ケルトン

 

 『猫の散歩引き受けます』登場。某都市の「スラムの半分を仕切ってる」「はげのおやじ」。表向きはかたぎの金融会社の社長。

老獪な狸爺といったところで、「表の方の実力者」の依頼でクシノ議長を暗殺しようと狙う一方ハントを使って議長と手を握る道も探るなど、自分の勢力を維持できれば基本誰と手を組むことも辞さないリアリストである。

 気になるのは「仕切ってる」のが「スラムの半分」というところで、じゃあ残り半分は誰が仕切っているのか。普通に考えればストウの「クラックス」だろうが、スラムを失くすことを旗印とし「スラムの希望の星」と呼ばれている彼らが、スラムの半分の仕切り役というのも妙な感じがする。あるいはケルトンの手からスラムの半分を取り返した、すでにスラムの半分は解放されているということだろうか?しかしストウとケルトンは多少の緊張感はありつつもはっきり敵対するのではなく共存しているようであり、「クラックス」を支援してきた連邦が手を引こうとしていることからしても彼らの計画が順調に行っているとは思えない(デイビスが指摘したように小規模なサイバーテロをちまちま仕掛けているだけでは市に真のダメージを与えるには至らない。極力人的犠牲を出すまいとするがために効果的な攻撃を成し得ていないのが「クラックス」の現状だろう)。

 そもそもストウもジャニスも、スラムを失くし劣悪な環境から住人を救い出すべきだと主張する者たちはなぜか半分とはいえスラムを仕切っているケルトンを敵視しない。ジャニスなど議長を倒すという目的のもと手を組んでさえいる。彼らの敵意や怒りが向かうのはスラムを温存するような政策を取るシティ、正確にはその実質的支配者であるクシノ議長なのだ。つまるところスラムについてもケルトンが「仕切ってる」のは表面だけで(そもそも「仕切ってる」という表現自体が、さらに上にいる誰かの支持で現場を任されてるというニュアンスを感じさせなくもない)、実質的にはクシノ議長が支配していると見るべきなのではないか。

 もう一つケルトンがらみで気になるのは、ストウたちが訪ねてきた直後の「しかし 「クラックス」がつぶれたらどうするつもりなんだ?」という呟きである。部下に聞き返されて「なんでもない ひとり言だ」とごまかし「やれやれ わしも年を取ったかな」と溜め息をつくあたり、これは人に聞かせるべきではない言葉だったのだ。となれば実はこの台詞に物語の根幹に迫る手がかりが隠れている可能性もある。

 この言葉、「どうするつもり」の主語は誰なのだろうか。流れ的には直前に連邦がクラックスから手を引く話をしているので連邦が主語と取るのが普通だろう。ジャニスに言わせれば連邦はこの都市の豊かさに目をつけており、連邦からも惑星からも独立している市を支配下に置きたがっている。評議会と議長を敵視する「クラックス」を連邦が援助するのもそのためだ。だから手を引くことで「クラックス」が潰れてしまえば連邦は議長を倒すための手駒を失うことになる。そうなったら連邦は困るのではないか、という意味の台詞だと取れる。

 ただ本当に困るのかと考えると、有能な手駒を捨てるのなら困るかもしれないが、現状いい結果を出せてない「クラックス」を切ったところで状況は変わらない、無駄に資金を援助せずに済むぶん得になるだけとも言える。連邦以外に「クラックス」が潰れることで損をする人間は誰か。他に考えられるのは組織を失って理念を叶える手段を失うストウ、そして意外なようだが「クラックス」の破壊工作の対象であるシティ、つまりクシノ議長である。

 「ピエール・サンティニ」の項で書いたように、スラム住民に出世の希望を持たせる「サンティニ・ホール」の存在が一面スラムの温存を助ける形になってきた。同様に「スラム希望の星」と呼ばれるストウと「クラックス」の存在もまた、スラム住民に希望を持たせることでシティへの反感に対するガス抜きとして作用しているのではないか。「クラックス」の破壊活動は実質的打撃にはならず、スラム住民が不満の高まりによって暴動など起こすことを未然に防いでくれる─「クラックス」の存在が実は敵であるはずのシティを助ける形になっているのだ(もちろん議長を父の仇として憎むストウが意図的に議長を利するために動いているわけではないだろうが)。

 ケルトンはこのあたりの事情を指して、「クラックス」がつぶれたら議長は今後のスラム対策をどうするつもりなのかと思案したのではないか。議長にとって、そしてケルトンにとっても〈現在の状態〉が続くのがベストなのだろうから。ただケルトンにとっては現状を維持してくれる「議長」はクシノであっても彼女に代わりうる優秀な誰かであっても構わないわけで、だから高齢のためあと何年議長職を続けられるかわからないクシノと優秀ではあっても市の実質支配者となりうるかの器量の程はまだわからないジャニスとを天秤にかけたのではないだろうか。

 

 

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