『プロ野球編』の里中について(3)

 

さて、(2)で引いたように正月の自主トレの時には「オレは先発を取るチャンスだ ものにしなきゃ」と明るい調子で語っていた里中ですが、春頃には瓢箪との間で「岩鬼の一番も山田の四番もルーキーに取られたか ふたりとも今年は大変だな なあ里中」「おれはそれどころじゃないです 今年は伊良部さんとヒルマンがいない 先発投手を取るチャンスなんだ・・・・・・ こんなチャンスにだめなら もう引退です」なんて会話が交わされていて、友人の動向も気にしてる余裕がないほどに思いつめた様子をしてます。まだ20歳、それもオールスターの九奪三振記録投手がなんだって引退を思うほど追いつめられてるんだか。
と思ったら少し後で袴田コーチが「このチャンスを生かせなかったら来年は引退だぞ」なんて言っていました。この人が追い込んでんのかい。もっともその後の袴田コーチ・里中・瓢箪三人での特訓風景はむしろほのぼのムードで、「おれは法政大学時代」「江川卓さんの豪速球を受けたんでしょ 前に聞きましたよ」「ロッテ時代あのマサカリ投法の」「村田兆治さんのフォークを受けたんでしょ それも聞きました」なんていう袴田&里中コンビの会話はおじいちゃんと孫のような親しみが滲み出ています。袴田コーチに「どうして当たらないか考えるんだ」と言われた瓢箪が「下手だから」と苦笑するのもいい意味で緊張感がない(こういう飾らない素直さが瓢箪さんのいいところ)。
この特練が身を結んだのか(見るかぎりでは瓢箪の打撃練習の要素が大きい特訓でしたが)、オープン戦のロッテvs横浜二連戦で先輩の小宮山と開幕投手を競うことになった里中について「特に今日先発の里中の成長は近藤監督を喜ばせた 高校時代の小さな巨人は 今 プロの中でも巨人になりつつあったのだ」なるナレーションがかぶせられています。145キロのストレートも可能になった去年夏の時点よりさらに成長したわけですか。加えてこの試合里中は9回を完投、特練で打撃開眼した瓢箪のサヨナラホームランで勝利投手に。文句なしに先発投手たる資格があることを証明してのけました。

かくて栄誉ある開幕投手に選ばれた里中は、岩鬼・山田・不知火とともにプロ野球ニュースのゲストに呼ばれたさい「開幕戦で不知火に勝ったら最多勝を狙います ぼくにとってそれほど大きな1勝という事です」と宣言する(不知火も即座に「その言葉そっくりお返しだ 里中に勝ったらこちらは最多勝を獲る!!」と返していて良きライバル関係という感じです)。初のオールスターの時には不知火が土門以上にすごいと聞いて動揺していた里中が今やその不知火と対等に投げ合える、最多勝を口にできるほどの立場まで上ってきた。それが顕著になった一幕です。
この開幕戦の里中vs不知火(ロッテ対日本ハム)は里中の方に軍配があがった。それも9回途中まで完全試合、あと二人というところでデッドボールになったものの最後の打者は一塁カバーに入った里中自身がアウトに取るという、高一夏東海戦を思わせる幕切れで見事ノーヒットノーランを成しとげました。
この試合はなかなかに見所が多く、例えば4番落合の打席。ひたすらスカイフォークを待つ待球作戦に対し、袴田コーチの「無死の先頭打者の落合さんには投げる必要のない場面だ ここ一番のチャンスの時のために 今スカイフォークを見ておきたいんだ 挑発に乗るな」という思いに反して「よーし そこまで待っているならお望み通り投げてやろーじゃないか 里中のスカイフォーク打てるなら打ってみろ!!」と瓢箪はスカイフォークのサインを出すのですが、実際来た球はスカイに見せかけたチェンジアップで落合はあえなく三振。
落合によればこれはサイン違いではなく「確かに瓢箪はスカイフォークのサインを出した 里中はうなずいた・・・がしかしサインを無視してチェンジアップを投げフォークの速さと勘違いさせたんだ」そう。そして「里中の奴 若いくせしてしたたかな奴だ こいつは面白い投手と巡り合えたものよ」と里中を評価する。ベテランの強打者を機転を利かして見事に引っかけた、そこには前の年にはなかった余裕が感じられます。そして落合さんの「したたかな奴」「面白い投手」という里中評が何とも嬉しかったです。
またオープン戦に続いてここでも瓢箪がリード・打撃の両面で里中を支える活躍ぶりを見せる。5回まで一度もスカイフォークを投げない(にもかかわらず完全試合を続けているのだからたいしたもの)里中を日ハムの選手陣は「ここまで会心の当たりをされてスカイフォークを温存するか」「1点勝負を分かってないなこのバッテリーは」「投げられないとしたら」「指とかヒジに負担をかけられない事情があってとか言う」とスカイフォークが投げられない状態なのではと疑うのですが、その矢先に里中・瓢箪バッテリーはサトルボールの連続+スカイフォークで打者を打ちとる。スカイフォークをとことん温存して、相手がスカイフォークは来ないと油断したあたりでにわかに解禁、三振を取るリードは山田ばりの見事さです(この時不知火がいち早く暴投に見えた球がスカイフォークだと見抜いているのもさすがの眼力)。
打者としてもツーベースと思われた打球をランニングホームランにして貴重な1点を先取している。ノーヒットノーランの一番の功労者はもちろん里中自身ですが、瓢箪の名アシストとバックの好守備あっての快挙という描き方であり、唯一のデッドボールの原因が代打広瀬の「12年目のプロの目」に威圧されてやや冷静さを欠いた結果というのも里中をただ持ち上げるのでなくちょっと落としもするバランスの良さを感じます。この年さらなる成長ぶりを見せつけ輝かしい活躍の続く里中ですが、ただ持ち上げるだけにせずちゃんと抑制は効いていて、この時期の『プロ野球編』がまだまだ十分面白いのはこの「抑制」あればこそだと思います。

