高二春・土佐丸戦(前編)
コミックスほぼ2巻分をかけて描かれる、無印『ドカベン』中においてもっとも長い試合(たぶん)。だからといって間延びした感は全くなく、ぎっしりと物語が詰まっています。基本的には少年マンガらしい明るい作風を持つ『ドカベン』の中において異質といっていい暗さが横溢するこの試合は、読みながらハラハラを通り越して胃が痛くなりそうな気さえしてきます。
その暗さは主として「ツキ指のため投球内容が著しく制限された里中」に由来するものなのですが、同じように里中が故障を抱えていても一年夏の土佐丸・いわき東戦にこれほどの暗さはなかった。二年春土佐丸戦に固有の暗さは、犬神のオカルティックな不気味さのせいもありますが、里中が山田に対する信頼を失ってしまってることが一番の理由でしょう。
一年夏はケガのため時に情緒不安定気味ではあっても里中が山田への信頼を失うような局面は存在しなかった。高三夏の準決勝に至ってはケガや吐き気に悩まされながらも精神面での崩れは全くといっていいほどない。バッテリーの信頼感がこうも物語の雰囲気を左右するのですね。この暗さ、どこまでも世界が暗転していくような閉塞感は、里中がバント出塁するもそのまま起き上がれなくなった場面をピークに少しずつ快方へと向かってゆきます。里中のケガはヒジにも及び、山田は犬神のアンダーシャツのからくりこそ見抜いたもののデッドボールを受けまともにバットも振れなくなる、と事態はさらに悪化しているし、全体にやはり暗い空気を持続してはいるのですが、里中は断固続投を主張したことでかえって精神の安定と山田への信頼を取り戻す。
そして回想シーンを挟んでの岩鬼のホームラン(←ホームランではなく三塁打級(結局二塁打止まりになりましたが)ですね。失礼しました)、山田・犬神のクロスプレー、殿馬のまさかのツーランと、重苦しいムードを吹き飛ばすような豪快な大技の連続でついに明訓は逆転勝利に辿り着く。試合の前半と後半でがらりと空気を変え(とはいえ後半にも里中が回想シーンの直後に武蔵にホームランを打たれるなど“追いつめられ感”を出した場面もあり、雰囲気変わりすぎて前半と後半が乖離しないようバランスが取られています)、いったん最悪まで沈んだものを少しずつ浮上させて優勝という頂点へ持っていく緩急の巧みさがこの試合を『ドカベン』有数の名勝負たらしめています。またメインキャラクターのそれぞれが実に魅力的に描き出されているのも特徴。土井垣さんが一番格好よかったのはこの試合じゃないだろうか(あとは弁慶戦関連)。激することなく冷静に、しかし懸命にプレーしている選手たちのためにも一言いっておかないと、と規則違反ぎりぎりのラインで抗議を行う土井垣、里中の苦投を息を詰めて見守りつつ「おまえも山田を信じてくれ」と祈り、何度も交代させるべきかと逡巡しながらも「大バカついで」に続投を決意する土井垣・・・。『ドカベン』のみならず水島野球マンガでここまで苦悩の姿を描かれた監督が他にいるだろうか。土井垣のナイーブさがこの勝負により緻密で繊細な情味を加えていました。
それから四天王について。「大観衆の声など山田には聞こえない 山田の目は犬神の左腕に吸いつけられてはなれない 犬神の腕の伸縮がどうしても信じられないのである」と神経質すぎて回りが見えなくなる一面を表し、負傷の右手の握力がどうにか戻ったと涙ぐむいつにない「弱さ」を見せた山田。情緒不安定から山田を信じられない→身勝手なプレーに走って失敗→なお山田への不信を強めるという(ファン的には見てて辛い)悪循環に陥りながらもその自負心と野球への情熱を十二分に見せ付けてくれた里中。おつるさんのために奮起して大事な局面で
