっさと別の星へ行けばいいのさ」とうそぶく。彼にとってスラムの麻薬中毒者たちは単なる飯の種でしかないのだ。住民が暴動を起こそうが、あるいは次々殺されていってスラムが自然消滅しようが彼が困ることはない。取引相手を失いはするだろうが、一つの街が稼ぎにならなくなれば次のシマに移るだけのことだ。スラムが全宇宙規模でどんどん拡大している中、商売相手はいくらだっているのだから。彼ら自身はスラムの住民を殺しているわけでも麻薬をばらまいているわけでもない、それどころか政府のお墨付きを得て正規の医療機関と同じような薬を扱っているれっきとした福祉事業者だ。しかし麻薬中毒患者とスラムの存在を前提として経済活動を行い、彼ら一人一人の命や人生を一顧だにしないそのやり口は、弱者を食い物にして肥え太る死の商人も同然と言ってよい。

 とはいえこんなふうにスラムを食いつぶしてゆけば、いかに宇宙が広かろうがいつかは頭打ちになる。それこそ部下の男が言うように人類そのものを食いつぶし滅ぼしてしまいかねない。しかし仮にそうなったとしても「おれには関係ない」と男は気にする様子もない。人類が滅べば当然自分だって生きてはいけないはずなのに。もっとも現代においても一部のグローバル企業は似たようなことをやっているわけで、他人・他国を食い物にし骨までしゃぶったうえで捨てることを繰り返していけばいずれ自分も餓死するとはなかなか考えられないもののようだ。

 それでも「さっさと別の星へ行けばいい」男たちはまだわかる。麻薬中毒者の更正をはかるどころか怪しげな業者に補助金まで出して、社会福祉の名のもとスラムの存続・拡大を実質推進してすらいる惑星政府ないし市議会の人間たちは何をやっているのか。彼らは星間企業の業者とは違い、一つの星一つの街に根ざした存在である。ここがダメになれば他の星に逃げればいいでは済まないというのに。業者の男も気づいている(であろう)くらいで彼らだって政府の中の反対勢力がスラム住民を暗殺してまわっていることを知っているだろうに、それも放置している。「スラムの連中を食わしてや」るというミッションはきちんと果たしている、自分たちのすべき仕事はやっているのだから、それ以上のことは(彼らの命がどうなろうと)関係ないということだろう。むしろ食わしてやるべき人数が減ってありがたいとすら思っているかもしれない。言うなれば消極的共犯である。業者の男が商売相手に困ってなさそうな様子からして、スラムを抱える都市の政府は大方こんなものなのだろう。そもそも銀河連邦にしてからが上層部はアフラに取り込まれてしまっているくらいだし。

 ただ例外的に麻薬撲滅・スラム一掃を目指す志ある人々もこの物語には登場してくる。「工場の星」を調査すべく軍の高官に話を持ち込んだ連邦のソエダ議員とその依頼を受けて非公式にイセキ少尉を派遣した「将軍」、政治生命をかけてスラムを一掃しようとした惑星「ハリナ」「マルデロカ」市のコッホ知事らである。彼らは買収にも応じることなく巨悪に立ち向かおうとした。が、そんな彼らがどうなったかといえば、ソエダと将軍はエルナに、コッホ知事は「ソーマ」で洗脳されたロックによってさっくりと殺されてしまうのだ。そして殺されるシーン以降ラストに至るまで、彼らの勇気や功績が讃えられることもその死を惜しまれる場面もない。何とも報われない話ではないか。確かに直接手を下したエルナも命令を下したアフラも死に「工場の星」も壊滅して、この先「聖者の涙」の普及が進んで中毒患者も減少していくだろうことが示されてはいるのだが・・・。正しい人が相応に報われず、人類が滅んだとしても「おれには関係ない」とうそぶきスラムの住民を食い物にしている男は何らの罰も受けてはいない(麻薬中毒者及びスラムが減っていけば商売に障るだろうが)──この非勧善懲悪的なやりきれなさが『ロック』らしいといえばらしいのだけども。

 

 

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