高三夏・青田戦(前編)

 

『大甲子園』のハイライトというべき大勝負。試合の長さとしても延長18回で決着がつかず翌日再試合が行われるという、『ドカベン』『大甲子園』を通してもっとも長い(巻数も多い)試合となりました。おそらく多くの読者が連載開始時から明訓対青田、山田対球道の対決が一番の山場と見なしていたんじゃないかと思います。作品の知名度でいけば『球道くん』よりアニメ化もされた『一球さん』が上なのかも?ですが、やはり投手の格としては卓抜した運動能力はあれど野球はほぼ素人の一球より剛球一直線の野球バカ球道が一枚上だと思うので。

となるとやはり対決の核となるのは投手球道VS打者山田、と誰もが考えるところ。球道はバッターとしても青田随一の強打者ですが、山田がいかに里中をリードして球道の打棒を封じるかよりは、球道の剛速球を山田がいかに打つかの方が単純明快だけに迫力がある。それに捕手山田VS打者球道だと里中を間に介するぶん山田が勝ったのか里中が勝ったのか不分明になってしまう。明訓攻撃青田守備の場面ばかり描くわけにもいかないから当然里中の投球にもスポットは当たるでしょうが、あくまでメインは“球道おさえるか山田打つか”になるだろうと予測していました。

しかし実際には里中が甲子園大会のお約束ともいうべき怪我を負い(それも高一夏土佐丸戦を彷彿とさせる頭部負傷)、ダメ押しのように足まで負傷しながら、傷の痛みに耐えて投げぬく姿を存分に見せつけてくれるという里中メインの、里中ファン的には実においしい展開となりました。思えば山田の戦うモチベーションは主に里中なので、里中がハンデを負ってるときほど山田もパワーアップする。山田のみならず明訓ナイン全体が里中を支えようという意欲に燃えて、一丸となって青田、というか球道に立ち向かう。そのぶん四天王だけでなく後輩たち一人一人にまで見せ場があって、長丁場を飽きさせない実に面白い試合になっていました。

また実況の二人、鉄五郎&五利、加えて中盤からは土井垣&中西大介と3種のコンビがもっぱら意見を戦わせながら試合解説してくれるのも世紀の対決を盛り上げてくれます。二人ないし三人のキャラクターが試合観戦―展開予測を語り合う(たいてい両者の予測が割れることで読者を上手くミスリードする)のは『ドカベン』の定番的光景ですが、実況含めて三組というのもその顔ぶれもひときわ豪華。このへんは複数作品をまたがっての夢の対決ならではの醍醐味ですね。

高一夏いわき東戦、高二春土佐丸戦のように、“負傷の里中を山田がいかにリードするか”はさほど描かれず(むしろピッチャーフライを山田が飛び出して取るなど守備で支えている)、もっぱら“里中が根性で故障のハンデを克服する”展開は無印時代に比べて大味な印象はありますが、それがかえってストレートな迫力を生んでもいる。
そして何といっても試合の幕切れが、山田がランナーのホームインを体を張って阻止する場面であること。水島野球漫画中でも藤村甲子園と並ぶ最強投手である中西球道を対戦相手にしながら、“捕手山田”で締めるところに“キャッチャーを主人公にした野球漫画”『ドカベン』の真骨頂を見た気がしました。
一連のプレーに直接球道が関わっていない、打者近松に狙い球をアドバイスする形で間接的に青田の得点に貢献するという、球道を前面に出しすぎずしかし花を持たせる匙加減も見事でした。試合序盤はいかにも球道のワンマンチームに見えた青田も、えーじが球道にハーフスピードの球を要求するあたりから次第に他ナインの活躍が目立っていく。そしてラストは球道の信頼に答えた形での他ナイン(それもえーじや才蔵のようなメインキャラでない)の好プレーで終わる。
明訓青田両校ともチームプレーの魅力を十分に見せ付けてくれる展開は、単純に山田VS球道の対決を最後にもってきたのでは決して味わえなかったろう緊密なバランスの上に成り立つハラハラ感に満ちていました。『大甲子園』のハイライトにふさわしい名勝負だったと思います。


・準決勝のゲスト上田久則と実況田賀谷のコンビが可笑しい。「バカ田賀谷」とか。てっきり実際の解説者や実況アナがモデルかと思ってたんですが、よく読むとこのコンビ、巨人戦前日に五味が堀田を探して訪れたスナック「茜」の店長&店員として登場している。いったいどういう人たちなんだ?と検索してみたらこういうことのようです。水島先生の草野球のお仲間なんですね。ちなみに巨人戦の直前、五味が堀田を発見した草野球場にやってきたチームのユニフォームに「JUMBLE」というチーム名が。これも「茜リーグ」中のチーム名ですね。さらっと内輪ネタ。

