高二春・土佐丸戦(後編)

 

・ふらふらと立ち上がり救護室に向かう里中は、山岡に特別代走を頼んでいく。これだけ心身ともにボロボロになりながら続投の意志はまるで揺らいでいない。里中の気力が最後の一線で保たれているのがわかります。結局右ヒジまで痛めたことで逆に続投への執念をかきたてられた里中は、これ以降明らかに精神的な安定を取り戻していきます。

・「恐怖の豪打 男・岩鬼 豪快にして華麗に登場〜〜〜」といつにも増した自画自賛モードでバッターボックスに向かう岩鬼を武蔵が呼び止める。「岩鬼」「なんじゃい」「ばか」(岩鬼こける)。「ばか」という実にシンプルな台詞、左足をちょいと上げたポーズも小馬鹿にしてる感満載でナイスです。岩鬼の「たったひと言のばかがわいを怒らせた〜〜」という反応も面白い。

・代走に出た北は果敢なスライディングがたたって足を捻挫。自分のヒットで出塁したのならここまでのファイトは見せなかったかもしれない。ケガを押してセーフティバントを決めた里中の根性に報いようとする、そして里中の治療が終わるまで明訓の攻撃を持たせなくてはという気持ちが日頃大人しい北に無茶をさせたのでしょう。
ケガ人の代走に出て自分もケガを負うという・・・しかも結果的に彼のケガのほうが長引くことに。これが北の高校野球最後の瞬間になってしまいましたね・・・。

・北と救護室でかち合い「すみませんおれのために」と謝る里中。里中に直接非があるわけではないのですが多少の責任を感じるのは無理もない場面。北まで救護室にやってきた時はさぞ驚いたろう。
この後にケガの治療をしぶる看護婦さんと里中の感動的なやりとりがあるわけですが、第三者的存在として北がいる(二人の会話に関与しないまま内心の声も紹介される)ことで、場面の深みがより増したように思います。そのために北もケガさせたのかな?

・四番の山田まで打順が回ったと知ってあせる里中と北。九番の里中の打順まであと(北の代わりの今川含めて)4人しかいないのだから無理もないところ。里中が戻るまで攻撃を長引かせなくてはならない、だからといって打って出塁すればそれだけ打順の進みが早くなる。結局殿馬や山岡のようにねばりにねばって歩くのが最も適切な措置ということになる(ベストはホームランを打ってゆーっくりベースを回ることでしょうが)。一点負けてるのに、絶好球が来ても打つことをためらわざるを得ない状況って辛いなあ。

・「勝負師といわれた土井垣将は勝負に初めて私情をはさんだのである 野球人・里中は消えても人間・里中を人生の落後者にしてはならないと・・・・・・ 土井垣は思った・・・・・・ 自分の日本ハム入りが近づいたと・・・・・・ なぜなら常勝・明訓が敗れた時に日本ハムに入団すると大沢監督に約束していたからである」。
この試合、土井垣さんの名ゼリフ名シーンには事欠かないのですが、中でも大好きなシーンの一つ。野球部の監督としてでなく先輩として教育者(高校野球の指導者という意味で)として試合の勝敗より里中のこの先の人生を優先させる。勝敗の行方に土井垣自身の進退もかかっているというのに。かつて自分を正捕手から引きずり下ろした里中に対してこうも思いやり深くなれることに驚きます。いい人だ!まあ里中を降板させたら勝つ確率が上がるかといえば上がらない(むしろ下がる)だろうけど。

・マウンドに復帰した里中に、殿馬がボールをこねながら手渡す。「里中よ 犬神にはもう山田を攻める材料はネタ切れとみたづらぜ しかしよぉ山田にはもう一回打席がまわってくるづら・・・・・・今度は打つづら〜〜〜ぜ ふんばってよぉ てめえが押さえていりゃ〜〜よ 山田のバットが試合をひっくりけえすづらよ なんつうたってよ 明訓はよぉ山田でもってるチームづらぜ 山田を信頼するづらぜ」。
バッテリーの信頼関係が一番大事と踏まえた殿馬の発言。本当にここぞのタイミングでツボを押さえてくれます。こんなこといっといて結局サヨナラツーラン打ったのは殿馬なんですけどね。

