『スーパースターズ編』について

 

山田たちがFAの権利を得たのを機に『プロ野球編』が終了し、新たに始まった『スーパースターズ編』。FAの話が出てきた当初は全員メジャーに行きそうな流れだったのが、崖渕総裁の英断―山田世代を日本野球に引き止めるためにパ・リーグに新チームを2つ作って彼らの受け皿とするという力技によって元明訓勢を中心とする「東京スーパースターズ」とライバル勢を中心とする「四国アイアンドッグス」が誕生し、その活躍を描く新シリーズが開始されることになったわけです。
これはつねづねスター選手の国外流出を嘆いていた水島先生のプロ野球界の現状に対する一種の抵抗であり、同時に「『プロ野球編』について(5)」でも書いた先生の悩みどころ(「『プロ野球編』だと、例えば山田と岩鬼が西武とダイエーで戦ってる時に、殿馬、里中、三太郎、みんな出れないわけですよ。これが難しいトコだった」)を解消する絶好の手段でもあった。『プロ野球編』が長らくマンネリ化していたのもあり、読者的にもまた五人衆が同じチームに集う設定は無印時代への回帰という感じで歓迎ムードがあったんじゃないかと想像します。

ただ始まってみればまた問題点がごまんと出てきた。まず既存のプロ球団に山田世代が所属していた『プロ野球編』とちがって、架空球団であるスーパースターズとアイアンドッグスの選手は全員オリジナルキャラにならざるをえない。特に山田のライバルキャラを集合させた感の強いアイアンドッグスは既存キャラが投手に集中していて(作中でも「アイアンドッグスは投手天国」なんて言われている。ちょっと自虐的な匂いのする台詞です・・・)、野手はほぼ全員新キャラで埋まることに。
対戦相手がすべて架空チームだった無印の方が創造しなきゃならないキャラクターの数は多かったはずですが、そのかわり一回かぎり対戦するだけの相手なら主要キャラ1、2名以外はモブでもよかったのと違って、毎年何回も対戦するチームである以上、ちゃんとそれなりの個性を備えたキャラクターを用意しなくてはならない。主人公チームであるスーパースターズはなおのことそう。
結果「小岩鬼」を自称しハッパをくわえている桜木とか外見・言動がサルそのもののサルとか試合中に殿馬にベタついてくるマドンナとか試合中に阿波踊りを踊る阿波といった“個性的”キャラクターが大勢登場することになった。しかし個性的だからキャラクターとして魅力があるかというと・・・。大勢のキャラクターを動かさなきゃならない以上、彼らの“キャラを立てる”ためにいかにもな個性を付与せざるを得ないのはわかるんですが・・・。同じく架空球団が2つ登場した『野球狂の詩』(無印)やリーグまるごと架空球団から構成されていた『光の小次郎』はキャラに魅力がないと感じたことは特になかったんですけどねえ。

そして五人衆が同じチームに揃ったことで、『プロ野球編』で日頃チームを異にする彼らの「明訓復活!」の場となっていたオールスターや正月自主トレの有難味がすっかり下落してしまったこと。連載が長くなるほどに年々感興が薄れていたとはいえ、年に一度の四天王あるいは五人衆集合の場としての価値が見事に無になってしまった。
一方で同じく『プロ野球編』(とくに初期)最大の醍醐味といってよかった、かつての仲間が敵として戦うことの面白みも当然ながらなくなった。そのぶん、西武だけでなく主人公不在のダイエーやロッテの試合にもそれなりのページを割かなければならなかった『プロ野球編』と違ってスーパースターズがらみの試合だけ集中的に描けばいいわけですから、必然的に五人衆の出番が増えて各キャラのファンは満足――のはずだったんですが、読んでいて意外と出番が増えてる気がしない。実際には登場コマ数は絶対上がってるはずなんですが。つまるところ画面に出てはいても影が薄い、印象に残るようなドラマティックなプレーや言動があまりないのが原因じゃないか。無印や『大甲子園』、『プロ野球編』の初期に見られたような葛藤が『スーパースターズ編』には全体に希薄に思えるのです。
無印や『大甲子園』は一度負けたら後がない高校野球ゆえに、敗戦の危機が生命の危機くらいの緊迫感を持っていましたが、年に何十試合もして勝ち星を競う形のプロ野球では1つの負けの重みは相対的に低く、ルーキーのうちなら敗戦に責任ありと見なされれば二軍落ちか下手すれば選手生命の危機に繋がったでしょうが、ベテランの超スター選手にのし上がってしまった彼らは一度や二度負けたからといってそれで地位を脅かされるようなことはない。だからというか、彼らの葛藤のさまはもっぱら恋愛関係に限定して(それもほとんどは里中)描かれるようになっていきます。

