New Departure 4.5
入れよ、と里中さんは玄関で私を振り返った。
おじゃましますと小声で言って、里中さんの後について部屋へ上がる。4畳半が二間に簡単な台所とトイレだけの部屋が妙に広々として見えるのは家具が少ないからだろう。男性の一人暮らしなのに意外と散らかってないのも、そもそも散らかす物がないせいか――私も似たようなものだが。
「薄暗いだろ。南向きの部屋が借りられればよかったんだけどな」
里中さんが苦笑をこぼす。きっと里中さん一人なら部屋の向きがどうだろうが気にしない。それ以前に格段に家賃の安い社員寮住まいを続けていたに違いない。資金が乏しいにもかかわらず里中さんが早々と寮を出てアパートを借りたのは、ひとえにお母さんがいつ戻ってきてもいい受け入れ体勢を作るためだ。そのお母さんはいまだ入院中で、退院の目処が一向につかない状態だったけれど。
里中さんの――男の人の部屋に入るのは初めてだ。緊張気味に部屋のあちこちを眺めていた私は、ふとある物に目を引かれた。洋服ダンスの上に、丁寧に透明なビニールに包んで飾ってある・・・。
それは学生帽だった。だいぶ年季が入っているらしく色は褪せ、あちこち擦り切れている。三年生の頭に中退したという高校の帽子?でも里中さんにはサイズが少し大きすぎるんじゃないだろうか?
訝りながら帽子を見つめていると、私の様子に気づいたのか里中さんが近付いてきて、「あぁあれか」と呟くように言った。
「おれが高校を辞めたとき友達がくれたんだ。いつでも何があっても決して帽子を手放さないヤツなのに、おれのために・・・」
里中さんの目に穏やかな、懐かしむような優しい光が浮かぶ。決して帽子を手放さない≠サの形容にある特徴的な顔が脳裏をよぎった。プロに入ってからも試合中も、常に高校時代の学帽をかぶりつづけている野球選手――。
――ダイエーの岩鬼さん、だ。
岩鬼さんが元チームメイトだったとは聞いていた。とにかく無茶苦茶なヤツでみんなに迷惑ばかりかけていた、とも。
決して本気で嫌ってなどいないのはその口調や表情でわかる。それでも里中さんがはっきり岩鬼さんを友達と呼ぶのを聞くのは初めてのような気がした。
里中さんと岩鬼さんは今では全く住む世界が違ってしまった。もしかしたらこの先二度と会うことはないのかもしれない。それでも辛いとき苦しいとき、この帽子が里中さんを力づけてきたのだろう。岩鬼さんや野球部の仲間たちの記憶が今も里中さんを支えている――。
「――今ちゃぶ台出すから座ってろよ。お茶でも入れるからさ」
里中さんは照れ隠しのように足早に台所へと歩いてゆく。私はこっそり岩鬼さんの帽子に手を合わせてから、里中さんの背中を追った。
このシリーズはスーパースターズ入団前(3話、4話、4.5話)については「74年に高一」の設定で(70年代半ばくらいの時代設定で)描いています。実際あの岩鬼の帽子ってどうしたんでしょうね。やっぱ貰いっぱなしかな。
(2012年7月27日up)
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