高三夏・甲子園前〜開会式

 

神奈川決勝戦、東東京決勝戦、千葉県決勝戦ときて、ついに本編というべき甲子園大会が開幕。しかしさすがに丸々高三夏の甲子園に焦点を当てた&水島野球マンガオールスター作品なだけに、実際の試合が始まるまでの描写も実に綿密。たとえばこれまでも始球式や選手宣誓などは描かれてきましたが、今回は組み合わせの抽選会場の様子(引いたくじに対する各校の反応)もじっくりと実況。そのなかで球道や荒木、さらに明訓の次の敵となる室戸学習塾の犬飼知三郎を読者にしっかり印象づけています。
特に既知のキャラクターでない知三郎はいかにも秀才然としていながら人を食った不敵さ・不気味さがあり、意外な強敵になることを予想させます。

また無印でも審判にスポットが当たることはままありましたが、『大甲子園』ではプラカードガールやグラウンド整備員という直接試合に関与しない人々のエピソードも登場する。整備員=藤村甲子園については別項で詳しく語るとして、まずはプラガールの明子。山田のファンで明訓のプラガールになることをずっと夢見てきたという彼女、明訓の人気っぷりを思えば「ああ、こういう子いるだろうな」という感じのキャラクターです。『ドカベン』には高校野球マンガの定番アイテム(?)・女子マネージャーが出てこないので、ナインの周辺に若い可愛い女の子がいるという状況がなかなかに新鮮です(サチ子だって若い可愛い女の子ですが、さすがに若すぎるので)。
しかし後輩たちこそ彼女をちやほやするものの、四天王は見事に“女の子としての彼女”には関心を示さない。山田が彼女にファンだと言われてお礼を言ったり、岩鬼が山田をキャプテンだと思い込んでた彼女の無礼を責めたりはありますが、単なる“お客さん”への対応レベルに留まってるというか。
しかし開会式当日、明子の父親が倒産したという過酷な事実と体調不良を押して役目を務めようとする姿とに、彼らは無事明子がプラガールの仕事を果たせるようサポート、特に岩鬼は(主将としてチームの先頭=プラガールのすぐ後ろにいるせいもありますが)倒れかける明子を支え、言葉でハッパをかけ、と男気を見せまくり。岩鬼基準では彼女はブサイクのはずなので、下心の一切ない義侠心からの行動なのがわかります。対巨人学園戦でのアイス売りの男の子とのエピソードといい、『大甲子園』の岩鬼は乱暴で破天荒ながらも女子供に優しい男であり、無印時代に比べて人間的に成熟しましたね。

余談ながら、これまで水島マンガの美人・美少女というと里中や水原勇気系統の顔立ちだったんですが(もっと初期には『男どアホウ〜』の朝野あゆみや『あぶさん』の山本麻衣子のような眉ありの大人っぽい美女が主流だった)、この明子あたりから睫毛を描かないシンプルな造作の顔が、新たに美人顔のパターンとして確立されたように思います。『おはようKジロー』の峯村りえや『あぶさん』の財津珠代など・・・。里中の容姿も無印時代に比べてシンプルに、より男の子っぽくなっているので、ちょうど『大甲子園』は絵柄面での変革期でもあったのかなと思います。


・甲子園出発前日も猛練習の明訓ナイン。しかし太平は参加せず職員室で数学の問題作成中。
太平「ここんとこ野球部員の成績が少し落ち気味なんでちと特訓をさせにゃ〜〜と」教師「こ 甲子園に行って勉強さすんですか〜〜?」「当然だすや この大会が終わりゃ〜〜もう進学は目の前ですだや」。
ということは五人衆のためですか。全員プロ(かノンプロ)に行きそうな連中だけども。後に里中が(貧乏なのに)進学を希望することを予期してたとしたら慧眼すぎです。
「文武両道のわしの方針からいくと 野球ばっかしうまい今の明訓ではいかんだや」。五期連続出場三回優勝の名声にも変わることなく明訓赴任以前からのスタイルを貫く太平さんの揺るぎなさに何だか感心してしまいました。

