高三夏・紫義塾戦

 

『大甲子園』の、山田たちの高校野球の、最後を飾る大勝負――のはずなんですが、はなはだ評判の悪いこの試合。“なんだって最後の最後に『大甲子園』オリジナルの、それも部活ごと剣道から転向したようなキワモノチームとの試合なのか”“決勝の相手は青田など他作品での主人公チームにすべき。でなければせめて『ドカベン』から因縁のある花巻高校がよかった”といった声をネット上で大分見かけました。確かに「水島野球マンガの主人公チームが夢の対決」という『大甲子園』のテーマ上、クライマックスは他作品の主人公チーム、それもエースの格で考えたら中西球道を擁する青田高校が一番適任のように思います。あるいは藤村甲子園がエースだった時代の南波高校か(甲子園はすでに成人した姿で『一球さん』に出演してるので、一球が現役高校生で登場する以上甲子園を選手として出場させるわけにはいかなかったんでしょうが、複数の作品を組み合わせたための矛盾は“明訓も青田も同じ年の春に全国優勝している”ほか多々あるので、この際オールスター企画ということで時間軸の歪みには目をつぶってしまう手もありだったんでは)。

それがいきなり読者に馴染みのない、しかも剣術使いが最終戦の相手ではどうにも盛り上がらない。一つ手前の準決勝にこの大会の、そして『大甲子園』の、目玉ともいうべき明訓対青田戦を持ってきてしまった(しかも延長18回+再試合という非常な長丁場)だけに、読者も準決勝で燃え尽きてしまった感があります。私自身も青田戦は寝る間を惜しんで読んだのに、紫義塾戦は読みながら寝てしまいましたから(笑)。とある野球マンガ(ネタバレになるので名前は伏せます)もやはり甲子園準決勝に“運命の対決”をもってきてましたが、その代わり決勝戦は「以下略」にして読者の想像に委ねる形にした。この方法なら読者の集中力(作品への情熱)が切れることなく物語に幕を引けたでしょうに。

しかし大詰めの数ページ、山田→里中の「いろんなことがあった三年間だったがよくがんばってきたな そしてとうとう高校生活最後のイニングになった」という台詞に始まる九回裏の描写を読んで、青田戦を決勝戦にしなかった理由を痛感しました。この試合は甲子園大会の決勝戦である以上に、山田たち明訓四天王(もしくは五人衆)にとって高校最後の試合でもある。五期連続出場四回優勝の伝説を打ち立てた彼らがこれで甲子園を去ってゆく。彼らとの“別れ”を哀感をこめて、丁寧に描きだしたかった。相手が他作品の主人公チーム、特に中西球道では、最終局面まで息詰まる攻防になるのは必至であり(実際準決勝は初戦、再試合とも最後まで鎬を削りあう結果となった)、『甲子園を沸かせ 酔わせたこの華麗なフォームが今甲子園を去ろうとしています』なんてメロウな実況の台詞は出てきようがなかったでしょう。最後のイニングをしみじみと描写するには、その前の九回表までで実質的な勝敗を決めておく必要があり、それができるのはやはり読者の思い入れがあまりない新規のチームだった、そういうことでしょう。

もう一つ、なぜその新規チーム=紫義塾は普通の野球チームでなく(剣道からの)転向者の設定だったのか。本来は剣術使い(剣術使いという言葉ではくくれない連中が多すぎですけど)でありながら、打倒山田を目指してチームぐるみ野球部に衣替えしたというと明訓に唯一土をつけた弁慶高校を思い出します。もはや普通の野球チームでは明訓を倒せそうもないからと、“明訓の敗戦”を描くために創造されたのがキワモノな弁慶高校―武蔵坊と義経だったそうですが、今回は上で書いたように紫は明訓を破る必要はない。なのになぜ最後の相手が野球プロパーではなかったのか。

――これは四回裏が終わった直後の高代の檄に集約されていると思います。「オレたちはガキのころから甲子園をめざしてきたんだぜ 気まぐれで甲子園にやって来た剣術屋に負けたんじゃ全国の球児に申しわけがたたん」。この試合の解説役といってよい中西球道も(紫に友人がいるにもかかわらず)「いかに達人とはいえ それは剣の道でのこと あんな構えを通用さすな」ほか紫義塾に否定的な台詞(モノローグ)が何かと多い。球道もまた「ガキのころから甲子園をめざしてきた」野球一筋の男であり、他のスポーツから「気まぐれで」転向したうえそのスポーツの流儀を平気で野球に持ち込む紫の面々が癇に障ったのは無理からぬところ。
無印『ドカベン』では、打倒山田を目指して一時修験者から転向した弁慶高校は唯一明訓に土をつけることに成功したし、それ以前にも一年秋の関東大会で山田と戦うため柔道から野球に転向した中学時代のライバル・友人たち三人は相応に活躍していた。『ドカベン』では野球への転向は別段否定的に扱われることはなかった。しかし最後の最後であるこの試合では転向者をくさし、同時にずっと野球一筋でやってきた、正当派の野球少年を称揚している。
そう考えると、このエピソードの導入場面で影丸がさしたる必然性なく、しかもいきなり剣道部キャプテンとして登場する理由も何だか見えてくる。地区予選決勝戦で敗退して高校最後の夏が終わった影丸が、もはや山田と対決する機会が失われたからと野球から再転向して柔道に戻るならわかりますが、いきなり今までやったことのない(少なくとも描写がない)剣道に鞍替えというのは・・・ずいぶんと節操がなく感じられてしまう。しかしそれこそが水島先生の意図だったのでは。転向者否定というこの試合の方針を示すものとして、いろいろなスポーツを転々とする→無節操という図式を本編に入る前の時点で読者に印象づけよう、という。よって柔道からの転向組三人の中で唯一『大甲子園』に登場していた、そして一番柔道の影響を残している(一年の関東大会で岩鬼にバックドロップをかましている)影丸にその役割を振ったんじゃないかと思います。

