高三夏・室戸学習塾戦(後編)

 

 

・知三郎は殿馬のリズムを崩すため素早いモーションから投げるが、それでも秘打「ロッシーニ ウィリアムテル」をくらってしまう。殿馬はジャンプ一番右へ流し打ち、飛びついた一塁朝永抜かれるが、打球が線上の清水塁審のどてっ腹にあたりファール扱いに。
なんだか知三郎には実力だけでは説明のつかない幸運が味方してるようです。いわゆる「ゼロの神話」というやつですね。結果一番割を食ったのが殿馬で、結構打ってるのに不運にして長打にならないんですよねえ・・・。

・二球目で岩鬼三塁へ盗塁を試みる。知三郎はあせったか投球がワンバウンドになり、殿馬の影になったのかキャッチャーの棟方はこれを弾く。ボールは三塁ベンチ前に転々と。里中「うまい!!年に一度の岩鬼のグッドタイミングだ こいつはこれるぜ」山田「犬飼の虚をつく岩鬼の頭脳的な走塁だ」。
どちらも笑顔だが岩鬼評価がまったく違ってるのが面白いです。年に一度って(笑)。やっと明訓に運が向いてきたかと思えば結局ボールがベンチに入ったためファールになってしまうわけですが。

・さらに殿馬への第三球。内野が皆で歌うことで殿馬のリズムを崩そうとするが、殿馬はその中の「瞳はダイアモンド」にリズム合わせて会心の打撃。しかしこれが三塁ランナー岩鬼のどてっ腹命中。フェアの位置だったためランナーアウト。岩鬼「不覚 ホームをうかがうためにリードをとっていた分だけよけきれなんだ・・・・・・・・・」。しかし一打席中に二度も打球が人にぶつかるか。どれだけ強運なんだ知三郎。
ちなみに歌でリズム崩す作戦、有効なのはいいですが人に気づかれたら結構恥ずかしいのでは。観客席からはわからなくてもテレビ中継見たら「なんか歌ってるぞ」ってバレそうです。まあ『一球さん』のアレよりはまだマシな気はしますが(一球さんがカマっぽい男を大の苦手にしてると知った相手校のナインがわざとクネクネしてみせて一球さんの戦闘力を削ぐという作戦をやってました。あんなんで勝っても恥ずかしいし非難ごうごうだろうに。ちなみに一球さんのこの“弱点”が発覚したきっかけは相手校の女子マネージャーがスパイ活動のため男装して接触してきたことだったんですが、このマネージャーの男装姿が里中そっくり。里中がちょっと女っぽく振る舞ってみせればそれだけで一球さんを圧倒できたのかも。・・・断固としてやらないでしょうが)。

・徳川内心「まったく明訓の攻撃ばっかしじゃの しかもこの回はまた山田にまわる つまり明訓に対する投手にとって毎回がピンチというわけじゃ とりわけ山田の出てくる回は大ピンチじゃ よくおさえているぜ知三郎は・・・・・・というよりも精神力がその重圧によく耐えているぜよ わしゃこれでも飲まんととっても持たんわい」。徳川は知三郎を褒めてるわけですが、明訓の攻撃ばかりとは室戸の攻撃が長く続かない、すなわち里中の好投を意味しています。相手が室戸の打線だから大したことない気もしますけど。

・『投げました 外から里中くんのふところにくいこんでくるストレートだ これに手こずっている明訓 打つ方法がないのです』との実況の言葉に反して、里中内心「左足を開いて打てば 簡単だぜ」。レフト前ヒットでノーアウトのランナーに。
左打者を打ち取るに適してボールだとはいえ、そして左打席と右打席の違いがあるとはいえ、あの山田を手こずらせたボールを存外簡単に打ってみせる。白新戦のときといい、高三夏は山田も打ちあぐねる球を里中が(意外にあっさりと)打って突破口を開いている。『大甲子園』の実質的な主人公は里中じゃないかと感じる所以です。

・そして山田の打席。ノーアウト一塁のピンチなのに知三郎は内心「すばらしい!!なんとおれは幸運児なんだ 長い人生の中でこういうすばらしい場面にはそんなに遭遇するもんじゃない その主役のひとりとしておれがいる すばらしい経験だ ここで この主役を破らずしてなんとするか」。徳川監督の言う通り、重圧に全然負けてない精神力の強さ。さすがに犬飼兄弟の弟だけあります。

・山田は知三郎のシンカーにしてやられダブルプレーに。しかし続く三太郎がツーアウトランナーなしから三塁打。さらに上下がセーフティバントするが、ボールを取った知三郎が一塁送球と見せて三塁から突っ込んできた三太郎を三本間で立ち往生させる。そしてタッチアウト。
三太郎「ど どうして ツーアウトなのに」「ボールがいったのさ 一塁へ投げてひょっとして暴投になったらこまるそれより楽にアウトできるほうを選べってさ」。かくてゼロの神話はなおも継続中。単なるラッキーばかりでなく知三郎の判断力があればこそ相手をゼロに押さえてこられたのが感じられるシーンです。

