高三夏・光高校vs南波高校戦

 

甲子園大会の中で、明訓の試合でないにもかかわらず顛末が丁寧に描かれた唯一の戦い。光高校は『大甲子園』の夢の対決の一角を担ってるはずのチームであり、しかもこないだまで『大甲子園』のすぐ前に連載されていた『ダントツ』の主人公チーム。明訓と戦わずに負けるはずないと思っていても、相手が“男どアホウ”藤村甲子園の母校で球二・球三の南波だけにひょっとしてという気にさせられるわけで、どちらが勝つか先が見えにくく、その分スリリングな話になっています。

前半は里中荒木の兄弟疑惑の裏づけの場として描かれてる部分も大きいんですが(それはそれで荒木の勝気な性格を表現するための相手に詰め寄ったり詰め寄られたりの展開が面白い)、白眉はやはり9回裏。連続敬遠策でダントツ采配の裏をかいた竜監督の知将ぶりを示しつつ、結果ツーアウト満塁の形に持っていき一点ビハインドの光高校が一打同点、ともすれば逆転勝利の場面をごく自然な形で作り上げた。

そしてここでバッターが山田や岩鬼なら見事満塁ホームランで勝利をかっさらっただろうところで、ポテンヒットを何とか生かすために若菜が傷ついた右膝を抱えながら四つんばいでホームに向かうという実に泥臭くも感動的なプレーを見せてくれる。『ドカベン』や『球道くん』『一球さん』と違い、傑出したスーパープレーヤーの存在しない(一番使える荒木でさえスーパープレーヤーとまでは言い難い)『ダントツ』らしいプレーです。そして当然アウトに出来たはずの若菜がなぜか(それも判定がくつがえって)セーフになり、そのドタバタに乗じてギリギリ荒木も本塁にタッチしたという・・・。まず光の勝利の場面を見せた後なぜ若菜がセーフになったかを藤村甲子園に解説させるのが、ストーリーの流れとしても甲子園を使う豪華さにおいても見事なオチのつけ方でした。地味ながらかなりの名勝負だったように思います。

ちなみにこの試合では『大甲子園』がオールスターキャストという性質ゆえに抱えている問題点があらわになっています。すなわち南波のセカンドと光のファーストがどちらも同じ「浪花」だという・・・。水島マンガにはよく出てくる名前というのがあって、『ドカベン』のサチ子と『あぶさん』のサチ子、『ドカベン』の犬飼小次郎・武蔵(たけぞう)兄弟と『光の小次郎』の新田小次郎・武蔵(むさし)バッテリーあたりが代表例でしょうか。別々の作品である限りは特に混乱することはないわけですが、こうして別作品のキャラが一同に会するとこんなややこしい事態が出来してしまう。まあこうした面倒や矛盾点もまたオールスターものの醍醐味ですかね。


・球場外、最後にゆっくりバスに乗り込む岩鬼に女子がたかっている。ついにさんざん怪物よばわりされた(見た目が怖いという意味で)岩鬼も女子にモテる時がきたか!『大甲子園』の岩鬼は言動がいちいち男前ですしね。

・宿舎に戻ってきた山田たちがロビー?のテレビを見るとちょうど荒木の三者三振直後。『打った〜〜荒木くん右中間を破った〜〜』。岩鬼「どやどやわいの体さわったおかげでさっそくこのツキや」里中「やるなァ荒木ってやつは」山田「おまえに似たタイプの選手だ・・・・・・顔まで似てる」里中「そういえば似てるな・・・・・・」。抽選会の時など里中と荒木が同席してる場面は以前にもあるのですが、彼らの顔が似てるという話はここが初出。この後実況や山田の発言で二人がつくづく瓜二つであることがさんざん強調され、例の兄弟疑惑へとストーリーが進展していきます。

