四天王恋バナシ(里中編)

 

読者、特に里中ファンの中でずいぶん論議と批判を呼んだとおぼしき里中とサチ子の結婚話。たぶん私は里中ファンとしては比較的この二人の組み合わせに好意的だった方じゃないかと思ってます。「『プロ野球編』について(6)」で書きましたが、私は『ドカベン』キャラが恋愛に走る姿はあまり見たくないし(無印時代の延長で岩鬼と夏子さんのカップルだけは別)、特に里中については中学時代山田を追い回した以上の情熱を女に注ぐところなど想像もできない。彼の一番は山田=野球と母親、ここのラインを崩してほしくないという気持ちがありました。だから里中が最初に結婚を意識したきっかけが母親の介護問題だったのも、積極的に母の世話を見てくれるという理由でサチ子に心が傾いていったのも、“恋”が前面に出ていない点で好ましく思えたのでした。
里中にはじめて結婚話を振ってきた瓢箪さんの台詞は、あまりに奥さんを家政婦同様に見てるきらいはありましたが、晩婚傾向が進む昨今、結婚前に親の介護問題を抱えてしまう人も多くいるわけで、相手が絶対舅姑との同居は嫌とか仕事が忙しくて親の面倒まで見られないとか言い出したら結婚を躊躇わざるを得ない、そんなシチュエーションはいくらも存在していると思います。完全看護が必要というなら施設に入れることを考えるでしょうが、軽い障害がある、もしくは時々体調を大きく崩すことがある(里中家の場合はこっち)程度だったら、子供としては同居ないしは近くに住んでいざという時には支えられる態勢を、と考えるのは当然の情なんじゃないか。したがって無印最終回、『大甲子園』第一回及び青田戦再試合で母との絆の強さを存分に見せてくれた里中が母親最優先でサチ子を結婚相手に選んだのは、私にとっては、大恋愛のあげく母を捨てて女を取るなんて展開よりもずっと里中らしい、納得できる行動でした。

とはいえ、さすがに「母の面倒を見てもらうために結婚する」のがあからさますぎても読者の反感を買うと思ってか、里中→サチ子の“愛情”を示すようなエピソードがたびたび登場し、結果的に四天王の中で里中が一番しっかり“恋”の過程を描かれることになりました。『プロ野球編』の中盤以降、岩鬼−サチ子のフラグがさんざん立ててあった―特にサチ子→岩鬼への愛情表現が顕著だった―ために、サチ子はやっぱり岩鬼のことが好きなんじゃないかとプロポーズをためらったり、彼女の気持ちを確かめようとしつつもタイミングが悪くて切り出せずイライラしたりする姿が描かれたのは里中くらいのもの。
驚くのはあの野球バカの里中が恋の悩みに悶々として試合前の投球練習時に心ここにあらずになったり、サチ子の誘いで訪れた母校ですっかり零落した野球部の練習試合の光景を目の当たりにしても、不甲斐なさに怒っているサチ子をよそに、彼女に気持ちを打ち明けるタイミングで頭がいっぱいで後輩たちの惨状にはまるで無関心だったりしていること(誘われた時の内心も「なんで野球なんだよ どうもタイミングが合わないな」「試合を見ながら告白の方がリラックスできていいか」と野球をないがしろにしまくっているのに驚かされます)。特に練習試合見学の方は、最初はサチ子のことばかり考えてたとしてもいざ野球部の現状を見たら「何やってんだよおまえら!」とすっかり野球脳に切り替わってしまってこそ里中だろ、という気はするんですが、一時的に野球がおろそかになるくらい結婚問題に気をとられてるというのも、ある意味彼の不器用さと真剣さが表れていてそんなに嫌な感じはしませんでした。

