殿馬 一人

 

里中についで好きなキャラクターが殿馬です。『大甲子園』26巻のあとがきによると殿馬は女性人気が高かったキャラだとか。水島先生も書いてる通り容姿は到底カッコいいとは言い難いのに。どんぐり目、ダンゴっ鼻、出っ歯、チビで短足とどこをどう見ても美男子ではない。あの独特の喋りやズラズラと脱力した動き方にしても、およそ二枚目キャラの常道を逸している。もっとも登場当初こそかなり奇天烈だった外見も少しずつ落ち着いてきて、高二春あたりにはぬいぐるみ的な愛嬌のある、一種可愛い顔立ちになった(『プロ野球編』第1巻で殿馬の部屋にファンから贈られたらしい殿馬をかたどったぬいぐるみが飾られてます。やはりぬいぐるみ化しやすい顔なのね)。

『幻想甲子園物語』という高校野球マンガを幅広く取り上げた本(とくに『ドカベン』度多し)の中に「殿馬の前に殿馬なし。殿馬のあとに殿馬なし」と題した項があるのですが、「高校野球マンガ史上、「守備の名人」は誰かと問われたら、90パーセント以上の人が「明訓高校野球部でセカンドを守っている殿馬」と、答えるのではないだろうか。それだけ、殿馬の守備は卓越している」「明訓高校野球部の黄金時代を支えた選手たちは(中略)フィールディングの上手さにも定評があった。そんな中でも抜群の守備センスを見せていたのが、セカンドの殿馬一人であった」と絶賛の言葉が並んだ次のページの殿馬の顔写真−作中のコマ(顔のアップ)の抜粋−を見た瞬間思わず吹いてしまいました。わかってはいても、抜群の守備センス、天才的プレーという言葉からイメージされる外見とのギャップが何とも(笑)。
まあだからこそ野球もピアノも天才で頭も良い(中三時は学年で二番の成績)と、一人で二物も三物も備えていながら嫌味なく好かれるキャラクターになったのでしょうが。

言動についても中学時代は何かとテンション高かったのが、高校になると寡黙とは言わないまでも(あいかわらず何かと岩鬼にツッコミ入れてますし)チーム随一の冷静沈着キャラという位置付けになっていきました。上で述べたような三枚目的な外見・喋りにもかかわらず殿馬がきわめて格好良い印象を与えるのはそこに由来している。無言の格好良さ。適切なタイミングでさらっと適切な言葉をかけてくれる頼もしさ。それが殿馬というキャラクターなのだと思います。

鷹丘野球部時代すでに「秘打 白鳥の湖」ほかで非凡な才能の片鱗をみせている殿馬ですが、彼の守備の才能が最初にはっきり発揮されたのは高一夏の白新戦。土井垣の悪送球を巧みにキャッチしつつ不可抗力にみせてランナーにわざとぶつかりアウトに取ってみせた。徳川が言うとおりの高等技術。
殿馬はまだ野球をはじめてから一年になるかどうか、中三のときの東郷戦では山田に言われるままグローブをベース前において山田の送球を待つレベルだったのに、正式に入部もしないうちに徳川のごぼう抜きノックを脇から飛び出しざま華麗にキャッチしたように、彼の長足の進歩には見るべきものがあります。

それはもちろん天才的素質があればこそですが、それ以上に彼は非常な努力の人なのだと思います。「秘打 白鳥の湖」を初めて披露したときに「すごくつかれる打法だからあんまりやりたかねえ」、「秘打 花のワルツ」の時には「(打つ)そのたびにバット一本損こくづらによ」と言ってますが、つまりいきなり思いつきで技を出して成功したわけではない、白鳥の湖も花のワルツも人知れず練習を積んだすえに習得したということですね。
表面は涼しい顔をしながら、陰では驚くほどの努力を重ねている。高二夏白新戦前のマシン練習や学秀院中学時代の指の切開手術がまさにそう。実はものすごい努力家であり、負けず嫌いなのだと思います。だからピアノと野球との間で迷いながらも、負けたまま終わりたくなくて高校でも野球をはじめ、自らホームランを打つために野球部に戻り、弁慶高校に敗れた後ひとまず音楽と訣別して野球に専念することにしたのでしょう。