ホームラン(←殊勲打)をかっとばし、純な心底と精神的強さをうかがわせた岩鬼。絶妙のタイミングで絶妙の台詞を口にして里中を支え、「交響曲No.4」あたりから要所要所で活躍したあげく最後に最高の場面をかっさらっていく殿馬。彼らの過去話がそれぞれ試合の状況とからめながら紹介され、現在の彼らが出来上がる過程が明かされたことでなおその人間性に深みが出ています。この四天王の過去話のくだりはこの土佐丸戦で『ドカベン』が完結するのではと(全48巻なのがわかってても)つい思ってしまったほどの盛り上がり。ラスト殿馬が念願のホームランを打つにいたってはもう。もしここで本当に『ドカベン』が完結していたなら、目標を果たした殿馬は野球をやめて完全に音楽に戻り、里中は優勝の栄光とひきかえに再起不能、ひょっとすれば山田もデッドボールの後遺症で再起不能までいかずともパワーを大幅に削られ、ケガに滅法強い岩鬼がその後の明訓野球部を引っ張っていく・・・なんてラストになっていたのかも。
・プレイボールのサイレン直前、マウンドで山田の台詞を受けて「さとるボールをさとられないとはこりゃいいシャレだ」という里中・・・。『スーパースターズ編』(「ドカベンVS野球狂の詩」)で「与作はおれも好きな歌だ」とのたまい「おまえ何歳だよ」と読者を唖然とさせた里中ですが、無印時代から時々妙にオヤジ臭い言動してるんですよね。この時点ではくだらんシャレ言えるほどに余裕あったのになあ。
・「ウフフフ たしかに里中はいいピッチャーだ その上 女房役・山田も抜群だ・・・・・・ このバッテリーから勝利をもぎとるのは至難のワザ そのためにおれは片目の特訓をナインに強制してきた 七色の変化球といわれた里中のボールを確実にとらえることのできる目をつくるために・・・・・・」と小次郎の心の声。『ドカベン』の並みいるライバルキャラが大概「打倒山田」を掲げている中、“里中を打ち崩す”ことを主眼にしたチームは土佐丸くらいのもの。里中ファンとしては小次郎の里中高評価が何だか嬉しかったりします。
・一回表、ノーアウト1、2塁で三番武蔵の打席。山田のサインに首を振る里中。「たしかに今のおれはツキ指で握力が低下しているからストレートも走らん コースを投げ分けるしかない ましてや変化球など投げられん しかしハーフスピードのストレートだけじゃ必ずツキ指はばれる たしかに指は痛むだろうが しかし ここはカーブでいく 変化球があるというだけでもみせたいんだ たのむカーブを投げさせてくれ たのむ 山田」「よしわかった里中こい」。
しかし結局球は曲がらずスリーランを打たれてしまう。山田内心「まがらないわけだ・・・・・・まげられるわけがないんだ だからこそツキ指なんだ・・・・・・・・・うかつだった」。土井垣内心「里中のあせりにおまえまで一緒にあせっていてはいかん 鬼になれ 山田」。
相当な痛みを覚悟のうえで変化球を投げたいと言った里中(二度も「たのむ」と言うあたりに彼の必死さがうかがえます)、その里中の熱意に押されてつい冷静な判断力を欠いてしまった山田、そんな二人を一歩引いたところからハラハラしながら見守る土井垣。三者それぞれの思いが痛いです。里中の精神的崩れの兆候が早くも表れつつあります。・武蔵のスリーランに対し山田もスリーランを打ってお返し。打たれたぶんは打って取り返し里中を援護する、さすがは恋女房です。ここで前からの伏線“山田は投手の握りを見定めることができる”を改めて強調しておいて、握りを読ませない山田キラー犬神の登場の布石を打っています。
・やはり里中は本当にツキ指してたのではと疑った小次郎はそれを確かめるためにわざと里中の打席の時にスローボール(キャッチボール投法)を投げさせる。里中は見送り三振し、小次郎は里中のツキ指を確信する。なぜスローボールを投げてきたのか意図するところがわかっていても見送らざるを得ない里中の無念と不安が伝わってきます。一年夏といい、里中の打席にキャッチボール投法が来るときはろくなことが起こらないですね。