・岩鬼「里〜〜おまえの打撃は必要とせん その分わいが打ったる」(笑顔で)。バットを背中にはさんでウォーミングアップ?中の里中も笑顔で聞いてる。明訓指折りの好打者である里中が本当に打たなかったら結構な戦力ダウンになるでしょうが、白新戦でブランクからくるスタミナ不足に苦しめられた里中だけに、余計な体力を使わずピッチングに専念できるように、という岩鬼の気遣いを感じる台詞です。それを笑顔で聞く里中の姿も、二人の心がちゃんと通じ合ってる感じがする。『大甲子園』での岩鬼と里中の仲良しぶりは何だか微笑ましいです。

・その頃の青田高校。教頭が電話を切って、「校長〜〜浦安商店街さまから50万円の寄付ですぞ〜〜〜」校長「ありがたいありがたい」(顔を覆って泣いてしまう)「これで船宿の組合からの分と合わせてなんとかいけますな」「ああ・・・・・・一時は学校を切り売りして金をつくらにゃと思ったが こんなうれしいことはないない」。
『球道くん』で、剛球投手として名の聞こえた球道が入学してきた時、校長たちは喜ぶより“これで甲子園に行けてしまったら費用をどうしよう”と動揺してましたが、その心配が現実に。何とか乗り切れたことに泣くほど喜ぶ姿にはつい貰い泣きしそうになります(笑)。船宿の組合から寄付が来てるのは、シゲ監督の本業が船宿だからその縁なんでしょうね。

・大会3日前。球場での練習にやってきた明訓ナイン。岩鬼とマウンド整備の係員の間に言い争いが勃発。岩鬼「おい係員マウンド(の整備)はあとにせえや 練習時間がのうなるやないけ!!」整備員「じゃかァしゃい」(振り向きもせずに)。岩鬼「ぬな」「おんどりゃ今なんちゅうた ダレに口ィきいとる思とんじゃい」整備員「知るかい」岩鬼「おんどりゃ〜〜」(振り向いて)整備員「今仕上げの大事なとこや」(ニヤリという笑顔)岩鬼「ぬ」整備員「だまっとれ」(目がギラと光る)。←カッコ内は全部整備員の動作
何とあの岩鬼が迫力負けするという意外な展開に。係員の迫力に圧倒されたのは岩鬼だけではなかったようで、「お待っとうさん ええで 使っても」と言われて里中は帽子を取って、もともと帽子をかぶってなかった山田ともども、そろって丁寧に頭を下げる。普段からよその人には礼儀正しい二人ですが、彼らの様子には岩鬼を眼光で黙らせたこの係員への驚きと一種畏怖の念が感じられます。
この人物が単なる一係員でないのは演出的に明白ですが、『男どアホウ甲子園』(+『一球さん』)を既読の人は彼が藤村甲子園だとすぐわかったろうか。グラウンド整備員になってるのも意外なら、何よりいい男に育ちすぎですからねえ。

・里中内心「しかしなんというみごとなマウンドだ 傾斜といい 土の盛り上げ方といい実にいい 横浜スタジアムもいいと思ったが問題じゃないな 日本一 器が大きいだけじゃない・・・・・・・・・ 名実ともにマウンドも日本一だ」。里中がマウンドフェチとは知らなんだ(笑)。何か里中らしい気もしますけど。
ちなみに江川卓『マウンドの心理学』(ザ・マサダ、2001年)によれば通常オーバースローには傾斜が急なマウンド、アンダースローにはフラットなマウンドが向いているが、甲子園のマウンドはベンチからマウンドまでずっと滑らかな傾斜があるような感じで、アンダースローにもオーバースローにも投げやすいのだそうです。里中の感慨はちゃんと根拠があったんですね。