・実況いわく、「闘将・大下監督と無将・太平監督の采配も対照的で見ものです」。「無将」とは何ぞや。役立たずとでも言いたいのか。確かに岩鬼に采配まかせっきりにしてること多いけれども。

・これまた実況によると『(里中は)ミートのうまさはチーム一です』だそうで。高一夏の時点ですでに「好打者」と呼ばれていた里中ですが、当てるだけなら殿馬や山田より上なのか?里中ファン的には嬉しい台詞ですけど。

・里中、えーじにデッドボール。なのだが「ちょっと待ってよ よけてないじゃないか」と面食らったように抗議の声をあげる。確かによけてないけれども、才蔵が「ぶっつけておいてそのいい草はねえだろ」と怒っているように、仮にもぶつけた以上もう少し慌ててもよさそうなもの。
えーじはその後もう一回里中からデッドボールを食らっている(この時は素直に謝っていた)。一回目は狙ってぶつかった(おそらく)とはいえ、アザだらけになってそうです。

・インコースが得意な才蔵にあえてインコース(ただし低目)を投げさせ、5、4、3のダブルプレーを狙った山田は見事にその作戦を成功させる。しかしこのとき、才蔵の打球は三塁線ぎりぎりに入ってそのままライン外に飛ぶはずだった。長身と反射神経を活かした岩鬼のファインプレーがなければ、まず長打になっていたはず。岩鬼の守備能力あればこそ成功した作戦であり、山田の岩鬼に対する信頼がうかがえます。

・山田は球道の技量を高く評価しつつ、「しかし里中もこの試合に調整してきたような絶好調にもってきた」と内心に思う。。1年夏土佐丸戦を思わせるこの台詞、明らかな怪我フラグですね。しかもやっぱり頭部のケガで再び包帯ファッションになるんだもんなあ。

・「打たせはしない 打たれても長打は打たせん!!」と心に思う里中。相手が球道とはいえ「打たれても」とは里中にしては弱気な、と思ったらさっそく「いや打たれても≠ネどは弱者の発想だ。 絶対打たせんぜ!!」。これでこそ里中という感じの一言です。

・里中がインコースまっすぐを投げてきたのに対して球道は「ムチャな里中だ」と考える。水島マンガにはときどきこの手の変な日本語が出てきますね。シゲ監督も「ムチャな山田のリードだ」(こっちは正しい日本語だ)といっていますが、山田がその無茶をする気になったのは「今日のおまえのインコースのまっすぐならつまる」という里中のピッチングへの信頼があればこそ。

・ワンバウンドした球道の打球が里中の頭部に激突。激突の瞬間、見開いた目とトーンの張り方がこわいです。山田と里中はスライダーを投げることで詰まった当たりになることを期待し、実際その通りになったわけですが、打球がつまるということは強烈なピッチャー返しを食らう可能性もあるということなのですよね。一種山田の計算ミスだったといえるかも。

・打球が当たったショックで倒れた里中はグラウンドで後頭部をもろに打つ。こちらの方が重傷では。

・里中の頭部治療ののち試合再開。再開後の第一球もまたピッチャー返しに(狙ってるのかそうじゃないのか)。普通ならほんのさっきピッチャー返しでケガをした後だけに、つい体が逃げてしまっても無理はないはず。しかしいっさい逃げずに打球を体で落としに出て行く里中の度胸はさすがです。球道の打球が当たったときも山田や岩鬼が「よけろ」「逃げろ」と言っているのに正面から打球に立ち向かったくらい(そのせいでぶつかった?)ですから。

・渚「山田さんの打てない中西をおれに打てるわけがない・・・・・・・・・くらいはわかっている。小細工はしたかないが異様なムードを消さなきゃみじめな明訓がつづくだけだ。それが許せんのだよオレは」。
例によって日本語はちょっとおかしいですが、自分の力量を冷静に見積もったうえで、自分がどうすることがチームのために一番良いのかを考えている。つまりはチームプレーの精神。登場初期に比べて眩しいほどに成長しましたね。

・殿馬の「秘打 夏の扉」が不発に終わった直後、バッターボックスに入る里中を実況が『こうなると当てる点では殿馬くんに劣る里中くんも期待できません』などと評する。最初の打席の時に「ミートのうまさはチーム一」と言われたぱっかりだというのに。

