その後の明訓五人衆

 

「その後の黄金バッテリー」で『プロ野球編』における山田・里中の距離について書きましたが、チームメイトからライバルになったことで距離感が変わったのはこの二人だけではない。明訓五人衆はそれぞれ別々のチームに所属するようになっていて、その事が彼らの関係にも複雑な影を落としているように思えます。

たとえば里中のオールスター9連続奪三振祝いの席に少し遅れて三太郎が現れたとき。岩鬼が「呼びもせんのに来るな」と言ってますが、敵方の、奪三振された一人である三太郎については「呼ばなくて当然」という空気があったのがわかります。まあそんなことに関わらず山田が声をかけ三太郎も明るくそれに応じたのですが。一つには彼が代打坂田の通天閣打法の球をキャッチする超ファインプレーでオールセントラルに勝利をもたらした立役者だった―奪三振記録に貢献した悔しさに余りある活躍をしている―のもあったでしょう。

それはともあれ、プロ一年目の後半戦終了後、年明け10日頃から明訓五人衆はその後恒例となる合同自主トレに入りますが、ここで里中は翌シーズンの前半悩まされることになる右肩故障の兆候を見せている。「投手は野手と練習が違うんだ まだ投げるのは早過ぎるよ」と頑ななまでに投げることを拒否し、風呂にも(少なくとも初日は)一人で先に入り、夜中右肩が折れる悪夢を見て飛び起きる――高二関東大会で右腕を故障した時を彷彿とさせる状況のため、里中は故障を自覚したうえで皆にそれを伏せていたのだとずっと思ってたんですが、改めて読み返してみると肩が折れる夢を見たときの反応はむしろ故障を自覚してないように見える。自覚するほど状態が悪化してないもののぼんやりした違和感を無意識に感じていて、それが夢になって表れたという感じです。だとすると里中が走りこみばかりで投球練習をしなかったのは故障のせいではなく別に理由があったんでは。

自主トレ初日、里中は岩鬼になぜど真ん中をカット出来るようになったのかを尋ねて企業秘密だと回答拒否されたさい、逆に「おんどれかてスカイフォークたらをどないして投げるか教えられんやろが」と言われて「そりゃ〜〜まあ」と答えている。かつての仲間たちは今や三太郎以外は同じパ・リーグのライバル同士。里中は彼らに投球練習を見せたくなかったんじゃないだろうか。特にシーズン最後にホームランを打たれたばかりの山田には。里中が一人右肩を回して「二年目のジンクスか」と心で呟くシーンがありますが、ナレーションで説明されてるように二年目のジンクスとは欲が出てきて、なおかつ対戦相手に手の内を覚えられることから来る壁のこと。里中の頭には明らかに「手の内を見せる」ことへの警戒心があるように思えます。それは里中の質問を企業秘密と一蹴した岩鬼にも言える。この二人に共通するのは、山田のためにそれぞれセーブのパ・リーグ記録の更新、本塁打王を今一歩のところで取り逃がしたこと。山田に敗れたことで、彼らの中で山田は、そしてかつての仲間は「仲間である前にまずライバル」という認識になったんじゃないでしょうか。

一方で「その後の黄金バッテリー」で触れたように、勝った山田の方は里中に対しても明訓時代の仲間皆に対しても友人意識が優先する余裕を残しているようです。スカイフォークをホームランしたあとベースを回りながら、里中に「ごめん」と詫びたのが印象的ですが、さらに「初心にかえる」ことをテーマに掲げて明訓OBでの自主トレを提案したのは山田だったという。現実でも他球団の若手選手同士が合同で自主トレを行ったりすることはあるそうで、普段あまり交流する機会のない面々と合同練習を通じて刺激しあうことが目的のようです。そこには当然シーズンがはじまれば敵になる相手の技術や癖を学ぼう、盗もうとする意識も大いに働いているはず。

自主トレ中、里中は繰り返し「投手は野手と練習が違う」「投手の肩の作りには順番がある」など“野手に投手のやり方がわかるか”と言いたげな台詞を口にしていて、額面通りに取ると「だったらロッテの投手同士で練習すればいいじゃないか」と突っ込みたくなります。投球練習しないのなら合同自主トレに来た意味が半減しちゃうんじゃないか(守りの練習をやってるので一人でやるより効果はあるだろうけど)。
なら何のために里中はこの自主トレに参加したのだろう。明訓メンバーで一緒に練習できるという同窓会的感覚、ではおそらくない。彼らは高校時代の仲間であると同時に、自主トレ初日のナレーションにもあるように皆が一年目から何かしらのタイトルを取っている実力者である。今やライバルとなった彼らの手の内を知っておきたい、そういう気持ちがあったんじゃないか。「盗む」というと言葉が悪いですが、少なくとも皆の練習を見ながら、高校時代とは違う、ライバルの実力を値踏みする視線が入り込んでいたに違いない。