・4回裏、先頭バッター知三郎。山田内心「里中と犬飼のこの二人は非常にタイプが似ている 体つきも似ているしどちらもコントロールが主体の投手だ 勝気な性格は特に似ている ただ違うのは里中は闘志を表に出し 犬飼は内に秘めるということだ さらに犬飼知三郎は相手を読む洞察力は人並み以上にたけている 読みが当たったときは この犬飼は室戸の中でただひとり長打の力はある」。
この時点で『プロ野球編』の構想があったわけではないですが、知三郎を山田と同じ西武に入れ、山田とパッテリーを組ませたのはここで出てきた“里中と知三郎は似ている”設定ゆえなんじゃないかなあ。

・知三郎の打席。初球は里中がサインを出す。里中内心「犬飼は待球するようなことはしない 初球から打ち気満々でくる」。知三郎「ムッ サインは里中が出している それなら初球ねらいだ 里中は山田と違って 様子見のタマはない 任せたら初球からポンポンストライクをとってくる気短な男だ」(←里中の配球を見たことあるわけじゃなかろうによくわかるな)。里中内心「初球はシュートだ あいつは気が短いから待球はしてこない・・・・・・・・・おれのシュートはストレートと ほぼスピードが変わらんからひっかかるぜ」。
お互いにあいつは気が短いと言ってるのがなんとも(笑)。まさに似たもの同士。

・二球目、山田サインによるストレートを狙い打った知三郎。左中間破る球をレフト三太郎飛びついてとめる。1pをほぼ三分割してグラブを出して捕球にいく三太郎、左足を踏み出し右足を後ろに大きく蹴り上げて前のめりに倒れかかりながらもしっかり捕球している三太郎、倒れて右手をつきながらも左手のグラブをしっかり握りこんでる三太郎、を描く。緊迫したシーンをコマ送りのように臨場感をもって見せる構図が素晴らしい。この試合、山田・殿馬が奮わないかわりに三太郎が結構活躍してます。塁の逆走もある意味活躍だし(笑)。

・外角の球をピーゴロにした高代を岩鬼が叱る。腕が短いんだからバットを長く持てという岩鬼に、「そういうことを 打つ前に教えてくださいよ 結果論ならダレでもいえますです」と汗にじませつつも気弱な笑顔で反抗的なことを言う高代。「おい 今なんちゅた け 結果がなんやて?」「いえ結果がすべての野球だと 次からがんばります(満面の笑顔で)」。少し前の渚もそうですが、昔と違って先輩たちにもいい感じに楯突くようになったものです。

・あたりそこねの三塁ゴロをかっこつけて取って一塁に投げる岩鬼。山田内心「いいぞ岩鬼 いや〜な展開のうちにあってそのやりすぎは景気づけになるよ」。岩鬼にそんな計算があるわけじゃないでしょうが、計算なしにそれをやるからこそのムードメーカーなのかもしれません。

・5、6番とイレギュラー連続で一死1、2塁に。知三郎は内心「もしかして小次郎兄貴がスタンドに来ているんじゃないかな」(中略)徳川「地区予選の準々・準決勝 決勝と小次郎がスタンドに現れたとたんイレギュラー・ヒットが続いて点が入ったっけな」。小次郎にもそんなジンクスが。知三郎の「ゼロの神話」といい、どれだけ神がかり的ラッキーに恵まれてるのか室戸。そして小次郎と一緒に応援にきた武蔵の方は特にジンクスもないらしく、弟から小次郎のおまけのような扱いされてます。ここで客席が満員にもかかわらず知三郎が兄たちをさっさと発見するのは、針に糸を通すシーンに続き知三郎の目のよさを匂わせたものでしょうか。

・7番北里送りバント狙うが、バットがボールに押されてファールに。『さすが里中くん ランナーがたまったときのタマには力があります』。徳川「気を入れたときの里中は北里ではやはりパントすらむずかしいか・・・・・・」。室戸は知三郎以外大したことないとはいっても、里中の実力のほどを感じます。

・7番北里の二球目、ヒットエンドランを狙ったはずが三塁フライに。しかしボールが空中でイレギュラーしたために岩鬼落球。空中でイレギュラーとは。おっそろしいジンクスです。一球目のときに実況に『さすが里中くん ランナーがたまったときのタマには力があります』、徳川にも「気を入れたときの里中は北里ではやはりパントすらむずかしいか・・・・・・」といわれたばっかだというのに。

