高二夏・東海戦

 

ついに夏の地区予選が開幕。里中の治療が間に合うようシード権を得る(第一試合をやらない分里中復帰までの時間が稼げる)ために一度野球部に戻った殿馬の頑張りにもかかわらず、結局里中は間に合わず当の殿馬も不在、主力二人が欠けたうえ主砲の山田も右手首を負傷・・・という苛酷な条件の中で明訓は試合の日を迎える。それも相手は雲竜の東海。殿馬の不在理由がアメリカ留学や単なる飛行機の遅れでなくハイジャック事件に巻き込まれたためという、命にも関わる状況なのも含めて(まさか死ぬわきゃないとわかってはいても)明訓の行く手に暗雲が立ち込めている感触です。

はじめて読んだときにはやはり里中復活にまず目が行ってしまい、一年の秋季大会以来東海は里中復活のかませポジションが定着しちゃったなーという印象だった試合ですが、読み返してみて相当見応えのある勝負でありエピソードになっているのを痛感しました。
この試合の一番の焦点は里中復帰よりも、自己過信と一人相撲から監督や先輩との間に軋轢を生じていた(かつての里中に比べたら全然可愛いもんだと思いますが)渚が自分の力の程を思い知り山田の偉大さを認めるようになる過程と、ともに右手をケガしてる山田と雲竜がお互いさまざまの手段でケガを隠蔽しつつ再起不能の危険を冒して決死の戦いを繰り広げるところにある。それはケガを押してツーランを打ち勝利を決めた山田と彼に泣きながら抱きつく渚の後ろに土井垣と語り合う里中が小さめに描かれるという試合ラストのコマに端的に表現されていると思います。

それにしても山田が渚を飼いならす=iという表現が似つかわしい)手段のまあ恐ろしいこと。入部当初から常に渚には厳しい顔を見せてきた山田ですが、この東海戦に至っては渚がどれだけ大量に点を取られて炎上しようが渚が自分から懇願してくるまでは一切リードも助言もしない徹底した放置プレイを見せ付けてくれます。
確かにピッチャーが一人相撲とってるような場合に、きつめのお灸を据えて反省させチームプレーの大切さを教えるというのは野球マンガの定石パターンのような気がしますが、それにしても甲子園出場のかかった大事な試合でここまでやるか。里中も殿馬も不在、自分自身も右手をケガしてて相手は雲竜。取られた分は取り返すと言ってられる状況じゃない、一点が致命傷になりかねないというのに。
結果的に渚は我を折り山田にリードを任せて以降は何とか無失点に抑え、痛み止め注射で強引に復調させた山田のホームランでかろうじて勝てたから良かったですが、もし雲竜が右手を痛めてなくて先発していたなら明訓の一回戦敗退はまぬがれなかったでしょう。そうしたら再起を目指して懸命のリハビリに耐えてきた里中や、地区予選に出場するために留学を振った帰国途上で生命の危機にさらされている殿馬の立場は・・・。
まあリスクを冒した甲斐あって、渚はすっかり山田のコントロール化に収まりましたが。とたんにこれまでの態度が嘘のように笑顔で優しい言葉をかけるようになる山田――山田が実は腹黒だと言われるのはこういうところなんだろうなあ。ピッチャーの操縦法がハンパない。

たとえば岩鬼とバッテリーを組むさいにはノーコンを何とかするために相手バッターの悪口(事実無根)を吹き込んだりしている。試合以外でもあえて正面からキツい事を言って怒らせ奮起させたりあれこれと持ち上げてみたり。中学から高校のはじめまでは前者もたびたび用いてますが、全体には持ち上げ作戦の方が多いです。唯我独尊で破天荒の岩鬼をまともにコントロールすることは困難と踏まえて褒めてその気にさせる≠アとで力を引き出している。
しかし岩鬼のようにストライクさえ入れば剛球投手というわけではない―ストレート一本で勝負できるほどの球威はない渚の場合、とにかく配球の組み立てで打たせて取っていくしかない、そのためには自分のリードに絶対的に従ってもらわなくては、ということであのムチ8割アメが最後に2割のような調教≠ェ展開されたのでしょう。