そう、旧明訓勢を主軸とするチームと旧明訓ライバル勢を主軸とするチームを新設してシリーズを競わせる『スーパースターズ編』は構想が面白そうだったわりに、いざ初めてみたら意外に話が広がらなかったんじゃないでしょうか。『プロ野球編』終盤がマンネリ化してただけに当初は目先が変わって読者の興味もひきつけられたでしょうが、現実のシーズンに作中時間が併走してるゆえの年中行事のループやキャラクターの加齢−ベテラン化によりプロ野球界に挑んでいくテーマ性が薄れたといった問題は一向解決してないわけですし。
そのゆえになのか、『スーパースターズ編』が始まってしばらくすると『プロ野球編』終盤からネタが振られていた里中−サチ子+岩鬼の微妙な三角関係を中心に四天王の恋バナがどんどんストーリーの全面に出てくるようになる。本来の野球の話ではもはやストーリーを牽引できなくなっているかのようで、何だか悲しい気持ちにもなってきます。里中、岩鬼、殿馬、それぞれの恋バナのうちにも全く見所がなかったわけではない、里中の150勝がかかった2006年シーズン最終戦の話などはなかなかに面白かったんですけれども。

そうした中にあって「おお!」と目を見張ったのが三太郎のトレード話。2010年になって打撃の不振が続いていた(開幕から一ヶ月弱の時点で打率が一割九分)三太郎はずいぶん悩み、調子を取り戻すべく努力もしたものの結果が出せないままついにスタメン落ち、しばらくは代打起用となるもののここでもいい結果が残せずについにはトレードで広島カープに移籍するという衝撃の展開となります。
かつてロッテ時代の里中と当時オリックスだった殿馬のトレード話がスクープされた時は結局ガセだったというオチになりましたが(もともと状況もガセっぽかったし)、今回はトレードの噂が出るとかそういう段階をすっとばして、いきなり土井垣から三太郎にすでにトレードが成立している旨通達されるので、読者としてもまさかと思いつつも、あれよあれよの間に進んでいく事態を受け入れるしかない。

