高三夏・光戦

 

対巨人学園戦に続く、夢の対決第二段。今回の対戦相手である光高校は甲子園初出場であり、作品としての知名度も『一球さん』『球道くん』ほどではないので(『ドカベン』の後継連載=掲載誌が少年チャンピオンだったので、他作品と違い出版社の枠を越えての共演というわけでもないし)、やや小粒な相手という印象です。
ただこれは現在だからそう感じるわけで、『ドカベン』『大甲子園』の連載をリアルタイムで読んでいた読者にとっては、両作品の間で連載された『ダントツ』は『一球さん』『球道くん』以上に馴染みの深い作品だったんでしょうから、明訓対光の試合に一番の期待を寄せていた人も少なくなかったのかも。

なのにいざ蓋をあけてみれば、光対南波の時点でネタ振りされていた里中と荒木の兄弟疑惑―なぜか荒木には里中の考えてることが読める―に終始してしまい、『ドカベン』の特徴ともいうべき打者の癖や狙いをいかに見極めるかという駆け引きの部分が読心術・精神感応という超能力じみたものに置き換えられてしまったようながっかり感がありました。
個人的には“里中に生き別れの弟がいた”設定自体は美味しかったりしますが、里中が一方的にやられっぱなし・いいとこなしの試合展開はなんとも納得いかないところでした。なにせ自分自身で打ったり投げたりする以外、例えば味方の打席に声援(アドバイス)を送っただけでも、そこから荒木に作戦を読みきられてしまうのだから。話が進むほどに里中が何か言ったりしたりするたびに「いいから引っ込んでろ」と言いたくなってしまいました(苦笑)。

『ダントツ』を読むかぎりでは荒木は里中と(性格も外見も)特別似てはいない。同じ系統の顔(「小柄で男前」)という程度。性格的にも荒木は里中にない飄々と人を食ったようなところがあって、それは『大甲子園』でもチラチラと表れています(「蛸田は高代をとばしたんだよ」のあたりとか)。どうせなら無理に二人が似てることを前面に押し出すよりも二人の性格の違い―基本正攻法で熱くなりやすい里中と無邪気な笑顔で小ずるい作戦を堂々やってのける荒木を対比的に描いたほうが面白かったのでは。荒木の挑発的言動に里中がまんまと引っ掛かって墓穴掘りまくるとかなら、読み後応えある頭脳戦になったと思うんですが。

加えて荒木個人に留まらず、ぜひ光高校には明訓が王者であるがゆえにできない、さまざまなセコい戦術を展開してほしかった。『ダントツ』での“ゴロで敬遠”や、光にばかり有利なグラウンドのイレギュラー(一見単なるラッキーのように描写されてますが、試合前に光ナインがわざわざグラウンドを整備するシーンがあるので密かに何かしらの仕込みをやったくさい。少年誌の主人公チームとしてはさわやかじゃない作戦なので匂わす程度にしてはっきり描かなかったんじゃないか、と推察してます)など、里中をカッカさせるうえでも実に有効だろうし、セコい戦術を取ったとしてもダントツの大らかな気質や荒木・竹馬に代表されるナインののほほんとした態度のおかげでBT学園のように嫌味な印象にはならないと思われるので。
次に力と力の真っ向勝負になるに違いない青田戦が控えてるだけに、緩急つける意味でもちょうどいいバランスじゃないかと思うんですが。どうも『大甲子園』は無印時代に比べると室戸戦などの例外をのぞいて大味な勝負が多い感があります。

ところで、これだけ里中が読まれまくりの打たれまくりだったにもかかわらず明訓が勝利したのは、ひとえになぜかど真ん中の球まで打てている岩鬼あってのこと。一方普段なら明訓の守備打撃双方での牽引役である山田は、巨人戦でのケガのためスタメン出場すらかなわず、終盤わずかに代打で出たのみだった(この一打で勝利を決めたあたりはさすがに山田ですが)。その山田に代わってマスクをかぶったのは何と岩鬼。しかもキャッチャー初挑戦なのに、超鉄砲肩から繰り出される送球のスピードと本塁クロスプレーで自分より大きな相手のタックルにも耐える頑丈さで守備面でも大活躍。山田も里中もガタガタなのに意外なほどピンチを感じないのは岩鬼の八面六臂の活躍があったから。まさに岩鬼の一人舞台でした。


・巨人戦の翌日、第二試合は明訓高校対光高校。息子の出る第一試合を見るために太平監督は一人先に甲子園球場へ。試合観戦中の太平に声をかけた岩鬼は太平が手帳に試合のスコアをつけていたのを見つける。大会中は洋の父親である前に明訓の監督だと言い放つ太平であってみれば、これは明訓監督として今後の試合で当たるかもしれない花巻高校のデータを取っていた、いわば敵情視察行為――と思ったのですが、数ページ後で岩鬼の視点を通して手帳に「ノーヒットノーランやれるぞ洋よ」と書かれているのが紹介される。父親よりも監督であろうとして、それでもやはり息子可愛さが滲み出してしまう・・・そんな太平さんの心情を感じて何だかぐっときてしまいました。その直後記者に「大会中は息子でねえべ 敵だがや敵」と語っているだけ余計に。