そして肝心の里中に関しては、彼は最初から他の先輩たちにはいかに生意気な態度をとろうと山田のリードには素直に従ってくれた。そもそも本当なら最低でも一年夏の間は土井垣の控え捕手に甘んじざるを得なかったはずの山田を正捕手たらしめたのは里中だった。コントロールしようとするまでもなく自ら望んで山田のコントロール下に入ってきた里中に、厳しく接する必要はない。だから山田は基本里中には甘々で、ゆえにたまに里中が山田のリードに首を振ったり一人相撲に走ったりしてもそれを止める有効な措置が取れず、結局里中の要求をたいていは受け入れてしまっている。・・・実は山田にとって一番手のかかるピッチャーは里中なのかもしれません。


・はやる里中をなだめて一緒にテレビ観戦する小泉先生。彼女は土井垣を「若いのにたいした監督」だと誉める。小泉先生いわく、先生が里中のベンチ入りを許可したのに土井垣は「でられないとわかっていても君がいるとナインに依頼心ができてしまう・・・・・・いえ なによりも監督のボク自身がその気になるから」と断り「その代わりテレビ観戦だけはゆるしてくれ」と言ってきたのだそう。
後の弁慶戦のオーダー変更など采配の誤りを指摘されることの多い土井垣ですが、これはチームの士気と里中の気持ちの両方を大事にした好判断といえます。とくに「ボク自身がその気になる」と付け加えたのがポイント。「ナインに依頼心ができてしまう」だけだと一方的に彼らの精神的弱さをあげつらってるように聞こえかねませんが、自分の精神面の弱さを一番にあげるところに彼の客観性・謙虚さが表れていて、なおかつ彼がそれだけ里中を信頼してるというのも伝わってくる。小泉先生の話を聞いた里中が「監督・・・・・・」と呟くのもそんな土井垣の思いを噛み締めてるように感じられます。
もっともテレビ観戦を許したために試合展開に激怒した里中が球場にすっとんでくる騒ぎになったわけで、まだまだ土井垣も読みが甘かったというか、里中が来たからこそ勝てたのだから結果オーライというか。

・一番打者雲竜が渚の初球をホームラン。その光景をテレビで見ていた里中は「む 無視・・・・・・ じらしも下手投げも山田のサインではない・・・・・・渚は山田を無視した おれの信頼する山田を無視しやがった」と激怒する。
興味深いのはわざわざ「おれの信頼する」と頭につけるところ。つまり里中は単に渚が山田のサインを無視したことに腹を立ててるのではなく、山田を無視する=山田に信頼を置く自分が無視されたも同然という観点から怒ってるわけですね。
いちいち物事が自分に還元されてしまうあたりに彼特有の自己本位っぷりが滲み出ていて、こんな台詞の一つ一つにまで行き届いたキャラの一貫性に感心してしまいました。実際はこの時点では山田はサイン自体出してなかったので渚は冤罪みたいなもんですが。

・放送席ゲストの徳川のモノローグ。「べらんめえ 山田はサインなどだしちゃいね〜ぜ あの一年坊主は雲竜をむかえて表面とはウラハラに気が動揺していた・・・・・・もちろん山田はみぬいていたぜ といってあやつははげましたところできくような性格じゃねえ そこで山田はこの雲竜の打席は渚の思い通りにさせたんじゃい 押さえりゃてえした自信になるしのぉ 打たれりゃ勝手気ままなおのれにめざめる(後略)」。
この試合、あえて山田に内心をほとんど語らせず渚を実質放置している理由を不鮮明にするかわり、前監督として明訓をよく知り洞察力にも富んだ徳川をゲストに加えて、主として彼に山田の本心や状況を忖度させる形を取っています。

・応援席のサチ子の頭にはいつもの「がんばれ里中ちゃん」ハチマキが。里中が出てない試合でさえ第一に里中の応援なんですねえ。

・連続フォアボールで無死満塁にしてしまう渚。それにしても『行き先はボールにきいてくれ まさにそんな投球の渚です』『無死満塁だ 大ピンチ明訓 ノーコン渚〜〜もうだめだ』なんて実況はあまりに失礼じゃないか。岩鬼だってここまで言われまいに。

・雲竜の打席。試合見守る渚の父は内心で「かまわん圭一思ったとおり投げろ そのかわり打たれたらいさぎよくマウンドをおりろ 明訓高校から去れ」。学校まで中退するのか?