『プロ野球編』後半は山田と離れたおかげで?大打者へと確変、三年連続で50本塁打を達成なんて大記録まで打ち立てた三太郎ですが、『スーパースターズ編』になってまた山田たち旧明訓勢と同じチームになってしまったために相対的に活躍させてもらえなくなっていった。三振要員とまではいわないにしても山田や岩鬼を食うような活躍はストーリー的に、というより『ドカベン』シリーズのフォーマット的にできなくなってしまった。打率だけならそれなりに打ってるらしいんですが、四天王の活躍を中心にストーリーが回っている以上、具体的な活躍描写はほとんど出てこない。こうした流れは多くの読者にとって「ああやっぱりね」という展開だったと思います。
そして“作中には出てこないけどそれなりには活躍してる”設定もついにこの2010年で崩してきた。試合前に懸命に素振りをしたり、“自分の給料を全部やるから三太郎にホームラン一本あげてくれ”などと冗談まじりに神頼みしてる岩鬼の台詞を立ち聞きしてしまい悔しさを噛み締めたり、自分と入れ替わりに3番に入った足利が得意の足で大活躍することでますます居心地が悪くなったり――といったじわじわと精神面環境面で追いつめられていく様子は『プロ野球編』初期の里中を彷彿とさせるものがあります。
特に代打としても不振が続く三太郎がある日思いつめた顔で山田家を訪問したところ、何も言わないうちに“野球の話で来たのならおれはする気ないから今日は帰ってくれ、それ以外だったらじっちゃんと光(この頃女性の新人選手・立花光が山田家に寄宿していた)の手料理を食べていけ”と山田に先手を打たれて、結局無理に笑顔をつくって料理をごちそうになり世間話をして帰路につく、玄関先まで見送りに出た光が「本当は山田さんにご相談したい事がたくさんあったんじゃないかしら」と涙ぐむエピソードは、三太郎の悩みの深さ、三太郎が辞める相談に来たのではないかと察してあえてそれをはぐらかした山田のきつい思いやりを示して秀逸でした。
『スーパースターズ編』で、ちゃんと野球に関することでこれだけキャラクターの苦悩、心理の綾がきちんと描かれたのは初めてだったのでは。それも単なる一過性の不調ではなく30代も半ばという年齢による限界ではないかと本人も周囲の一部も疑ってることが、よりその苦悩を陰翳豊かなものにしている。
結局この後も不振から抜け出せなかった三太郎はにわかに持ち込まれたトレード話を顔色一つ変えずにあっさりと承知する。土井垣に呼ばれた時点でクビの覚悟もしていたのだろうから落ち着いた態度で事態を受け入れたのはわかるにしても、トレードを嫌って引退を考えるかと思いきや、三太郎はことのほか乗り気だった。トレードの相手が将来性大とされている26歳のピッチャー酒丸ということは、それだけ自分がカープに望まれている証だとポジティブに考え、山田にも電話でそうした自分の心境を語っている。
いわく山田の家を訪ねたのは(山田が察したとおり)野球を辞める相談が目的だった、もう一度勉強して教師の資格をとって高校で野球を教えてみたいと考えた、「しかし酒丸とのトレードに心が動いたんだ 本当に嬉しかったんだよ 入団4年目の将来性のある選手とまもなく終わろうかというおれだ そこにカープが「真からおれを望んでいる」という誠意をみたんだよ」。この告白および三太郎トレードにまつわるエピソードには、一時は大活躍したもののやはり山田のようなチート的スーパーヒーローにはなり得ない、一野球人微笑三太郎の息遣いが顕わで、水島作品らしい人間ドラマを久々に見たという気がしました。
『あぶさん』でも、あぶさんがスーパーマン化していくほどに彼の野球人生が順風満帆すぎて面白みがなくなっていった一方で、ポジションのコンバート、移籍や故障、私生活でも離婚したりまたよりを戻したりと浮き沈み多い半生を送り、やがては年齢的な限界により引退するに至ったあぶさんの義弟・小林満の方が中盤以降人間的魅力をより発揮していたのと一緒で、キャラとして優遇されすぎることはそのキャラクターから陰翳を奪ってしまうことになる。
明訓五人衆と呼ばれ山田たちと対等の仲間と位置付けられながらも、その実四天王より一歩下がった扱いを受けている三太郎は、不遇なぶんだけ生々しい人間味を得ることとなった。三太郎不調から移籍に至るまでのエピソードが連載2、3回分の短さなのも、冗長にならずすっきりとまとめた感がありました。
その後まもなく実現したカープとスターズの対戦では三太郎はこれまでの不調が嘘のような打って取っての大活躍でしたが、環境が変わって調子を取り戻すのは不自然なことではないし、三太郎が望まれての移籍に意欲を燃やしていたのも描かれたうえのことなのでさして御都合主義とは感じませんでした。物語的にもさすがにここは格好いいところを見せてほしい局面ですし。何より他のカープ選手にもちゃんとスポットが当てられそれぞれの実力・魅力が表現されていたし、三太郎の逆転ホームランならずあと一歩で惜しくもカープ敗戦というのも三太郎を持ち上げすぎないバランスのいい幕切れでした。