・「小さな体で しかも過酷な投手におれは青春をかけた 負けてたまるかと人の倍も3倍も投げた いつのころからか 人はおれを小さな巨人と呼んだ 肩 ヒジ 指と 故障がようしゃなくおれを襲う(ここのコマで投げている右肩とヒジ、親指という過去と現在の故障箇所が光るのも上手い演出です) しかしおれは投げ抜いてきた 山田に・・・・・・ナインに そして小さな巨人という名に助けられて おれの青春に悔いはなし」。
こういう自分語り系の悲壮感漂うモノローグは里中の独壇場ですね。少し後の四天王過去話でも当人のモノローグ形式になってたのは里中だけでしたし(殿馬もモノローグ形式ですが、ミステリアスな雰囲気をもつ殿馬には自分を語るスタイルがやはり嵌らなかったのか三人称のナレーションで説明してる箇所が多かった)。里中の野球への情熱、それを反芻する中で日頃の山田への信頼を思い出していく過程がはっきり描かれている。救護室で看護婦さんに言い放った「おれのかけた青春をあなたはじゃまする資格はない」についで好きな台詞です。

・『苦投・力投の里中くんの前に八回表も土佐丸三者凡退です』との実況をバックにぐらつきながら肩で息をしてる里中の姿。このコマの里中はひときわ可愛らしく、かつ前のめりの姿勢のせいもあって小さく見えてそれだけにいっそう痛ましさを感じさせます。そんな状態なのに八回表「も」三者凡退に押さえるとは。殿馬の言う通り全く頭が下がります。

・「里中 おめえにはよぉ 頭が下がるづらぜ」 チェンジでベンチに歩きながらの殿馬の一言。「殿馬・・・・・・」と感慨をこめて殿馬をみる里中の肩を後ろからぽんと叩く石毛。ケガに耐えて懸命に頑張っている里中を精神的にフォローする彼らの気遣いが暖かい。きっと三者凡退に抑えられたのには彼らの好守備も大いに貢献してるのでしょう。

・8回裏、山田の打席。里中が治療から戻った後では初の打席になる。打席に向かう山田を「満足感にうるん」だ目で見送る里中の表情に、彼が精神的な落ち着きと山田への信頼をすっかり取り戻しているのがうかがえます。いいシーンだなあ。

・山田いわく「コントロールのいい犬神に待機戦法は無用だ・・・・・・ストライクは全部たたく」。プロ編では荒れダマで有名な犬神ですがコントロールがよいと言われた時代があったわけですね。

・犬神は一球目からデッドボール(死神ボール)。激昂する岩鬼を山田はわざとじゃないと止める。「わいの眼力はプロ級やで 高校野球の教科書みたいな山田はだませてもわいにはすべてお見通しじゃい」。言いがかりに近いような怒りを発揮することも多い岩鬼ですが、今回は岩鬼の方が正しい。
直後に山田の「片方の目が不自由なためにコントロールが狂ったんだ」というモノローグが入ります。モノローグ(心の声)なので本気でそう思ってるらしい。あれだけ頭の回る山田ですが、同時にお人よしでもあるんですよね。だから時に人の悪い作戦を立案しても、山田=腹黒いイメージになりきらずに済んでるんですが。

・犬神のデッドボールについて、土井垣「いや犬飼がまさか死球を指示したとは思えん」、里中「でもやっても不思議じゃないですよ 土佐丸は殺人野球が売り物ですから」。土井垣は結構小次郎の人間性を信頼してるらしい。実際小次郎は指示以前に死神ボールの威力も性質もよく知らないようなのでここは土井垣が正解か。死神ボールがどんなものか分かってたら「たいしたことはなかったらしいな山田の右腕は」なんて台詞は出ないはずなので。

・九回表の守備に散る明訓ナイン。山田と里中は「山田」「なんだ」「大丈夫か右腕は」「ああ平気だほらっ」(と回してみせる)なんてやりとりを。一時はすっかりぎくしゃくしていた二人の呼吸が里中が山田への信頼と執着を思い出したことで普段に返ったことを思わせるどこかほのぼのしたやりとりです。