とはいえ、対する明訓の方も完全に正攻法の野球チームかといえば、殿馬もピアノからの転向者、というか二年夏の甲子園までは二足のワラジだったうえ、「変則」野球の代名詞のような存在でさえある。岩鬼も中三で柔道から転向したのだし(『大甲子園』では小学校で野球やってた設定になってるので、つまり再転向)、山田も事情が事情とはいえ一度は野球を断念して柔道をやっていた(さらに『スーパースターズ編』の設定だと小学生のときは相撲やってたことになっている。無印でも青山くん(のちの雲竜)と町内の相撲大会で戦ってますが、あれは単に町のイベントなので無印時点では本式に相撲やってた設定じゃなかったと思われます)。ということは明訓四天王のなかで「ガキのころから(ずっと)甲子園をめざしてきた」、野球一筋できたのは里中が唯一ということになる。内野に転向しろと言われてもピッチャーに固執して自主練習でアンダースローのフォームと変化球を身に付けた里中。監督造反で野球部をクビになっても一人練習を続け(てたはず)、キャッチャー山田を得て高校で大きく花開いた里中。『大甲子園』、とりわけ青田戦以降はまるで里中が主人公のような扱いになっているのは、彼が称揚されるべき“野球パカ”の象徴のような存在だからでしょう。だから前述の『甲子園を沸かせ 酔わせたこの華麗なフォームが今甲子園を去ろうとしています』という実況や(加代さんのおかげで?)汗もかかず最終戦を絶好調で投げきったことなど、この試合、里中はものすごく優遇されている。三年間ケガやスタミナ不足に苦しむことも多かった里中に、最後の最後は気持ちよく投げさせてやりたいという水島先生の親心が溢れているかのようで何だか胸が熱くなります。


・試合開始前の練習時間。ノックの代わりに牛之介がくさり鎌を振り回し、他のナインがそれに対抗するというトレーニング(パフォーマンス?)を行う。その異様さに明訓ナインはじめ見た人全員びびりまくり。準決勝までもこれやってきたんでしょうか。そして剣道時代も?

・開始直前、二人分の飲み物を買って席に戻ってきた五利監督は鉄五郎の隣に中西球道の姿を見つける。昨日の試合を二人が見てたこと、自分と山田のどっちを一位指名するかで意見が割れてたことまでしっかり気付いていたという球道の目配りのよさに驚きます。
そして自分が山田の欠点を見つけられたら一位指名は自分にしてほしいと正面から申し込む。単純直情型の球道とも思えぬ落ち着きと礼儀正しさを兼ね備えた態度にこれまた驚きました。自信たっぷりな物言いは確かに球道という感じですが。

・試合開始前の挨拶を拒否する近藤。いわくこれまでの試合は遊びだったが、「決勝のこの大甲子園はわれわれにとって命をかけて戦う戦場なんです 敵に対してよろしくなんて気持ちになれるわけがありません」。
まあ明訓と戦うため部活ぐるみ野球部に転身した人たちですから明訓戦は他校との試合とはまったく別物の超真剣勝負であって当然でしょう。そう考えると、例の牛之介のパフォーマンスも今回限定だったんでしょうね。

・↑の近藤の主張を聞いていた球道は「近藤ってやろう すげえ男じゃん」と内心に思う。語尾にやたら「じゃん」とつけるのは球道の恋女房えーじの専売特許のようですが、球道も小さかったころは幼馴染のえーじともども「〜じゃん」というしゃべりを連発していた(「グッバイ じゃん」など)。当時の球道を思い出して、ちょっと嬉しかったり。

・ようやっとプレーボール。打席に立ち「さあ〜〜ひさびさ先攻 プレーボールホームランの洗礼受けよ」などという岩鬼。前の二試合(青田戦、青田戦再試合)も先攻だったじゃん。

・ピッチャーの先斗三十郎は右投手のくせに左投げのセットポジションから、地面に水平に右手を振るようなフォームで投球。これを山田は「鉄ビシだ 忍者がよく使う投げ方だ」と評する。もともと剣道部だった紫の面々は剣術屋と呼ばれることが多いですが、やってることはむしろ忍者。こりゃ剣道界でも相当異端だったに違いない。