・送りバントにいどむ二番高代。初の公式戦とあってガチガチに緊張しながらそれでも三球目で何とかバントを成功させ泣いて喜ぶ。度胸座りまくりの五人衆にはなかった初々しさが何ともいじらしいです。しかしこの時岩鬼がさしたる理由もなく(とくに説明もなく)死球出塁してるのに驚きます。デッドボールになるような球は岩鬼には絶好球では?高二春土佐丸戦の最終打席みたいに目が回ったとか理由づけがあるならわかるんですが。

・渚打たれまくり(無死1、3塁)の状況で山田は内心「さすがにお山の大将も表情がかわってきたな」とちょっと微笑んでいる。目下明訓はピンチ真っ最中なのに渚を「飼いならす」ために悠然と放置プレイを続行する山田・・・。こわいよ。

・四回裏は山田の打席から。四回表の送球で山田が右手をケガしてることに思い至った雲竜は、山田を敬遠予定だったピッチャー雪村にノースリーからストライクを投げさせる。山田はあえてフルスイングしてバットがすっぽぬけたふりでその場をしのぐ。
ケガの有無を探ろうとする雲竜とその意図を見切った山田との攻防は見応えたっぷり。雲竜の狙いを具体的にわからぬまま「なにか山田でためすことがあるんだな」と察して動く雪村→雲竜の信頼関係も絶妙。信濃川戦もそうでしたが、敵を欺ききれるか否かのせめぎ合いは実にスリリングで、駆け引きの面白さを味わわせてくれます。

・結局フォアボールで一塁に出た山田は三太郎の送りバントで二塁へ、さらに石毛のライトフライで強引にタッチアップして三塁へ走る。鈍足に加え右手首の痛みに朦朧としている状態で無茶をしたものですが、ライトの雲竜がチェンジと間違えて(間違えたふりして)送球しなかったためセーフ。
山田がケガを隠しているのと同様、雲竜もケガを隠すために策略をめぐらせている。しかも山田の場合と違い読者に対して雲竜のケガははっきり明かされていない(山田たちの推論だけ)わけですから、雲竜は本当にケガしているのか他に何か狙いがあるのかとやきもきさせられます。

・5回裏二死1,2塁で山田の打席。激痛で立っているのがやっとの山田は、それでも何でもないように振るまってフォアボール(敬遠)を狙う。三球目、眩暈がしてボールをよけなかったためボールが体にぶつかるがわざとよけなかったと見なされ単なるボールカウントに。結局フォアボールになったものの雲竜は改めて山田の異常に気づく。
すでに限界を通り越しているのになお芝居を続けようとする山田の精神力は大したものですが、こんなことからせっかくの芝居も底が割れてしまう。このへんの展開の細やかさは見事の一言。

・三太郎の打席。「この回1点でも入らないと明訓危ないですね」という吾朗に「微笑ならなんとかするだろう」と応じる土門。三太郎の転校問題では冷水を浴びせられたに等しい土門さんが今もって三太郎贔屓なのが涙ぐましいです。

・三太郎右中間ど真ん中を破るヒット。三塁ランナー岩鬼ホームイン。二塁の山岡も三塁蹴ってホームへ。しかし山田はまだ三塁へも到達せず。前が詰まってるために三太郎まで二、三塁間で挟まれアウト。山田のケガの程度は読者には既知のことですが、ここまでひどいのかと改めて愕然とさせられるシーンです。あんなに頑張って出塁したのになあ。