山田に関心を引かれて鷹丘に転校し、山田と戦ってみたくてプロに入り、山田がいるから引退を伸ばしてスーパースターズに入り、と本人の発言を聞くかぎりでは山田中心で去就を決めている殿馬ですが、実際の行動を見ると山田よりむしろ里中の方をより心にかけているみたいに思えます。
高二春の甲子園決勝のさい、「ここで守らにゃおまえは倒れちまうづらからな」とファインプレーを連発して崩れる一歩手前の里中を支えたり、その前にも「犬神にはもう山田を攻める材料はネタ切れとみたづらぜ(中略)明訓はよぉ山田でもってるチームづらぜ 山田を信頼するづらぜ」と山田への信頼回復=里中の精神の安定を促したり。
この試合で念願のホームランを打ち野球を続ける理由のなくなった殿馬が、世界的ピアニストから誘いを受けながら回答を先送りしてミニ大会に出場したのは、右ヒジ負傷で一時野球部を去らざるを得なくなった里中に「野球をつづけてくれ」と頼まれたのが直接の契機だったようですしね。
『プロ野球編』の6巻で初めての自主トレのさい飛び入り参加した広仲に「チビのよしみ」で秘打を一つ教えてやってるように、殿馬は小柄のハンデを背負って頑張っている人間にはそれだけで親しみを抱く傾向があるようです。だから小柄・非力のハンデを必死の努力で補って常勝明訓のエースを張っている里中を、自分も無類の努力家だからこそ何とか支えてやりたいと感じてるんじゃないでしょうか。

状況を見るに明らかに山田を追って明訓に入学したらしい殿馬は、しかしすぐに野球部に入ろうとはしなかった。中学時代音楽室で山田に「これで中学での野球はぜーんぶよォ終わったづらぜ」と言ったのには高校でまた野球をやるというニュアンスが感じ取れるのに、高校編初登場の場面で殿馬はやはり音楽室でピアノを弾いている。おそらく山田への関心から一時のつもりで始めた野球に再びはまりこむことにためらいがあったのでは。その間どうしてもピアノの方はお留守になってしまいますし。
しかし同時に自分のホームスチール失敗(もともと一か八かの賭けだったのだから殿馬に非はないと言っていいのだが)で負けたままで終わるのが悔しくもある。逡巡のうちに野球部のグラウンド周辺をうろうろしていた時に、ちょうど里中と大川先輩のピッチング勝負に行き当たってついバッター役を買って出てしまい、それで野球部に入る意思を固めたというのがあの電撃入部に至る気持ちの流れだったのだと思います。

この勝負の時、殿馬は里中の本気の球をバットを振らず見逃して「あんまり速くて手が出ねえんだよ ばーか」と言ってますが、あの小林の速球をホームランした男が全く手も出ないということがあるだろうか。ましてその前には大川程度の球を空振りしている。勝負の直後、土井垣がいる以上里中に必要な山田は出場できないと口にしてるあたりからしても、殿馬は里中が大川に喧嘩を売った意味を理解したうえで空気を読んだのに違いない。つまりこの時点ですでに殿馬は里中に肩入れしてるんですよね。公平に見て「はっきりいってよ里中の方が上」だったのもあるでしょうが、形は違えど山田に執着し山田を追いかけて明訓に来た、そしてチビという共通点のある里中に共感を抱いた部分が大きかったんじゃないだろうか。つい里中に肩入れしたのをきっかけに再び野球に。この二人の関係は最初っからこのパターンだったのかと思うと何だか微笑ましい気がしてきます。

 

(2010年4月3日up)

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