『プロ野球編』の里中について(2)

 

オールスターであれだけ実力不足を懸念されながらも最後の最後で秘球を投じ、(おそらくは)オールスターの話題をかっさらったとおぼしき里中は、後半戦ついに一軍昇格。里中の一軍入りを報じた新聞を通して初めて秘球の名前「スカイフォーク」が公になる。そして里中はストッパーとしてめでたく公式戦デビュー。相手打者が岩鬼というのもかつての身内であり先のオールスターでは仲間だっただけに効果的です。
最初里中は相手が岩鬼ならど真ん中を投げれば簡単に打ち取れると踏んでいたのですが、いつのまにやらど真ん中を打てないまでもファールにする方法を覚えたらしい岩鬼に打たれそうな気配を感じ、スカイフォークを投げる決心をする。
(思えばど真ん中を投げておけばアンパイの岩鬼にわざわざストッパーを起用する必要あったんですかね?ど真ん中をカットできるようになったことはこの打席まで知られてなかったみたいだし)

かくてスカイフォークで見事岩鬼を三振にとった里中は輝かしいデビューを飾ることに。この時里中はかつて山田によくしていたように、二軍からともに上がった新たな恋女房・瓢箪と抱き合って(というより腰にしがみついて)感涙にむせんでおり、瓢箪のみならず他のロッテ野手陣も「やったぜリトルジャイアンツ」などと里中を祝福してくれている。オールスターが里中の勝利を素直に喜べない結末だっただけに、やっと里中が文句なしに勝った、プロ選手として第一歩を踏み出したことを実感できました。

この試合を皮切りに里中はスカイフォークを引っさげて順調にセーブを上げ、いよいよパ・リーグのセーブ記録に並ぶかというところで山田との初対戦を迎えることになる。かつての黄金バッテリーの初対決に観客はある意味オールスターのバッテリー復活以上に大興奮。山田はオールスターの直後にスカイフォークを「あんな凄い球見た事がない」と評して今後の里中が強力なライバルになることを予期していたし、里中にしても『大甲子園』やオールスターの最終結果発表の朝に山田に打たれる夢を見たりして、実はバッテリーを組んでいた当時から打者山田と真剣勝負したい潜在意識があったように思えます(必ず打たれてしまうあたりは里中の謙虚さなのか山田への盲信ぶりの表れなのか)。
そんな二人の満を持しての対決はひとまず里中に軍配があがったものの、二度目の対決は山田のホームランに終わる。とはいえスカイフォークを二球空振りした後に球が落ちる前に叩いた、山田的には不本意な勝ち方だったという形で里中にもちゃんと花を持たせてあるのですが。
この勝負のあと、その後恒例となる正月の合宿(明訓五人衆が揃い踏みしての箱根での自主トレ)のエピソードを挟んで次のシーズンへ。ここでまたも新聞報道を通して里中が開幕一軍に入ってないことが明かされる。昨シーズン後半戦でパ・リーグのセーブタイ記録を作った里中が一軍に入ってないとなると当然疑われるのは故障。高校時代の故障の多さからいっても自主トレ中に右肩がボキッと折れる悪夢を見て飛び起きるシーンがあったことからいっても、それが順当な推測でしょう(実際その通りだった)。

前年に続いてまたも前半戦を丸々一軍落ちするはめになった里中ですが、昨年と違うのは投げられる状態ではないためにオールスターに選ばれなかったこと。正確には前半戦の終盤に一軍復帰したものの最終投票まで日がなかったために選出されるだけの票数を集められなかった(六位に終わった)のでした(サチ子は「ちっくしょーどうして里中ちゃん選ばれないんだぁ」とわめいてましたが、彼女自身は里中に投票したんでしょうね)。しかし(全く実績がないまま人気投票で選ばれてしまった前回ほどの番狂わせではないですが)今回は投票数は及ばなかったものの監督推薦で選ばれたという格好で里中は再びオールスター出場を果たす。推薦した仰木監督が「驚くことはなかろう 投げられるようになったんやで ・・・去年のオールスターの実績と里中・山田のバッテリーの人気を考えたら当然やろがな」とコメントしてる通り、確かにオールスターの実績(個人的には後半戦の実績もつけ加えたい)とバッテリーの人気を思えば順当な結果でしょう。ファン投票で選ばれなかったのだってぎりぎりまで故障欠場してたせいで、故障がなければ仮に成績不振で二軍落ちしていてさえ一位選出されていたに違いないのは去年の結果から十分推測できることですし。