・↑に続けて「山田 とどかんかもしれんなあと1点」と珍しく弱気な里中ですが、「なにをいう ゲームが終わるまであきらめんぞ」(笑顔で里中の左肩を後ろから触れる山田)「山田この回おれはもってる力のすべてをかけて投げる 小さな巨人らしく投げ終わるぞ」「里中ここまでよく投げてきたよ しかしまだ終わりじゃない 九回裏の打席がある 打って勝つ!!それが残っている」「打って・・・・・・・・・ 打って勝つ」(強い意志を感じさせる表情で言い切る里中)という会話の流れの中で再び闘志を奮い立たせる。
この「九回裏の打席がある」というのは単にまだ明訓の攻撃の回が残っているという意味でなく、里中に打席が回ってくる、投げるだけでなく自分で打て、そして勝てというメッセージ。すでにボロボロかつ「小さな巨人らしく投げ終わる」―この試合で投手生命を使い果たす覚悟の里中に打ってこいと笑顔でキツい要求をする山田。ひどいようですが、それが結果的に里中の気力を一番奮い立たせるとわかってるからでしょう。翌年夏の青田戦でも13回表、頭と足のケガを押して打席に立つ里中を見て「この里中の気力を さらに持続させるには・・・・・・・・・それは里中自身のヒットだ・・・・・・塁に出ることだ・・・・・・・・」と考えてましたし。

・そして本当に打つ里中。次のページ1コマ目でもう説明抜きにいきなり打ってるコマというスピーディーさが良いです。

・客席に子供時代のお手伝いさん・おつるの姿を見つけた岩鬼。彼女が現在どこで何をしてるのかは明かされてませんが、そのやつれた様子は到底幸せな満ち足りた生活を送っているようには見えない。岩鬼に挨拶せず彼から姿を隠すようにスタンドを離れたのも顔をあわせづらい――顔向けできないような環境にいるからなのでは。岩鬼家で幼い岩鬼の世話をしていた頃が彼女にとって一番幸福な時代だったのかもしれません。

・ハラハラしながら試合を見守るおつるの回想の形で岩鬼の過去が語られる。岩鬼にとって重要な意味を持つ女性(『坊つちやん』の「清」的な)でありながら、これ以降おつるは名前さえ一切登場しない。思いつきのキャラクターで存在を忘れたわけじゃないのは、コミックス見返しの各キャラクターに対する水島先生のコメント中、「夏川夏子の場合」で、岩鬼が夏子さんを好きになったのはおつるさんに似てたからと書いてることからわかります。
じゃあなぜこれっきりなのかという疑問はわきますが、このエピソードにのみ現れて後まで引っ張らなかったからこそ、かえっておつるの存在に重みが加わった気もするのでした。

・おつるの回想中の小学生岩鬼には帽子を脱いだシーンがある!いや当たり前なんですけども常識をぶっちぎっていついかなる時でも学帽着用の岩鬼だけに不思議な感じ。坊ちゃんらしい七三ヘアも意外でした。実は今も帽子の下はああだったり?

・岩鬼だけ兄たちと同じ小学校にやらなかった理由をもっともらしく説明する岩鬼母。しかし岩鬼は「うそやうそや」と胸に思いつつ涙を滲ませる。幼いながらに乱暴な岩鬼を疎んじる母親の気持ちを鋭く察している。あれだけ傲岸不遜な岩鬼が家族の前では借りてきた猫のように大人しくやたら遠慮がちなのは1巻の時点ですでに描かれてましたが、なぜ家族にああも気をかねるようになったのか、この過去話によって一端に触れることができました。

・空き地の木に登っている小学生岩鬼。「わかっとるで ど近眼のママがさがしてこいいうたんやろ」「まあそんな」「けどほんまやんけ わて一回かけたことあんねん」。このおつるとの会話は悪球作るためのグリグリ眼鏡作戦の伏線。岩鬼も数年ぶりにおつるの顔を見たことでかつての会話を思い出しこの作戦を思いついたのかもしれません。

