高二夏・BT戦〜弁慶戦前

 

甲子園入りした明訓の宿舎は、毎度の芦田旅館。けれど今回は相宿の客が馴染み深い土佐丸高校ではなく(この時点でもう土佐丸がさほど活躍しないのは決定したようなもの)、初登場のBT学園。BTとはブルートレイン、つまり夜行列車の運転・整備などのエキスパートを育てる高校なのだとか。そんな専門が細分化されすぎた学校ってありか?と、もう最初っからキワモノっぽさ全開です。これは文庫本の解説によれば当時はブルートレインが大ブームで、水島先生の長男の新太郎さんもブルートレインが大好きだったためそのネタを作中に取り入れたものだとか。子煩悩というより、主たる読者層である小中学生にアピールすべく彼らの間の人気アイテムを使ったということでしょう。ブームも遠く過ぎ去った今ではいろいろと無理のある(ご都合主義の)設定からあまり人気のなさそうなエピソードですが、当時の読者の反響はどうだったんでしょうね。

さて、土佐丸とは対照的に礼儀正しく謙虚なBTの面々は甲子園二連続優勝校の明訓を何かと立ててくれて、宿舎にいる間は両者はなかなかいい関係でした。ところがそのBTと明訓はさっそく一回戦で当たることに。それでも彼らは「明訓と戦うなら負けて当然なんだから胸を借りるつもりで」といよいよ丁寧な態度で接してきます。

しかしこれが実は彼らの作戦だった。ケガをしたように見せかけたりグローブを忘れてみせたりを繰り返して、試合をナイターへと持ち込む。彼らは夜行列車が専門だけに夜目が利き、ボールが見えにくくなる薄暮の試合に有利だったのだ――。よく言われることですが、もし第一試合―午前開始の試合とかだったらどうしてたんでしょ?もともと遅い時間の第三試合だから成り立った作戦なわけで。バント攻勢と俊足だけを武器に戦うつもりだったんでしょうか。
まあ県大会が全部遅い時間の試合だったわけもないので、山田の睨んだとおり「足で甲子園に出てきた」んでしょうね。里中をさんざん翻弄したバント攻撃と俊足を生かした守備範囲の驚くべき広さだけでも充分大したもんですから。

ともあれ第三試合にあたったラッキーにつけこんでダラダラ試合を引き伸ばしたBTは、薄暮を利用して夜目の利かない明訓ナインを苦しめたかと思えば、ようやく本式に暗くなって照明がついたらついたで今度は投手・隼のライトを利用した“消えるボール”で明訓の打線を封じる。その特殊な戦い方は野球として邪道といえば邪道なんですが、他の高校ではありえないBTならではの特性を出していて、長期連載でいくつもの試合を描いていく中にはこんな変化球があってもいいんじゃないかと思います。

9回表、ずっと有利に試合を運んできたBTがにわかに崩れる。あれだけふてぶてしかった隼以下の面々が「あと一歩であの明訓に勝てる」と意識したとたんすっかりガチガチになってしまい、自滅としか言いようのない形で逆転され結局は敗北を喫する。この試合がご都合主義と言われて評判が悪い原因は主としてこの終盤の展開にあるように思います。予想外の勝ち星をあげそうになった学校が緊張のあまり体が縮こまってしまうとか逆転されたとたんにかえって気が楽になるとか実際によくあることなんでしょうが、それにしてもあからさまに明訓に都合がいいですからね。
まあここで本当に明訓が負けると思ってた読者はまずいなかったろうし、ならば9回表で逆転するに決まっている。逆転に至るまでの過程をいかに自然な形で、かつ物語として面白く演出するかが大事なわけで、まあ安易といえば安易でしたね(苦笑)。
ただ個人的には後述のラストシーンがものすごく好きなので、あの場面があるというだけでお釣りがくるような気分です。この後にやはりキワモノ系ではあっても試合の描写は意外と正攻法でかつ重苦しいムードの弁慶高校との対戦がやってくるので、同じカラーの試合が続かないようにする意味でもBT戦はアリだなと思います。