・変則野球には変則な男で、ということで続く殿馬の打席に期待が集まる。その期待にたがわず、ただ自然体でバッターボックスに突っ立ってるかに見える殿馬に三十郎は呑まれてしまい、軽く入った球を殿馬はヒット。球道いわく「変則の殿馬の自然体こそ変則なんだ」。つまり何をやっても変則になるという・・・。

・バッターボックスに入るなり送りバントの構えの里中に観客席から「明訓の3番だぜ 打たせろ〜〜」「初出場の紫に対してなさけない作戦するな〜〜」とのヤジがとぶ。「打たせろ」という言い方からして里中に対してではなく太平監督の采配に対する批判のようですが、そもそも打順のすぐ後が高校球界きっての強打者山田だけに3番ながら里中が送りバントをやるのは別段めずらしくない(確実に送れる技術を持ってるという証でもある)。
なのに今回に限ってこんなヤジがとぶのは相手が「初出場の紫」ゆえでしょう。ポッと出の、それも剣術から転向したばかり、かつ試合開始前から奇行が目立ちすぎる紫義塾に対して観客も好意的でないのがわかります。

・二死二塁で山田を敬遠せず勝負に行こうとする紫に対して「この試合は決勝までよくこれた・・・・・・のお遊びかい」「もし勝ちにきてるとしたらこの山田勝負はありえない」と球道は反感もあらわな感想を抱く(今までは遊びだったがこの決勝だけは真剣勝負、という近藤発言を聞いてるにもかかわらず)。
まだ回も早いのだから勝負にいったとしても特におかしくない気がしますが。ほかならぬ球道だって普通なら敬遠して当然の状況でたびたび山田勝負を挑んだくせに、同じように打倒山田に燃える紫の面々の気概に全く共感してないようなのはなぜか。おそらくそこには自分は山田と正面から向き合えるだけの男だという自負心とその裏返しとして変則野球・他スポーツからの転向者である紫義塾への(本能的といってもいい)反発があるのだと思います。 

・むやみと長いバットを持って打席に入った三十郎。そのバットが、引いたはずみにキャッチャー山田の胸を突く。それを見た球道は、あのバットの目的は打撃妨害になるのを恐れた山田が位置を下がることで里中を投げにくくさせることだと喝破する。「考えてみりゃ剣術屋がそうかんたんに年季の入った投手のタマを打てるもんじゃない」。この発言には↑同様ポッと出の紫への軽視と、ずっと野球一筋でやってきた里中に対する同じ投手としての敬意が感じられます。

・↑の発言に続いて球道は「岩田さんは投手出身ですからおわかりでしょ」と言う。「出身」というとすでに現役ではないのか?『野球狂の詩・平成版』第一回でいったん引退した鉄五郎の(最初は一日限りの予定での)現役復帰が描かれたので、いったん引退したのはたしかなんですが。

・三十郎をはじめとする紫ナインの奇行のかずかずにすっかり頭に血が上った里中ですが、いざ第一球を投げようとしたとき、バットを棒術のように構えた三十郎に思わず呑まれ途中で投球モーションを止める。三十郎に迫力負けしたのは確かでしょうが、そこでさっと引ける程度には冷静というか、おかげで少し冷静になれたというか、かえっていい目に働いています。

・そこへ殿馬が寄ってきて「敵がいろいろ小細工するだけよォそれだけおまえを打てる気がしねーーということづらぜ 逆上してよリズムを崩すづら〜〜は敵の術中にはまることづらづんぜ」とアドバイスを。殿馬は要所要所で里中を持ち上げて、彼を上手く落ち着かせてくれますね。このとき里中が笑顔で「づら」と一言返すのがなんか可愛いです。「恋女房づらよ」「はい」の受け答えに続く二人の名シーンです。

・かくていざ第一球を投じた里中。しかし「死ねえ〜〜〜」って気合い(?)はどうよ。審判もよく注意しなかったなあ(岩鬼で慣れてるのか?)。この三年夏の甲子園では青田戦でも「うおおお」とか時々吠えてたり、投球中のテンションが無印とほとんど別人。一年夏なんて本当クールな投球スタイルだったのにねえ。

・槍で突くような打法で痛烈なピッチャー返しをくわせる三十郎。足元を抜けかけた鋭い打球を里中はあやうくキャッチ。その奇妙な打法、当たりの強烈さに実況・解説の二人も気を取られていて何も触れてませんが、そのすごい当たりを(打撃スタイルに度肝抜かれながらも)とっさにキャッチした里中の反射神経こそすごいと思います。

・キャプテン近藤のけさがけ打法でついに一点先取されてしまった明訓。紫の変則打法に翻弄され続けている里中は、5番沖田が居合抜きのごとく膨らみのないバットを腰ベルトに挟んでバッターボックスに入ったのに怒り心頭。観戦中の球道は「里中 山田 いかに達人とはいえ それは剣の道でのこと あんな構えを通用さすな」と考える。本当に球道は紫には点が辛い。仮にも友人(壬生狂四郎)が在籍してるってのに。

