「すばらしい構築物! 不気味でしかも美しい!」

 

 前回(「ランとニアのエロティックな朝」)に引き続き、何だこれ?と思われそうなタイトルです。このタイトルの出典がわかる人がはたしているのか(笑)。『新世界戦隊』(ランデヴー版)導入部、第2ページ目における名無しのエスパー(アニメ版のウモスに当たる男)の台詞がこれ。ストーリー開始後初めての台詞らしい台詞でありながら見事に意味不明。直後に「おれは!なんでここにいるんだ?」「おれは・・・・・・ ・・・・・・だれだ?」と男が記憶を失っていることを自覚し〈ツアーを殺せ!〉との暗示を受けるので、話がそちらへ行ってしまい「すばらしい構築物」が何を指していたのか全くわからないままである。

 普通なら男が記憶を取り戻す手がかりになる何か、たとえば男の職業(構築物に興味を持つんだから造型作家とか建築デザイナーとか。しかし体型的には設計する側より建てる側、肉体労働者風味である)を示唆していたりするところだが、この台詞はその後一切触れられることなく男も記憶が戻らぬまま死んでしまう。男の素性を知るうえのヒントとしてはまるでなっていないのである。ならば男とは無関係にストーリー上の伏線として機能しているかといえば、それらしい様子もない。とりあえず彼の生活圏(たぶん)でありエスパー五人組の出発点となった場所が大都会だというのがわかる(後の描写からすると惑星ディナールのどこからしい)くらいだ。つまり上で書いたようにおよそ意味不明な台詞なんである。ただかえって意味がわからないゆえに、そしてその後の展開から乖離しているゆえに、私は初読の時から妙にこの台詞が引っかかってしょうがなかった。「不気味でしかも美しい!」と形容される「すばらしい」構築物っていったい何だ?(男の目の前に広がる光景は巨大なビル群とカーブを描く道路、ドーム状の建物などだが、これらを「構築物」と表現するだろうか?)記念すべき商業誌初の『ロック』作品の最初の台詞だけに、何がしかの意図もしくは思い入れがあったんじゃないかと折りにふれ思いめぐらせてきたものだった。

 思いめぐらせてきた結論としては──わからない!(笑) 聖先生独特のセンスから生み出された謎台詞に私の想像力などが太刀打ちできるもんじゃない。ただ先生の狙いがどうだったかは置いて、この台詞は物語の空気感を作るうえで一定の効果をあげてはいる。1コマ目で1ページを丸々使って描かれた、霧に霞む巨大ビル群を見上げて男が一人佇む姿、大柄な男が小さく見えるスケール感で迫ってくるような圧倒的かつ人工的な都市の景観。その光景がどことない不安と連動したミステリアスな魅力を読者に感じさせる。これは数ページ後で男同様記憶を失ったアゼリアが酒場から出て高層タワーの群れを見上げる場面にも引き継がれる。見知らぬ街へ一歩を踏み出した彼女の不安感と寄る辺なさ、同時にからんできた男を自前の超能力で倒した─倒せる力を自分が持っていると知った(男が急に悲鳴をあげて倒れても驚いてないので、それが自分の力によるものだと自覚しているはず)高揚感を、冷たく見下ろしてくるような街並みとそれを怖じずに見上げるアゼリアの姿から感じ取れる。意味ありげな台詞が何の説明もなく放ったらかされること自体が『ロック』特有のクールでドライな雰囲気を生み出している。

 思えば「不気味でしかも美しい」というなら、この物語そのものがそうである。自分が何者かもわからぬまま未知の敵に翻弄される、それも直接頭の中に指示(「ツアーを殺せ!」)が、逆らいがたい力で送り込まれてくる。共に行動する仲間も何者なのか本人にさえわからない状態で信用できるのかも怪しい。先行きの見えないままわずかな手がかりを頼りに前進する彼らの不安感を読者もまた共有する。加えて読者にはランとエレナ、長官の織りなすもう一つのストーリーが並行して提示され、彼らが5人のエスパーたちとどう関わってくるのかさらに悩まされることになる。

 そして最終話、ついに二つのストーリーが合流したところで戦慄するような事件の動機が明かされるが、直前にランとエレナの別れが描かれているだけに、ランというキャラクターの持つ歪みと背中合わせの哀しさが伝わってくる。描きようではもっとオタク少年による異常犯罪的な、グロテスクにもなりうる内容を、人間と人外の者の悲恋風の一種ロマンティックな美しさを帯びた物語に決着させている(ちなみに『ロック』のビブロス文庫版13巻(『クロノスの罠』ほか収録)の巻末解説で、大ヒット漫画『美少女戦士セーラームーン』の作者・武内直子氏が『ロック』への傾倒のほどを語っておられるのだが、彼女の初『ロック』は何と『新世界戦隊』だったという。小学五年の時に読んだこのエピソードの「カッコイイキャラ、クールなフンイキ、スケールの大きさ、少し哀しいストーリー」に参ってしまったのだとか。この「少し哀しいストーリー」というのは主にエレナの〈死〉からラストにかけてを指しているのだろうが、小学5年であの複雑な物語に感動したという早熟さには驚かされる)。

ミステリアスでクール、倒錯的で不気味でしかも美しい。あの台詞が冒頭にあることで、1p目の街の情景とあいまってこの物語に対するに相応しい精神状態が読者の内に用意されたのである。まあ仮に聖先生にあの台詞の意図を聞く機会があったとしたら、「そんな台詞あったっけ?」と返されそうだけど。

 

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