『プロ野球編』について(5)

 

ここまでは『プロ野球編』の魅力的な部分を語ってきたのですが、この先は悪い部分、個人的に好きじゃない部分や作品の構成上内包せざるを得ない問題点を挙げてみようと思います。多くは連載当初から胚胎してはいたものの連載が長くなるほどに生じてきた、より目につくようになってきた問題であり、私が初期の『プロ野球編』を支持する一方で『プロ編』全体に対しては評価が辛くなるのは、これらが要因になっています。

 

第一はとにかくはしょられる試合が多いこと。『ドカベン』キャラが実在プロ野球団に入って活躍する、というのがテーマである以上、ストーリーの進行は現実世界のペナントレースと併走することになる。とはいえさすがに一試合を連載一回分に収めるわけにもいかないので、ここぞという試合を連載数回〜十数回分を使って描きシーズン中の他の試合は経過のみナレーションで説明するといった形にせざるを得ず、物語のかなりの部分がダイジェストのような印象になってしまった。『あぶさん』や『野球狂の詩』(初期)は一話完結形式をとっていたのでこういう問題は起こらなかったんですが、それはどちらもトータルの試合の流れよりも一人の野球人の人生・活躍に焦点を当てるタイプの作品だからできたことで、もともと試合の中での駆け引きを緻密かつ適度なハッタリを交えてじっくり見せるのが特徴だった『ドカベン』の場合、この方法は使えない。ダイジェストになるのもやむを得ないところでしょう。
加えてメインキャラ―明訓五人衆が皆別々の球団に散ってしまっているので、主人公である山田、水島先生のお気に入りで準主人公ともいうべき岩鬼の試合をなるべくしっかり取り上げようとすれば他メンバーの試合はたいていナレーション枠に入ることになってしまう。普通高校野球マンガはピッチャーとキャッチャー、せいぜいあと一人くらいしかストーリーにからむナインがいないので、続編でプロ野球編を書いたとしても彼らにだけ焦点を当てれば済むんですが、『ドカベン』の場合、三太郎を抜いたとしてもチーム内に四人も人気キャラが存在するので、全員チームが分かれてしまった以上彼らを均一に取り上げることなど不可能。出番の少ないキャラのファンは不満がたまるという問題が発生してしまった。
まあ里中と殿馬は山田・岩鬼と同じくパ・リーグなので彼らとの対戦という形でなるべく活躍の場を作り、山田所属の西武や岩鬼所属のダイエーの試合も全部紹介するわけでなくときどきナレーション化させてバランスを取っていますが(そうなると明訓OBで一人セ・リーグにいった三太郎が一番貧乏くじを引いたかのようですが、彼については山田と同じチームでなくなったことでホームランバッターとしてがんがん活躍するようになったので不遇感はない。むしろ無印より扱いがいいのでは)。これは水島先生的にも悩みどころだったようで、『スーパースターズ編』開始直後のインタビューで「『プロ野球編』だと、例えば山田と岩鬼が西武とダイエーで戦ってる時に、殿馬、里中、三太郎、みんな出れないわけですよ。これが難しいトコだった」と語っています。
いっそペナントレースとの同期は捨てて高校時代のように一試合一試合に時間をかける、1シーズンを1年くらいかけて描いてもよかったのでは。地区予選決勝から甲子園大会優勝までに4年を費やした『大甲子園』まではいかずとも、それなら後述するキャラクターの加齢の問題も回避できるし。
とはいえ実在の選手が多数出演しているので、現実世界と年単位で時間がずれてしまうと、現実では引退した選手が作中ではいまだ現役とか、逆に有望な新人が出てきても作品には出せない(その新人の入団年に作中時間が追いついてないため)とか、はては作中で試合してる最中の球団が現実では存在しなくなってしまうなんてことが起こりうるわけで・・・・・・。『野球狂の詩』後半(水原勇気編)は長編形式に変わりましたが、よくぞこうした問題に直面しなかった(たぶん)ものです。長く感じるわりに連載期間が1〜2年だったからですかね。
あるいは『光の小次郎』みたいに全球団創作のチームなら現実との兼ね合いは気にせず自由に描けたでしょうが、これは『プロ野球編』成立のそもそものきっかけが当時西武だった清原から「ドカベンは今どうしてるんですか?」と聞かれたことに由来してるそうなので、「『ドカベン』復活=現実のプロ球団に入って活躍」になったのは当然の流れというか完全オリジナルのリーグでの活躍物語を描くなんて発想自体起こらなかったんでしょうね。