・ツーアウト2,3塁で落ち着かない様子の里中。8番棟方の打席。山田「リラックスリラックス」いいつつ体をフニャフニャさせ、さらに思い切り体を小さくして構える。
それを見た知三郎は内心「違うなその構えは今の里中にゃ逆効果だぜ この重圧のかかる場面だ ストライクゾーンは大きくだぜ」。小次郎も内心「やはり今日の山田はどこか狂ってるな」。案の定里中の第一球はワンバウンドに。里中「すまんすまん」(あせり気味の笑顔で)。山田「どんまいどんまい リラックスリラックス」。知三郎「よくいうぜ わかっちゃいないな リラックスできない原因が 自分の小さな構えにあることを」。
と思ったところで今度は一転して大きく構える山田。『とたんに里中くんの顔に笑みがこぼれます』。里中は「ミットがでっかく見える」とすっかり落ち着きを取り戻す。知三郎も「ゾーンを大きく見せる錯覚のための小さな構えだったのか」と悟る。ずっと知三郎にしてやられてきた山田が、リードを通して一矢を報いた場面です。
高一夏の頃は、自分はコントロールに自信があるから山田の小さな構えが好ましいと言っていた里中ですが、試合展開に伴う精神状態次第では構えが大きい方がいいこともあるわけですね。笑顔であっさり三振を決めた直後、右手の指を頭上でパチンと鳴らす里中がやんちゃな男の子然としていて格好いいです。

・6回表先頭打者岩鬼。知三郎はわざと背中向けて手足をプランプランやる。『ああ〜〜 犬飼くん 初球は渚くんに対したときの おちょくり投法です』。たちまち怒りに顔真赤にする岩鬼。それを見た渚は「なんだいおれにカッカすななんていっといて 自分だってやられりゃカッカくるくせに同じじゃんよ」とあっさりした笑顔で毒づく。三太郎「違うさ 岩鬼はあれが正常なんだから」。
岩鬼は初球を打ちにいってバットで地面を思い切り叩き、手がビリビリ痙攣、打球ピッチャーフライに。渚「あれのどこが平常なのさ」三太郎「あれが正常さ」。渚がすっかり先輩の三太郎に対等のような口のききかたをしてます。岩鬼に対しても反抗的な態度だしなあ。

・知三郎は、殿馬里中もあっさりピッチャーフライとピッチャーライナーに打たせてとる。守備につく三太郎内心「ツイてない中にあって前回山田が好リードしたのは明るい材料ですなァ その調子が打つほうにも出てくりゃ〜〜 わたくしが当たっているだけに1点や2点は軽い軽い」。妙に自信ある軽口が三太郎のキャラを表していていい感じです。

・9番湯川の打席。徳川の指示で全球インコースに絞って思い切り振る。初球狙い打つもも三塁の岩鬼正面へ。しかしボールが三塁ベースに当たるバカツキ。というかとことん不運ですね明訓・・・。

・打席に入った知三郎は、あえてバットを木製に変える。真意は不明。観戦してる球道、一球以下の面々はそれぞれに知三郎がどう攻撃に出るか、出るべきかを考えている。山田はあえて知三郎が狙いそうなインコースのサイン。里中内心「低めのインコースは犬飼の思うツボだぞ」山田内心「ところが今日のおまえはインコースのタマにいちばん力がある たとえバントをしてきても成功しにくいぞ」里中内心「山田はバントもあると計算してるのか・・・・・・へえ〜〜送りバントね」と山田とアイコンタクトで語りあった(よくこんな複雑な内容を・・・)里中は「よーしこのリードをいかす これが決まれば山田のバットも火を吹く 逆ならさらに山田は落ち込んでこの試合期待できなくなる そのためにもここは一球一球が入魂だ」と決意。ある意味精神的には里中が山田をリードしてる場面です。

・知三郎はバット折られつつも三塁ゴロ。岩鬼は折れたバットが飛んでくるのに構わず前進。「そんなものが怖くてスターを張れるかい よっしゃダブリやで」。『折れたバットに目もくれず 果敢にボールをとった〜〜 が ああ〜〜 が 顔面にバットが直撃だ 岩鬼くんひとつもひるまず二塁へ送球』。1、2塁ともアウトのダブルプレー。『それにしても恐れを知らぬ岩鬼くん 一瞬でもバットを気にしてたら併殺はなかったでしょう』
。高一夏土佐丸戦の時、やはりバットとボールが一緒に飛んできたときにはボールはほっといてバットを受け止め、勝敗はどうでもいいようなそのプレーで土佐丸ナインの神経を波立たせていた。シチュエーションが似ているだけにケガを恐れずボールを取りにいった岩鬼に、非常な成長ぶりを感じないではいられません。

