ピンチ・ヒッター

 

超満員の東京ドームは熱気にあふれていた。去年パ・リーグに創設されたばかりの新球団「東京スーパースターズ」と「四国アイアンドッグス」の三連戦初日、先発は里中、不知火の両エースとなれば無理もない。

毎年のようにタイトルを競いあう二人だけに試合は序盤から大投手戦となり、8回を終えても両チームいまだ無得点のままだった。9回表、スターズの先頭打者・微笑が三振したところで土井垣監督が立ち上がった。

『――選手の交代をお知らせします。バッターDH星王に代わって・・・えっ!?』

場内アナウンスの声がいきなり裏返った。

『し、失礼しました。DH星王に代わり里中、背番号1』

その日一番のどよめきが観客席を揺るがした。驚愕の声、「ふざけるな」という怒声、黄色い悲鳴――。

『いやこれは驚きました。まさかピッチャーの里中を代打で起用するとは。里中自身も驚いている様子、あっ、監督に詰め寄っています!――大丈夫か?』

 

「何考えてんですか、土井垣さん!」

「そう驚くことはないだろう。おまえ高三の時には三番を打ってたじゃないか」

「何年前の話だと思ってるんですか!ここ十年公式戦では一度も打席に立ってないんですよ!ピッチャーを代打で出すなんて、DH制度を舐めてるんですか!」

「お、おい里中。言葉がすぎるぞ」

あわてて里中をたしなめようとする山田を土井垣は「いい」と身振りで止めた。

「ピッチャーには意外と投げにくいものだ。それにおまえはバッティングセンスがあるしな。膠着状態に突破口を開くには、相手の意表をつくような作戦が効果的なんだ」

「作戦というより奇策、ですよね」

皮肉っぽい口調で言いつつも、もう拒絶する気はないようだった。里中は「借りるぞ」と一言断ってから山田のバットを取った。

 

バッターボックスへと向かう里中の背中を見つめながら、「大分腹を立ててたようだな」と土井垣は苦笑混じりに呟いた。

「全くの不意打ちですからね。まあ監督の言う通り、里中はもともとバッターとしてもセンスはいいし、トレーニングの一環として打ち込みもやってますしね。とはいえ今日の不知火を打てると本気で思いますか?」

「正直難しいだろうな」 あっさりと土井垣は認めて山田に微笑みかけた。

「守――不知火とバッテリーを組んでいた頃、一見クールなポーカーフェイスに微かに苛立ちを滲ませていることがよくあったんだ。ちょうど今日みたいな試合展開のときにな」

「終盤まで0点が続くような試合のときですか」 山田はマウンドに立つ不知火を見つめた。ここから見るかぎりその表情には静かな闘志以外のものは窺えない。

「懸命に投げても投げても打線の援護がない。いっそ自分が出ていって一発打って楽になりたい。内心密かにそう思ってるのが何も言わなくても伝わってきた。あいつは高校時代4番を打っていたから、なおのこと打線の不甲斐なさが腹立たしかったんだろう」

「・・・里中もそうだと?」 山田は自然と笑みをこぼした。

「わかってるくせに。長年の恋女房だものな」 土井垣もまた微笑んだ。

そう、土井垣の言うように、高校時代チームがピンチの時に里中が出塁して試合の流れを変えることはよくあった。ケガや疲労でふらふらの時ほど、ここぞの一発を決めてみせた。

「実際には打てなかったとしても、自ら打線の一角を担うことが闘争心を掻き立てることになる。その闘争心が、延長戦の長丁場も支えてくれるだろう。あいつは負けん気でここまで大きくなった男だからな」

笑顔のまま二人はバッターボックスに視線を移した。不知火が大きく振りかぶって第一球を投げる。何の小細工もなく、里中はバットを力強く一閃した。

 


 (2012年2月25日up)

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