しかし山田たちが実在のチームに入団することによって生じた問題はストーリーのダイジェスト化の他にもあった。それは『ドカベン』キャラがレギュラー出場すれば必然的に実在選手のポジションを奪う形になってしまうこと。架空のキャラクターを実在球団に所属させ実在選手とプレーさせるうえで仕方のないことではあるんですが、ポジションを取られた格好になった(結果として『プロ野球編』から存在自体消されていたりする)選手のファンや選手本人にとってはやはり面白くないでしょう。
たいがいの野球マンガの主人公はピッチャー、ピッチャーの場合ローテーションで投げるわけで、架空の主人公を実在球団に所属する設定にしたところで実在選手のポジションを奪うことにはならない(初期のあぶさんが代打の設定だったのはこの点でも都合がよかった)。しかし『ドカベン』の場合主人公山田はキャッチャーなわけで、彼が西武の正捕手になれば本来の正捕手がはじき出されることになる。実際当時西武の正捕手だった伊東はストーリー上正捕手を下ろされたわけですが、入団当初山田は伊東がいたために早々レギュラーになれない→伊東がケガで休場→その穴を埋める形で山田が正捕手に、という流れになっていて、ケガが癒えた後の伊東はDHとして活躍するなど、まだしも最大限配慮した扱いにはなっています。入団早々三塁手・二塁手として定着した岩鬼や殿馬(にレギュラーを奪われた選手)についてはこうしたフォローは何もなかったからなあ。
山田に関してはレギュラー定着後も初期は3番を打ち、当時4番だった清原がFAで西武を離れた後に4番になる展開になっていて、これまた清原への遠慮がうかがえます。加えて清原FA後すぐに4番になるのでなく、ルーキー(架空選手)の強打者・蔵獅子丸がまずは4番になり、やがて変化球がまるで打てない弱点を露呈した獅子丸が4番を外されたのと交代で4番に昇格という流れになっているので、入団後すぐに正捕手になれない、4番になれないのは主人公を厚遇しすぎない、あまりあっさりとは上へ上がっていけないように試練(?)を与える意味合いもあったんじゃないかと思います。無印終盤に明らかなように主人公一人勝ち状態すぎると読者はかえって引いてしまいますから(ポッと出のルーキーかつオリジナルキャラが早々に西武の4番になるのもアレですが、ここで実在選手を4番にしてしまうと結局山田がいずれその人を追い落とす形になってしまうゆえの処置なんでしょうね。西武には土井垣や小次郎みたいな架空の先輩選手がいないからなあ)。
ちなみに獅子丸が4番を外されるきっかけとなったのがロッテとの対戦。ロッテの先発が変化球投手の里中だったことで獅子丸はオーダーからも外され、終盤代打で出たものの変化球3連発をあえなく空振りしてファームへ落とされるはめに。山田はそのまま4番で定着し、やがてその剛腕を買われて投手に転向した獅子丸は山田とパッテリーを組む流れになっていきます。

ポジション問題を抜きにしても、『プロ野球編』以降の『ドカベン』が実在選手をないがしろにしてるとはよく言われるところです。いわく「顔が似てなさすぎ」「プロフィールがいいかげん」「その選手の人格を疑いたくなるような台詞や行動が頻出する」などなど。プロ野球に疎い、特に選手に思い入れのない私でも「これはいかがなものか」というシーンがしばしば見受けられます。
『プロ野球編』初期は全選手が山田たちにとって先輩だったこともあり、全体に実在選手の言動も格好よく描かれていて(ロッテ・伊良部の「ヒーローは高橋じゃないチバ おれは殿馬ひとりに負けたんだロッテ あいつにリズムを狂わされたために安全パイの高橋にそこしか打てない球が行っちマリーンズ」とか西武→日ハムの奈良原の「サヨ奈良原だ」とかダジャレ系?の変な台詞はあったけれども)、特に『プロ野球編』誕生の立役者である清原など言動のみならずビジュアルまでやたらに男前でした。95年後半戦、山田と里中二度目の対決のさいの「それでいい 山田 おまえのお陰でこれだけスカイフォークを見せてもらってる ムダにしない 必ずおれが打つ!!」のシーンなんてその格好良さにシビれたものです。前述の伊良部にしても95年のオールスターファン投票に関して「おれはファン投票一位はもうムリです 今やロッテから可能性のあるのは里中だけです したがって不知火をイメージダウンさせてやるんです そして里中の票を増やしてやロッテさ」(この場合の「イメージダウンさせてやる」というのは今からの試合で不知火に投げ勝って見せるという意味)発言や翌年のオールスターでも「あとはおれが控えてるぜ 心おきなく投げてこい」と内心で呼びかけるなど、チームの後輩である里中への思いやりある台詞がしばしば出てきます。
しかし先でもあげた加齢の問題――物語の進行が現実のペナントレースに基本的に沿っている以上『ドカベン』キャラたちも連載年数分年を取る――により、『プロ野球編』開始当初はルーキーだった彼らも4、5年連載が続くうちに先輩の立場になっていく。そうなると、彼らに憧れる、目標とするルーキーも多々出てくることになる。
そりゃ一年目から毎年のように何かしらのタイトルを取りまくってるような連中ですから後進の憧れにならない方がおかしいんですが、実在選手が〈山田さんはずっと憧れの選手でした〉〈岩鬼さんのようなプレーヤーを目指しています〉的発言をしまくってるのは、その選手のファンならずとも不愉快でしょうね(たとえば2001年にダイエーから指名された寺原がテレビのインタビューで「感想も何ももうダイエーに決めてます なぜならダイエーにはぼくの尊敬する男・岩鬼選手がいるからです!!」なんて答えてたり。これは後から殿馬が「社交辞令づらよ お前にいじめられそうなんで先手をとったづらぜよ 頭のいい投手づんづらよ」とフォロー(?)していますが)。その選手自身も年齢的に『ドカベン』に思い入れがない(存在自体知らなかったかもしれない)可能性も高いわけで、自分を模したキャラクターが架空キャラを人生の師のごとくヨイショしてる描写を見たらどんな感想を抱くものやら。
(実在の後輩選手で五人衆に憧れてる―彼らを前にドキドキしている―描写が出てくる最初は99年西武入団の松坂大輔あたりでしょうか。彼の場合超大物ルーキーだっただけに作中でもものすごく優遇されていて、明記されてるかぎりでは唯一調子万全の里中を抑えてオールスター投票のパ・リーグ投手部門一位を獲ったりピッチャー返しをしっかりキャッチしつつ同時に折れたバットが飛んできたのも足で受け止めたりDHに代わって打席に立ちホームランしたりと八面六臂の大活躍を見せていますが)

 


(2012年6月29日up)

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