・里中は山田のリードにしたがってハーフのストレートをセカンドに打たせる。「そうだ いかに力のないタマでも里中には人なみ以上のコントロールがある 好投手の条件はスピードでも変化球でもない コントロールだ タイミングを狂わしコントロールさえまちがわなければそうは打たれない 打たせてとるのもまたピッチングの極意だ」。この山田の心の声に彼がピッチャー里中に寄せる信頼のほどが感じられて嬉しかったです(セカンドというところは殿馬への信頼も)。このコントロールが多少の波はあれど最後まで失われなかったからこそ、里中は何とか完投できたわけですね。
・武蔵の第二打席。山田は初球からさとるボールのサイン。山田里中ともに「この一球は指がつぶれても必ず変化させなくてはならない」とまで思い定めての渾身の一球。ここで里中のフォームにあわせ信濃川戦では実体が謎のままだったさとるボールの投げ方が具体的に説明される。しかし信濃川戦最中の土壇場でよくこんなこみいった投球を思いついたものだ。
二人の覚悟が実ってこの一球で武蔵も小次郎も一度は「やはりツキ指はウソだった」と思ってくれたものの、里中のワンパウンド送球に動揺する山田(+明らかに無理して明るく振る舞っている里中)の姿で里中の傷がさらに深まったことを示唆する。
一難去ってまた一難、明訓にいい風が吹き始めたかと思えば早くも空気が一変する。当時連載で読んでいた読者はさぞハラハラしたことでしょう。高一夏いわき東戦での一塁へのワンバウンド送球もその後の深刻な故障の前触れでしたからね・・・。・岩鬼がまぐれ当たりで一塁出塁。仲根の「あれこそ秘打だ 秘打であい頭だ」なる言葉にペンチの皆が笑うのに、里中は「笑いごとじゃない リードするチャンスだ」。その後も殿馬の打席で土井垣がヒッティングのサインを送ったのについ不満を述べたり、彼は周囲にもあからさまな余裕のなさを露呈していく。
この試合を通して濃厚に漂う明訓の追いつめられムードは、実際の試合展開そのものより、里中の精神状態から醸し出されているように思えます。このあと山田の打球が惜しくもファールになった時の「入ってる入ってる ポールをまいて入ったぞ」なんて、正気を失いつつあるのが顔色にも顕著でちょっと怖かった。・犬神ワンポイントリリーフで登場。山田と三太郎の間で「この犬神は変化球投手だぜ」「うん それも里中に近いくらいのな」という会話が交わされてるのが、里中=すごい変化球投手の代名詞という感じでちょっと嬉しかったり。
・犬神の伸びる腕に幻惑された山田が三振。里中内心「や 山田が三振」。右手がワナワナふるえている。関東大会のクリーンハイスクール戦でも山田の三振に動揺してましたが、あの時はまだしもすぐ気分を切りかえていた。ケガの痛みでナーバスになってる折だけにショックも数倍増しのようです。
・4回表、明訓ナインが守備につく。しかし殿馬に呼び止められ「素手でピッチャーするつもりづらか」と言われるまでグローブをベンチに忘れたことに気づかない里中。かなり末期症状です。土井垣「山田 今の打席を悩んでいるヒマはないぞ そして里中のリードに専念するんだ 今の里中は正常な精神状態ではない」山田「は はい」。
精神的にまともじゃないとわかっていながら土井垣は里中を替えることはまだ考えていない。リリーフがノーコンの岩鬼くらいしかいないというのもありますが、それ以上に里中の踏ん張りと山田のリードに対する信頼があればこそでしょう。・山田のサインに再び首をふる里中。ストレートに自信が持てずさとるボールを投げたがる里中とあくまでハーフストレートを投げさせようとする山田。さとるボールは決め球だからこそ使いたい里中と取っておきたい山田。どちらの気持ちもわかる状況だけに読んでる側も苦しい展開です。
