『プロ野球編』の里中について(4)

 

そうした中迎えた三度目のオールスター。「里中 智」の項で書いたようにこのオールスターが里中にとっての大きなターニングポイント、プロ選手としての成功と裏腹に彼が次第に固有の魅力を失ってゆくきっかけになったように思います。

さて、当然一位で選出された里中はオールスターでの連続奪三振記録をどこまで伸ばせるかと注目を集める。その期待に応えるように里中は初回を三者三振に押さえて記録を13三振まで更新。ところが仰木監督の奇策が発動。なんとピッチャー以外全員の守備位置を入れ替えてしまった。これはオールスターならではのお遊び、ファンサービスであり、試合に勝つことは放棄したといってもいい暴挙。
特に山田をキャッチャーからサードにコンバートしたことは、一年一度の明訓バッテリー復活を期待しているファンには認め難い(前年のオールスターでは『里中だけの人気ではありません 捕手が山田なればこその里中なのです だからこそ仰木監督が推薦したのです』なんて言われていた。今年も同じ仰木監督なのに)だろうし、山田のリードを失えば里中の連続三振新記録達成はまず難しくなる。ブーイングが起こって不思議ない状況ですが、意外にも観客は大喜びの様子。確かにこれこそオールスターでしか見られない珍光景ですからね。読者的にも山田・里中のバッテリー復活はすでに2回見ているので、新味を求める意味で興味深い展開でした。
もちろん捕手が誰になるかがその妙味を大きく左右するわけですが、これが『大甲子園』以来の岩鬼。パワー・打たれ強さ・強肩とキャッチャー岩鬼の実力はすでに高三夏・光戦で証明済みですがリードの方はどうする気かと思えば、光戦同様ノーサイン。岩鬼いわく「わいが捕手になった以上 好きに投げてええ(中略)ノーサインでええで だいたい人の指図で投げるような投手など一流やないで この機会に 里中 一流に近づけ」。
捕手のリードに従って投げる投手が一流じゃないかはともかく(そんなこと言ったら世の中の投手はほとんど二流ということに)、高校時代と違って里中にはスカイフォークがある。普通だって球種豊富なピッチャーの球をサインなしに捕球することは並大抵じゃないだろうに、あの山田が後逸したスカイフォークの超落差を練習なしで捕れるものなのか!?しかし岩鬼は里中の球を全て危なげなく捕球。この数ヶ月後、ダイエーのテストを受けた犬飼知三郎のドックル(知三郎流のナックル)もその激しい変化のために本職の捕手たちが全く捕れなかったものを岩鬼だけが苦もなく捕球していた。悪球打ちの男だから悪球を捕れるんだなどと説明されてましたが、だったらスカイフォークを楽々捕れても何ら不思議はないわけですね。
(そういえば初見では後逸し打者としてもまともに打つことの叶わなかったスカイフォークを、山田は翌96年のオールスターでは普通に捕球していた。瓢箪さんはスカイフォークを捕れるようになるまで特訓でズタボロになっていたのに。マシンや他の投手を相手に捕球練習できる球でもないし・・・?後に知三郎のドックルの捕球にはあんなに苦労してたのになあ)