・山田にあわやホームランという球を打たれた球道だが、山田の木製バットが折れたおかげで大フライですむ。「金属パバットなら入ってたな」と声をかける監督に空草が投手のハンデ他について理路整然と反論する。空草の球道に対する友情と思慮深さをともに感じさせるワンシーンです。

・実況いわく『コントロールに苦しむ投手ならその作戦もあるが、この里中くんは目をつぶっていてもストライクをとれるんだよ』。本当なんだろうか。

・『ほらほら見たか上田打ったじゃないか』。基本(年長の?)上田さんに丁寧な口調の田賀谷さんがさらっとキレた瞬間。この実況楽しいなあ。

・球道の打球を殿馬が飛びついて止める(一塁へパスを出す)のファインプレーを披露。「やったぜ殿馬〜〜」と『思わずガッツポーズの里中くん!!』のコマ(の里中)が可愛いです。

・一見キャッチしそこなってはじいた球がたまたま一塁上下のグローブに収まったと見える殿馬のプレーだが、実は意図的にグローブを叩いて取ると同時に一塁へトスしたもの。殿馬だからこその超ファインプレーに球道だけが気づく。まわりにはただラッキーと思われても殿馬は何も言わず笑っている。殿馬の余裕と奥床しさ、 一人だけ殿馬の凄さを見抜いた球道の眼力を同時に示しています。

・前回ラストの「おやじ 今 実感だぜ」という球道の台詞(心の声)を受けて、次回で中西大介登場。このへんの流れは実に上手いなあ。

・テレビで明訓と青田の試合を観戦する野球選手たち。テレビの正面に座っている人物の背中に「DOIGAKI」の文字があったのに「おおお!」と燃えました(笑)。無印の主要キャラクターなのにここまで出番のなかった彼をこういう形で再登場させるかと。今思えば前のページに「日本ハムファイターズVS西武ライオンズ」の文字があった時点で土井垣登場の前振りと気付くべきでしたが。余談ながらテレビの画面に映る、明訓ベンチに座っている里中のポーズがなんか偉そうです。

・「ちょっと大宮さんまじめにそんなこといってるんですか?」「なめてますよけがれありですよ」と先輩に対して生意気な発言連発の土井垣。考えてみれば無印時代の土井垣は最上級生→監督で「後輩な土井垣」は見たことがなかった。入部当初の里中にも引けを取らない?言いたい放題です。そして中西大介ほか先輩たちからも「どえがき」と呼ばれてるのね。

・頭の傷が痛むらしい里中が打たずとも(送りバントで)すむように、殿馬が是が非でも出塁するよう心中で切望する山田。しかし実際に殿馬がバントで出塁したのちには「里中 振るな 三振しろ」と願っていたりする。里中が強打狙いだとその構えを見て見抜いたからですが、勝負がどうこうよりまず里中の体調優先なのが山田らしいなと思います。

・セーフティバントで一塁セーフの里中が塁を行き過ぎ前のめりに倒れゴロンと仰向けに転がる。三コマ使って丁寧に里中の動きを追い、彼のグロッキーぶりとケガに負けない気力のほどを示しリアリティを高めています。

・山田の打席。まっすぐしか投げない球道と何球もファールでねばる山田。(球道の)モーションから実際に投げるまで4ページかけた一球などは、当然これが「決め」の一球になると思わせておきながら、またもファールというオチ。思わず深く息を吐き出しつつ、自分がこの勝負にすっかりのめりこんでるのを自覚しました。読者の感情を手玉にとるがごとき構成が見事です。しかし山田の打球(ファール)をもろに腹にくらってびくともしないシゲ監督はどれだけ打たれ強いのか。いかに皮下脂肪が厚そうといっても。

・10球目、山田はセンター前ヒットを放ったはずが、球道の好守備のために一転三重殺の憂き目に遭う。両者の対決は球道の完全勝利に終わった・・・と思いきや実は山田はバットが折れていたためにもう一つボールを飛ばせなかったものと発覚。山田にも花を持たせつつ次の打席への期待を高めてくれます。

・コントロールが狂い真ん中へ入った球を球道がヒット、しかし左を抜けるはずの打球を里中が足で止めこれまた三重殺に成功。センター前ヒットになるはずがピッチャーの好守備でトリプルプレーに、という流れは先の山田の打席を踏襲していますが、ここでは自分の体を盾にボールを止めた里中が足をケガしてしまう。
無傷で山田の打球を止めた球道と右足を犠牲にした里中。投手としての球道の優位を示しつつ同時に里中の本領はケガに耐えて投げ抜く根性にあることも鮮やかに感じさせてくれる演出です。