・武蔵「なんだかんだといってもものが違うなあのハッパ」小次郎「でかい口をたたくだけの迫力はあるな 今のプレーで流れがもとにもどったなジンクスは消えたぜ」。口の悪い犬飼兄弟が岩鬼を褒めてくれるのがなんだか嬉しかったり。一方知三郎は「里中にまだあの力のタマがあるなら もう チャンスはないかもしれんな」と心に思う。こちらも何気に里中を評価してくれてるのが嬉しいです。

・知三郎の予想に反して、二番朝永がまさかの初ヒットにしてホームラン。ここで泣きながらベースまわる朝永の姿に彼が勘当覚悟で野球はじめたいきさつの回想が入る。里中にすれば全くノーマークだったろう相手に打たれただけに、高二秋に白新の浦にホームラン打たれたとき(「へたくそやろうのまぐれにやられた」)に匹敵するショックだったでしょうが、朝永の事情がわかるとちょっと朝永を応援したい気分になってきます。

・次の回のトビラ絵。ロージンを取る里中の表情が実に悔しそう。悔しさを表現した一枚絵として秀逸。

・太平内心「この試合でたった一球 魂の抜けたタマじゃった ホッとしたんじゃな犬飼をダブルプレーにうちとって・・・・・・ 里中のホッとはわかるがそれにしても山田にいつもの細心さがあれば・・・これも珍しいこったや」。明訓赴任当初は全く野球は素人だった太平さんも、すっかり監督らしくなりました。

・7回表、先頭打者山田。知三郎はマウンドで準備運動。観戦する一球いわく「どうだいあの体の柔かさは 忍者にしたらいい忍者になりますよ」。里中も不知火と初対面のとき体の柔らかさに言及されてた。こんなところも知三郎は里中に似ています。

・蛸田と殿馬の会話。「山田さんは三回に一回は打つから大打者なんタコ」「ばかめえよ それじゃーよ並の一流打者づらづんよ あいつはよ3年間のトータルが7割2分づらぜ 犬飼に対しては大いなる敗北づらづんよ」。並の一流打者とはヘンな表現だが、殿馬がどれだけ山田を買ってるかがわかる発言です。(p118)

・知三郎の二球目(カーブ)も空振りする山田。打ちにいったときに三太郎内心「いかんそのタマは打つな 打つと三塁へボテボテのゴロにしかならん」。ことこの試合に関するかぎり、完全に三太郎が山田に上をいっています。相性って大事だな。

・三球目、知三郎のタイミング崩しに一本足でためてタイミングを合わせた山田。ついに山田が知三郎を上回ったと思わせておいて、まさかのフォークボールを空振りするという・・・。この勝つかと思わせてなお勝てない山田と知三郎の駆け引きはどちらも知性派だけに読み応え充分。予選を通してこの一球を(おそらく山田対策として)隠してきた知三郎の我慢強さには感服します。しかし徳川さえこのボールの存在を知らなかったってのはなー。

・三太郎ピッチャー返しをセンター前ヒットに。本当に三太郎大活躍。なのに実況は『山田くんに神経を使う分だけ三太郎くんには気が抜けるんでしょうが・・・・・・』。知三郎の気が抜けてなきゃ三太郎には打てないと言わんばかり。失礼だな!・・・まあ順当な評価という気はしますが。

・蛸田の打席。三太郎、岩鬼のサインなしで悪送球ねらいで走塁。しかし知三郎がぎりぎりキャッチャー棟方の送球を止めて三塁へ進ませる。このとき知三郎が「投げるなシコ〜〜」と叫んでいてシコーてなんだろと思ったんですが要は棟方志功とかけたアダナですね?

・明訓VS室戸の試合を見に行ってたダントツが控え場所に戻るとナインが緊張で石になっている。「なんだおまえらその緊張は・・・・・・ガッチンガッチンじゃないか」「じゃないかって・・・・・・か 監督 知ってますか あの人 有名な藤村甲子園さんですよ」。
甲子園が弟の球二にフォームのアドバイスしてる。甲子園が立ち去ろうとするとダントツ背中に触れながら「よおっ藤村さんよいかんぜよ 元プロが そうあからさまにコーチしちゃ」「コーチ?ボークの規制を忠告するのがコーチになるのかい・・・・・・なんならそっちにも教えてやってもいいぜ」「いや けっこう ルール上のことなら別に問題はないな(なだめるように笑って手を離すダントツ)」「気安くさわるな」。
いささか緊迫感の漂う大人二人の会話。主としてその緊迫感は岩鬼までひるませる甲子園の迫力(ことさら凄まなくても佇まいにもう凄みがある)に由来している。その甲子園に少なくとも表面的には呑まれることなく対等に話してるダントツもさすが。この二人どっちが年上なんでしょう?