かくてノーサインで投げた里中は山田を思わせる見事な組み立てでさらに三振記録を3つ伸ばす――と思いきや実は三塁の山田がグラブを叩く回数でリードを行っていたという高一秋の東海戦を彷彿とさせるオチがつきます。
その後新庄によるセーフティバントの球を山田が連続三振記録のためあえて捕りにいかずファールの可能性にかけて見送ったさい「めったにないチャンスだ セーフティで途切れるなんてもったいないだろ」という山田に「おんどれの勝手で試合やっとるん違うで!!連続三振など二の次や 勝つ事が第一やろが わいはそういう甘い考え ど最高に嫌いなんじゃい!!」と岩鬼は怒鳴るのですが、里中は「山田・・・・・・」とちょっと微笑んで嬉しそうな様子を見せている。
結局この見送りが仇になり、新庄が続いて放ったレフト前ヒットを山田は止められずに連続三振は16個でストップ。岩鬼が「こういう事になるさけ わいは厳しゅう言うたんや!!お陰で2年連続のパーフェクトも無うなったやろが」と山田に怒るのに対し里中は「どんまいどんまい これで2年越しの重荷がとれた これでオールスターを楽しめる」と山田を慰めている。思いやりがかえって悪い結果を招いた山田を暖かくフォローしてるのは里中の優しさでしょうが、「オールスターを楽しめる」という言葉は悲壮感の漂っていた昨年一昨年のオールスターではまず考えられなかった。その後今度は守る位置(ベースとの位置関係)でサインを出す山田に頷くときの安堵しきった笑顔といい、里中はこのオールスター、実にリラックスした態度で臨んでいる。
先の山田がファールを見送ったさいの反応にしても、翌年のロッテ対近鉄戦では9回裏、里中の20奪三振の記録のためにファールの可能性にかけてキャッチャーフライを見送ろうとした瓢箪に「だめです瓢箪さん 三振なんかどっちでもいいんです!!勝負が優先です 捕りにいって下さい!!」と叫んだ里中が、この時は岩鬼に同調せずむしろ山田の「甘さ」を喜んでいる。公式戦とオールスターでは勝利の重みが違う、ましてこのオールスターは投手以外の守備位置を全員入れ替えたりして“勝負よりファンサービス優先”という考えが前面に出ている、それゆえの余裕かもしれませんが、高校時代あれだけ勝つことにこだわった、ケガでボロボロになりながらも投げぬいた里中を思うとやはりいささかの違和感を禁じえない。
(追記すると、里中は上述の近鉄戦では引用した台詞のみならず、9回裏の第二打者がピッチャーゴロを打ったさい暴投して塁に出したほうが奪三振の可能性が広がるにも関わらず真面目に送球し、里中に諭された瓢箪がそれでも落球(わざとでなく不可抗力で)した結果としてファールになり再度勝負でついに日本新記録となる20奪三振を成し遂げたさいも小さくガッツポーズするのみで以降の延長戦に気持ちを向けている、と記録よりもチームの勝利優先の姿勢を貫いています)
さらには「一流に近づけ」という岩鬼の友情(?)を綺麗に無視して、嬉々として山田にリードを委ねていること。山田とバッテリーを組めるのは年に一度だけ、一年目のオールスターに出場を決めたのも多くは山田に受けてほしいゆえだったこと、加えて彼が高校入学前後で山田とのバッテリーに見せた執心を考えれば当然の行動かもしれませんが、ほんの数ヶ月前に自身の組み立てによる投球で山田を翻弄したはずの里中が今さら山田のリードに、山田が捕手ポジションにないにも関わらず全面的に依存している(試合中とも思えない安らいだ表情にそれが顕著)。
岩鬼の台詞を通して捕手にリードを任せる―捕手に精神的に依存することや記録を勝利に優先させることを否定し、実際岩鬼の主張の方に理があったことを結果で示してはいるものの、里中自身は山田の甘さをむしろ肯定し山田にもたれる態度をここでは見せている。その根底にあるのは97年に入って先発に定着しロッテの新エースとしての地位を築きつつあるゆえの余裕なんでしょうが、オープン戦から西武戦までは見せていた余裕ゆえのしたたかさや不敵さはここでは全く見ることができない。彼が負っていた悲壮感や生意気さがすっかり後景に引いてしまった、里中の幸せそうな様子は嬉しいもののそれ以上に寂しさを感じずにはいられませんでした。