まあ里中の場合正確にいうとサチ子に恋してるから悩んでるというより、パートナーとして最も適した女と結婚できなくなると困るから悩んでるという感じではありますが。里中自身は自分のサチ子に対する感情を「(まさかの)恋心」と評していましたが、実際にはいわゆる恋とは違うように思えます。かつて山田とバッテリーを組むために示した躊躇いのない(そして手段を選ばない)執着の方がよほど恋愛感情に近いものがあった。もういい大人なんだから思いこみの激しい思春期とは違うというのもあるでしょうが、瓢箪が結婚話を振ったときの反応にも表れているように、里中はもともと恋心を結婚の絶対条件とは考えていない。野球と母親を何より大事にしている彼にとって、彼の野球生活を積極的にフォローし、かいがいしく母親の世話をしてくれる女性こそが理想の伴侶なわけで、自分がお母さんの様子を気にかけておくから心おきなくメジャーに挑戦してこいと背中を押し、母の体調がすぐれないからと自主トレ参加を取りやめようとした時に自主トレの出来でその一年の成績が左右されるんだからお母さんのことは自分に任せて自主トレに行けと促してくれたサチ子はちょうど「理想の伴侶」の条件にぴったりだった。悪い言い方をすれば恋愛感情があったからではなく都合のいい女だったからサチ子を選んだ、ということになります。
といっても自主トレの件ではサチ子が母の世話をするために友人とのスキー旅行をキャンセルしたことを後から偶然知って彼女の思いやりに涙ぐむ一幕もあり、自分の都合より里中の都合を優先してくれる彼女に対する愛しさが少しずつ育っていったような描写になっています。狂的な熱はないけれど、こいつとならやっていける、やっていきたいという想いが次第に胸中に浸透していった感じでしょうか。

『あぶさん』でもあぶさんが最終的に伴侶として選んだのは、出会って早々に結婚を決意するほど夢中になった山本麻衣子でも結構な年の差にもかかわらずこれも出会って間もなく愛情を自覚した田中早苗でもなく、恋愛感情があるのかもはっきり描かれずにきた桂木サチ子だった。生涯を共に暮らしてゆくのに必要なのは一時の激しい情熱よりも一緒にいてしっくりくる居心地の良さや互いへの理解だという水島先生の見解が感じ取れる気がします。里中もまた恋人としてより母の介護を始めとする諸問題を一緒に担ってくれる(一方的に押し付けるのではなく)戦友、パートナーとしてサチ子を選択したのでしょう。結婚式の夜、ホテルで二人夜景を見ながら「どんな人生が待っているのか二人で頑張っていこーね」と笑顔で話すシーンはいい意味で色気がなくて(二人のバックにダブルベッドなど映りこんでなくてホッとしました(笑))、里中&サチ子=戦友という思いを新たにしたものでした。

正直サチ子があれだけ岩鬼ラブをアピールしておきながら結局里中に乗り換えたところや傍若無人すぎる言動は大いに気に入らないんですが、当の里中がそのへんを特に気にしてない(サチ子が岩鬼を好きなんじゃないかと悩んではいますが、岩鬼に振られるなどのはっきりした転換点もないまま自分になびいたサチ子の尻軽さに対して不安や反感を感じてる気配はない)ので、本人がいいなら外野がとやかく言う事でもないか、と(友人にでも対するかのように)そこはまあ納得できました。里中にとってはとにかく野球と母というかけがえのないもののために骨惜しみせず尽くしてくれるというその一点が全てで、それ以外の部分で多少性格がアレでもそこは問題じゃないんでしょう。
そういえば瓢箪さんから結婚話を提案された少し後に、里中が「ひとりいる事はいるが思い切って打ち明けてみるか いやよそう メジャーのために急ぐ事はよくない 結婚は一生の問題だから・・・」と考えるシーンがあった。この「(結婚相手の候補が)ひとりいる」というのは誰のことなのか。全くそれまで女の影もないことからサチ子か?とも思えますが、この頃(2003年)サチ子はまだ高校生(3年生)だし、つい数ヶ月前にサチ子と交わした「あっごめん愛する岩鬼の悪口言って」「いいのよあんな奴 私はタイプじゃないみたい ねえ里中ちゃん もし だったら里中ちゃんに乗り換えてもいい?」「大歓迎だよサッちゃん」なんて会話も“サチ子は岩鬼が好き”が前提で(大歓迎という言葉も明らかに社交辞令・ただの軽口という響き)里中自身はサチ子に興味があるようではなかった。
まあ順当に考えたら年齢・容姿・プロ野球のスター選手という立場からいって、ストーリー中に登場しないだけで付き合ってる女がいてもおかしくないわけで、ここで里中の脳裏に浮かんだのはその女のこと、彼女とはその後“里中と結婚すればもれなく母親の世話が付いてくる”ことがネックになって別れた(過去に付き合った女との間でも野球と母親が最優先の里中に女がキレたり自分の大事なものを尊重してくれない女に里中がキレたりしたことがあった)と仮定すれば、サチ子が女神のように思えたとしても他の欠点が目に入らなくても自然なのかもしれません。
ついでに2003年頃まではサチ子に特に関心を持ってなかった、里中が安心してメジャーにいけるよう里中親子に近所に越してくるよう促したサチ子が「どうせならそのまま里中ちゃんのお嫁さんになってもいいし」と発言した時もその時点ではまだ戸惑った顔しかしなかった里中が、その後里中の正月自主トレのためにサチ子がスキー旅行をこっそりキャンセルした件を経て母の“サチ子がお嫁さんになってくれたらいい”発言を契機にサチ子にプロボーズする意志を固めるに至った心境の変化は、家が近くなり行き来が頻繁になって距離が縮まった、母親がサチ子を気に入っているのも当然大きかったでしょうが、サチ子が大学生になったからと言うのもあったんでは。つまりこれまでの無関心っぷりはサチ子が年齢的に射程外だったがゆえ、という。これはある意味健全な反応――要は里中はロリコンじゃなかったということで、そう考えると結構喜ばしいかも。

