戦士の休息

 

「・・・でさ、あの場面はすごかったよな・・・それから・・・」

帰りのバスの中で、里中は座席に両膝を乗り上げるようにして、後ろの席の三太郎と殿馬を相手に切れ目なく喋り続けていた。里中がこんなにはしゃいでいるのは珍しい。それも、やむを得ぬ事情で高校を中退したはずが思いがけず復学が叶い、一ヶ月ぶりのマウンドで激闘のすえ甲子園行きの切符を手にした直後なのを思えば無理もない。

楽しげな笑い声をあげ、時折隣の席の自分を振り返っては「なぁ?」と同意を求める里中の無邪気な様子を山田はしばらく微笑ましく見守っていたが、その笑顔と裏腹に顔色が良くないのが気になった。ブランク明けにいきなり夕飯抜き半分徹夜の特訓を行ったうえ40度近い暑さの中で投げ抜いたのだ。今は優勝の直後で気持ちが高揚してるから元気にしているが、後から反動がどっと来るに違いない。そう判断した山田は会話に割って入った。

「里中。話し足りないのはわかるが疲れてるだろう?少し眠っておけ」

「大丈夫だよ。こんな嬉しい時に眠気なんて感じないよ」

「眠らないまでも静かに目を閉じているだけでも大分違うぞ。おまえはこの先甲子園でも投げなきゃならないんだから」

重ねて言うと、「・・・わかったよ。まったく、この程度の疲れなんて一晩寝ればすぐ直るのに。大げさだよなあ」と文句を言いながらも、座席に座り直し背もたれに寄りかかるようにして目を閉じた。それから一分と経たず健やかな寝息が聞こえてきたのに山田は苦笑した。なにが「眠気なんて感じない」だ。

「あれ、智もう寝ちゃったのか。寝つきの良さは子供並みだなあ」

「それだけ疲れてたんづらよ。休ませて正解づら。仮眠取るだけでも違うづらからな」

三太郎と殿馬が後ろから覗き込みながら言葉を交わしている。声が低目なのは里中を起こさないようにという配慮なのだろう。

バスが揺れたはずみに里中の体が山田の方へ傾き、頭が山田の右肩に触れた。しかし目を覚ます気配はなく、そのまま規則正しい寝息を立てている。その安心しきったような、あどけない寝顔を見ていると、山田も自然と眠気を誘われるのを覚えた。里中の頭を肩に乗せたまま目を閉じると、急速に心地良い眠りに意識が引き込まれていった。

 

「山田。着いたぞ」

三太郎の声に山田は目を開けた。結局学校に着くまでずっと眠り込んでしまったらしい。傍らの里中に声をかけ軽く肩を揺すると、「――んー・・・」と小さく寝惚け声が応じたが、またすぐに寝息に変わってしまう。

「なんや、サトの奴まだ眠りこけとるんか。しょーのないやっちゃの、わいが起こしたる!」

「待てよ、岩鬼」

岩鬼が里中の方へ腕を伸ばすのを山田は制した。

「いいよ。このまま寝かせておこう。おれが背負っていくから」

「ぬな!?おんどりゃどれだけサトを甘やかしとるねん」

岩鬼は目を剥いたが、

「じゃあ山田と智の荷物はおれと殿馬で持ってやるよ」

「づら」

三太郎は山田が里中を背中に背負い上げるのを手伝ってやり、その間に殿馬は二人の荷物を荷棚から下ろしている。

「・・・全くどいつもこいつも、付き合いきれんでホンマ」

岩鬼は自分の荷物を手にさっさとバスを降りていってしまう。後輩たちも乗降口に近い者から順にはけてゆく。最後になった山田はステップを降りきったところで里中の体を背負い直した。熟睡しているのを抜きにしても一年の夏、土佐丸との準決勝の時に背負ったときよりもずっと重く感じられる。その重みにこの二年間の里中の苦闘と栄光が詰まっているように山田には思えた。

目を覚ましたなら、また里中はわき目も振らず全力で走り出すのだろう。だから今はゆっくり休め。

穏やかな呼吸音を耳元に聞きながら、山田はそっと微笑みを浮かべた。

 


すぐ前に書いた話(「D線上のアリア」)はほぼ里中が出ていないので、反動で里中がガッツリ出てくる、ごく気軽な話が書きたくなって作ったストーリーです。結果なんか甘々な感じになってしまいました。

(2011年4月15日up)

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