シーズン後半のエピソードは犬飼知三郎のプロ入り関連が中心で里中の成績についてはこれといった情報もありませんでしたが、翌年春季キャンプの話題のさいに「ロッテからはあの小兵の里中に信じられない程のスタミナがつき今年は中4日のローテーションでフル回転とか」とのナレーションがまたまた彼の成長ぶりを伝えています。
正直これには興ざめしました。ストレートが5キロ増しになっただの「今日先発の里中の成長は近藤監督を喜ばせた」だのと年々成長ぶりが描かれてきた里中ですが、今回は特別何らかの特訓を行った形跡もなく(作中に説明がない)、一昨年のようにケガが完治し球もパワーアップしたもののスカイフォークを多投すればまた故障の危険があるとか、昨年春先のように先発を取れなきゃもう引退だとかの悲壮感を負っているわけでもない。加えて「信じられない程のスタミナがつき」というのが「ガラスの巨人」里中には実に似つかわしくない。それこそ山田が鈍足でなくなるほどの違和感です。
もちろん無印時代も里中は体力不足をさんざん言われながら炎天下で延長18回を二ヶ所のケガにもかかわらず投げ抜いたりしてるわけですが、そこは“根性のなせるわざ”で片づけて表看板はあくまで“虚弱”のままだった。山田が赤城山戦や弁慶戦では超鈍足のためチームの足を引っ張った一方で高一夏・白新戦などでランニングホームランしたりと時に鈍足らしからぬプレーを見せてるのと一緒で、キャラ的に「体力不足」という設定は動かさないまま、しれっと例外をどんどんやってしまえばいいわけです。もしスタミナがついた旨の説明なしに里中が中4日で投げていたとしても、無印時代に“虚弱”のレッテルに似ぬ里中の連投を見てきた読者は別段驚きもしなかったと思います。けれどはっきり「スタミナがつ」いたと書かれてしまうとやっぱり(少なくとも私は)「イメージ違う」感を抱かざるを得ませんでした。フル回転できると明記しておかないとロッテのエースとしてふさわしくないという考えからこういう説明がなされたんでしょうか。
山田や岩鬼、殿馬がチームの中核として活躍してる以上、里中も彼らと対等の立場に置かねばならない、そのためには里中をパワーアップさせなくては、というのはわかるんですが、それで里中本来のキャラクターを壊してしまうんじゃ何もならない。中6日だろうが中10日だろうが先発完投できるだけでも活躍してるうちだと思いますし、「これで中4日で投げられるくらいスタミナがありゃ文句なしなんだが」と周囲から言われるくらいでちょうどいいバランスじゃないかと思うのです。
あるいはスタミナのみならずそれ以外のスペックも95年後半戦のレベルで固定して、水原勇気のように一球のみのリリーフとまでは言わずともワンポイントあるいはせいぜい一イニングのみストッパーとして登板する設定にするとか。仲間と比べると活躍度合いは地味かもですがセーブ記録ではタイトル常連だとかなら十分格好もつくし、毎年オールスターにはしっかり選ばれて、普段一イニング以上投げることのない里中を三回持たせるための山田の苦心のリードがオールスターの見所になる。そんな設定でも面白かったんじゃないかなあ。

・・・というわけで以降、球威も体力面もすっかり充実してしまった里中は、さらにロッテのエースとしての地位も磐石になったことで上を目指すモチベーション―一軍入り、パのセーブ記録、オールスターの九奪三振、先発転向などの具体的目標もなくなってしまい(何らかのタイトルを取ることは一応目標にしてるでしょうが、すでにいろんなタイトル取っちゃってるので「上を目指す」とはいえない。高校時代のように優勝を目標に掲げることは現実でロッテが優勝しない限り困難=毎年優勝を熱く誓っては夢破れるパターンの連続になってしまう)、悲壮感もギラギラした闘争心も表出する場を失ってしまった。彼が精彩を欠いていったのは必然でしょう。上で引いたロッテ対近鉄戦や翌年オールスターでの松井への生意気口など、その後もところどころ見所はあるんですけれども。

 


(2012年8月10日up)

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