・ダントツは部員たちに「さあこの手にさわれや 藤村甲子園の力がのりうつるぜ ゲンかつぎよ」と声をかけ、キャプテンの若菜は「なるほど」と納得するが、荒木は「おれはごめんだ」とにべもない。いわく「昔の藤村さんならともかくこわれた今の腕に ご利益なんかないよ 逆にこわれちまう縁起でもない」。
甲子園本人を目の前にしてこんなこと言うとは。発言内容の失礼さと甲子園の迫力&実績に(他のメンバーのように)呑まれてない点の両方に驚かされました。
そういえば組み合わせ抽選のときも、メンバーの緊張をほぐすために荒木はあえて一回戦の相手に決まった南波にケンカ売るような発言をしてみせてた。苦労人かつ勝気な性格だけに相手を煽るのも戦略のうちで、やはり数々のケンカを潜り抜けてきたダントツにはそれがわかるから、一見失礼な荒木の言動を支持してるんでしょうね。

・甲子園に対して失礼極まりない荒木の発言を咎めるかわりに「もっともだ みんなさわるな」と笑顔で指示するダントツ。もっとも甲子園自身も腹を立てるどころか「さすが代表 ひとりぐらいは骨のありそうな男がいるな」とかえって荒木を評価する度量の広さを見せる。これまた数々の修羅場をくぐってきた甲子園だけに南波を呑んでかかるための荒木の戦略を認めてるんでしょう。
対して基本優等生(だと思われる)な球二&球三は「くそ〜〜っ兄貴を侮辱したとは許さんで」「この礼はグラウンドでたっぷり返したろやないか」と大分むかついている。荒木には抽選の時にも上から目線でバカにされましたからね。

「それより勝って帰ってくるチームの連中にさわったほうがよっぽど縁起がいいぜ」大二郎「もっともなこっちゃ」ダントツ「おれも勝ったほうの監督にさわりまくってやる」ダントツ内心「やれやれやっとリラックスしたか やはり うちのここ一番は新太郎だな」。やはり荒木の失礼な言動にはちゃんと狙いがあったわけだ。まだ一年なのに完全にチームの要になっています。

・再び渚を舐めてかかる知三郎とわざと怒ったふりをしてみせる渚の駆け引き。知三郎の第一球はゴロ。渚もしゃがみこんで空振りしてみせる。「くそ〜〜タイミングがはずれた〜〜」とバットを地面に叩きつけてみせるパフォーマンスも。
こういうバカバカしいプレーをやれそうなのは明訓では渚とせいぜい岩鬼くらいでは。殿馬や三太郎はもしかして、とも思えるが山田・里中は100%しないしできない。もちろん挑発のためとはいえわざとゴロを投げるなんてことも。その意味では知三郎の人を食ったところは里中よりも、敬遠のためゴロ球を投げたことがある(「(試合を)やる以上は勝たにゃ〜〜」と実にあっけらかんとした調子で)荒木の方と共通しているかも。

・二球目も同じくゴロ。しかし三球目は一転して速球。結局渚は超対角線打法に打ち取られる。もう二、三球は同じ球がくると思ってた渚が読み負けた。やはり頭脳戦となると秀才の知三郎が有利だったか。

・8回表、ホームランと思えた岩鬼の打球が外野全員フェンスにつかせる守備位置のためにセンターフライに終わる。里中気落ち+暑さとスタミナ不足でバテてくる。先頭打者北里に待球のサインが出てたおかげでツーストライクは取れたものの、里中の足が上がらなくなってるのに気づいた山田は三球目カーブを投げさせて三振に取る。
8番棟方にも連続カーブ。青田のシゲ監督は「なんてえリードだ これじゃあ里中がバテてることを知らせてるようなもんだ この回の山田のリードは読めたぜ 弱小の七八九番は軟投で十分 ここでスタミナをできるだけたくわえて九回の知三郎から始まる好打順にそなえるんだ」と読むが、球道は「いえ スタミナをたくわえるのは九回裏の守りのほうじゃなく九回表の攻撃のためですよ・・・・・同点にしなきゃ投げる必要はない里中です」と否定。ここは投手同士だけに球道の読みが当たりでしょう。

・大ファールをグローブ捨ててフェンスによじのぼり素手でキャッチする岩鬼。室戸ナイン「な なんだあの人」「あ あれでも人間か・・・・・・・・・」徳川「いや人間じゃねえ 化け物じゃ 昔とちっとも変わりねえ化け物よ」。
岩鬼相変わらずひどい言われようですが、彼のこういうメチャクチャなプレーがこれまでもたびたび明訓のピンチを物理・心理の両面から救ってきた。それは高校三年間を通して変わりませんね。