もう一つ喜ばしい点としては里中がサチ子の容姿には全く興味を示していないこと。2001年の頃瓢箪と「山田の妹が好きなのはお前じゃなかったのか?」「おれじゃないよ ただ岩鬼の恋人とは正直言って驚いたよ 岩鬼のタイプじゃないはずなんだ」「女を見る目が変わったんだよ 美人は美人と見えるようになってそれで好きになったんだよ」なんて会話をしてるところからは、ちゃんとサチ子を美人だと認識してはいるんですが、単に客観的事実を述べてるだけで彼自身がサチ子の外見に惹かれている気配はない。
ところでこの瓢箪さんの台詞ですが、美人だから好きになる、裏を返せば美人じゃなければ好きにはならないと言っているわけで、男が女を好きになる基準は顔だけなのか、どれだけ面食いなのかと突っ込みたくなります。これは瓢箪さんだけの見解ではなく、殿馬も「もったいねえづらよ せっかく美人のサッちゃんが想ってくれてるづらに」なんて口にしてるし、何よりサチ子自身が「サチ子お前達本当に恋人同士なのか?」と山田に聞かれて「そうよ ハッパの奴やっと私が美人だって分かったのよ」と答えている。岩鬼が容姿に関係なく中身で自分を選ぶ可能性を頭から除外してしまっているかのよう。岩鬼は女を外見でしか見ない男だと思っているのか。あるいは自分は顔だけがとりえの女だと思っているのか。後者ならある意味謙虚というか自分をよく分かっていると言えるかも。まあ“男は女を顔で選ぶ(性格はどうでもいい)”が『プロ野球編』ワールドの常識であるなら(実のところそれが『ドカベン』世界に限らず世の男性陣大半の本音じゃないかという気も。ただ男だけの場ならともかく女がいる前でああもあからさまに口にはしないだろうし、女が冗談抜きで「彼は私が美人だから好きになった」なんて得々と話す状況はなかなか考えられない)、“10人中10人かわいいという”サチ子がとっぱずれた言動の数々にもかかわらず周囲から糾弾されないのも理解できる気がします。その場合でも同性からは非難轟々でしかるべきとは思いますけども。
話がそれましたが、とにかくこれだけ「女は顔」が前提になっている世界観の中で、母の面倒を親身に見てくれるという内面、読者的にもサチ子の(数少ない)いい部分として認められる要素ゆえに彼女を選び、外見的美しさは選考基準にかけらも入れていない里中の姿勢はなかなか好もしいものに映ったのでした。

しかしいかに「野球と母というかけがえのないもののために骨惜しみせず尽くしてくれるというその一点が全てで、それ以外の部分で多少性格がアレでもそこは問題じゃない」とはいっても、無事プロポーズが成功して以降も散見されるサチ子の性格の悪さに「本当にこの女でいいのか?大丈夫なのか?」と思うことが正直しばしばでした。それが完全に割り切れたのは、徳川監督を結婚式に呼ぶことについて話しあっているときのサチ子の(監督に対する)毒舌ぶりを受けて山田が「あれがあいつの本性だ 苦労するぞ智」と苦笑したのに対して「おれも相当ひねくれているから望むところよ」と里中があっさり笑顔で返したときでした。里中がひねくれているかどうかはともかく(むしろ初期を別にすれば非常にストレートな性格だと感じます)、サチ子の性格が総じて悪いことなど了解したうえで、「望むところよ」と積極的にそんな彼女を受け止め渡り合ってゆく意志を表明した姿が何やらすごく格好よく思えたのです。包容力というよりは「受けて立つぜ!」って感じで、負けず嫌いの彼らしいのも微笑ましい気がしました。