かくて完全復活をアピールする意味合いもあってか、オールスター戦直前のロッテ対オリックス戦に登板した里中は、「仰木さん 人気じゃなく実力で選んでもらった事と信じています そして証明します!!」と張り切って9番大島、1番イチロー、2番殿馬を三球三振に取る活躍を見せる。自分を選んでくれた人に実力を示すことで応えようという発想は昨年のオールスターで東尾監督が続投させてくれたことに応えるためスカイフォークを投げたのにも通じるものがありいかにも里中らしいのですが、その結果として監督のチームを負けさせたんだから恩返しになってるんだかなってないんだか(苦笑)。試合終了直後のマウンドで仰木監督に笑顔で「選んでいただいてありがとうございました」と元気いっぱいに頭を下げるあたりも、ちゃんと礼を尽くしているだけに監督としても怒るに怒れないですねこりゃ。
余談ながら試合終了直後(里中が監督に挨拶するちょっと前)に山田久志オリックス投手コーチが里中の変身ぶりを褒める場面があります。山田久志といえば元阪急のアンダースロー投手で、彼が里中のフォームのモデルなのは有名な話。その山田コーチが里中を褒めてくれるというのが何だか嬉しい取り合わせでした。

この「変身」とは具体的には「去年よりよォストレートが5キロは増したづらよ スカイフォークもより打者の近くで落ちるよーになったづらづんよ」(殿馬談)。これ以降の数年、里中は毎年のように球速が上がったの体力がついたのと特に理由が描かれないまま成長をたどっていくのですが、この時は長い故障の後でもあり、故障克服のためのリハビリと同時にきっちり強化トレーニングもやったんだろうなーということでそう不自然さは感じませんでした(本来打たせて取るタイプの里中が三球三振は行きすぎだろうという気はしましたが。三振したのがそうそうたるメンバーだけに)。
何より前年のオールスターで里中はスカイフォーク以外の球はプロで通用しないことがほぼ決定づけられたようなもので、スカイフォークを使ってなら一イニングを抑えるくらいは可能でもそう何イニングもは投げられない、ストッパーとしてしか活躍の余地はないというのが実際のところでしょう。それも二年目以降となるとどうなってくるか。だからスカイフォーク以外の球もスピードを強化し(続くオールスターで145キロのストレートを投げています。ちなみに『プロ野球編』『スーパースターズ編』通しての最速記録は148キロ。アンダーでこれはすごい事らしい)、スカイフォークそれ自体もパワーアップすることで、里中が今後ともプロでやっていける、その地固めとしたのでしょう。実際去年後半戦の実力のままだったら、この後のオールスターでの九奪三振はありえなかったでしょうから。

かくてめぐってきた山田世代にとってプロ二度目のオールスター。前回のオールスターは皆の顔見せの意味もあって一回から丁寧に描かれましたが今回はわりに流し気味。最初の犬神対山田、岩鬼のホームラン二本に続いて7回表、里中登板から本格的に描写されます。
しかも実況によると『イチローよりも山田 岩鬼よりも誰よりもファンが待っていた小さな巨人里中の登場です!! もの凄い大歓声です この異常な人気もまたオールスター選手にふさわしい価値と言えましょう』。実在非実在含めた人気選手がひしめく中でも最大の人気と注目度を集めているのは里中らしい。一つには一年目はオールスターが初お目見え&プロで一度も投げてないのに人気だけで選出された、今回は怪我で長期休場のあと一回投げて見事にセーブ飾った後という、常にファンが飢餓状態にあるタイミングで抜群の話題性を持ってオールスターに出てくるせいなんでしょうが。
ついでに前回は最終回のみの登板だった里中がここでは7回表からマウンドに上がる。里中の地位の向上がはっきり見て取れて嬉しくなってきます。