・えーじにデッドボールを当てたときの、動揺する里中の顔にハレーションのような効果がかけられてる。 一試合のうちに同じ相手に二度もぶつけて、里中もさすがにショックだった様子です。
白新戦でもカメラが大きくぐるっと回転するシーンがありましたが、無印時代にくらべ『大甲子園』は洒落た効果を結構積極的に取り入れてるように思えます。

・ちなみに16巻141−2pでもえーじにデッドボールを当ててますが、このときは里中たちの中ではえーじがわざと当たったものと片付けられている。そのうえで審判に怪しまれずに当たれるえーじの高等技術がうんぬんされてますが、わざと当たった可能性も?ただ本気で動揺してるしえーじも痛そうなんだよなあ。

・才蔵の打席、ボールがワンバウンドするも山田はこれを懸命にキャッチ。そしてマウンドへ行くと里中に「低いのはいくらでもとる 高いのはこまるぞ 足が短いからな」。苦投している里中の気持ちを少しでも軽くさせようと、わざと自虐的かつユーモラスな言葉をかける山田の心遣いがニクいです。

・二塁の空草、一塁のえーじのダブルスチール。あせった山田の暴投を狙ってのシゲ監督の作戦ですが、山田はあせるどころか冷静に三塁は間に合わないと判断、二塁に滑り込む直前のえーじをアウトにしてチェンジに持ち込む。この山田の冷静そのもののプレーに、里中は「おまえはなんというすごいやつだ・・・ なんとすばらしい捕手なんだ」と感嘆の声を漏らす。
この時里中はうっすら涙ぐんでいます。『大甲子園』の里中は全体に無印より男っぽい、やんちゃ坊主っぽい感じなのですが、この時の表情はむしろ無印寄りですね。

・「エースがお疲れや。山田おんぶしてかえったれ」。岩鬼がこんな真正面から里中をエースと認めるのは初めてなのでは。少し前にも里中がえーじにデッドボールぶつけた時にも「サト〜〜〜 交代はないで 続投やで」とハッパをかけている。これまでなら何事かあればすぐに自分が投げる気満々だった岩鬼なのに。岩鬼はこのところ急激に里中への評価を高めてる模様。その結実したところがこの発言だったのでは。

・里中の打席。初球から打っていくも球威に押されてセカンドフライに。しかしあの殿馬でさえリズムが合わずに三振した球を一球目から打ってのけるとは。頭部と足のケガでよれよれだからこその気力が彼を輝かせてます。

・「力負けだ・・・・・・・・・・・・しかしなゴリ、この里中に体ができたら これは大変な投手だぞ」「高校野球はもうひとつに体の問題がある(中略)逆に卒業してから大きくなる少年はじつに割が合わない(中略)しかし私は思います。体もさることながら最後はこの里中くんのように根性がいちばん大事だし勝利をもたらせてくれるんだと」。
里中はこの時点ですでに身長168センチ、年齢的には(岩鬼などのように)これ以上伸びなくてもおかしくない。しかし鉄五郎と実況の台詞とで里中はまだまだ成長期であること、さんざんチビだ虚弱だと言われた彼の将来性に希望を持たせてくれます。『プロ野球編』が開始するまで、里中ファンはこの一連の場面を手掛かりに「たくましく成長してプロに進んだ里中」を夢想してたんじゃないですかね。

・上の直後山田が里中のバットを借りる。ほかならぬ里中のバットを借りるところに、傷をおしての里中の苦闘に応えたいという強い想いが滲み出ています。

・木製バットを捨て金属バットに持ち替えた山田のことを、大介が「常勝明訓の主砲としてチームの勝利のためには辛いところだな山田も」と評するが、土井垣は「山田は勝ちたいんじゃなくて里中のがんばりをムダにしたくないんです。」と否定する。チームの勝利より里中の気持ちの方が大切なのか。「山田 太郎」の項でも書きましたが、山田が戦うのはそもそも里中のためだったんだなあと再認識。

・10回裏の蛸田のファインプレーに救われた里中はすっかり気力を取り戻し、11回裏も見事に抑えきる。投げながら「打たせん 打たせるかあ!!」「ぬおおお」とか叫ぶ気迫の投球。投球のさいに「ぬおおお」と叫ぶのは球道の専売特許みたいなもんですが、対戦してるうちに影響されたんでしょうか。精神的には熱血でも投球スタイルはクールなのが本来の里中なんですが。


(2012年3月24日up)

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