・実況が荒木と里中をそっくりだと発言。『そうハンサムなところまでそっくりですねェ』。「なーーにぬかしとんねんこの手の顔はゴロゴロいるわい な〜〜んの特徴もあらへんありきたりの顔やないけ 真の男前ちゅうのはそやない 個性豊かなど迫力の中にも知的さを持ってる顔をいうんじゃい それがこの顔よこの顔!!」(と満面の笑みで自分の顔を指差す岩鬼)。「それで女が騒ぐづらか キャア〜〜ちてき〜〜づらちゅうてよ」山田「うまいうまい」「くだらんシャレぬかすなとんまが」。すっかり顔談義になったところへ三太郎が「しかし個性的というなら殿馬も負けてないぜ」発言。これ褒めてるんだろうか?それを受けて岩鬼は「アホこいつの顔は個性以前の段階や だいいち人間の顔と違うやろがな わいがとんまの顔つけとったらまあ三日と生きてへんなァ」などとあまりに失礼なことを。岩鬼の審美眼はこと女性に対しては全く狂っていますが、男性相手ではどうなのか。どうもこのシーンでの里中評・殿馬評を見るかぎり180度裏返るのではなく、実物より数割落ちてみえるという感じでしょうか。

・痛烈なピッチャーライナーを体ひねって取る荒木。『すぱらしい反射神経です』。「なーにがすばらしいや ツキやでわいの体ァベタベタさわったツキやで」「荒木はかすりともさわってねえづら」「どういう意味じゃい」。岩鬼と殿馬の掛け合いが楽しいです。

・イエロージャーナリストの源造さん登場。某編集部に火浦と松坂景子(ママ)の密会写真を持ち込むもデッチ上げだと却下される。鉄五郎・五利コンビ、水原勇気に続き、『野球狂の詩』から火浦も特別出演。しかしまさかこんな形での一コマゲストになるとは(笑)。

・荒木はなんとライトスタンドへホームラン。里中苦笑いしつつ「なんとなく打ちそうな予感を感じたけどまさかねえ」。初めて里中の荒木アンテナが働く場面。荒木は里中と体格は一緒なんですが、4番を打ってるし(明訓と光じゃチームの打撃力が全然違うとはいっても)里中より強打者なイメージです。

・南波の攻撃。ワンアウト2、3塁、下位打線。7番浪花の打撃について山田は初球は構えだけ、里中は初球スクイズと読む。荒木の足が上がったところでランナースクイズ。里中「荒木の勝ちだ」源さん「えっ」里中「荒木ははずすぜ」。
この時の里中はなぜかどこか誇らしげな顔をしている。まさに弟の活躍を喜ぶ兄のような。さんざん顔が似てると言われたせいばかりでなく、彼の無意識が荒木に肩入れさせているように思えます。そんなところが微笑ましくて、この二人は本当に兄弟だったと思いたくなってしまう。

・里中の読みどおり、荒木はしっかりボールを外してスクイズは失敗。三太郎は座ったまま「おい当たったぞ里中 おまえと荒木の心が通じ合ったように どんピシャ当たったぞ」と言いながら里中の頭をバチバチ叩く。三太郎のリアクションが可愛いです。

・7回表1死で球二が三塁打。竜監督は次の打者である球三に、初球はスクイズの構えだけで二球目でスクイズの指示。山田は球三を歩かせると読み里中は勝負と読む。なぜなら荒木が右投げに変えたから。「左より右のほうがランナーが良く見える・・・・・・つまりスクイズも考えての右投げさ・・・・・・ということは つまり勝負だろ 荒木はかなり勝ち気な性格と見たな・・・・・・逃げ腰では闘争心のかたまりの持ち味を殺してしまうぜ」山田「よく似てるなそのあたりの性格も」。
この台詞には里中と荒木の心が通じ合ってるというより、野球人としての里中の洞察力を感じます。洞察力の深さというとまず山田というイメージですが、実は里中も無印からずっとかなりの理論派なんですよね。感情的になりがちな性格のせいであまりそう見えないのだけど。

・スクイズするより前に三塁の球二を牽制球で刺すトリックプレー。里中「見ろ見ろ打者の藤村のバットを・・・・・・やっぱり二球目はスクイズだったんだぜ」。言いながら三太郎の頭を後ろから左手で掴んでる(笑)。さっきのお返しか?