・なんと巨体鈍足の牛之介が本盗。加えて沖田は里中のストレートをレフト前ヒットに。これを取った三太郎が本塁へダイレクト送球。牛之介は正面から山田に体当たりをかますが、当然重量で負けると思われた山田は牛之介をまさかの巴投げにしてホームを死守する。
中学二年から三年にかけて柔道部で活躍した山田ならではの痛快な逆襲。子供の頃から野球一本できた里中が「剣術屋」紫ナインに翻弄されるなか、彼らの変則野球に一矢報いたのはやはり異種格闘技―柔道を取り入れた変則守備だった。そう考えると結局この時点では野球プロパーは変則にやられっぱなしなわけですよね・・・。

・バックネットファールをフェンスに激突しながらも見事キャッチした山田を球道が満面の笑顔で「さすがだぜ」と称え、「その気迫だ!!おれに勝ったんだ 絶対負けるんじゃねえぜ」と檄を飛ばす。
狂四郎がいまだ参戦してないとはいえ、この試合球道は一貫して明訓を応援している。それは幼時より野球一筋できた球道には紫の変則野球が許せないゆえだろうと思ってましたが、自分に勝った以上は優勝してほしいという思いもあったわけだ。まあごく自然な感情ですからね。

・突如ピッチャーが牛之介に交代。くさり鎌を振り回すかのようなその投法に先頭打者の三太郎は翻弄される。「どうしてあんな投げ方ができるんだ」と驚く里中に山田は「不思議じゃないさ 剣道と野球の鍛え方は違う・・・・・・それだけのことだ」「逆に彼らにとってはおまえの投法は不思議に見えるだろう」と言う(くさり鎌使いが剣道の範疇に入るかはともかく)。
どうしても野球中心の視点で物を見るために紫が変則に思えるが向こうから見ればこっちが変則になるのだ、という発想の転換。彼らの変則っぷりに翻弄され続けだった里中にこの指摘は大きかったと思います。彼らが自分たちより優れているわけではない、単に立脚点が違うだけだと割り切ることで精神的なプレッシャーがずいぶん取り除かれたはずですから。山田の柔軟性、常に客観的相対的な視点を持てる冷静さには凄みさえ感じます。

・新たにマウンドに上がった沖田について、山田「しかし渚 あれだけのスローボールは逆にケタはずれのヒジと肩の強さがなければ投げられないと思うな」、渚「それはよく見すぎですよ 力がないだけですよ 沖田は」というやりとりが。一年の春〜夏にかけては山田にさんざしごかれヘロヘロだった渚が、山田に(反抗的な態度でなくごくさらっと)意見しているのが新鮮。渚がすっかり野球部に溶け込み山田ともいい関係を保っているのがわかります。

・セカンドに入った牛之介はランナー岩鬼をアウトに取ったものの岩鬼のスパイクに右股を切り裂かれるケガを負う。怒りにキレて岩鬼に殴りかかろうとする牛之介を甲子太郎が飛びついて止める。「殺し合いの戦場じゃないぞ」「野球にはルールがあるんだ」などと言ってますが、剣道だってルールはあるだろうに(笑)。

・三回裏牛之介のホームラン直後の扉絵。両腰に手を当てた里中の後姿がちょっとセクシー?

・山田さえ驚くような力のある球で紫の打線を三者三振にとる里中。実況いわく「バッサリ三者連続三振に切ってとった〜〜 これこそ小さな巨人里中くんの復活です マウンド上躍る里中くんがもどってきました」。
一回戦から連投している里中だけに試合を重ねるほどに次第に調子が落ちていたということなんでしょうが、一年夏準決勝といい二日前の準決勝(青田戦)といい、ケガをするまではその大会一番といっていいほどの好調子だったはず。むしろ大勝負に強い、終盤にいくほど調子が上がってくる印象だったんですが。しかしあれだけ実力のほどを喧伝された紫打線が、里中が本調子になると手も足も出なくなるんですねえ。

・四回裏が終わったところで岩鬼が珍しく円陣を組む。このとき岩鬼は檄を飛ばす役に高代を名指ししている。なぜ高代だったのか理由は定かではないですが、普通なら目立ちたがりの岩鬼は当然のように自ら檄を飛ばしていたでしょう。それをあえて高代に役をふった。岩鬼たち三年にとってはこれが現役最後の試合になるだけに、試合の中で次の代に思いを託してゆこうという岩鬼のキャプテンらしい志を感じます。
このシーンゆえに岩鬼の次のキャプテンは高代という説が有力らしいですが、実際二年の中で早くからレギュラー入りしてたのは渚と高代の二人だけなので次期キャプテンはこの二人のどちらか、それも性格的に周囲に何かと波風たてそうな渚よりはやや気弱ながらもバランスの取れた高代が適任だと思います。

・「オレたちはガキのころから甲子園をめざしてきたんだぜ 気まぐれで甲子園にやって来た剣術屋に負けたんじゃ全国の球児に申しわけがたたん 勝つ 勝つ 勝つ」。この高代の台詞にこの紫義塾戦を決勝戦に持ってきたことの意味がはっきり現れています。最後の「勝つ 勝つ 勝つ」も単純な中に、単純だからこその強い意志が詰まっていて胸を打ちます。岩鬼の人選は正解でしたね。