・岩鬼の打席と平行して語られる岩鬼建設倒産の事実。おたおたする妻や息子たちと対照的にどっしり落ち着いている岩鬼父。とっくに覚悟が決まってた(自分が不渡り出したんだし)とはいえ、やはり一代で財をなした人間の芯の強さを感じます。きっとこの人は以前からひ弱な優等生の上の息子たちより、一見出来が悪くても根っこのちゃんとしている末っ子を一番認めてたんじゃないかという気がします。それだけの観察眼はある人だと思うので。

・グリグリ眼鏡でホームランを打ったあと姿を消したおつるを探して走る岩鬼の姿に回想シーン、おつるを乗せた列車を追って駅のホームを走る幼い岩鬼が重ねあわされる。ベタながらも切ない場面。
本来なら母親の果たすべき“無条件に子供を肯定する”役割をおつるが負ったからこそ、岩鬼は破天荒ながらも情の深い心優しい男に成長した。岩鬼のお父さんはそれを認めておつるへの感謝の言葉を口にする。岩鬼とおつる両方の人間性が正しく評価された、そんな嬉しさがあります。

・山田、死神ボールの痛みが出て盗塁阻止の二塁への送球に失敗。実況なども当初山田のチョンボの理由に気づかない中、吾朗だけが死神ボールのダメージによる暴投と察する。一度は下手すぎて野球部をクビになった彼が、土門とのバッテリー、飽くなき山田・明訓観察によって野球センスが磨かれていってるのがよくわかる。
少し後に土井垣も「里中 モーションを小さくすばやく投げろ 三塁なら山田もとどく」とモノローグ。吾朗よりわずか遅れ(実質同時?)に山田の故障を悟った土井垣の眼力も確かです。

・山田のじっちゃんが山田の手首のダメージは事故の後遺症ではないかと疑う形で山田の過去が語られる。山田の自分語りでなくじっちゃんが語る形式のおかげで、まだ10歳だったのに体を張って妹を守り抜いた山田に対する賛辞の言葉が自然と頻出し、山田の頑丈さ・忍耐強さ・高潔さがしっかり伝わる。

・「お兄ちゃんがんばれ〜〜」と叫びながら観客席の前に出て行くサチ子を吾朗が後ろから「あんまりそっちにいっちゃだめだよ」と呼び止める。ここでサチ子がフェンスすぐ近くまで出てきてることで、2ページ後の犬神の殺人スライディングにサチ子が悲鳴をあげる→それを聞いた山田がかつての事故をオーバーラップさせつつ鉄壁のガード、という流れに繋がっていく。巧みな演出です。

・カウント1・1から第三球。三塁の犬神、右足をピクピク動かす。土井垣はホームスチールがあると気づき、里中にセットで投げろと声を掛けるがわずかに遅い。この試合、土井垣の勘がよく当たっています。ホームスチール決行の瞬間も打者の表情とバットの構えを見て「山田〜〜 打者のバットに気をつけろ 打撃妨害をねらってるぞ」と警告。こっちは無事間に合った。
里中続投がらみの場面でたびたび感動的な態度を見せてくれる土井垣ですが、監督としての采配でもこの土佐丸戦がベストじゃないですかね。

・三塁ランナーの犬神が本塁突入をはかる。それもわざとスパイクの歯を立てて、ケガ人の山田にさらなる傷を負わせる気満々。それを山田は猛烈なブロックで弾き飛ばし、吹っ飛ばされた犬神は全身をグラウンドに打ち付けてピクピク体を痙攣させる。
普通ならさすがに山田やりすぎじゃあ、と思ってしまうシチュエーションですが、ここまで山田は犬神にやられっぱなしだっただけに、それ以上に死神ボールやら今のスライディングやらダーティー全開の犬神だけに、真っ向から痛烈なカウンターを浴びせたこの場面は胸がすくような気がしました。走りこんでくる犬神の足が、バスに突っ込んできた車に見立てられる演出も上手い。

・12回表、武蔵の打席を前に土井垣は双方とも怪我人のバッテリーを岩鬼・三太郎と交代させるべきかと悩む。「このままいくべきか どうする・・・・・・・・・どうする この大ばか土井垣よ 大ばかついでだ 続投だ」。
この自問自答場面大好きです。特に自身に「この大ばか土井垣よ」と語りかけたあげく「大ばかついでだ」と結論するところ。選手と一緒になって悩み苦しむその過程が生き生きと表現されている。この試合の心理描写は本当に神がかっている。きっと水島先生もどんどん発想が湧いてペンが進んで、という状態だったんじゃないでしょうか。