・結局左足のケガのため山田はスタメンに入れず。監督も岩鬼もそれぞれにねぎらい?の言葉をかける。そして里中は「そうだよ山田 おまえのバットで今まで救われた試合がたくさんある 今日はおれたちがそのお返しをする番だよ」とさわやかな笑顔で語る。
高一秋の赤城山戦で、わびすけの変則投法に山田が完全に抑えられていた時も「今まで山田に助けられてきたんだ 今度はおれたちが奮起する番だぜ」とくさらずに投げていた里中ですが、今回は山田が出場さえ叶わない、捕手としても活躍できないという非常事態なのに笑顔で山田を気遣える余裕を見せている。『大甲子園』の里中は本当に精神的には安定しているので良くも悪くも安心して見ていられます。

・試合開始のサイレンが鳴り響くが荒木はなかなか投げようとしない。打席の岩鬼は「早よ〜投げんかい サイレンの終わらんうちにホームランちう見出しがのうなるやんけ」と文句をつけるが、荒木はことさら耳をすませてみせて、サイレンが鳴り終わったところで「終わった」とにっこり。派手好きの岩鬼がその台詞通りサイレンの間にホームラン打つのを狙ってるとあらかじめ踏んで、わざとサイレン鳴り終わるまで待つことで岩鬼を苛立たせようという作戦ですね。荒木独特の人を食った怖い者知らずの性格が表れています。

・荒木の左右投げに対抗して左打席に入った岩鬼。しかしバットの持ち方が右打席仕様のまま。それに荒木がツッコむのですが、その時の台詞が「おいちょっと・・・・・おまえ バットの持ち方が逆だ逆!!」。思い切り腰砕けになってるところからして意表を突かれたあまりについ出た言葉なのはわかりますが、二年上の岩鬼に対して敵とはいえ「おまえ」呼ばわりって。それもまた荒木らしいというか何というか。三太郎にデッドボール当てたときも「すまん」だったし。

・岩鬼はひざをつくことで荒木のフォークを打って一塁へ。殿馬がバントで送るも、続く里中が狙い球を読み切られたためまさかの(好打者の里中はそうそうやらかさない)見逃し三振。
このシーンに先立って実況が『里中くんにとってはいやな試合が続いています』と巨人戦で一球が里中のフォームを真似た、つまりは自分を打つような気持ちだったろうし、今度も荒木は自分そっくりだから自分を打つような気分だろうと言っています。山田いわく“里中とタイプが似てる”室戸の犬飼知三郎といい、この大会、里中のそっくりさんがやたらと出てくる。やっぱり里中が『大甲子園』の主人公?

・4番三太郎の打席で岩鬼は三塁へ盗塁成功。しかし荒木の投球がデッドボールになったため結局二塁へ戻されるはめに。続く上下の打席で岩鬼はまたも走るがこれまたデッドボールで二塁に戻され・・・。さすがに岩鬼が荒木に食ってかかりますが、岩鬼の怒りの理由は二連続の(故意としか思えない)デッドボールで仲間を傷つけられた事を怒ってるのか自分のスチールが無効にされたことを怒ってるのか。
若菜が荒木をかばいに出て岩鬼と衝突するが、両校監督も止めに入って何とか事を収める。そして続く蛸田の長打で岩鬼、三太郎、上下までホームイン。棒球投げたうえホームカバーにもいかずあっさり三失点した荒木の大チョンボにダントツは青ざめるが、荒木は笑顔でチェンジだと主張。「蛸田は高代をとばしたんだよ 打順を間違えたんだよ」。
審判も実況も、誰も気づいてなかったことに荒木だけが蛸田が打席に入った時点で気づいていた。そしてわざと黙っておいて打たせたうえでチェンジに持ち込むという・・・。里中よりずっとしたたかというか、何かと相手を挑発したりわざと生意気言って怒らせたり、心理面から物理的な面まで相手を“はめる”技が得意すぎる。しかもそのちゃっかり具合が憎めない。『ダントツ』に比べ直情傾向が強まってる気のする荒木ですが、昔ながらの?したたか・ちゃっかり・がめつい彼の方が好きなので、こういうずるっこい場面が出てくると何だか嬉しくなってしまいます。

・一回裏、明訓の攻撃。当初キャッチャーと発表された目黒は岩鬼と交代でサードへ。そして岩鬼がマスクをかぶることに・・・って顔がでかくてマスク入りませんでしたけど(笑)。実況が『神奈川県予選で山田くんがケガをした時に一度微笑くんがマスクをかぶったことがありますが』といってますが、三太郎は一年の関東大会・対クリーンハイスクール戦でも記憶喪失で欠場(途中から出場)の山田の代わりを務めてますね。