まあそんなわけで、サチ子との結婚話に関連しての里中の態度・行動は私にとっては概ね納得できるものでした。サチ子の側についても岩鬼を好きだ好きだとさんざん騒いできた過去が引っ掛かるものの、『スーパースターズ編』に入ってしばらくするとほぼ里中ラブ路線で安定してゆき(これは『スーパースターズ編』が始まった頃のインタビューではまだサチ子を岩鬼とくっつけるか里中とくっつけるか迷ってると語ってた水島先生が完全に方向性を定めたからでしょう)、一時は本当にひどかった傍若無人な言動の数々も(彼女の傍若無人ぶりが主として岩鬼がらみで発揮されてたゆえに)大分収まって、里中が150勝を契機に自分にプロポーズする気でいると知った後試合経過に一喜一憂する姿、惜しくも150勝達成が次のシーズンに持ち越されたとき「そのたったの一勝がもし出来なかったら・・・・・・いいえいつまでも私は待つわ 一生でも・・・・・・」と涙ぐみながら日記に書き記すシーンなどなかなかにいじらしくさえありました。まあすぐ上で書いたように無事カップル成立後はまたアレな言動が目についてきた感はありますけども。
(ちなみにこの150勝のかかった最終戦の日、マドンナも殿馬がこの試合で二安打したら自分からプロポーズしようと決心していて結果二安打してくれたので満を持して“一緒に暮らしてほしい”と申し出る。岩鬼もこの日、夏子たちを迎える手筈が整い後は彼女たちの到着を待つばかりだとホクホク。最終戦〜日ハム優勝の間に一気にカップルが三組成立してしまうという――結婚ラッシュもいいところです)
そして最大の山場というべきプロポーズの場面については、150勝が流れた時点でまた当面プロポーズはないと思わせておいて、かえってこの失敗を教訓に「一番大事なことをたったひとつの勝ち負けで決めるのかって 勝ちよりも一番大事なことは 何物にも替えられない強い意志だとわかったんだ」と堂々プロポーズを決行するという展開が、どんでん返しのカタルシスと里中の名台詞があいまってなかなかに感動的でした。150勝が流れた原因がプロポーズに気負うあまりの里中の失投、それもぎりぎりの局面でまたも山田のリードを信じ切れなかったことにあるというのも秀逸でしたし。ただしやたらデカい花束と不思議なほど色っぽさのない抱擁シーンには笑っちゃいそうになりましたが(あれは里中の「ついに完全試合達成だあー 最高の感激だあ」という野球パカ丸出しの喜び方とサチ子の「幸せ〜〜」というそのまんますぎる台詞がいかんのだろうな。ただ上述の通りこの二人に関しては色気がない方が自然かつ安心できるし、水島先生もあえて色気のない描き方にしてるんじゃないかという気もします)。
笑えるといえば二人の結婚式はさらにすごかった(笑)。いろいろとツッコミどころ満載だし、そもそも連載二回に跨るあの長さが。前述のインタビューで水島先生は「誰になるかにかかわらず、ドカベンの連中の最初の結婚式は頭っからて〜いねいに描いていくよ。式、披露宴、友人の挨拶、そうすると4週間はかかるかな(笑)。」と語ってましたが、それが里中に回ってきたわけだ(笑)。さすがに四週間はやりませんでしたけど。
四天王の他の三人はといえば岩鬼・殿馬は入籍のみ(派手好きの岩鬼が式なしなのは意外っちゃ意外ですけど、夏子さんが再婚でしかもそこそこ大きな子供がいる点であまり騒がれたくなかった―夏子さんを傷つけないために―のが理由かと思います。岩鬼の男気と妻子に対する愛情が感じ取れる気がします)、山田は『スーパースターズ編』最終回最終ページ(1p大の大ゴマ一つ)で結婚式シーン終了と、里中と差がありすぎてこれまた笑えます。まあ山田まで結婚式の様子をまたも長々数回かけてやられてもたまらんですしね。

 


 (2012年8月24日up)

 

 

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