・六回表の先頭打者は高代。↑の檄のあと最初の打席ですが、近藤のビーンボールをかろうじてよけた後はすっかりびびってしまって逃げ腰のまま三振。せっかく格好よく決めた後なのにそのまま続かないところが、かえってリアリティがあってナイスです。

・もっとも危険なバッター・近藤を相手に、山田は三球とも決め球のシンカーというリードをして見事近藤を三振にとる。五利が山田のリードを褒めたのに対し球道は「リードもいいが要求どおり投げてる里中こそいい」と里中を褒める。少し後の「山田の洞察力もほめたいが しかしそれ以上に投球の途中からウエストに切りかえて投げた里中もすごいぜ」も同じく。里中の調子のよさ、そのスタミナに驚いたあたりから、どんどん里中への評価が高くなってるようです。

・投球時の里中の足の位置から球種を割り出せると気付いた紫ナイン。藤堂は19球ファールでねばり、里中もさすがにややグロッキー(それでもボールに切れがあるためファールになってるというのだからたいしたもの)。近藤内心「何が日本一の捕手だ 長年バッテリーを組んでいても里中のクセを知らないとは」。まったくです。
この少し後で“自分のフォームにクセがあるのでは”と言った里中に山田が「何年も受けてきているんだ それならすぐわかる」と即答するシーンがありますが、確かに地区予選決勝前に渚や里中本人も気付かなかった左ひざの上がる高さの違いを山田はすぐに見抜いてます。フォームなら完璧に覚えているけれども立ち位置までは、ということなのかも。プレートに足を乗せてるかどうかなんてホームからじゃよく見えなさそうだし。

・結局21球ねばられたあげくフォアボールで出塁させてしまった里中。山田は「くさるな里中 選んだんじゃないぞ 手が出なかったんだから」「あとひとりだ とにかく根気負けするな」と里中を励ましフォロー、里中はにこやかに「うん」と返事を返す。2点リードされてるわ21球もねばられて疲れてるわのはずなのに、疲労や動揺から乱れる様子もない。この大会の里中は精神面の強さが目立ちますが、この試合はひときわ安定していますね。

・里中のすっぽぬけたカーブを山田が後逸。盗塁を狙っていたランナー藤堂はここぞとばかり走るが、実は後逸と見せかけた山田の作戦だった。即座に対応した殿馬、ワンバウンドのすっぽぬけを投げた里中も最初から了解のうえで動いてたわけですね。里中のクセを見抜かれてることに気付けず近藤にやや見下された格好の山田が、近藤を頭脳で出し抜き結果的に一矢報いた形です。

・上下に続き蛸田もあえてデッドボールをもらいに行き出塁する。下位打線が文字通り捨て石になるという、高校野球の王者とも思えぬ余裕のない作戦(長い手を生かした蛸田の守備はたびたびチームのピンチを救っているので、蛸田がケガして抜けるほうが痛い気もする)ですが、近藤はその捨て身の必死さを「さすがは明訓の連中だ」とかえって評価している。積極的にデッドボールをもらいにいくというのは青田戦でもやってた作戦で、この必死さこそが明訓を王者たらしめてきたのかもしれません。

・蛸田の代走に出た目黒が「この大事な場面に緊張の三年生目黒くん」などとアナウンスされる。五人衆と同級!?普通に岩鬼たちに敬語使ってた気がしますが、レギュラーかどうかでそのへんの序列まで決まってしまうのか。

・太平の指示どおり投球時のクセを直す(逆にする)ことで、一転して紫打線を封じる里中。マウンドで撥ねてる姿が可愛いです。これが実況の言ってた「マウンド上躍る里中くん」かー。

・九回表、最初の打席は渚から。現在二点負けていて後がないだけに、バッターボックスに立った渚は緊張に硬直する。このシーン、渚の立ち姿の胸のあたりに「ドキーン」の書き文字が入り、それを境に肩から上のトーンを薄く、もしくは白くして、プレッシャーのあまり血の気の引いた状況を表現しています。一目で渚の動揺のほどが理解できる上手い演出だと思います。

・近藤の速球を前に渚はふんばるも3三振、と思いきや打撃妨害を主審に訴え一塁へ。山田「いや これこそ渚の非凡なセンスだよ 近藤のタマをヒットするのは今の自分の力では無理と考え モーションに入った瞬間バットを長く持ち変え軸足を捕手のいちばん近くへ移動した」。
一回に六点を奪われた前年夏の東海戦のときも、自身の力のほどをわきまえて打つことに固執せずデッドボールを貰いに行き成功した。プライドが高いながらも自分の実力を客観視できる冷静な判断力ととっさの頭の回転、行動力はたいしたもの。いささかセコイ手段ではあるものの山田が絶賛するのもわかります。
「岩鬼さん続いてください」と勢いよくバットを投げ捨てて一塁へ走っていく渚の笑顔には、見事狙いを達成したがゆえの満足感と高揚が溢れています。