この二試合を通じてすっかり先発投手として定着した里中はシーズン開始早々に山田の西武と戦うことに。スポーツ紙の記事には「ノーヒットノーラン男・里中にどう立ち向かう、YK砲」(Kは当時西武の4番だった蔵獅子丸、Yは言わずと知れた山田)などと書かれていて、今や山田の方が里中に対する挑戦者―里中の方が格上のごとき扱い。プロ入り当初と別人のような里中の地位の向上っぷりが明らかです。
山田と里中はすでに95年の後半戦で二回対決していますが(96年後半戦でもきっと対決してるんでしょうがシーンとして出てこないので勝敗のほどは不明)、里中が先発に転じてからはこれが初対決。そしてYK砲の一人・獅子丸は変化球が全く打てないという弱点のために変化球投手里中との対決に当たってオーダーから外され山田が初の4番となる。結果的にですが、里中の存在―里中が先発に転じたことが山田の4番昇格をアシストした格好になっています。
こういう背景ゆえにここでの山田・里中対決は『待ちに待った四番山田が今日実現したのです しかも対戦する最初の投手がなんと里中とは 高校時代3年間苦楽を共にした里中とは何という因縁でしょうか』と95年後半戦での二度の対戦なみの盛り上げ方で、「記念すべき四番山田の初対決だろ おまえが心おきなく配球しろ」「で でも」「打たれたらおれの責任 抑えたらおまえの手柄 どうだいよく出来た恋女房だろ 山田といい勝負だろ」「瓢箪さん」なんて里中・瓢箪バッテリーの会話にもこの試合の“特別”感が滲んでいます。にもかかわらず里中の表情は全体に明るく、瓢箪の気遣い溢れる言葉にリラックスした笑顔を見せてさえいる。これは飄々とした瓢箪さんの暖かな態度によるところも大きいのでしょうが、オープン戦、開幕戦と堂々たる勝利を成しとげ確固たる地位を築きつつあることによる余裕も大きいのだと思います。

その余裕にふさわしく、山田の最初の打席、里中はど真ん中ストレートを2球続ける配球の大胆さで山田の裏を掻き、大胆すぎるリードにもかかわらず里中に迷いがないことから里中の組み立てだと山田は気付くもののすでに遅く、高めのストレートを空振りさせられてしまう。あの山田がまさかの三球三振。山田はにわかに里中を大きく感じ(ここで本当に山田ビジョン―巨大化した里中の絵が出てくるのが高三夏・青田再試合の“鉄人中西”ぽい)「里中は大きくなった 去年のオールスター戦で受けた時とは天地の差だ ・・・凄い成長だ」と危機感を強めるのですが、「去年のオールスター戦」といえば里中は九奪三振の偉業をやりとげているわけで、それと比べて「天地の差」とはどれだけ今の里中はすごいのか。これはやはり球威が増したとかいうことより前述の余裕―それに基づく大胆なピッチング、あれだけ読みに長けた山田を翻弄する頭脳プレーを差しての言葉なんでしょう。
この山田を含めて里中はスカイフォークなしで3回を7人三振に取る活躍を見せ、今日もノーヒットノーランいけるかもという瓢箪と「もともとおれ打たせて取るタイプなんですから」「いや違う!!今日のおまえの球の走りと切れは三振を取るタイプの投手だ」なんて会話をしているほど。山田の二打席目も一球目はボールから入り(そう読んでいた山田は見逃す)、二球目をストレートと思わせたさとるボールで引っ掛けて一塁ゴロを打たせて里中が一塁をカバーに走り、俊足の里中と鈍足の山田だけに里中の足が早く山田はアウトに。「あそこまで振りに行ったらバットは止まらない・・・・・・ 完全に里中にウラをかかれた ・・・・・・完敗だ」という山田のモノローグは今や完全に里中>山田になっているのを思わせます。
まあさすがにこれでは里中を持ち上げすぎと思ったか記念すべき初の4番でこのざまじゃ山田が可哀想だと思ったか、里中視点で描かれた三打席目は山田はストレートを3本続けると読んでると考えた里中が全てシンカー勝負に行き、こういう場合モノローグの主体になった方が負ける法則にのっとって一球目から山田にシンカー(さとるボール)を狙い打たれてホームランされてしまう。開幕戦に続いて里中を完全に持ち上げすぎずちょっと落としてバランスを取った感じです。一方の山田についてもついにホームラン、それも7回目にして貴重な先制の一点ということで4番打者としての面目を保たせたものの、その後瓢箪が逆転ツーランを放ち(里中が点を取られたら必ず取り返す、オープン戦以来のこの人の恋女房っぷりはすさまじい)試合としてはロッテの勝利、里中完投ということで完全にヒーロー化してしまわない。里中大絶賛にも山田大絶賛にもしきらない、上手いところに着地させています。ダイエーの王監督が「里中もいよいよ頭角を現してきたか・・・・・・今やもうロッテのエースと言っても過言じゃないな」なんて言ってくれるのも褒めすぎじゃないかと思いつつも、この好成績なら順当な評価かもと里中ファンとして素直に有難く受け取ることができました。

 


(2012年8月10日up)

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