このオールスターで里中は前回オールスターで土門が惜しくも成しえなかった九奪三振という偉業をやってのけるのですが、無印〜『大甲子園』では打たせて取るタイプと言われてきた里中が先のオリックス戦といい、この頃から三振の山を築く力量を見せはじめている。緻密なコントロールで狙い通りのコースに打たせるのを得手としてきた里中は、無印では優れたバックの助けもあってノーヒットノーランや完全試合を達成してきましたが、奪三振の記録はなかったはず。これは当てることさえ容易にできない球―スカイフォークを手に入れたことが大きいのだと思います。スカイフォークなしで6三振を取った時点でバッテリーは本格的に九奪三振を狙うことを決め(この時里中の意志を確かめた山田が長い打ち合わせを始めるのを後ろで岩鬼が「まったく打ち合わせの好きなふたりや」と呆れ顔で見ている。「照れの美学」で触れた岩鬼の茶々入れが相変わらずなのがなんか嬉しかったり)、以降はスカイフォークを巧みに織り交ぜながら山田は里中を初の九奪三振記録へと導いていく。
しかし山田はスカイフォークの危険性―特殊な投げ方のため右腕に多大な負担をかけるので一試合に二、三球が限度―を知らなかった。里中もあえてそれを告げることはしなかった。ゆえに「スカイフォークの投げ方がきつそう」だと案じながらも里中にはぐらかされた山田は普通にスカイフォークを要求し、里中もそれに応えつづける。去年同様テレビで試合経過を見守っていた袴田コーチがはらはらするのも無理からぬところです。この袴田コーチの視点を通して読者にスカイフォークの危険性が示唆され、またも故障する危険と隣り合わせの綱渡りなピッチングを続ける里中がにわかに悲壮感を帯びてきます。
里中が山田にスカイフォークの負担の大きさを語らなかった理由を「その後の黄金バッテリー」では「決め球であるスカイフォークが一試合で2、3球投げるのが限度などということをライバル球団の選手である山田に知られるわけにはいかなかったから」と書きましたが、もう一つ、スカイフォークの限界を見極めたかったというのもあったのかもしれません。前年の後半戦、もっぱらストッパーとして活躍してきた里中は基本的に最後の一人に投げるのみ、オールスターでも復帰後の対オリックス戦でも一イニングのみの登板だった。一イニングだけならスカイフォークが一試合に2、3球しか投げられなくても何とか持たせられる。しかし翌年の正月自主トレのときに「今年はうちもヒルマンが抜けたからオレは先発を取るチャンスだ ものにしなきゃ」と明るい笑顔で宣言していたところからすれば、里中は先発に転向したいと考えている。まあピッチャーなら誰でも先発を取りたいと思うものなのでしょうが、先発投手を務めようとするなら最低でも3イニング、なるべく5イニングは投げられるようでなければならない。自分にはそれだけの力があるのだと、一番の武器であるスカイフォークも2、3球よりもっと投げられるのだと、このオールスターを通じて里中は証明したかったんでしゃないでしょうか。
結局里中の無茶な挑戦は見事成功し、高校時代ここぞのところでたびたび渾身の球をホームランされてきた犬飼武蔵を見事三振にとって(二球目がピーゴロかと思ったらかろうじて自打球=ファールになったのを受けて、それまでもうスカイフォークを投げさすなと言っていた袴田さんが「よーし山田ここだ!!ここでスカイフォークだ!!里中もう一球投げろ!!ヒジの強さ信じているぞ」とテレビに叫ぶのがまさに正念場、千載一遇のチャンスという感じで物語をなお盛り上げます)九奪三振を達成したうえその後故障に見舞われることもなかった。里中が先発に、やがてロッテのエースの一人となっていく下地がこのオールスターで出来上がったといっていいと思います。


(2012年8月3日up)

 

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