・なんと殿馬に読み勝って9回表第一打者の彼を三振に取った知三郎。いわく「秘投“真夏の夜の夢”メンデルスゾーン」。殿馬も知三郎には本当相性悪いんですよね。

・続く里中の打席について、小次郎「やはりこわいな・・・・・・・・・」武蔵「長打のない里中のどこがこわいかよ兄者」「次の山田のことだ 1点差で九回の山田はさすがに当たっていないといってもこわいな」。球道「通算7割2分・・・・・・もう一発が出るころだ」シゲ監督「そ そんなに打ってるのか里中は」「里中?とんでもない次の山田のことですよ」。
一球「勝負のカギを握っているのは・・・・・・」メガネの少年「そうです あとの山田さんです」「違う この里中ですよ」。
小次郎・球道・一球の三者とも、期せずして身内との会話の形で勝負のカギを握るのは誰かについて語っている。結局は一球さんが一人正しかったわけですが。

・里中あえて誘いのため一球目見送り、二球目は狙いが外れて空振り。三太郎内心「里中ころがせ ころがしゃなんとかなる」岩鬼内心「おんどりゃ〜〜男なら男の意地にかけても三振だけはすな」サチ子「(両手を組み合わせて)神様・・・・・・」。三人の思いが交錯する。中でもサチ子のけなげさがいじらしい。この頃のサッちゃんは里中がらみだと実に可愛いなあ。
知三郎が例によってボールにお伺い立てるとインコースと言われるが、ここは三振をしてはいけない場面だから里中は狙い球を外角に絞ってるんじゃないかと考えあえてインコースへ投げる。しかし皆の予想(三振を避けるためとにかく当てにくるはず)に反し里中は「当てるだけではオレの気がすまん インコースに的を絞って思い切り振る 外角ならあきらめるだけだ しかし ふところにはいってきたらオレの勝ちだ」。
後に山田がいるとはいえ潔いヤマの張り方。そしてここでもある意味自分の気がすむかどうかが優先というあたり里中らしい。

・里中左中間スタンドへ同点ホームラン。「なめたらいかんぜおれは明訓の里中だぜ」右拳を挙げてベース回る里中。好打者とはいえ小柄な里中がホームランを打つのは無印でも二回あるだけでごく珍しい。コントロール主体で球質は軽いだろう知三郎だから里中の力でもホームランできたんでしょうね。

・サチ子「やったやった里中ちゃんがホームラン打った〜〜」泣きながらじっちゃんの首にしがみつく。明訓が同点に追いついたからより「里中が打った」ところにポイントがありそうな喜び方。里中最優先なんですねえ。

・山田の打席を前に、徳川とは対照的に真面目そうな小人物という感じだった室戸の部長が徳川の酒を勝手にベンチ裏に屈みこんで飲んでいる。「と とてもシラフじゃ見てられませんでウイ〜〜ッ」。監督や校長でなく部長がこのキャラの立ちっぷりというのが新鮮です。

・知三郎オーバースローから超フライ投法。「名付けてマウンテンボール」。狙い球を絞らせないためはとはいえ、何球も特殊な投球・投法を仕込んできた知三郎の努力と才能には頭がさがります。
ツーストライクまで見送った山田を見つつ、ダントツ「全国大会とは恐ろしいものだ 無名校がこれだもんな」荒木「うちも第二試合ではそういわれるんですね」(にっこり笑顔で)。荒木の強気も終始一貫してるのが小気味いいです。

・三球目は対角線投法で。しかし対角線投法にヤマを張っていた山田右足を大きく踏み込んで打つ。知三郎「あれだけ踏み込んでおれのタマを打ったら右足は打席の外だ」「反則打球だ!!」と一瞬思うが、「ああ〜〜ボックス内だ!!前方へ踏み込んだんじゃなくて横に引いてのステップだと〜〜」。
左打者は対角線投法打とうとすると必ず足がボックスから出るという伏線を上手く生かした展開。ずっとやられっぱなしだった山田がここぞの場面でついに決めてくれた。それも単に打ったというだけでなくようやく読み合戦に勝ったわけですからその意味でも感無量です。

・サチ子「最高だあ里中ちゃんとお兄ちゃんが続けてホームラン打った〜〜」。これも先の里中のホームランのとき同様、兄がホームラン打ったからというより二人が仲良くホームラン打ったことが嬉しいように見える。つまりいくら山田が打っても里中が先に打ってなかったらここまで喜ばなかっただろうという・・・。兄より里中優先ですか。

