その後の黄金バッテリー

 

最後の甲子園大会を終えた後、大学進学を表明した里中。「大学4年間かけてじっくり体を作りたい」というのも本音だろうが、同時に山田と同じ球団を逆指名したいという理由もあった。山田を追いかけて高校に入った里中は、卒業後もやはり山田を追いかけるつもりだったのだ。しかし結局は悩んだすえに指名してくれたロッテに入団し、山田と敵対する道を選ぶことになります。

こうなると象徴的に思えてくるのが山田が左バッター、里中が右のアンダースローという設定。高二春信濃川戦で触れられているように、右投手、とりわけアンダースローは左バッターに弱い(握りなどが見えやすい)特性がある。もともと『ドカベン』は高校までで終わる予定だったのだし、山田を左バッターの設定にしたのは、“右投げ左打ちが当時理想とされていたから”だそうですが(アニメ『ドカベン』DVD巻末対談 「水島新司×香川伸行 熱球対談」での発言、2002年収録)、二人が対戦した場合「里中は山田にかなわない」ことを最初から折り込んでおいたかのよう。

(余談ですが、あれだけ一流ピッチャーがひしめく神奈川県に左投手はほとんどいないんですよね。里中は言うまでもなく、不知火、土門、雲竜、小林とみんな右投手。左投げは東海の二番手・雪村くらいなんじゃ。このへんも山田が神奈川きっての強打者であるという設定をバックアップしている気がします)

しかし同時に――はっきり設定があるわけじゃなさそうですが、山田は変化球に弱い傾向が見受けられます。変化球そのものというより変格の投球・投法に弱い。不知火の超遅球しかり、わびすけの両手投げしかり、犬神の伸びる腕しかり。それもタイミングが合う合わない以前に投法の原理や癖をあれこれ考えすぎて自滅してるような感じがあります。犬神の腕が伸びるトリックなどはまさにそうで、腕が伸びようが伸びまいが、とにかく球のタイミングをはかって振っていけばいいと思うんですが、つい生真面目にいちいち分析してしまうんですね。それは彼の捕手としての優れた資質がさせることなんでしょうが、水島先生自身が山田を「融通のきかない男」と評した(上掲「熱球対談」)部分でもあるのでしょう。その代わり、考えに考えて原理を見出せば(犬神のトリックを見破ったように)後はもう完全に相手を攻略できるわけですから、そこが山田の強さでもあります。

――前置きが長くなりましたが、山田は左打者ということで里中に対して有利な一方、変化球投手・里中に弱い一面もある、ということです。里中の変化球は「さとるボール」以外はごく一般的なものだし、「さとるボール」はそもそも山田が投げ方を考案したぽいので山田にとって別段打つのに困難はなさそうですが、唯一彼が手こずらされたのが里中がプロになってから身に付けた「スカイフォーク」。

「スカイフォーク」の項でも書きましたが、山田がこの球を後逸したところから、二人の関係はバッテリーからライバルへと変わっていくことになります。プロ編初期、山田はいつも里中を心配している。ロッテから指名を受けた里中に笑顔がなかったとき、里中がなかなか一軍に上がってこないうえ二軍での動向もはっきりしなかった頃、一度も投げないまま人気だけでオールスターの中間発表で一位になってしまったとき・・・。明訓時代と同じように里中を親友として、「保護者」として案じていたものが、後半戦にはその里中が山田の本塁打王獲得の最大の壁として立ちはだかることになる。

最終的にこの勝負はシーズン最終戦、二度目の対決でスカイフォークを(正攻法でなかったとはいえ)ホームランして見事本塁打王に輝いた山田に軍配があがるわけですが、敗れた里中が来シーズンは山田を抑えてみせると決意を新たにしているのとは対照的に、勝ったゆえにか山田の方は里中をライバル視しきれない、友人としての意識が優先してしまう部分を残しているように見えます。(これについては詳しくは「その後の明訓五人衆」で)

二年目のオールスター、前半戦を右肩故障で丸々欠場していた里中は監督推薦で出場、山田とのバッテリーで9連続奪三振の大記録を打ち立てますが、この間テレビで試合経過を見ている袴田ロッテ二軍コーチは絶えず「山田がスカイフォークを多投させないか」を心配しています。ここで初めて(読者に対して)明かされるように、スカイフォークは肩やヒジに非常な負担をかける投法であるがゆえ。しかしわざわざタイムをかけて「スカイフォークの投げ方がきつそう」だが大丈夫かと確認する山田に、里中は「そういう投法なんだ」と笑顔で答えるだけ。高校時代から故障や不調を相棒の山田に対してさえ自分からは打ち明けようとしなかった―おそらく心配をかけたくない+マウンドを下ろされたくないがために―里中ですが、彼がスカイフォーク多投の危険性を山田に話さないのは、9連続奪三振達成のために無茶をする気になっているからばかりではない。決め球であるスカイフォークが一試合で2、3球投げるのが限度などということをライバル球団の選手である山田に知られるわけにはいかなかったからでしょう。

そして山田の方もそんな里中の気持ちをわかっているゆえにそれ以上の追及はできなかった。ついに9連続奪三振を達成した後にベンチでロッテの先輩投手・伊良部が、里中の実力を称える流れで「困ったときはスカイフォークじゃ肩をこわすだけよ」と他球団の山田や“ガッチュ”山本のいる前で口にした時、里中は困ったような笑顔で「伊良部さん それは・・・・・・」と言いかけ、山田はことさら大声で西武の先輩捕手・伊東に「伊東さん出ましょー」と声援を送っている。これは自分が聞いてはいけない話だと、山本さんにも聞かせてはいけないと、山田が里中を気遣ったのがこの一瞬の反応に表れています。こうしてオールスターではバッテリーを組んでいても、山田が里中を思いやる気持ちは以前と変わらなくても、もう二人は本当のバッテリーではないのだという寂しさが滲み出てくるようなシーンです。試合の後に山田家で里中の9連続奪三振を祝う会が催されますが、この記録がオールスターで樹立されたものでなかったら山田家でお祝いをすることは到底ありえなかったでしょう。もしその三振記録の中に山田が含まれていたりしたらなおさら。

前年に引き続き久々のバッテリー復活を描きながら彼らがもはや真のバッテリーとはなりえないことを突きつけてくるような話の流れが、悲しいがゆえに胸に迫ってきます。とくに上で掲げた“伊良部が里中を称える→里中困った顔→山田が伊東に声援”は一コマの中の出来事。たった一コマで、なおかつごくさりげない形で、かつて黄金バッテリーと呼ばれた二人の間の埋めようのない距離を見事に表現しきっている――私が『プロ野球編』を全否定する気になれない、むしろ前半は高評価せずにいられないのはこういう部分だったりします。

 


(2011年5月27日up)

 

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