『プロ野球編』について(3)

 

一方で無印から変わらないゆえに魅力的な部分もある。たとえば95年後半戦、日ハム対西武戦であの不知火からホームランを3本打つという快挙を成し遂げた山田が、絶好調の感触を忘れないためにとしばらくバットを持ったまま生活するエピソードがあります。何だか高二夏前にプロテクターをつけて生活してた谷津吾朗を彷彿とさせますが、心酔する土門の言いつけを愚直に守っていた吾朗と違い、山田の行動は全くの自発的なもの。
そんな山田を祖父はホームラン王ほしさであせってるのかと最初は誤解したものの、孫の様子を見ているうちに「あせっているんじゃないんだ あいつは本当に野球が好きなんだ その好きな野球をいつも変わらぬベストの調子でしたいだけのことなんだ」と思い直す。
野球を愛するがゆえに、野球をベストの調子でしたいがゆえに、傍目には素っ頓狂な行為を衆人環視の中だろうと平然とやってのける。さすがは高二春の大会中に足を鍛えるため電車の中で蹲踞して乗客の注目を集めまくっていた山田です。彼のこういう“野球バカ”なところ―里中のような熱血系バカとはまたちがって、野球を愛するあまりズレた行動を取ってしまうところ―が相変わらずなのが何だか嬉しいです。

この蹲踞や走っている電車の中から通過駅の駅名を読み取る練習、吊るした五円玉をじっと見つめる練習など、高校時代の山田の自主練習というともっぱら基礎体力、足腰や目を鍛えることが目的だったのに対し、『プロ野球編』ではバットで滝を切ろうとしたり何メートルもある竹竿を水平に振ったりと打撃力―直接プレイに関わる能力を鍛える方向にトレーニング法が変化してはいるものの、根本にある精神は変わっていない。あえて違いを探すなら高校時代は「相手などだれでもかまわないのです 自分を鍛えるだけなのです」(吾朗談)だったのに対し、『プロ野球編』での滝や竹竿の特訓の時は具体的な仮想敵(プロ入りしたばかりの中西球道)を念頭に置いていたということでしょうか。
(ちなみにバット持って生活してた時期の仮想敵はストッパーとして頭角を表しつつあった里中。プロ一年目早々に開幕投手・ノーヒットノーランまで成し遂げた不知火からホームラン3本打った山田が、活躍を喜びつつも同時に不知火以上の強敵として警戒してたのが里中というのがちょっと嬉しかったりして。これについては試合中に里中初セーブの話を耳にしたネクストサークルの山田が、遠からず来る里中との対決を思いつつ「捕れなかった球が打てるわけないよな」とにっこりする場面があります。最初はえらく余裕のある態度だなーと思ったんですが、直後に審判から「アナウンサーのコールが聞こえんのか」と怒鳴られている。思わず打席を忘れるくらい実は衝撃を受けているのが伝わってくる上手い演出です)。

水島先生も山田に関しては基本的に中学時代から変わらない男として描いているようです。華麗な戦績からして億単位の年俸をもらっていてもおかしくない山田がいつまでも長屋に住んでる不自然さは読者誰もが思うところでしょうが、水島先生いわく「マンションとか新築の家に住まわすわけにはいかないんですよ。コイツのイメージは長屋なんです!」(『週刊プレイボーイ』2004年2月24日号のインタビューより)。確かに豪邸に住んでる山田なんてのは想像がつかないししたくもない。
高校時代は山田を上回るほどの貧乏所帯だった里中がプロ入り後、小奇麗なマンションに越しても豪邸建ててもそんなに違和感ないですが(これは貧乏設定が出てきたのが無印最終回になってからで、それまではむしろ中流家庭の子っぽいイメージだったせいでしょう。むしろ病弱な母親に楽させてやりたいと思ってるはずの里中が金がありながらボロ家住まいに甘んじてたらその方が不自然)、山田はなあ。さすがに『プロ野球編』が進むにつれて畳屋の店舗を拡張したり内風呂を設置したりしてるものの、不自然さを押しても長屋住まいにこだわるのは無理もないところです。
(唯一今度ばかりは長屋を出るか!?と思ったのは『スーパースターズ編』ラストの結婚の時ですが、これも婚約者の方から長屋で祖父とも同居したい意向を切り出す形で、山田の長屋住まいは継続とあいなりました。○億円プレーヤーの令夫人になるという玉の輿ルートなのに長屋住まいでいいだなんて、今時なんとできたお嬢さんであることか。そういう人でないと山田の奥さんは務まらないでしょうけど)。

太ってるがゆえの鈍足というあからさまな(そして唯一の)欠点を抱えながら努力家の山田がいっこうにダイエットや太ったままでも早く走れるようなトレーニングをやらないのも、同じく“痩せて俊足の山田なんて山田じゃない”からでしょうね。読者も作者もかっちりしたイメージを抱いているぶん、良くも悪くも成長させられないキャラですね。まあ金をうなるほど持ってても清貧な暮らしを続けている、自分にとって本当に必要なものをわかっていて余分な贅沢には関心を持たない山田の生き方は、『スーパースターズ編』でベンツ乗り回してた里中よりも個人的にはずっと好ましく感じられます。

 

もう一つ、無印から受け継いだものとしてちょっとしたシーンに流れる叙情性があります。例えばプロ一年目の開幕戦前夜。四天王それぞれがいかに過ごしているかが描かれています。西武球場前に徹夜で並んでいる人々にまざって野宿する岩鬼。部屋で布団に横になりつつおもちゃのピアノの鍵盤をつまびく殿馬。一軍入りを心に期してランニングをしている里中。そして家の縁側でバットを傍らに置いて楽しそうな笑顔で夜空を見上げる山田。
岩鬼が徹夜組最後尾の女学生たちに「岩鬼さんと徹夜で並べるなんて一生の想い出だわ」と嬉しそうに言われ、殿馬の部屋の本棚の上には殿馬に似せた人形(「とのまさんがんばって下さいね」と旗が立っている)が飾ってあり、と二人の女性ファンとの交流を示すシーンが続いたあとに、本来一番女性ファンにちやほやされそうな里中が一人遅くまで練習する姿が出てくるのが彼の立場の不安定さと孤独感を際立たせています。
そして今や立場も球団も異にする彼ら三人の上に同じように満月が浮かんでいる。続く縁側の山田のシーンも、月そのものは描かれてませんが山田の半身が月明かりに照らされています。満月繋がりで高二夏・BT戦のラストシーンをも彷彿とさせる。離れた場所で、それぞれの思いを胸に開幕戦を迎えるかつての仲間たちを等しく満月が見守っている――そんな静謐な美しさ、穏やかさと切なさが入り混じった叙情性溢れる一幕だと思います。

 


(2012年6月16日up)

 

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