・武蔵「う〜〜っ ばかたれが どうしてフライ投球を続けなかったのだ どうして力でおさえこもうとしたんだ」小次郎「冷静なように見えていて 実は体の中はかっかかっかしてたのかい」小次郎内心「やはり最後はまたしても犬飼一族の血が敗れたのだ」。
山田相手に力押しでは勝てない、というのが二〜三度明訓と戦ってきた彼らの得た教訓だったらしい。それだけに兄弟きっての知性派・知三郎に期待していたのでしょう。

・『ああっ山田くん三塁ベンチの前を走りながら徳川監督に一礼しました これはまた人をくっ・・・・・・いえいえそうでしたそうでした 驚くことはありません 徳川監督は 元明訓の監督でしたから いうなれば恩返しのあいさつです』。なんだか『プロ編』を読んだあとに読み返したら、プロ一年目に里中のスカイフォークをホームランにした山田が塁を回りながらマウンドの里中にそっと詫びた場面を思い出しました。山田に悪気はない(どころか礼儀を重んじてるだけ)わけですが、打たれた側にしてみれば、さらに屈辱が増したようなもの。徳川も「けじめ正しいのはいいが ここであいさつはねえだろうよ まったく人をくったやつよ」てな感想ですしね。 

・9回裏第一打席は知三郎。知三郎さえ押さえれば勝てると山田は全力投球を里中に課す。途中で投球動作を止める里中。「な なんだこの殺気は・・・・・・」。まるで闘犬が襲い掛かる一歩手前のように「うう」と吼えつつ目が底光りする知三郎。この時点でもう里中は知三郎に迫力負けしちゃってますね。

・知三郎意地のピッチャー強襲ヒット。『里中けんめいに体を返してグラブを出すも入魂の打球はやく里中のグラブをえぐる〜〜』。打つシーン、里中が球を弾くシーンは連続見開き。かくて知三郎が一塁に出たものの、もう得点はムリだろうと小次郎、武蔵を促して球場を出る。いくら一人が頑張っても、ホームランにしない限り一点には結びつかない。ワンマンチームの悲しさですね。
しかし彼らが球場外のおでん屋を通りかかったとき、知三郎は二盗と朝永の送りバントですでに三塁に到達。知三郎自身の盗塁もさることながら、先に里中からホームランを打った朝永がここでも地味に活躍。知三郎も孤軍奮闘じゃないんだなと思ったら、明訓を応援しつつもなんだか嬉しくなってしまいました。

・知三郎、初球スクイズでスタート切るのが早すぎて、もともとスクイズ読んでたバッテリーにウエストされる。打者野口は飛びつくもファールに出来ず、しかしもともとホームスチール狙いだった知三郎はそのまま突っ込んで山田のブロックに正面から立ち向かい、一歩早くベースにタッチしてまた同点に。「なめたらいかんぜおれは室戸の犬飼だぜ」。右拳突き上げる知三郎。里中のセリフをまんまお返ししている。ホームランは打てなかったものの足で同様の効果をあげました。

・「ああ〜ん もう里中ちゃんがかわいそ〜〜」と泣きながらじっちゃんの胸にすがるサチ子。あくまで「里中」なんだ。「まさか・・・・・・・・・」と青ざめグラウンドにヒザをつく里中に対し、岩鬼は笑顔で「サト〜〜そんでええのや よう同点にさせよったなァ これで千両役者の見せ場がでけたっちゅうわけや」。慰めるためでなく本気で言ってるんだろうが、結果的に岩鬼のこういう態度は周囲をカラッとさせます。

・10回表、高代が意地のツーベース。渚送りバント。一死三塁で打者岩鬼。ナインが悪球打ちの岩鬼に全く期待してない一方、太平監督は岩鬼に一任してあえて何も指示しない。信頼してるからか諦めてるのかどっちだ?と思ったんですが、
里中「でもスクイズがあります スクイズなら悪球でなくても」「いや悪球打ちの男には打つもバントも悪球でなきゃできんだろや 最悪ダブられなきゃいいだや 殿馬に期待できるだろや」という会話からは意外にも後者。
ここでいつも一発狙いの岩鬼が自らスクイズのサインを。里中「うそ〜〜?」。皆ギャグ顔でショックを受ける明訓ベンチ。驚きと感心のあまり、里中「勝つために初めてキャプテンらしい作戦をやったな」太平「人間として少し成長しただべや」とかひどい評価になっている(笑)。
知三郎内心「今のサインには別段 なんの意味もない スクイズをやるぞとおれをまどわすただのゼスチュアにすぎん ここは打ってくる 必ず打ってくる」。犬飼兄たちも徳川も岩鬼の性格じゃスクイズは100パーセントないと踏んでいる。この時点で読者は岩鬼のスクイズ狙いを知三郎たちが読めてないと思っている。高代が走っても「偽走だ」と決め付ける知三郎に安心し、徳川が「あった そういえば(岩鬼がスクイズやったことが)一度あった」というのに、知三郎が「なに本物か」と判断するのを見て岩鬼作戦がバレたとハラハラさせられ、徳川「し しかし しかしそのときは あっ」里中内心「よーし決まった ここからはウエストに変えるのはムリだ」。
で、次のページ半分以上の大ゴマで知三郎ウエスト。里中「あっウエストした信じられん」高代「いかん」1pの大ゴマで知三郎「しまったァ」。岩鬼ウエストボールを特大ホームラン。徳川内心「こ これが この悪球誘いの悪球打ちがまだあったんじゃ・・・・・・ し しかもこれは明訓時代にわしが考えた作戦じゃないか な なんというドジ・・・・・・」。もともとは高一夏白新戦で山田が考えた作戦なんですけどね。