・甲子園が岩鬼の打撃音を「あのハッパめ いい音させやがる」と思っているころ、甲子園のじっちゃん(球之進)は「藤村甲子園 壮絶に散った投手」の文字が躍る現役時代の甲子園のポスターを拭き掃除している。可愛い孫息子の勇姿を綺麗な状態に保っておきたいんでしょう。
それは同時に甲子園がもう投げられないという事実を突きつけてくる辛い行為なのではとも思えますが、じっちゃんの表情は実に嬉しそう。甲子園がこの球場で働いてるくらいですし、祖父・孫ともそのあたりの葛藤はもう乗り越え済みなんでしょう。

・練習を終えて引き上げる途中、里中は男子トイレの便器を掃除する甲子園の姿に気づく。「あの人だ」。そこに球之進がやってくる。「甲子園ここが終わったらしまいや」「よっしゃじっちゃん」。里中「甲子園?あ・・・あの人がもと阪神の」山田「藤村甲子園・・・・・・さん」。ここで整備員の正体が明らかに。
『男どアホウ〜』のファンの方にはショッキングな展開だったろうと思いますが、この時点で『男どアホウ』を読んでなかった私は「これが『男どアホウ』の主人公か〜」と素直に感心し、阪神のエースピッチャーとしての栄光とは対極のような裏方仕事−第二の人生を誇りを持って朗らかに生きている甲子園の凛々しさ・強さに痺れたものでした。

・河原までランニングし、ホテルまで走って戻ってきた山田と里中。里中「間にあったなスポーツニュースに」山田「しかしまいるなおまえについていくのは」。息の荒い山田に対し、里中は余裕の笑顔で呼吸も乱れていない。どうやらすっかり足腰は戻ったみたいですね。一安心♪

・甲子園大会の組み合わせ抽選会場。光高校のキャプテン若菜が南波高校を引いたさい、戦慄するチームメイトの中で荒木がひとり「まあ しかし一応好カードよな 南波がうちに勝てば それこそ大番狂わせになっちゃうもんな」と腕組みしながら笑う。それを斜め後ろの席の里中が「おっ」と好奇心そそられた感じの笑顔でのぞきこんでる。
南波高校といえば『男どアホウ甲子園』の主人公チームの学校であり、甲子園の弟である球二・球三の双子バッテリーが中核となっている強豪校。対する光高校は甲子園初出場、そもそもチームとしてまともに機能するようになったのも荒木の入部以降という歴史の浅さ。しかし何と言っても『大甲子園』連載開始直前まで同誌で連載されていた『ダントツ』の主人公チームであり、読者にとってはおそらく明訓に次いで馴染み深い存在。甲子園本人が南波の選手として出場するわけじゃないですが、『大甲子園』という作品にふさわしい夢の対決の一つには違いない。
チームの皆が弱気になりかけたところで、あえて陽気に大言壮語してみせる(これ、『ダントツ』だったら三郎丸監督が口にしそうな台詞。それが荒木に割り振られてるあたり、『大甲子園』では『ダントツ』組の中心はエースの荒木なんでしょうね)。こんな発言&偉そうな態度でもどこか愛嬌があって憎めないのが荒木の得なところ。ここで里中が荒木に注目してる(表情からして好意的なニュアンスで。“言うじゃんあいつ”って感じ)のが後々の展開に繋がる。

・開会式が始まろうというのに明訓のプラガール明子がまだ表れない。明子の友人から彼女の父親の会社が倒産したと聞いた岩鬼たちはそれぞれに心配するが、ギリギリ間に合った明子によると岩鬼人形を徹夜で作ってて遅れたとのこと。
山田がキャプテンだと勘違いしてたことで岩鬼にすまなく思うのはわかりますが、人形作ってたせいで寝過ごして遅刻したり式の途中に貧血起こして倒れかけたりするんじゃ本末転倒というもの。(遅刻に直接関係ないものの)父親の倒産というファクターがなかったら、岩鬼たちはもっと怒ってたでしょうね。