だから里中は投球を見せることを避けたし、何かと理由をつけて投げようとしない里中に殿馬が「キャッチボール程度づらぜ」「そう深刻に考えることはねえづらぜ」と軽く反論したあげく「たっぷりよ 里中にランニングさせてやるづらぜ!!」と意地悪を言うのは、そんな里中の心理を見抜いたうえでの突っこみのように思えます。
明訓時代のユニフォームを着てかつてのように仲良くトレーニングに励んでいても昔とは違う。プロとしてすでに高校時代とは気持ちの持ちようが変わっている面々の中で「初心」(明訓時代のユニフォームを着てることからすれば高校時代の気持ちということだろう)という言葉を掲げた山田だけが、かつての仲間意識を濃厚に引きずってるような気がします。上で書いた祝いの席に三太郎を呼んだ件もこの仲間意識の現れだったんじゃないでしょうか。
(一つにはかつて高二春のセンバツの折に谷津吾朗が山田を評した「山田さんは相手などだれでもかまわないのです 自分を鍛えるだけなのです」という求道者的姿勢ゆえに、他人をライバル視して警戒するという感覚が薄いせいもあるのでしょうが)

ちなみに「盗み」についてはまさにそのものの小事件がこの自主トレ中に起きています。練習中に訪ねてきた広仲という少年を地元の野球少年と思い込んで(思い込まされて)、その後やってきた現在近鉄の坂田三吉ともども練習に加えてやったところ、最終日に至って広仲が近鉄のルーキーで坂田と結託したスパイだったことが本人の申告によって明らかになったのでした。事実を知ったあとの五人衆の反応、とくに三太郎の「ずいぶん盗んでいったぜ」という言葉からは、彼らがアマチュアの広仲はライバルになりえないと安心して、プロ選手である坂田には見せない手の内を後輩に対するような気安さで見せてしまってたことが浮かびあがってきます。(しかしアマチュアと思ってたわりに、「プロがアマを指導してはならない」規定に反することを危惧するようでもなくいろいろアドバイスをしてたな)。
山田をのぞく四人とも広仲とツーショットで持論を開帳する場面が描かれているうえ、殿馬に至っては簡単な秘打を一つ「チビのよしみづら」と教えてさえやっている。山田はその広仲のいる近鉄と開幕戦で戦うことに「西武の開幕戦の相手は近鉄だ!!」と緊迫した表情を浮かべていますが、実は相手がロッテでもダイエーでもオリックスでも状況は一緒じゃないかという気がします。合同自主トレを通じて里中や岩鬼や殿馬に手の内を見せてしまってるのだから。高校三年をともに過ごしすでに手の内はわかっているから今さら、ということかもしれませんが、里中の「スカイフォーク」、岩鬼の「ど真ん中をカット」に限らず、彼ら全員プロ一年目でこれだけの成績を残しているのは高校時代よりもパワーアップしているからでしょう。互いの未知の部分、盗むに足る部分はいくらもあるはず。実際山田はスカイフォークの握りやリリースポイントを知りたがっていたし(・・・もしやスカイフォークの練習見たさで、他メンバーの現状も知りたくて合同自主トレを企画した?こと野球については抜け目ない山田であってみれば、「仲間意識を引きずった」結果の自主トレ企画よりその方がなんだか納得いく気もする)。
ともあれこの広仲のエピソードは、手の内を見せることをめぐって明訓五人衆の間にかつてはなかった緊張感が存在していること、彼らがもうチームメイトではないのだということを読者に暗に呈示するために書かれたものだったんじゃないでしょうか。

ちなみに唯一セ・リーグの巨人に所属する――オールスターか日本シリーズでもなければ明訓OBと対戦することはない――三太郎は、比較的昔ながらの仲間意識を保っているように思えます。例の里中の9連続奪三振祝いに気軽く参加したのもそうだし、そのさい里中が挨拶するときにも一人パチパチと笑顔で拍手したのも三太郎だった。これは三太郎本来の物事にこだわらない(何せ転校先まで間違った男だ)恬淡とした性格の現れでもあるのでしょう。
一年目のオールスターの時、心の声とはいえ「さすがだな 相変わらず凄い打球を飛ばすぜ うちの太郎ちゃん」などと敵チームの山田に対して仲間意識丸出しの台詞を呟いていたのが印象的かつ微笑ましいです。もっともキャッチャーとして土門とバッテリーを組み不知火・山田バッテリーと対決する場面になると「三振をとり続ける不知火に山田 このオレがヒットでお返しするぜ いや ヒットじゃ気がおさまらん ホームランでお返しだ!!」と一気に敵モードに切り替わりもするのですが。

そんな三太郎も97年(プロ入り三年目)のオープン戦――西武対巨人戦でバットを下げた位置からフォーク(落ちる球)を打つ打法を披露している。彼はこのために腕の筋肉と手首を鍛え、見えないほど速いスイングを身に付けたのだそうですが、この年初めの自主トレの時にはそんな新技の存在をおくびにも出していない。その後の春キャンプで身に付けたということかもしれませんが、一ヶ月そこらでそんなに鍛えきれるものじゃないので自主トレ時にも片鱗くらいは見せていてしかるべき。前年の里中同様、三太郎もあえて皆の前で切り札を見せることを避けたんじゃないでしょうか。・・・・・・まあ水島先生がこの展開を思いついたのが自主トレのエピソードを書き終わった後だったというのが真相なんでしょうけど(笑)。


(2011年6月3日up)

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