・岩鬼の最後の打席直前に球場へかけつけ、声援を送る夏子さん。後ろにはサチ子の姿も。「岩鬼くん おねがい 打って」の言葉にいつもの岩鬼ならデレデレになりそうなところを、「夏子はん ひさしぶりやな」「よかろう そのいじらしい乙女の願い この男・岩鬼聞いたで」と意外なクールさで応じる岩鬼。ハッパに花が咲き、快音とともにボールをかっ飛ばしてるので喜んでるのは間違いないんですが(サチ子は完全無視で夏子さんしか目に入ってないし)。『大甲子園』では岩鬼は精神面での成長が著しいので、それだけ大人の対応ができるようになったってことですかね。

・夏子の願いを受けて岩鬼が近藤の球を打つ瞬間をまずは打撃音だけで示し(ここで連載の切れ目)、次の連載回の扉絵をめくるとボールがスタンド目掛けて(と見える)飛んでゆくシーンを2ページ見開きで見せる。
面白いのはこの見開きが上下をほぼ90度回転させた画面構成になっていること。ゆえにパッと見た瞬間はあまりピンとこなかったのですが、右ページが上になるように本の角度を変えると、途端に迫力に満ちた絵が現れる。
正面に打った直後の岩鬼の後ろ姿―大きな尻がまず視界に入り、今にも走り出そうと強く踏み出した右足が蹴立てる砂埃とあいまってどっしりした力強さを感じさせる。そしてバッターボックスから岩鬼の右足まで影と一体になったスピード線が走り、絵に動きを与える。前方にそびえるスタンドをシルエットで描きかつ手前に立つ近藤の周辺だけ渦状に白く色を抜き、さらに岩鬼の左肩と投げ出したバットの上部から側面を白く光らせて、照りつける太陽の熱気をも表現する。まさに夏の甲子園を凝縮したような見事な一枚絵。
ページを開いた瞬間でなく本をくるりと回してみて初めて良さが伝わる、わざとワンクッション置かせることで、絵の凄みをなお高めている。これだけ凝った演出しておいて、あの打球がホームランにならないのが肩透かしというかまんまとミスリードされたというか。

・岩鬼の打球の行方を見守る鉄五郎・ゴリ・球道の中で、球道だけが思わず立ち上がり、センター永倉の守備範囲に―つまりその程度の低い位置に飛んだ打球を「ところがこいつの打球はこのままいくんだスタンドへ」と評する。明訓との再試合の時にのっけから、よけた弾みにバットに当たっただけの球をホームランにされてしまった球道の台詞だけに経験者ならではの重みみたいなものがあります。

・打球はセンター永倉の脇を抜け、一塁渚はホームイン、永倉がもたつく間に続けて岩鬼もランニングホームラン。キャッチャー藤堂にボディアタックくらわす勢いでホームにすべりこんだシーンでいきなり画面から藤堂の姿は消え変わって花畑が出現(笑)。岩鬼はハッパに三輪もの花を咲かせ「これぞ男・岩鬼の恋爆愛打じゃい!!」と雄叫びをあげて、夏子は羞恥に顔を覆い隣りのサチ子まで赤くさせる。やはり岩鬼は岩鬼だった(笑)。

・なのに結局打球がフェンスに挟まったということで、ホームラン取り消し、エンタイトルツーベースの扱いに。夏子は青ざめつつ「そ そんな・・・・・・私たちの愛が・・・」と呟く。『プロ野球編』での二人の別れを見たあとにこのシーンを読み返すと何とも感慨深いものがあります。
『プロ編』の途中くらいまでは水島先生は岩鬼とサチ子をくっつけるつもりだったようですが、ひょっとしてこの場面は「やがて岩鬼と夏子は別れる→サチ子とくっつく」を暗示したものだったのでしょうか。『大甲子園』連載時には『プロ編』を書く予定はなかったものの、いずれ岩鬼はサチ子とくっつくものという気持ちはあったんでは。何気に岩鬼とサチ子って最初期からフラグ立ちまくってますし。

・渚三塁・岩鬼二塁で殿馬の打席を迎える。近藤の一球目はワンバウンドになるも藤堂はこれを上手に止める。二球目も再び低目のボール、とコントロールが定まらないように見せておきながら、いつのまにかミットを右手に持ちかえていた藤堂が左手で三塁に送球し、大きめにリードを取っていた渚を見事に刺す。
最初このシーンを読んだとき、藤堂の三塁送球に渚も殿馬まできょとんとした顔をしてるのか(なぜ牽制球に即座に対応しないのか)不思議だったんですが、今捕球したばかりの藤堂がボールを右手に移し変える動作なしに牽制球を投げたからとっさに理解が追いつかなかったということですね。これがボールを右手に持ちかえて投げたのならその動きですぐ気付いただろうし、そもそも右手からの送球なら渚の帰塁の方が早かったでしょう。意表をつかれた+三塁に近い左手からの送球だったから渚をアウトにするのに成功した。紫義塾の選手が全員両手投げという設定が見事に生かされた場面。
山田いわく一球目のワンバウンドもここで渚を刺すための伏線だったとか。里中のクセを見切ったことに気付かれて頭脳戦で一歩遅れを取った形の近藤が、再び頭脳プレーで明訓を出し抜いた。一進一退の攻防が見所です。
ついでに近藤が二球目を投げるときに渚が走るふりをしてプレッシャーをかけていますが、少し前に打撃妨害を狙った手口といい、以前に打席でちょこまか動いてランナー隠しをやったりとか、この手の小細工が実に上手い。あまりイメージがよくないからか四天王はこの手のプレーをあまりしないだけに(三太郎は結構ある)、この手のプレーでは渚がかなり目立っています。これも山田のいう「非凡なセンス」というやつなんでしょう。