・6回表が始まるが山田はベンチから出てこない。しばらくして山田が出てきたのを見て、渚は「よかったぜ三太郎じゃ投げにくい」と内心思う。呼び捨てかい。

・フォアボール(実は敬遠)で一塁へ出た雲竜は山田には二塁送球できないと踏んで二盗。ところが山田はいつもの強肩を発揮して雲竜を刺す。雲竜とともに読者も驚くところですが、実は痛み止めの注射済みだったのが救護室の医師のモノローグで明かされる。
「あれだけあの山田にたのまれりゃ」という表現から注射をためらう医師に山田が相当懇願しまくったろうことが想像されます。春決勝の時の里中同様、痛みを殺してプレーすることでケガはなお悪化する可能性が高いわけですからそりゃ反対するでしょう。救護室から戻って続投を願い出た里中に(やや消極的ながらも)降板を促した山田が、自分が同じ立場になればやはり同様の無茶をする。
山田の場合里中のように個人の意地の問題(「ガラスの巨人といわれるよりも小さな巨人で終わった方が満足です」)でなく自分が抜けたら戦力がガタ落ちになる、そうなれば東海にリードされているうえ里中も殿馬もいない現状ではまず勝てない、そう思ったゆえの行動でしょうが。そこには単純に負けたくない、王者明訓のプライドにかけて負けるわけにはいかないという以上に、里中が復帰する前に負けられない、復帰をかけて懸命のリハビリを重ねている里中に報いたい気持ちがあったんじゃないかと思います。

・「あの負けん気が渚のいい所ですね」と土井垣に言う山田。山田が渚を褒める場面はこれが初めてじゃないだろうか。土井垣は頷きつつ内心「たしかにそうだ あのお山の大将の自意識過剰の渚だがその性格を逆利用できれば渚は実力を出す それをやった山田はすごい 監督のおれより実に選手をみる目がある」と思う。自分より優れてると思えば悔しがらずに素直に認める。土井垣のさっぱりしたお坊ちゃんらしい鷹揚さが感じられる台詞。しかし「お山の大将の自意識過剰」とはひどい言い方だな(笑)。

・8回表、無死一、二塁で雲竜ついに登板。東海野手陣は「どんなことをしてでも間は抜かせんぞ」「食らいついてでもとるぞ」「雲竜の心意気ムダにはしないぜ」「こい山田 三塁へきたらダブってやる」「山田の打球だけはとる」「山田さえころせばあとはザコだ」と“雲竜のために”体を張って戦う覚悟を定めている。雲竜と代わってライトに入った雪村など「へいにこの体がくだけても絶対とってやる」。慕われてるなあ雲竜。不知火(三年次)もそうですが、入部当初は一年とも思えない生意気さと実力で先輩たちの反感と畏怖を買っていたのが、監督からもチームメイトからもこうも愛されるようになったと思うと何とも感慨深いです。なのに試合に負けるや彼らを見捨てて一人旅に出てしまうんだもんなあ(笑)。

・左腕へのデッドボールの後遺症でついにストライクが入らなくなった渚はバックネットの正面入り口に里中の姿を発見し、すがるように見つめる。
ベンチに入っていない、ユニフォームも着ていない里中は普通に考えて投げられる状態じゃないはずなのにそれでも彼の存在に期待せずにいられない。土井垣が里中がベンチにいるとナインに依頼心ができてしまうと危惧した通りですね。里中のベンチ入りを拒絶した土井垣自身も結局、万が一の里中登板の希望を捨てられずにしっかり選手登録してたくらいだし。
しかし高校野球界のアイドル・里中智があんなとこに立っててよくこれまで気づかれなかったもんだ。

・ちなみに↑の場面で、渚が里中を一心に見つめているとき、土井垣もまた里中を青ざめた顔で見つめつつ「里中」と胸の内で呼んでいるのに、山田は里中の登場に驚く様子もなくむしろ鬼気迫るような表情の渚の方ばかり気にしている。ケガの癒えぬ親友が病院を抜け出してきたという点からも、里中登板に期待をかけずにいられない試合展開からも、渚や土井垣のように里中を凝視するのが当然の反応でしょうに。まるで里中に無関心のような態度がいささか不可解。試合中は現在マウンドにいる投手をリードするのが第一の仕事だから、今は渚が最優先という考えなんですかね?