・ベースカバーに入った荒木に完全アウトにもかかわらずランナー北陽が体当たりをかませる。結果荒木落球により北陽セーフ。荒木は北陽に猛然と文句をつける。里中「しかし顔に似ず気の短い男だな荒木は」。源さん内心「ますますよう似とるじゃないの・・・・・・」。
里中も短気なのが有名なのね。里中が胸倉とる勢いで相手に詰め寄る場面―誰の目にも短気なのがわかりやすい―なんて今までなかった気がしますが(「きたねえぞ!」と敵に怒鳴ったりはするけれど)。しかし自分そっくりの男を「顔に似ず」と評する里中、見た目優男な自覚はあるわけですね。(p53)

・『藤村(球二)くんの頭の上を投球が通過・・・・・・いわゆるビーンボールまがいの投球に藤村くんが憤然!!』。再び荒木がらみで険悪な雰囲気に。荒木は「指先に汗が流れて手がすべっただけだよ」と抗弁。この時1塁の浪花(光)がその巨体で荒木を後ろにかばっている。大きな浪花にかばわれつつ背中越しに顔をのぞかせてしゃべる荒木がちょっと可愛い。

・『空振りだ!!ああ〜〜強振のバットが荒木をめがけて飛んだ〜〜〜 しかし今度は荒木くん冷静です バットを拾って返す余裕を見せます』。実況の台詞を聞きながら、里中「いやいや決して冷静なもんかいあの荒木が・・・・・・」。
里中の読んだ通り、球二は「すまなかったな」と素直に謝り、荒木は「どういたしまして」と穏やかにバットを拾って返すなごやかな光景、と見えて実はグリップの部分で球二の胸をグリグリ押すという・・・。この試合、荒木を中心になぜこうも殺気立っているんだか。
まあ一方の南波は、兄の甲子園がエースだった頃は「どぐされ南波」と呼ばれた荒くれ高校でしたし(むしろ野球部こそが荒くれてた)、対する光も元ヤクザ(今は穏やかな紳士)の北見校長が、悪事を働いた不良たちをすっぱり殴り飛ばしたダントツの気性を買って野球部監督にスカウトしたようなバンカラな風土の学校ですからね。

・そんな荒木を評して、里中「投手たるものああエキサイトしてはいかんぜ 怒ると逆に球威が落ちる投手が多い」。源さん内心「なにをいってるか カッカするのは おまえだって荒木といっしょだぜ 違うのは山田が捕手ということで山田が里中の怒りをおさえさせてくれてるんじゃないか」。里中は荒木をよく読んでるが、源さんもまたよく里中を読んでるな(笑)。案の定荒木は高めに失投して、無死一塁からホームランされてしまいます。

・9回裏光の先頭打者は1番の若菜。インコースの球が右膝へのデッドボールに。自分で走れず臨時代走に6番の田村(ボクトツ)が出る。蛸田「若菜の前の9番竹馬じゃないの?」岩鬼「無知!!規則ではできるだけ遠い打者としかうとうてへんわい ダレでもかまわんのじゃい」。あのルール音痴だった岩鬼が後輩の無知を指摘するなんて!人間、岩鬼でさえ成長するものですね〜。
無印時代、高二春土佐丸戦で9番里中の特別代走に8番北が、同年秋の白新戦で1番岩鬼の特別代走に9番香車が当然のように出る場面が描かれたため、読者に“特別代走は本来の走者のすぐ前の打順の選手でなくてはいけない”誤解を与えてしまった(本当にそういう事があったかは知りませんが)のでそれをフォローする意味合いの台詞だったのかも?これが後のとんでもない事態の伏線になっていくわけですが。

・二番南が送りバントで一死二塁にし、三番浪花がキャッチャーファールフライでツーアウト。4番荒木を敬遠しツーアウト1、2塁で5番中畑まで敬遠。結果ツーアウトフルベースで6番田村に打順が回ってしまう。脚力を買って6番打者を代走に出したダントツ采配を逆手にとって、敬遠作戦で光を窮地に追い込む竜監督。『ダントツ』はもともと監督が主人公、東海の竜も『男どアホウ甲子園』のメインキャラだけに、監督同士の采配の優劣に比重の置かれたこの展開は燃えるものがあります。