・「秘打 華麗なる大円舞曲」で殿馬が出塁。一死ランナー一、三塁で里中の打席。太平作戦は里中に自由に打たすのかそれともエンドランか盗塁か、という局面で、近藤は「山田までまわしたいのなら ここは動かん」(ダブルプレーを避けるため)と判断して真っ向から里中を打ち取りにいくが、里中も近藤がど真ん中のまっすぐでくるだろうと読んでいた。里中の読みが近藤の読みに勝った、と見せて、実は近藤は真正面から叩けば芯を外れてファールになるような球を投げていた――。
結局ここの読み合戦は近藤の勝利だったわけですが、ファール(キャッチャーフライ)をキャッチするはずだった藤堂が壁に頭を強打して試合続行不可能となり、あやうく没収試合・・・なんて展開になるとまではさすがに予想しきれなかったですね。

・ファールボールをしつこく追う藤堂の姿にネクストサークルの山田は「取るのかあのフライを?」とちょっとあきれたような顔。確かに取りに行くには若干無謀な位置にボールが飛んでますが(だからこそ大怪我をするはめになった)、ここでキャッチされればツーアウトになるわけで、最後の攻撃、しかも二点リードされてる状況にしてはいささか暢気なようにも思えます。それは三塁からタッチアップでホームへ走ろうとして断念した岩鬼も同じなんですが。山田に打席が回るかぎりはどうにかなると岩鬼も山田本人も思ってるってことですかね。

・壁、それも窓枠の飛び出してるところに頭をぶつけ額を割った藤堂の姿を三コマかけて見せる。そこまでずっと余裕の笑顔で打球を追っていた藤堂だけに、盛大に血を噴き出して昏倒する場面との明暗のコントラストが何とも重く痛ましい。むしろ下手したら死んでもおかしくないようなケガだけに悪寒さえ走ります。
読者は壁にぶつかった瞬間の藤堂の断末魔の(と言いたくなるような)顔を見てしまってるだけに、意気揚揚とホームへの返球を促す近藤や返球が来ないのをこれ幸いとホームへ走る岩鬼、なぜ返球しないのか「?」な顔の里中たちの様子が何とも場違いに思えてしまう。これもまた見事なコントラストです。

・藤堂が起き上がらず、近藤も驚愕のあまりかタイムをかけ忘れている間に殿馬がさりげなく二塁を回り三塁へ向かう。里中だけは殿馬の走塁に気付き知らぬ顔して殿馬がホームまで無事来るよう願う。渚や三太郎ほどセコいプレーはやらないものの、結構ちゃっかりしたプレーはやらかすのが殿馬ですね。

・近藤がタイムをかけ、紫ナインが藤堂に駆け寄る。藤堂は意識不明、頭部強打のうえ左手骨折とあってもはや試合は不可能、8人になった紫義塾が自動的に敗北と決まる。
この時点でまだ紫が一点リードしてるだけに明訓としても実に後味の悪い終わり方です。三十郎の言うように「試合には負けたが勝負には勝った」と言われても仕方がない。甲子園決勝が没収試合、というのも劇的展開ではありますが、これで主人公チームが負けるならまだしも(そういう野球マンガは読んだことがあります)勝ってしまうんではあんまりなので(しかも『大甲子園』という作品の性質上これが最後の試合、物語のクライマックスなのに)、両校整列のギリギリまで引っ張ってついに(忘れたころに)壬生狂四郎登場、という流れは胸がすっとする心地がしました。
まあ9回表ツーアウト打者山田、そして明訓が負けてるという局面なので、どうしたって登場早々山田に打たれるのはわかりきってるんですが。まさにこの一打席のためだけに登場したキャラクターだったなあ・・・。

・狂四郎の回想の形で、吊り橋が切れて谷底に落下した彼がいかにここまでたどりついたかが説明される。
朝方まで川岸に倒れていたところ、意識を取り戻した直後に和尚が狂四郎を探しにいかだで川を下って来る。和尚が「動くんじゃねえぞ」と言いながら分銅のようなものを投げて狂四郎の体に巻きつけたのは、てっきりそのまま彼の体をいかだに引っ張りあげるためかと思えば、狂四郎の体を支点にいかだを漕ぎ寄せるためだった!いくら他に支点になるものがないからって激流を下るいかだを人一人の体で支えろなんてそんな無茶な。しかし狂四郎は足を広げて踏ん張って耐え微動だにしなかった。そういう意味で「動くんじゃねえ」と言ったのね(笑)。