・まだ投げられる状態じゃないのに飛び出していった里中を心配して追ってきたはずの小泉先生が、里中のリリーフを後押ししてやる。本当に投げられないなら、いくら心情的に応援したくても登板を認めはしなかったろうし、実際に里中は以降の回を抑えきって見せたので、短いイニングなら登板可能だが治療途中の体で投げればその分完調に戻るのが遅れるというのが当時の里中の容態だったんでしょう。
ケガの状態のみならずしばらくボールを握ってない(はず)という意味でも本調子にはほど遠かったはずの里中ですが、小泉先生の予想を裏切るようなことのほか見事な制球を見せた。「あの子ってほんと常識外の子ね」という先生の感慨はそこから来てるのだろうし、ここで無茶(登板)したわりに三日後の白新戦は完投のみならずノーヒットノーランまでやってのける不死身っぷりの裏づけともなっています。

・かくて里中リリーフ。手ぶらで球場に駆けつけたはずの里中がちゃんと自分のユニフォームに着替えて出てきますが、もともと里中を止めるために追ってきた小泉先生がユニフォームを持ってきてくれるとも、そもそも医院内にユニフォームを置いてあったとも思えない。となるとこれまた里中復帰の可能性をあきらめきれなかった山田あたりが寮に置きっぱなしになっていたユニフォームを球場に持ち込んでいたというのが正解なんじゃないでしょうか。

・交代のためベンチに下がった渚に里中は「渚あっぱれだぞ。たいしたピッチングだったぞ」「その根性、おれにも分けてくれ」と笑顔で声をかける。里中は進級後野球部に顔を出していないので初の後輩との対面になるわけですが、入部当時のインパクトのせいか生意気な後輩キャラの印象が(私の中で)いまだ強かった里中が、ごく自然に“思いやり深い先輩”らしい態度を見せていたのに妙に感心してしまいました。後輩の奮戦を称え、「その根性、おれにも分けてくれ」と一歩下がった謙虚な物腰さえ見せている。ケガと疲労でふらふらなだけに渚も素直に里中の優しさに感動した様子。よもや渚はこの優しい先輩が自分のプレーに激怒するあまり医院を飛び出してきたなどと想像もしていまい・・・。

・大声援をバックにマウンドに上がった里中に岩鬼が「人気があるための大声援や思ったら大まちがいやで同情の声援やで そこんとこ勘ちがいすなよ」といつもの毒舌を吐くが表情に険はなくごく楽しげな様子。
里中のほうも「これだ この言葉だ ようやく明訓のマウンドにかえってきた気分になった」と平気でにこにこ笑っている。岩鬼の悪口雑言にすっかり馴らされてしまってむしろ好ましささえ覚えている里中に微笑みを誘われます。土井垣さんもそうですが、岩鬼と付き合う中で皆いい具合に丸くなっていくようです。

・久々にマウンドにあがった里中に山田は笑顔で「でもよかった完調にもどって」「指もヒジも完治したんだ 思い切りいこー」と恐ろしいことを言い出す。
本当に完治したなら普通に里中が先発してたはず。ベンチ入りさえしてない、そしてここまで緊迫した状況になるまで出てこなかった以上、まだケガが治りきってないことなど山田は当然わかってたに違いない。なのにこの物言いは高一夏の土佐丸戦で岩鬼の言い分を支持したのと同様、「このマウンドに登ったかぎりもう泣きごとは通用せんぞ」(翌日のいわき東戦での台詞)という意味のハッパをかけたんでしょう。
里中も「山田のいうとおりマウンドに上がったからには完治なんだ もはやあちこちが悪いとはいえないんだ」とすんなり納得しています。そういう里中だから山田も非情なことが言える――やはりこの二人は黄金バッテリーですね。