ついに業を煮やした里中はサインが決まらぬまま、それでも山田の要望を入れてハーフストレートを投げ、そして打たれる。山田のリードに逆らい、しかしぎりぎりで山田を信じようとした里中が結果打たれたことでいよいよ山田への不信感を強めてしまうという負のスパイラル。
しかし山田は最初から打たれるのは折り込み済みだったんじゃないでしょうか。股間を抜けたピッチャー返しは土井垣がいうように普段の里中なら取れていたはずの球。里中なら止められると信じたからこその山田のハーフストレート要求だったように思えます。心身ともボロボロの里中を信じすぎたがゆえのヒット。山田の三振にいちいちショックを受けるくらい里中は山田を盲信してるきらいがありますが、ある意味山田の方も里中を盲信してると言えるかも。次も懲りずにハーフストレートのサインでまたピッチャー返しを里中が取れずセンター前ヒット、と同じことを繰り返してますから。・土井垣内心「いかん!!里中の投げたいタマを山田に止められサイン通りのタマを投げて打たれた 里中の悔いが山田への不信となってきてる 里中を呼んで警告するか・・・・・・いや 山田にまかせよう」。里中の精神状態をこと細かに察しつつ、自分が下手に介入するよりは山田に任せようと考える土井垣。強打者としてばかりでなく、投手への巧みなリードにおいても土井垣が山田に信を置いているのがよくわかります。
・打者野良に対しまたもストレートのサイン。「や 山田なぜだ・・・ おれはツキ指してる ストレートといってもハーフスピードになる 今打たれたばかりのタマじゃないか 頼むさとるボールのサインをくれ」「里中 ストレートだ」。野良は送りバントと見せてヒッティング。野良がバット引いたとき里中もよろける。そしてピッチャー返しになった球は里中のグローブを叩き落してセンター前ヒット。無死一、二塁に。
岩鬼「どアホなんじゃいそのへっぴり腰ァ~~ピッチャーライナーでダブれたちゅうに」。土井垣内心「岩鬼のいう通りだ 体勢をくずさなきゃピッチャーライナーの打球だ そしてその前の犬王の打球もいつもの里中ならとっている 里中を呼んでゲキをとばしたいところだが怒らせておくことが今の里中のたった一つの支えとなっているからな」。里中のケガは右手なので、ピッチャー返しを止めるには特別支障はないはず。なのにライナーを取れないのはケガのせいでそれだけ心身ともグロッキーになっている証拠ですね。・六番捨矢の打席。小次郎のサインを観察しヒットエンドランだと当たりをつけた山田は「ベースを中心の交響曲No.4」という謎の指示を。当初殿馬は意味がわからずがくっとなってましたが、「交響曲」だけに音楽家の自分へのメッセージなのは察してたんでしょうね。殿馬は危ういタイミングで意味を悟り好守備でトリプルプレーを導く。
このプレーにからむ他の守備陣、里中と仲根には山田の意図が伝わってませんでしたが、殿馬なら上手くフォローしてくれると信じて、山田は殿馬以外にはまずわからないだろうサインを出した。実際殿馬は里中にピッチャー返しを取らずによけるよう指示し、前進守備を取ってた仲根がぎりぎり一塁へ戻りながら捕球できるように送球した。
山田の殿馬への信頼がしっかり描かれ、これまでハーフスピードの球がすべてセンター中心に飛んできたことも伏線として利用している。この試合の見せ場の一つです。ミット蹴られて落球しなかった仲根の活躍もさりげなく描かれていますし。・4回裏。ここで「山田殺し犬神の出現で明訓を暗雲が包む中 もう一つ恐るべき敵が里中を襲いつつあった ツキ指をかばう里中の右ヒジに迫る悪魔!!」とのナレーションが。早くも次なる故障を思わせる展開。今でも十分に明訓不利なのに、これ以上マイナス面が増えたらどうなってしまうのか。ハラハラさせられます。