・BT戦を前に明訓が敗れる夢を見たと言い出す武蔵坊。大会の最大のライバルとして何度もその存在を強調されている武蔵坊と戦うことなく明訓が敗れるなどありえない。読者的にBTは安全パイであるところを、「でもあの武蔵坊の言うことだし・・・」と明訓がBTに負ける可能性を想起させる。この演出によってBT戦の緊迫感が何割か増したかも。

・薄暮にまぎれてボールがよく見えずエラー続出の明訓ナイン。とくに送球を受けることの多いファースト仲根が送球を取りそこなうこと数度。この連続エラーをストップさせたのがあえてゴロで一塁に送球した里中の好判断だった(コースの低い球なら大分見えやすい)。
その後の岩鬼のこぼれ球をキャッチしたファインプレーといい、終盤流れを一気に変えた三塁打(緊張でガチガチとはいえよくあのBTの守備を抜いた)といい、この試合里中が地味に活躍してます。四天王の中でもっともケレン味のないプレーをする里中が奇策のかたまりのようなBTに案外強いのが面白い。

・不可解なアウトの宣告に驚き抗議する里中と岩鬼。実は山田のインターフェアが原因。なのに審判がなぜアウトにしたか理由を語るまで黙っている山田(笑)。そんなこと知らないから里中たちは懸命に食い下がって(「おねがいです 一 三塁の塁審にたしかめてください」「セーフだ生意気なことをいうな」)、おかげで空気が悪くなってるというのに。展開を盛り上げるためなのはわかりますが、こういうところから山田腹黒説が出てくるんだよな。

・苦投の里中をさらりと励ましつつボールを軽く投げて渡してくれる殿馬。去っていく背中を見ながら「殿馬・・・・・・ 口にはださないが殿馬の右肩は重傷だ・・・おれにはよくわかるんだ」とちょっと痛ましげな表情で内心思いめぐらせる里中。白新戦のあと殿馬のケガの描写は前面に出てきませんでしたが、やはり完治するはずもなかったか。基本自分のことで精一杯であまり周囲が見えていない、見ようともしない印象の里中が、表面は平然とふるまっている殿馬の体調を察しているのに驚きました。もっとも地区予選前に山田の右手首の故障を言い当てる場面もあった。きっと自分もケガが多いだけに他人のケガにも目ざといんでしょうね。
そして殿馬のケガの程度を知っていながら殿馬の出場を止めようとはしない。ケガを気遣うような言葉を口にすることもしない。自分自身の経験に基づいて、殿馬があくまで故障を隠しとおそうとするなら気づかないふりをするのが友情だと考えているんでしょう。

・緊張でガチガチの隼を見て、打席の里中は「この場面でリラックスされてたまるか おれたちは今まで何度もこんなピンチは切り抜けてきてるんだ 初出場のおまえたちとは場数がちがうぜ」と考えているが、そんな里中は初出場第一試合(通天閣戦)から肝が据わりまくってた。器が違うってことか?

・試合後ブルートレイン瀬戸号で東京へ帰ってゆくBT学園ナイン。「まるで生き返ったようにナインの表情は明るい 幾多の試練と限りない思い出を乗せてBTナインは一路東京へ帰っていった」とのナレーションに汽笛を鳴らして走る夜行列車の絵、次のページラストには窓から満月を眺めながら「今ごろどのへんを走っているかな」「うん」と笑顔で語り合う山田と里中。
試合に敗れた後列車で帰途につく姿が描写されたライバルチームなどほかにいない気がする(一年夏の土佐丸は旅館を出る場面が、チームでなく個人ならケガのために一人先に列車で地元へ向かう武蔵坊の姿が出てきている)。そこはブルートレイン専門学校という特殊性ゆえの特別待遇でしょう。結果として、敗れたもののなごやかな表情でくつろいでいるBTナインの姿に心温まり、夜行列車の絵面の叙情性に引き込まれました。
そしてこちらもくつろいだ表情でBTナインについて(もはや敵愾心はみじんもなく)語り合う山田と里中。この二人という取り合わせが絶妙なうえ(どちらかを岩鬼はもちろん殿馬に置きかえてもしっくりこなかったと思う)、窓の向こうの満月でとどめを刺す。明訓とBTが同宿だったのも(短い間とはいえ同じ屋根の下にいた相手がいなくなれば若干の寂しさはあるだろうから)効いている。これが「満月を眺める山田里中→走る夜行列車の絵」の流れだったら完璧だった。本当にしみじみとした余韻を残した素晴らしいラストシーンだと思います。