(余談ですが、三太郎が野球を辞める相談を持ちかけようとしたのもトレードが決まってから電話で自分の心境を報告したのも相手は山田だった。三太郎にとって山田は明訓時代には捕手として、その後もホームランバッターとして常に勝つことができなかった相手なわけで、内心いろいろと葛藤があってもおかしくない。しかしこれらの描写を見ていると、四天王の中でも三太郎が一番に頼りに思い信頼していたのは山田だったんだなあと思います(確かにあのメンツで冷静さと親身さを一番兼ね備えてそうなのは山田だ)。
移籍にあたって長年住み慣れた保土ヶ谷(巨人時代もスターズ時代もホームは東京なのに保土ヶ谷に住んでるということは明訓時代、三年の夏が終わり合宿所を出た後からずっと住んでたということでしょうか。本人も「どんなに狭くなっても引っ越さなかった」と言ってましたがよくよく愛着があったんですね)の部屋を片付けるとき、五人衆全員で取った写真(『プロ編』時代のもの)以上にスターズ時代の山田とのツーショット写真を大事そうに扱ってたのにもそれが現れてるように思います)

それにしても明訓五人衆が再び同じ球団に、というのが『スーパースターズ編』最大のコンセプトだったわけで、五人衆の一人がトレードされる――そのコンセプトを根底から覆すような展開を持ってきたのには驚きました。野球チームは仲良しクラブじゃないのだから実力の衰えた選手がクビになったりトレードで出されたりするのは普通のことなんですが、あえてその仲良しクラブをやってるのが『スーパースターズ編』だったのに。ストーリーがマンネリ化してたところに一石を投じる効果は確かにあったものの、「スーパースターズ」というチームのみならず『スーパースターズ編』の存在意義さえ揺るがすような大英断といえます。
実際その後物語はマドンナ絶好調中のアイアンドッグスとの対戦、西武の新人・獅子十六の無双っぷりを主軸に据えた対西武戦を経て、再び崖渕総裁の提案によってセ・リーグにも2球団(新潟ドルフィンズ、京都ウォリアーズ)を増設することが決定、『スーパースターズ編』に続く『ドリームトーナメント編』が開始することになります。やはり『スーパースターズ編』の根幹というべき“五人衆同チーム”を崩した時点で『スーパースターズ編』に幕を引くことを考えはじめたんでしょうね。

新シリーズの開始にもこれが最後の『ドカベン』になるという発表にもびっくりでしたが(まあ無印最終回でも『大甲子園』最終回でも“これが最後”って言ってたんですけどね)、京都ウォリアーズの監督に三太郎が就任したのにも驚かされました。この展開はトレード話を描いた時点でもう決まっていたんでしょうか。つまりテコ入れのためセ・リーグにもチームを新設する→監督には意表をつく人材を→なら一方は三太郎なんてどうだろう→じゃあまずは三太郎を他の明訓OBから距離を置かせるようにして――という構想を前提として三太郎のトレードが成されたのか。
これはおそらくNOだろうと思います。三太郎を監督にするだけならトレード話を挟まなくても、打撃不振で引退を考える→土井垣を介して崖渕総裁からウォリアーズ創設計画を打ち明けられ監督就任を打診される、という流れで十分だったと思うので。むしろカープに移ってさほど時間が経ってない(1年と少し)だけに“もうカープ辞めるの?”と思いましたから。
しかもカープに移籍してからすっかり調子を取り戻したらしい三太郎は監督就任が(読者に対して)明かされたオールスター最中にも不知火から景気よくホームラン打っている。まだまだ現役でいけそうだ、って流れになってるところで引退?「カープに骨を埋める」っていってたのによく承知したなあと。まあスターズとドッグス誕生の時もそうでしたが崖渕総裁の実行力・周囲を説得するパワーは半端ないので、トレードの際に他人から強く望まれるのに弱い、意気に感じるタイプなのを描かれている三太郎のことですから、総裁の熱い説得にやられちゃったんでしょうね。おそらく土井垣や小次郎のような選手兼任監督なんだろうし。

ともあれウォリアーズは三太郎を監督に、ヘッドコーチにはなぜか元紫義塾(『大甲子園』決勝の相手)の鹿馬牛之介を迎え、一方のドルフィンズは作品の壁を越えて岩田鉄五郎が監督に就任(『大甲子園』『ドカベンvs野球狂の詩』ですでに作品を越境してますけどね)、新田小次郎(『光の小次郎』)、岡本慶司郎(『おはようKジロー』)らも入団するなど、まさに『大甲子園』プロ野球版のおもむきです。まだ滑り出したばかりの『ドリームトーナメント編』が今後どう展開するのか、興味津々で見守りたいと思います。

 


(2012年9月9日up)

 

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