・ついに狂四郎と山田の対決。ファール2回でツーストライクの土壇場で狂四郎はまさかのフォークを投げる(160キロ投げることと言い山田も褒めたピッチングフォームと言い、本来野球畑の人でないとは思えんな)。完全に意表をつかれたはずの山田ですが即座にこれに対応、すくいあげるようなバッティングで(ミートの瞬間の「ガブ」という効果音が実にハマっている)見事にこれをホームラン。
まあ打者山田でツーストライク、あと一球で明訓の敗北が決まるとなったらここで打つしかない、それもホームラン以外では同点どまりでしょうから、高校最後の試合だけに絶対ホームランなのは読めてましたが。

・山田ホームランの瞬間を見開きで描く。岩鬼のときのような変則見開きでなく正攻法の横に広い画面。山田のユニフォーム背中のよじれがミート時の腰の回転の鋭さを表現し、前方に踏み込んだ右足、軸の左足両方に土煙を生じさせて踏み込みの力強さをも表現する。岩鬼の場合は一塁に向かって踏み出した足からの土埃でしたが、山田の両足はバッターボックス内に留まっていて走ろうとする気配はない。
ミートの本当に直後であること、予想外のコースの球を懸命にすくいあげたのだから打つだけで精一杯(実際3ページ後を見るとミートの勢いで体が左に大きく傾いていて、すぐ走れる状態ではない)だったのもあるでしょうが、急いで走る必要がない―まずホームラン間違いなしの手ごたえがあったのだろう。
演出としてもここは山田の最後の打席だけに「ホームランを打ったフォーム」(走る動作に移る必要がない)で正解だと思います。岩鬼の見開きに劣らぬ、山田ならではの迫力ある絵でした。

・そして九回裏。「最後のイニングにするんだ里中」との山田の声、球道の「しかし終わったぜ・・・・・・・・・」という述懐から、ここでまた紫が追いついて延長戦へ、という展開にはならないだろうことがまず暗示される。そしてその後の展開をすっとぱしていきなり最後の打者最後の一球を描く。すでに延長につぐ延長、長丁場の攻防は青田戦でやってますし、山田逆転ホームランというクライマックスシーンがあったので、九回裏をごく短く、エピローグとしてまとめたのはいいバランスだったと思います。

・里中は最後の打者を見事三振に切ってとり明訓は4度目の甲子園大会優勝を飾る・・・のだが、最後の一球を打者が「むっ 低い」と見送ったが審判の判定はストライクという描写になっているのが気になる。あたかも誤審のおかげで明訓が優勝できたかのようで何だかすっきりしない終わり方。高校最後の試合、最後の一球だからなおさら。9回裏まできてなおストライクゾーンぎりぎりの微妙なコースをつくことができる里中のコントロールの良さを示したかったのか?
江川卓『マウンドの心理学』によるとアンパイアには「コントロールのいいピッチャーに対しては判定が甘くなる習性がある」という。そして里中のコントロールは「目をつぶっていてもストライクをとれる」と評されるほど。
5回連続で甲子園に出場し、その投球を審判に見せ付けてきた里中の実績がこの最後の一球に生きた、誤審だったとしてもそうさせたのは里中の実力だという、彼の三年間の重さを込めた描写だったのかもしれません。まあボール球もストライクに見せる山田のキャッチング技術の勝利だったのかもですけど。

・審判が「ストライクアウトー」と宣言したあとに、ミットを構えたままの山田の姿を見開きで示す。安らいだ表情で「終わった・・・・・・・・・」と心で呟く山田。見開きというと大体ホームランの瞬間など迫力ある見せ場に使われるものですが、ここは動きのないごく静かな場面でありやや異質な感じ。
しかし無駄に大ゴマを使ってる印象は全くない。あえて2ページ使って高校野球最後の瞬間を描いたことで、高校三年分の重みと山田の万感の想い、そして水島先生の作品に対する愛情が十二分に滲み出してきました。

・背の順に整列して校歌斉唱する明訓ナインの後ろ姿。明訓校歌はこれまでも何度も作中(『ドカベン』の)に登場していますが、やはり最後の最後はこの歌で締めてくれた。明訓の校歌が甲子園に響き渡ったのはひょっとしてこれが最後だったんでしょうか・・・。

・最後のページは甲子園球場外の草地に野球のボールが一つ転がってる絵に「完」の文字が付されている。このボールはきっと山田が狂四郎から場外ホームラン打ったときの球ですね。ベタではありますが、それだけに高校野球マンガとして最高のエンディングじゃないかと思います。

・連載時は最終ページの後、チャンピオンコミックス版でも本編の後に水島先生による作品へのコメントが載っています。その中ではっきり『ドカベン』はこれが最後、プロ野球に進んだ彼らの話は描かないと宣言されている(「なあ岩鬼、おまえはオレにいつも言ってたっけ。オレたちをどうしてプロへ行かせへんのや、力はあるでオレたちは・・・・・たしかにそうだよ。でも、おまえたちは高校球児の夢のままでいいんだと考えた末の結論なんだ。」)。結果的に十年近くを経て当時西武だった清原選手の発言をきっかけに『プロ野球編』が描かれるわけですが。

 


(2012年4月27日up)

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