『プロ野球編』について

 

『プロ野球編』の連載開始は95年。この頃から漫画界で過去のヒット作がリメイクされたり続編、世界観を等しくする同根の作品が描かれたりということが増えてきましたが、(『大甲子園』終了から数えると)10年近く前の作品が「復活」するにあたっては少年・少女誌連載の作品であったならヤング誌に舞台を移して発表されるケースが多かった気がします。
当時少年少女だった読者はすでに大人になっているため、彼らをターゲットとするために彼らの読むような雑誌に載せるという判断でしょう。つまり新規読者の開拓よりもかつての読者への売り込みを狙っている、過去の人気を当て込んでの企画ということですね。志が低いとまでは言わないにしても、過去の栄光をなぞることを目的にした作品が過去作品を超えることはまずないでしょう。確かに過去の読者は懐かしさで最初は手に取るでしょうが、それが守りに入った自己模倣の作品になっていれば、かつてのような魅力を感じず遠からず離れてゆく。そうやって人気がふるわないままひっそり終了した続編物は少なくないんじゃないかと思います。

しかるに『プロ野球編』の掲載誌はかつて無印『ドカベン』『大甲子園』が連載されたと同じ『週刊少年チャンピオン』。これは水島先生が無印『ドカベン』以来、ほぼ切れ目なく『週刊少年チャンピオン』に連載をもっていたからというのが大きいでしょう(『プロ野球編』が始まる前にも『おはようKジロー』が長期連載されていました)。同時に往年の大ヒット作品である『ドカベン』の続編を掲載することで、当時読者だった30代〜40代くらいの読者層を取り込もうという意図もあったんだと思います。
『ドカベン』以降にチャンピオンで連載された水島作品(『ダントツ』『大甲子園』『虹を呼ぶ男』『おはようKジロー』)が『ドカベン』続編ともいうべき『大甲子園』をのぞいて文庫化されてないのに、『プロ野球編』は(つづく『スーパースターズ編』も)いろいろ批判を受けながらも連載が終わらないうちからもう文庫化が始まってたあたりからして、やはり『ドカベン』ブランドは根強い人気があり、『チャンピオン』編集部の目論見は十二分に当たったといえるんじゃないでしょうか。ネットなどで感想を見ても、『プロ野球編』初期はかなり好意的に迎えられたようです。個人的にも、さすがに無印には及ばないとはいえ初期――二度目のオールスターあたりまでは全体として大好きですし、その後も好きなエピソード・シーンはちらほらとあります(23巻、98年横浜対西武の日本シリーズ、5球しか投げられないカミソリシュートを引っさげた土門の奮闘とか)。以下具体的に『プロ野球編』の好きな部分を述べてみます(実在の人物に関しても基本的に敬称略)。

 

まずは殿馬が『プロ野球編』でたびたび一輪車を乗り回してること。これには「おお!」と手を打ちました。無印時代、殿馬はよくボールを足の下で転がしてバランスを取っていましたが、それに変わるものとして(ボールゴロゴロもやらなくはないけど)一輪車を見事なバランスで乗りこなす場面がたびたび登場する。
大ヒット作品の続編が書かれる場合、以前からのキャライメージを大事にする、口癖・小道具などをそのまま踏襲したりするのが定石だと思うし『ドカプロ』も基本的にそうなんですが(メインキャラがまたわかりやすい特徴を備えた連中だっただけに)、それだけにこの殿馬の一輪車には、ただ過去のヒット作の焼き直しをするんじゃない、新たに彼らの物語を紡いでいくのだという冒険心みたいなものを感じたのです。

殿馬が初登場シーンで酒を要求するのもそうですね。無印〜『大甲子園』でもルールに捕らわれない自由人な殿馬でしたが、酒やタバコなど法律に反する行為をやるシーンは描かれてなかった。ただこうしてみると彼のキャラ的にプロ入りが決まったこの時点で酒を飲んでても全然違和感はない(もちろんプロに入団したってまだ高校生・未成年であることに違いはないのでバレれば大問題になるはずですが)。キャラクターイメージを壊すことなく、これまでになかった行動をサラッとさせている。『プロ野球編』が少なくとも初期において当時の漫画界に同時多発的に生まれた続編物の中でも成功例と見なされてるらしいのはこのへんにあるんじゃないかと思います。

余談ながら殿馬の一輪車シーンで一番格好いいと思ったのがプロ入り初の開幕戦(95年)、チームの先輩高橋智のヒーローインタビューを尻目に―実は殿馬こそが勝利の影の功労者であったことが敗戦投手となったロッテ・伊良部のモノローグで語られている―ひとり音符を口ずさみつつ一輪車で道路を走る飄々たる後姿でした。プロ入り早々に大先輩たちを相手に大きな功績をあげながらさして注目を浴びることなく、しかし何ら気にした風も見せないマイペースな態度は、まさに無印時代から努力も苦痛も他人に見せることなくさらりとふるまってきた殿馬らしさが全開で何だか嬉しくなってしまったのです。伊良部の「安全パイの高橋」って表現はヒドいけど。語尾がヘンな喋り方もヒドいけど(笑)。

 

さらに『プロ野球編』の特徴として、表紙の絵の変化があげられます。まず時代を反映して(?)無印や『大甲子園』よりカラーが鮮やかになった。絵柄それ自体は無印(特に高二春以降)の方が好きですが、発色の美しさ、画面の華やかさでは『プロ野球編』に軍配が上がると思います。

スピード線を書き込んだ表紙が多いのも特色。『大甲子園』までの表紙絵は止め絵(コミックスの表紙はそれが普通)でしたが、『プロ野球編』の表紙絵はいうなれば動画。結果、投げる犬飼小次郎と打つ山田が対で描かれているような、対決場面を捉えた構図が多く使われています(無印にも里中が投げてる構図の表紙がありましたが、スピード線は入らず投げた直後の止め絵に見える)。
もともと水島先生は試合中の選手のプレーをスピード感・臨場感たっぷりに描くことに関しては群を抜いているので、その動画的魅力が持ち込まれた表紙もまた通常の一枚絵とは違う迫力とスピード感のあるものになっています。『スーパースターズ編』ではこの動画的表紙がなぜかめっきりなくなってしまったのが(『プロ野球編』文庫版の表紙も普通の静止画)残念です。

ちなみに個人的に好きなのは19巻。青空をバックに桜の花びらが画面中央に向けて渦を巻き、山田、岩鬼それぞれのスイング(振り切ったところ)と殿馬の走塁、里中のテイクバックが描かれる。岩鬼は向かって左、山田は向かって右下に配置し(山田は左打者なので、二人とも画面中心に向けてスイングする形になる)、ちょうど二人に挟まれる位置―画面中央やや左下に小さく殿馬が向かって右方向にスライディングする姿を入れ、画面中央右に投球途中―右腕を大きく後ろに振った一番動きのダイナミックな瞬間―の里中を置く。
位置的には里中が一番後ろで、山田・岩鬼より小さく描かれてるもののその分全身像がわかり(それでこそフォームの美しさが生きる)、顔が画面のほぼ中央、花の渦の中心近くに来るので総合的には一番目立つポジションになっています。四人それぞれの彼ららしい動きを一枚にまとめ、さらに花びらの渦という全く別の動線が入り、空の青と花びらのピンクのコントラストも実に鮮やか。構図・カラーともに優れた素晴らしい絵だと思います。

 


(2012年6月2日up)

 

 

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