・岩鬼の「おまえこそ倒産のショックで行進中倒れなや」に始まり、殿馬「気をつかうことねえづら 岩鬼のおやじも同じ運命づらよ」「つまりよがんばることによっておやじに心配かけねえってことづらよ」、山田「人形ありがとう 君もいやなことを忘れていい思い出を作れよ」とそれぞれに明子を励まし労わる四天王たち。ファンの女の子に騒がれるのに辟易してもっぱら女子には冷淡なきらいのある里中でさえ、式の後に明子が宿舎に訪ねてきたさいに「まあ上がれよ」なんて親しく声をかけている。殿馬の台詞にある通り岩鬼は自分も親の倒産を経験しているし、山田も父の事業の失敗で神奈川に越したうえ間もなく両親を事故で亡くしている。里中も詳細はわからないものの片親で(ごく小さい頃に父親を亡くしたことが遠く『スーパースターズ編』で語られた)母が倒れたため高校を中退して働かざるを得なかった経験があり、殿馬も家族はないという。皆苦労人だからこそ明子に同情も共感もするんでしょう。加えて明訓のプラカードガールとなればチームメイトも同然という身内意識も働いているのかも。

・行進中ふらついて倒れかける明子の左肩をすぐ後ろの岩鬼が素早く支える。「ど どないしたんや めまいか貧血か 倒れたら あかん 倒れるなんて縁起でもあらへん シャキッと歩かんかい」審判「君ィ 医務室に来たまえ」岩鬼「うろたえるな 明訓のプラカード持ちやで こんなこって倒れるかい」審判「し しかし」里中「大丈夫です お願いです やらせてください」(さらっとした笑顔で)山田「そうだとも 明ちゃんがんばれるよな おとうさんのためにも」明子「は はい がんばります 負けません」。最初ふらついてた明子がよろめきながらも笑顔を浮かべて立ち直る。
三人とも体を気遣って休めというのでなく当然のようにここでふんばれという方向で発言している。岩鬼は口では「倒れるなんて縁起でもあらへん」と言ってますが、ずっとこの日を夢見て、夢かなって明訓のプラガールになれた明子が後悔を残さないようにしてやりたい、という思いやりが背後にあるのは明らかです。それは山田と里中も同じこと。これまでケガや疲労にもくじけることなく戦って、苦しさの後に最高の達成感を掴んできた彼らだからこそ、「頑張らなくていい」でなく「頑張れ」と言えるんですね。

・他校が入場する間、立って待っている明訓ナイン。「あと北海道の二校だけや がんばれや」「あと一校や」といちいち励ましの声をかける岩鬼。意外なほど細やかな心遣いに面倒見のいい、気の優しい性格が表れています。情の深さでは山田以上かも。
それでもフウ〜っと倒れそうになる明子のウエストを「倒れるなってば」と岩鬼は支える。山田「明ちゃんお守りがついてるぞ」(やさしい笑顔で)「そやそや」「は はい」(涙ぐんだ笑顔)「ほんましっかりしたれや明やん」「岩鬼さんてやさし〜〜」「あ あほ わいは ただ 倒れられると縁起が悪いだけのこっちゃい」。そして全校終わったところで「よっしゃいようがんばった わしゃ めったに人はほめんけどおまえはほめてやる さすが常勝明訓のプラプラガールや あとでサインしたる」とすかさず最大級の称賛を送る岩鬼。そんな彼を涙ぐんだ笑顔で見上げる明子。明訓はいい連中ばっかだなあ。

・無事入場行進が終わったところで明子の父親が現れ娘を抱きしめる。「明子 最後までよくがんばったな とうさんスタンドから見ていて涙が止まらなかったよ」岩鬼「石井はん人生いろいろありますで くじけんとがんばんなはれ わし以外のみんなも負けんようがんばりますよってに 大会が終わっても東の空より復活ののろしの上がる日をお祈りいたしておりやす」「ありがとう岩鬼くん おかげで勇気が出てきたよ ありがとう」(涙ぐみつつ)。
ずっと年上の大人に対して対等以上の口をきく&他のナインは自分のおまけのような岩鬼発言はいかにも尊大ですが、奥に心からの思いやりを感じさせます。だから石井氏も涙ぐみまでしたんでしょう。


(2011年12月16日up)

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