・雲竜を見事打ち取った里中の投球を見た土門は「おれの欠けているものがこれだ 打たせてとる技術は残念ながらおれにはないな」と穏やかな笑顔で言う。すさまじい剛球を投げられるから打たせて取る必要がないだけの事なのに、謙虚な土門さんが好きです。

・雲竜の右手を案じて敬遠を指示する監督に「山田は明らかに右手をケガしてます・・・・・それでもここまで戦ってきました わしもそうです それなのに逃げろというのですか?」と抵抗する雲竜。結局監督は「(勝負させてくれないなら)たった今東海のユニホームを脱ぎます」とまで言った雲竜の心意気を買う。この試合、東海高の人々の魅力が本当光っています。

・山田が放ったホームラン級の当たりをライト雪村に「とれ〜〜とれ〜〜」と叫ぶ雲竜。折れたバットの先が胸に当たっても気にさえしない。監督の反対を押し切って勝負に行っただけに(そして勝利がかかっているだけに)、雲竜が必死なのが伝わってきます。

・雪村はフェンスによじ登り打球をキャッチするもそのままスタンドへ転落。「へいにこの体がくだけても絶対とってやる」と言っていた雪村に、東海の守備の中で最大の見せ場が割りふられる。結局捕球は叶いませんでしたが、思いに恥じないだけのプレーを見せてくれました。

・苦しかった試合は8−8の同点から山田のツーランで幕を閉じる。ライトが打球を捕ったもののスタンドに落ちてホームラン、という二年春の土佐丸戦ラストによく似た状況。あの時は殿馬の逆転ツーランで決着がついたために山田まで打順が回らなかった。いわば山田はあそこで打ち損ねた逆転ツーランをここで打ち直したようなものですね。

・ベースを回ってホームインした山田。『まっ先に山田に抱きつく一年生・渚 泣いています』。普段なら山田に真っ先に抱きつくのは里中のポジション。試合に出てなかった高一秋の白新戦でさえサヨナラ満塁ホームランを放った山田にベンチから飛び出しざま一番に抱きついていた。
しかしここでは久々の山田とのバッテリー復活にもかかわらず山田に抱きつく役は渚にゆずって後ろで土井垣と談笑している。その内容も「渚がよく投げましたよ」。これらの行動に「先輩の余裕」みたいなものを感じます。

・試合終了の直後、長屋の台所で涙ぐむ岩鬼母。「正美本当によくやったわね 今の母さんの生きがいはあなただけですよ」。
ずっと家庭の中で疎外されてきた岩鬼。とりわけ母の邪険さは幼少期から岩鬼を傷つけてきた。その母が倒産騒ぎを経ていまやすっかり岩鬼びいきに。母に対する、家族に対する岩鬼の思いを読者は見てきただけに「よかったねえ」と言ってあげたくなります。

・横学の試合をテレビで観戦する明訓ナイン。『VTRをお持ちのご家庭は今すぐこのTVKの中継をビデオにとっておくべきです』。連載(78年)当時のビデオ普及度合いがわかります。

・あの土門の剛球をただ体で止めるだけでなく捕球できるようになった吾朗の成長ぶり。その吾朗にして後逸した球がある。それが何なのか、来る横学戦に向けて謎を引っ張るのが上手いです。

・ハイジャック事件で小林再登場。春の土佐丸戦で里中の過去編を描いたことで小林の存在を思い出したのかも。山田とも里中とも、顔面にデッドボール食らわせた点では岩鬼とも関わりの深い小林は、横学なき後の(山田たちより一歳上の土門はこの夏の大会で引退なので、秋以降横学が弱体化するのは目に見えている)神奈川のラスボス候補としてふさわしい。ゆえにここで殿馬とも強い因縁を作りつつインパクトある再登場をさせたのでしょう。まさかあんな形でフェイドアウトしてくことになるとはなあ。

 


(2011年3月18日up)

 

 

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