・明訓ナインは土佐丸対弁慶戦をテレビ観戦。武蔵が3番、犬神が4番を打っているのに驚かされます。一年夏、二年春と里中からホームランを打っている土佐丸きっての強打者武蔵をさしおいて、小柄で非力そうな犬神が4番?もっとも『プロ野球編』で実は腕がムキムキなところを見せつけてましたけどね。

・武蔵坊は超強肩の(左手)送球で三塁の犬神に走らせない。武蔵坊の送球は単に強肩というにとどまらず左手を横に素早く振るだけの規格外のモーション。1回裏に打者神大を刺したときなど「ピッ」といういかにも軽々とした、それでいてスピード感のある効果音で、武蔵坊の超人性を見せ付けてくれました。
テレビを見つつ明訓ナインも驚愕。山岡「す すごいぜ 本当に武蔵坊はばけもんだぜ」里中「犬神もたいがいばけものだと思ったけどな」殿馬「うちにも一人 はっぱくわえているづら」。殿馬の表現が笑える。これは岩鬼なら武蔵坊に対抗できるという伏線でしょうか?実際に武蔵坊を揺るがしたのは殿馬でしたけどね。

・9回裏ツーアウトで犬神。試合を観戦する各チームの面々のなか、坂田「優勝はうちや どこが負けよが勝とうが関係あらへんわい」。後に明訓が弁慶に敗れたため打倒明訓を目指してきたチームの多くが意気消沈、敗退したことが描かれますが、その中坂田の通天閣が優勝できたのは、一年夏に明訓に敗れ因縁があるにもかかわらず打倒明訓にこだわらずあくまで優勝そのものを目標に据えていたのが大きい。それがこの台詞に現れています。坂田の優勝にかけるモチベーション―優勝旗の房を売る約束を取り付けている―も早い段階で描写されていて、通天閣優勝に至る道筋がちゃんと付けてあるのに感心したものです。

・土井垣がバッティングピッチャーをやっての練習で山田はホームランを飛ばす。記者がスピードガンで測定したところ球速は150キロ。キャッチャー(だれ?)がその速さに驚くなか土井垣は「150キロを山田が打った 義経の最高時速が140キロだ 打てる!!山田は確実に打てる」。150キロを投げられる自分のスピードを誇る気配など微塵もなく勝機が生まれたことをただ喜んでいる。読み込むほどにつくづく土井垣さんはいい人です。

・「山田よ たいしたやつだぜ こんな細い目でよく150キロのボールがみえるな こんなに太っていてよくあのスピードに腰がついてまわるな」というあまりにも微妙な褒め方をする土井垣に対し「いいえ そ そんなことより し 失礼ですが あ あの〜〜 土井垣さんてなんという強肩なんですか ・・・・・・す すごいですね」と山田はにっこり。一瞬土井垣発言が失礼だというのかと思った。そもそも山田発言ちっとも失礼じゃないし。

・旅館のテレビでピンクレディーが出てるのを見るサチ子。「あたいも歌手になろ〜かな」「いうないうな あたいはブスだからだめだっていうんだろハッパ〜」。岩鬼は何もいっちゃいない(そもそもこの場にいないし)のに自虐的に岩鬼にネタをふる。しかも実に愛らしい笑顔で。このコマを見たとき、サチ子は本当に岩鬼大好きなんだなあと感じました。岩鬼にののしられたり言い返したり、そんなやりとりが心地よくてならないんだなあと。
高代に「いないよ岩鬼さんは」と言われて「よかったあいつがいると必ずあたいをバカにするんだから」と応じてますが、まさに岩鬼にバカにされたかった、そういう形でコミュニケーションを取りたかったんでしょう。岩鬼の言う「ブス」は世間的には美人なんだからその意味でサチ子のプライドも傷つかないし。
この直後殿馬が戻ってきて岩鬼がよだれたらして電話していると話すと、サチ子は「あっ夏子さんからだ」と反応する。サチ子が岩鬼と話したがってるそのタイミングに当の岩鬼は夏子さんとラブラブモードだという・・・微妙な三角関係を匂わせるシーンです。

 


(2011年4月29日up)

 

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