山田　太郎

　

山田は日頃は「気はやさしくて力持ち」だけども、いざ試合となるとかなりえげつない戦術も取ってくるイメージがあります。高一夏白新戦での不知火に対するインコース攻めとか。土門が吾朗に、「野球をしている時の山田をいつもの山田と同じだと思うな」というようなことを言ってましたが、いざ勝負となると人が変わるイメージです。

でも山田という男は、本来はそれほど「勝つ」ことに執着するタイプじゃない気がするのです。かつて柔道で賀間と試合った時、口では「私情はいかん」「いままでぼくは勝負に恩情をかけたことは一度もない」と口では言いながらも左手首を負傷した賀間に合わせて左手一本で戦っているし（柔道部員にボールをぶつけまくるなど練習は相当スパルタですが・・・）。サチ子を人質に取られたりじっちゃんが万年蹴りを食らったりといった身内を傷つけられた時こそ激怒するけれど、基本的には試合中にも相手に怪我させないよう気遣ってるんですよね。どんな手を使っても勝つことに執着した賀間に「そこまで見せつけられると優勝いちずの執念もへどがでるよ」と言ってたり。勝つことにこだわるのはむしろ岩鬼や里中であって、「野球はもっと楽しんでやるものだよ」（『大甲子園』１９巻）というのが本来の山田のスタンスなんじゃないかと思います。

その山田が高校に入ってから「常勝」明訓高校の栄誉を築いていくことになるわけですが――結論から言ってしまうと、山田が勝利に向かう原動力は「自分が勝ちたい」というよりまず「里中を勝たせたい」なんじゃないかと思うのです。高一夏土佐丸戦で頭部に送球を食らってもホームを目指して走った里中、いわき東戦で先制の一点を入れられた後にベンチ奥で負傷の頭に水をかぶって「ちくしょうちくしょう　ま　負けてたまるか」と叫んだ里中――投手生命を賭けても目の前の敵に負けまいとする里中の執念に何とか報いてやりたいという思いがあるんじゃないでしょうか。

このいわき東戦の中で山田が敵の盗塁王・足利に対して「必ず刺す！！殺す！！」と心で叫んでる場面がありますが、「刺す」も「殺す」も普通に野球用語ではあるものの、山田の表情といい背景の効果といい本当に足利を殺しに行きかねないド迫力。何の恨みも義憤もない相手に対して、こうも思いつめた顔をする場面って中学時代はなかったはず。山田をそうさせるのはやはり「このがんばりやのため」なんじゃないかなあ。

県大会初戦の時点ですでに兆候は表れてます。一回戦で不知火の白新に勝って初勝利を収めた直後、「やったやった山田やったぞ」と飛びついてきた里中を抱きとめた山田は「おめでとう里中〜〜〜」って言うんですよね。山田自身の（それも高校初の）勝利でもあるというのに「おめでとう」とはまるで他人事のような。つまり山田は自分が勝ったことより里中が勝ったことが、勝って喜んでいる里中を見るのが嬉しいんですね。これは山田が根っからの捕手―投手を支えることが捕手の本領という考え方をしてるからなんでしょうが。野球してない時でも、他人の痛みを代わりに引き受ける（身代わりに殴られるとか）のを当然のようにしてる人ですし。

そして上述のいわき東戦。いちかばちかの突っ込みで緒方のホームインを阻止し２対１で明訓の勝利が決定した時の山田の第一声は――「里中〜〜　やった　完投だ」。記念すべき甲子園初出場初優勝の瞬間に、山田が真っ先に口にしたのは「優勝」ではなく「完投」だった。優勝そのものよりも里中が痛みに耐えて最後まで一人で投げぬいたことの方が山田には大きかった。もちろん懸命のリードで里中に完投させた自分を誇らしく思う気持ちも混ざりあってたんでしょうが、それも含めてこのバッテリーの絆の強さを端的に表した屈指の名台詞。個人的には『ドカベン』シリーズ中で一番好きな台詞であり場面でもあります。

（こんないい台詞なのに意外に話題にのぼらないなーと不思議に思ってたら、なんと文庫版では「やった〜〜　里中　優勝だ」に変更されてる！やっぱり初優勝なのに完投の方を真っ先に喜ぶのは不自然ということなのか？そこであえて完投の方を喜ぶからこその名シーンなのに。水島先生的にはそこまで思い入れのない台詞だったんでしょうか・・・非常に残念無念です）

　

追記−読み返してみたら『プロ野球編』で里中・瓢箪のバッテリーが初勝利を挙げた時、瓢箪さんも「里中おめでとう」って言ってますね。他のロッテ内野陣が「やったぜリトルジャイアンツ」とか里中をねぎらうのは初登板初勝利のチームメイトに対して自然な反応でしょうが、瓢箪さんは自分自身も初出場初勝利なのに「里中の」勝利を祝っている。山田との初対決に勝ったあとも「おまえがいい投手だからいい捕手になれるんでゲス」「所詮捕手など投手次第でゲス」と語ってます。あくまでも投手を立てて縁の下の力持ちに徹するのが優れた捕手ということなのかもしれませんね。

　

　

（２０１０年３月１９日ｕｐ）