・ダントツ「おれは断言してもいい ほとんど変化球リードで岩鬼はいくぜ」荒木「そうでしょうか ぼくは小細工せずにまっすぐでピュンビュン投げさすと思いますけど」ダントツ「岩鬼はそれほど里中の速球を信じてないよ」。
荒木とダントツの見解がちょうど正反対に。どちらが正しいかと思わせておいて結局どちらでもない=サインなしで里中の好きに投げさせるという意外なオチでした。ダントツは何を根拠にか岩鬼が里中の実力を疑ってるかのように主張していますが、実際はどんな球を投げるかの判断一切を里中に委ねるほどに彼を信頼していた。まあ里中にサインを出させるのでなくノーサインで好きに投げろというあたり、どんな球が来ようが自分なら取れるに違いないという、岩鬼らしい自画自賛ゆえの行動という気もしますけど。

・ボテボテのサードゴロをはじいてしまう目黒。打った浪花はセカンドへ。里中は怒るどころか「落ちつけ まずとるのが先決だ とる前から送球を考えるから腰が引けるんだ」と笑顔で目黒をはげます。初スタメン、初試合の目黒をリラックスさせてやろうという――いつも自分のことでいっぱいいっぱいだった里中もいっぱしの先輩らしくなってきました。

・里中、荒木に外角シュートを読まれて打たれるも、三太郎が意地で止めて強肩でホームへ送球。巨体にまかせてホームインをはかった浪花を岩鬼は体当たりにびくともせずタッチアウト。自身も195センチの巨体ながらさらに巨体(大会随一だろう)の浪花にぶつかられてびくともしないとは。ダントツの言う通りまさにバケモノです。

・節目節目でダントツが荒木にグローブを投げる(左きき用と右きき用があるので)。グローブが宙を飛び交うのはなかなか見物です。

・目黒は緊張しつつも何とかバットの先っぽで打つ。実況曰く『顔は左に打球は右に』。「(菜の花や)月は東に日は西に」みたいでちょっと風流?詰まった当たりながらとんだコースがよく、一塁左を抜けるヒットに。『ガッツポーズの目黒くん うれしいうれしいこれが公式戦の初ヒットですから』。
巨人戦で遅刻の岩鬼に代わって試合に出られるはずだった目黒の心理状態の上がったり下がったりがここまでで描かれてきたので、素直に良かったなあと言いたくなります。

・ベンチ裏で山田に声かける球道。ちょうどそこにやってきて真田家に伝わる痛み止めの特効薬を渡す一球。球道「男だぜ真田一球 おれからも礼をいうぜ」一球「礼などいらないよ 悔いの残らない青春であってほしいだけのことさ」。
『大甲子園』のメイン三作品の主人公が一同に会するほぼ唯一のシーン。特に球道と一球のからみはここだけなので貴重です。一球さんが一番格好良かったのは試合よりここの場面かもしれない・・・。

・スクイズを荒木に読まれた里中の姿にダントツ「山田が抜けた中でいちばん警戒していた里中にこれだ」。山田が一番なのは当然としても、次が殿馬でも岩鬼でもなく里中だというのが何だかちょっと誇らしいような。

・9番を打つ目黒はさらに7回表でまさかのスリーベース。思いがけぬ伏兵と言いたくなる活躍ぶりですが、しかし隠しダマでアウトに。目黒の活躍は嬉しいもののあんまり活躍しすぎても補欠の男として不自然なので、三塁打を打ったのに隠し球でアウトになるという“試合に負けて勝負に勝った”的な上手いところにオチをつけたなと思います。

・8回表で客席の球道と花巻の太平洋の状況の読みが全く正反対。既存のキャラ二人以上の掛け合いを通して、読者への解説役(特にミスリードも行う)をさせるのは『ドカベン』にはよくあるパターンですが、組み合わせの異色さが面白い。まあどちらも準決勝にコマを進めた強豪チームのエースということで共通点はあるか。

・渚の打席。なまじ里中がハッパかけたがために荒木にスクイズを読まれ、ウエストされてしまう。この土壇場で、渚はボールの方向に跳び、あやうくボールをバットに当てて、何とかダブルプレーを阻止する。長身でリーチも長いのを生かした、渚の見事なファインプレーです。

・9回表、打席に入る目黒を山田が励まし、先輩後輩の心温まるいい雰囲気のところでページ変わると山田が代打に指名されている(笑)。太平監督そんな殺生な・・・と思ったら第二の監督・岩鬼の采配だった(太平監督もそれを支持してるけど)。
「この打席で野球生命が終わろうと山田には打ってもらう」と顔色ひとつ変えず言い切るあたりは、一年秋の横学戦で、「(本気で打ちにいかなければ)明日からわいとおんどりゃアカの他人じゃい」とハッパをかけた岩鬼らしいです。

・ケガで足の踏ん張りが利かないため、たった一振りにかける山田と光高校の攻防。その一振りを空振りに終わらせるために荒木はフォークを投げるが、フォークボールは回転がないためかえって球種を読まれて満塁ホームランを打たれるはめに。ここでの駆け引きはなかなか読み応えがありました。この回裏の光高校の攻撃はナレーションのみで流されて(里中が三者凡退に抑えた)試合終了となるのも、山田最後の打席がこの試合のハイライトだったことを強く印象づけます。


(2012年3月9日up)

2012年3月17日、箇条書き感想の一文が作品概要の部分に混ざっていたのを発見、訂正しました。

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