・土佐丸ベンチからの「チビ」の罵声が引き金になり屈辱の中学時代を思い出す里中。前二人と違って過去話が里中本人視点で語られる。四天王の中で唯一“天才”ではない、読者が最も感情移入しやすいキャラクターである里中の場合はこの自分語り形式で正解ですね。ほかにモノローグ回想が似合いそうなのは土井垣さんとかかな。

・回想シーン一コマ目からチームメイトを殴り飛ばしている中一里中。強気で有名な里中ですが殴り合いのケンカをしてるシーンはここくらいのもの(雲竜と衝突したときは噛み付いたりよけたりだけだった)。今よりさらに小さくてあどけなくて・・・いやあ可愛い♪羽交い絞めにされながら足ばたつかせてるところとか。
そんな里中の顔面にケリ入れた奴、ケンカとはいえ顔を蹴るなよ。ムチ打ちになってもおかしくない角度で入ってるし。

・監督の鶴の一声で里中たちのケンカはともかく終了。口元を袖でぬぐう里中を小林は「・・・・・・・・・・・・」と無言で見つめている。その後独力でアンダーに変えた里中が小平相手にボールを投げるところも「ん?」と目を向けています。結構小林は里中の負けん気や投手としての能力を初期から買ってたんじゃないですかね。

・小林の速球にショックを受けた里中は独力でアンダースローの変化球投手に転向。一人空き地でカーブの練習をする里中の「まがれ〜」が可愛すぎて。「まがった〜 やった〜」に至ってはとても中1とは思えない。言動といい外見といい小学4年生くらいに見えます。
この「まがれ〜」シーンが現在甲子園のマウンドで投げてる里中の姿に重なる。年齢とシチュエーションは違えど、まともに変化球投げられない状態でそれでも投げようとしている点は一緒。「やった〜」という中1里中の無邪気な台詞にあわせてこちらまで(現在の里中の変化球が決まる場面で)「やった〜」と言いたくなります。

・モノローグによると、里中はいろんな変化球を武蔵に投げては全部通用しなかったとか。ツキ指で変化球投げられなかったんじゃ?これはたぶん看護婦さんに右ヒジを治療してもらったときに強力な痛み止め(たぶん注射)も施してもらったんでしょうね。痛みを麻痺させることで親指が何とか使えるようになったという。
しかし結果患部にますます負担がかかるからケガの程度は悪化の一途のはず。まして里中の苦しげな様子からすれば痛み止めは完全には効いていない(痛みがひどすぎて抑えきれてない)。投げ続けてケガを悪化させるほどに痛みは少しずつ増しているはず。これで薬が切れたらどうなっちゃうのか!?命がけの綱渡りをやってるかのような里中が痛々しくてならないです。

・里中回想中の山田との出会い。まずその守備に見惚れ、ついでバッティングに見惚れ、「おれの闘争心がメラメラと燃えてきた」。つまり里中はこの時点では“山田とバッテリーを組みたい”より“山田と戦いたい”が先行してたわけですね。敵同士なんだから当然の反応ではありますが、高校入学当初の里中がいかに山田とのバッテリーに固執したか見てきただけにいくぶん意外。
しかしこの先も里中は高三夏準決勝青田戦の後にプロで山田と戦う(打たれる)夢を見たり、プロ一年目のオールスターで久々に山田とバッテリー復活するかという時にやはり山田に打たれる夢を見たりと、山田が味方の時でさえ潜在意識では打者山田へのライバル心が優先してる気配があります(オールスター前のはキャッチャー及び守備陣もみんな山田でしたが(苦笑)。どんな潜在意識だ)。その萌芽は出会いの場にあったようです。

・里中回想中で小林が山田のスパイクで目をケガする場面が。大事故にもかかわらず普通にリリーフ出して試合続行してるとこからすると練習試合でなく公式戦なのか?それにしてもこの時、里中の関心は自分にリリーフの声がかかるかどうかに向いていて小林の心配をしてる気配もない。里中にとって小林は仮想敵みたいなものだし、日頃マウンドに上がる機会のない補欠としてはまずチャンスだと考えるのもわからなくないんですが、仮にもチームメイトなのになあ。