・結果、若菜がボクトツに代わり傷む足をこらえて三塁へ。若菜のケガを考えたら(加えて9回裏の土壇場でもある)走らなくてもいいホームランしか勝ち目のない展開。しかしバッターは強打者ではないボクトツだけに一球目空振り、二球目は振り遅れのファール。これが一塁後方へ落ちてのポテンヒットに。
若菜は懸命にホームへ走るも転倒。セカンド浪花はまだボールに追いつかず。若菜はついに四つんばいでホームへ向かう。浪花ボールにおいつきバックホーム。若菜ジャンプ。ボールがミットに入るが若菜の手はまだ。一度はアウト宣告されるが判定がくつがえってセーフに。さらにそこへ荒木が突入。球三背面宙返りでサヨナラ阻止のタッチにいくが一瞬荒木の手が早かった。かくてまさかのサヨナラ勝ち。ここの流れは手に汗握る実に見事なものでした。後から判定がくつがえった理由を甲子園が「ミットにはいったときはまだ若菜の手はベースに着いてなかったけどそのあとにミットの中のボールが浮いてまったんや」と解説する演出も良。

・光高校の校歌斉唱。「男度胸と純情の絆でむすぶ学舎(まなびや)の友 ああ〜〜正義と真実の人〜〜 ああ〜〜われらが男光高校〜〜」。こんな歌詞でも光高校は男女共学。数年前の設立なので男子校から共学に変わったわけでもないのにこの歌詞はどうなのか。女生徒はこれ歌いづらいだろうなあ。

・山田のパワフルな素振りに感心する源さん。岩鬼はさらに1キロのリングをつけて振るときいて「ば 化け物の集団か明訓は おまえといい岩鬼 殿馬といい里中もそうだし」。上手く里中の家庭に話を持っていこうと強引に里中の名前を出す源さんに「えっ里中のどこが」とあっさり笑顔で応じる山田。
山田は里中が凡人だと言いたいのだろうか。確かに他三人のような天才肌とは違いますが。山田は里中のことは重々認めてるとは思うんですが、それはもっぱら彼の根性や野球への情熱であって、一定の実力はあっても“怪物”と評されるような底知れない才能を持ってるわけじゃないと見なしてるのかな、とちょっと引っ掛かった(そして悲しくなった)場面です。まあ正当な評価だとは思いますが。『プロ野球編』でもここで山田も「化け物」と認めた(山田自身も含めた)三人は入団早々から一軍でしたもんね。

・「化け物」の話をとっかかりに源さんは何気なく里中の弟の存在を聞き出す。そこへ里中がランニングがてらやってきて例の有名なタオルのシーンに(笑)。さらに帰り道里中は、山田にランニングして帰ろうと声をかけながら彼のタオルを首にかけスパイクを手に持ってやる。荷物を分担してやろうというのはわかるんですが、里中がスパイク持ってるせいで山田はアンダーストッキング(に見える。少なくとも靴なし)で走ってます・・・。

・殿馬のピアノによるリズム感取り戻す訓練はじめそれぞれの練習にはげむレギュラー陣。海辺で素振りする山田をテトラポットの上で見つめながら、渚「た 確かに山田さんは別格だ・・・・・・・・・ しかし他のレギュラーに対してはあきらめることはないぜ 手の届くところにいるぜ」目黒「うん」名前不明「そうだよおれたち補欠だって敵だということを見せてやる」。
渚は当然里中を想定して言ってるんだろうが、殿馬や岩鬼も手に届くところにいるという評価なのか。ともあれ普段なかなか光の当たらない補欠の面々が決して現状に甘んじてるわけではなく向上心を持ち続けてるのが何だか嬉しかった。この夏で三年生5人は引退するので空いた分のポジション争いが起こる(そのために努力する)というならごく普通ですが、引退を待ってポジションを得るのでなく“あの”先輩たちから実力でポジションを奪おうという心意気が素晴らしい。後輩たちが傑出した才を持つ先輩たちに恐れ入るのでなく彼らを超えようとする意志があるのを示したこの場面には、山田に打たれた敵が悔しがりもせず彼の能力を称える昨今の展開にはない清清しさがあります。


(2011年12月30日up)

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