・岩鬼のホームランで明訓が二点リードしたにもかかわらず、「まだ裏がある!!」と座った目で迫力の宣言をする知三郎。その頃おでん屋では、武蔵「そのとおりだ まだ試合は終わってない あきらめずにいけ最後の最後まで泣くな」小次郎「しかし武蔵さすがに終わったぜ」「あ 兄者まだわからんぜ」「三年にわたる打倒明訓はついに果たし得なかった 山田太郎という男 実に厚い壁だった」(やっぱり「山田」なんだ。今回はそれほど活躍してなかったのに)とすでに過去形で語るに至っている。
テレビの前の球道も一球も「終わったな・・・・・・」「終わりましたね」と発言。店を出る犬飼兄弟、甲子園球場を仰ぎ見る。「泣くな武蔵知三郎はよくやったぜ おれたちよりはるかにな・・・・・・」。弟の健闘を思っての涙か自分たち兄弟全てが敗れた悔しさの涙か。少し前にももう後がない状態からランニングホームランを決めて流れを変えた知三郎ですが、さすがに今度は逆転不可能だと周囲の反応が教えてくれます。
次のページでいきなり二ページ見開きで整列して校歌を歌う明訓ナインの姿が。10回裏の試合内容は全く描かれませんが、正面のスコアボードの十回裏に「0」とあることで、知三郎の奮闘むなしく一点も返せなかったのがわかります。あえてその後の試合経過を描かず、このコマだけで勝敗の行方を見せるという余韻のつけ方がすごく格好よく思えたものです。

・南波との試合を前に岩鬼にさわりまくる光ナイン(荒木はいない)。甲子園に暴言はいた時に「勝って帰ってくるチームの連中にさわったほうがよっぽど縁起がいいぜ」なんて言ってたのを地でいった感じ。里中も記者数人に囲まれてるのにベンチ奥で笑ってる山田のまわりに誰も行かないのが不思議。超高校級の大ヒーローで、この試合でもホームラン打ってるのになあ。

・ホームランはケガの功名じゃないかと疑う記者に怒った岩鬼はその首ねっこをつかんで突き飛ばしつつ(これ問題にならないのか)「徳川監督に聞いてこいや 昔この作戦をわいと徳じいで考えたことがあるんじゃい」。そして徳川も「岩鬼のいうとおりじゃい そしてそのときも成功した」と引き取る。記者「そ それじゃどうして思い出さなかったんです?」「犬飼といっしょや 思い出したときには もう投げていた あれは岩鬼らが一年の神奈川県秋季大会の決勝のときだった・・・・・・」。『ドカベン』22巻収録のストーリーを1p分新作で書き直してあるのが何かお得感。

・「岩鬼よ わしもそいつを忘れてるようじゃモーロクしたもんよ 流れ者監督業もこの辺が潮時じゃわい」「モーロクはもともとやおまへんかいな」「だからこそおまえと野球がやれたんじゃがな」。お互い好き放題にけなしあってるようですが、岩鬼の言葉には徳川への励ましが、徳川の台詞には岩鬼への好意がはっきりうかがえる。思えば岩鬼の入部当初から(当時は猫かぶってたとはいえ)仲のよい二人でした。

・これで野球は終わり、部員全員東大合格を目指すという知三郎に、山田は「しかしキミたちなら文武両道もいけるよ」と声をかける。それに反して殿馬は「ムリづらと思うから専念するづらよ」「しょせんその程度の小物の集まりづんづらよ」とえらく口が悪い。これは山田に言わせれば「文武両道もキミたちならいけると殿馬はいってるんだよ」という激励らしい。
結局知三郎は東大ではなく地元の室戸大学に行って野球を続けるわけですが、彼に人生設計を変更させたのは、この時の山田と殿馬の言葉だったんでしょうか。知三郎はその後中退して山田のいる西武に入団することになる。因縁というかめぐり合わせというか。

 


(2012年1月27日up)

 

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