・回想シーンのあと、どんづまりになるはずの球を武蔵にホームラン(それも勝ち越し点)された里中、マウンド上で絶望感に涙ぐんでいる。プレーの最中にマウンドで泣くなんて初めてなのでは。里中を見つめる山田も座り込んで「里中・・・・・・」と呆然と心で呟く。
普通この手の回想シーンが出たらその後は過去に重なるような形の活躍をするのが定番でしょう。岩鬼も山田もそうだったし。なのに勝ち越しのホームラン打たれてがっくりって・・・。このへんも四天王のなかで里中だけが「凡人」なのを感じさせます。そういえば一年夏のときもケガを押して投げた渾身の球を武蔵にホームランされていた。武蔵とは相性よくないのかも。

・続く打者犬王がレフト前ヒットで出塁したところでキャッチャーが山田から三太郎に代わる。このタイミングでの交代なのは武蔵の打席を前に里中が危惧していたとおり「(ランナーを)だしたら山田は投げられない 走りまくられる」からですね。それほど握力の出ない手でちゃんと里中の投球はキャッチし続けてきた。山田の凄みを感じます。

・12回表、残りの打席を殿馬がファインプレー連発でしのいでチェンジ。息上がりながらも笑顔で「助かったよ殿馬」という里中に「まったくづらぜ ここで守らにゃおまえは倒れちまうづらからな」と笑いながらさらっと答える殿馬。ここぞの時の殿馬は本当に頼りになる。殿馬の里中に対する友情を強く感じさせる、これもとても好きな台詞です。

・トイレに行く途中バット作りのおじさんの技術に見惚れる殿馬。その後ベンチに戻ってくる時持っているバットはそのつもりでみると確かに妙に長さがある。ちゃんと後の伏線をさりげなく描きこんであります。

・殿馬の回想。学秀院中等科時代、音楽室で円舞曲「別れ」を弾いて途中で指が届かずがくんとなる。その時の愕然とした表情は他ではまずみられない。殿馬にとってピアノが思うように弾けないのがどれほどショッキングなことだったのかがよくわかります。
このシーンにに先立って、“先生”との間で「(別れ以外の)ほかの曲じゃいけないづらか・・・・・・たとえば白鳥の湖」「あれはバレー音楽 ピアノ曲ではない」「ぼくが編曲したづら」(殿馬の一人称「ぼく」もここがおそらくは唯一)という会話が出てくる。この時点でもう「秘打 白鳥の湖」の原形はあったらしい。しかしこの先生何者なのか、普通に明訓にも現れ殿馬とアルベルト・ギュンターを引き合わせたりしてましたが。

・藪居整形外科前で座り込む殿馬。「藪居先生をみこんでのおねがいづらぜ 期待にこたえるづらよ」「めいわく千万なり おまえがここにいると客が来ないんだよ その顔に気持ちわるがって」。藪居の言い様もひどいが「同じような顔づらぜ」と返す殿馬も負けてない。
その後藪居の連絡で機動隊ふうの警官(でも1人)が現れる。明るく挨拶して立ち去る殿馬を見送り、「あの子のどこが脅迫少年なんだ いたって素直な少年じゃん 顔はわりーけど」。
回想の短時間の中に二度も(2pで2回)殿馬の顔が悪いという話が出てくる。このへんは殿馬視点で描かれてる・・・ということは結構顔の造作を気にしてたのか殿馬。出っ歯とかデカっ鼻とかパーツについて言われることはあっても、はっきり顔が気持ち悪い、顔が悪いと言われるシーンは審美眼の狂った岩鬼の暴言をのぞけば他になかった気がするので、殿馬の密かなコンプレックスが表出した場面なのかも。

・ボールをよく見てねばる殿馬。ローボールを宣告された武蔵「だからバッターも低いからストライクゾーンも低いわけだろ」。殿馬のチビさ加減→リーチのなさ→指の短さと連想させる演出。

・診療中からトイレから風呂から、按摩に変装して押入れの中まで藪居を追い回す殿馬。完全なるストーカーですが個々の場面の演出がユーモラスなおかげで必死さより神出鬼没の面白みのほうが前面に出て、じっとりした雰囲気にしないのが良い。しかし何だって殿馬は藪居先生をこうも見込んだものか。普通の町医者に見えるけど実は有名な名医なのか。

・ファールにしてアウトコースのタマをカットする殿馬。『ねばります殿馬くん』の実況にやっと藪居先生に手術してもらっている殿馬の姿が重なる。ベタといえばベタなんですが、試合と手術をリンクさせることで両方に緊迫感を出しています。本当にこの土佐丸戦は画力、心理描写のみならずエピソードの演出もノリに乗っている印象。

・ここまでして手術したにもかかわらず、結局音楽会には間に合わなかった殿馬。そのポーカーフェイスからは特別無念の思いはうかがえませんが、当然平気なはずもない。それはライバル北大路が音楽会で独奏する時間に合わせて学校の音楽室で一人「別れ」を引くことで「勝負」をする行為に表れています。先生が一人外で見ている(聴いている)ものの、ここでどれほどいい演奏をしようと公に彼の優位が認められるわけでもない。全くの自己満足であり冷静な殿馬らしくない行動とも思えますが、あえてそれを行うところにピアノ・音楽に対する彼の意地を感じました。

・殿馬のゴムマリのおかげで握力が出てきた山田は、ベンチ前に座りこんでバットを握りながら「握れる・・・・・・・・・」と涙ぐむ。ぎりぎりの局面でバットを振るうこともできなかった、送球ができなくなり三太郎と交代したためにリードを通して里中を支えてやることもできなくなった(内野ならまだしも一年秋東海戦のときのように塁上からサインを出すこともできたろうが)山田がいかに悔しかったか精神的に追いつめられていたかがわかる場面。
そんな山田を見て「山田」と心で呟く里中も、ベンチに体もたせるようにして青ざめた顔。この前の打席でゴロを打ったところで完全に力を使い果たしてしまったのでしょう(そんなボロボロの体でなおバットに当てたんだから大したものだ)。ここで決めなければ後がないという緊張感が漂ってきます。

・「まじめだ こんな真剣な殿馬は初めてみる でろよ殿馬 おれに名誉ばん回のチャンスをくれ」。結局殿馬のツーランで試合終わってしまったので山田の名誉挽回のチャンスはなかった。ここまで引っ張って山田に回らないというところで意表を突きつつ、秋からの課題だった殿馬ホームランを描く流れが見事です。

・『打った打った〜〜〜 届かないはずの外角球 そして届かないリーチのはずがボールをとらえた 打球はライトへ高々と上がった』。実況の台詞が、指の手術によって届かなかった鍵盤が届くようになり「円舞曲 別れ」を弾きこなせるようになったこととダブります。

・動けないはずの犬神、懸命にボールを追う。フェンスによじ登りボールをキャッチ、ラッキーゾーンに落ちかかるも両足を引っ掛けて懸命に支える。もがきながら頑張ったもののセンター犬王が飛びついて助けるのに間に合わずラッキーゾーンへ転落してしまう。
山田に吹っ飛ばされて全身打撲を食らってさえ「ざまあみろ」と感じるほどのヒールっぷりを見せてきた犬神ですが、ふらふらの体を引きずっての懸命の頑張りように、一連のラフプレーも勝利のために必死だった結果じゃないかと少し彼に肩入れしたい気持ちになりました。「犬神」と涙ぐむ犬王はツーラン成立より犬神の懸命の努力が無になった事に泣いたのでしょう。
ここまですっかり悪者だった犬神も、最後にいいところを見させて悪者のままで終わらせない。敵も格好よく顔を立てて描かれています。

・ベンチに引き上げてきた山田から状況を聞いた里中が「と 殿馬がツーラン か 勝ったのか勝ったのか」。この反応から里中が自分の目で状況を見ていない、去年の土佐丸戦同様、もはや意識が朦朧としていたことが窺える。ここで逆転してなければもはや続投は無理だったろう。本当にぎりぎりの局面での勝利だったのがわかる一言です。

 


(2011年2月4日up)

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