・ここまで里中を呼びつけて注意すべきか悩みながらも山田に任せるという結論を出してきた土井垣が山田を呼んで里中の状態を問い質す。里中の、ピッチャーの状態を一番よく理解しているのは山田だという土井垣さんの考えがわかります。土井垣は練習は厳しいですが、ちゃんと周りの意見を(自分から)聞いてくれる。山田などにはやりやすい監督だったろうと思います。
・5回表開始。土井垣はマウンドに向かおうとする里中を呼び止め山田を信じるよう諭す。ようやく土井垣が直接里中に注意できた。そして「この回もてば残り四回は岩鬼 殿馬 山岡 三太郎と一イニングずつ投げさせて目先を変えることもできる」などと考える土井垣。決勝なのにすごい余裕ある作戦だな!里中が投げられないとそれくらいしかしようがないのだけど。
・なおもストレートを要求する山田にますます不信感をつのらせる里中。「山田もうやめてくれ さとるボール投げさせてくれ」という心の声に彼の追いつめられっぷりがわかります。結局山田の言葉だけじゃもう効かなくて殿馬が笑いながらも辛辣な言葉(ピッチャーがキャッチャーを信用できないならピーとキャーのどっちか交代させるべき)をくれてようやく山田のサイン通り投げるつもりになるという・・・。里中はある意味殿馬には山田以上に信頼をおいてますね。
・山田8番犬神にインコースストレート二回続ける。二球ともぎりぎりファールに。里中は冷や汗もの。「これでも投手は捕手を信じろというのか・・・・・・・・・」。しかし土井垣内心「カウントをとるための計算ずくか 里中のコントロールを信じなきゃ要求できんことだ 里中 山田がおまえを信じているようにおまえも山田を信じてくれ」。
結局終始山田は里中を信じていて、相手を信じられないのは里中のほう。普段は山田のリードに絶対の信頼をおいている里中だけに切ないです。・山田がついにさとるボールのサインを。山田がさとるボールを温存してたのはいざというときの決め球に使うためですが、同時に決め球だからこそもしも打たれたときの里中のショックを慮った結果でもあるのが土井垣の心の声を通して語られます。この試合、山田、土井垣、里中のモノローグを多用して個々のリードの意味、里中の精神状態の上下、里中を案じる二人の思惑などきめ細かく描き出しながらストーリーを進めていく手腕が見事です。
・なんと犬神の腕が伸びてボールを打つという番狂わせが。この腕の伸びは試合の後半で明かされた袖のカラクリじゃあ説明できないのだが・・・どんな原理?あれだけさとるボールが打たれる事態を避けよう避けようとしてきた山田の努力が一瞬で水の泡に。しかしこれは山田のせいでも里中のせいでもないからなー。
・土井垣内心「さ 里中の顔から血の気がひいた・・・・・・・」。このへん土井垣と山田は二人そろって里中の顔色を心配してばっかです・・・。
・土井垣は落ち着かない里中を見て今川をブルペンに行かせて投球練習をさせる。今川が左ききなのをここで知りました。しかし今川に投手経験あるのか。里中をカッカさせるためだけの“リリーフのふり”だから、とりあえずベンチにいた今川を使ったってあたりが真相でしょうか。冷静じゃない里中はまんまとかかってくれましたし。
・山田内心「今の里中には激励などなんの役にも立たない 必要なのは刺激だ それもカッカ頭にくる強烈な刺激を与えることだ 指の苦しみと精神的動揺の中でなお気力を持たせるにはこの土井垣作戦しかない」(思えばドSな作戦だ)。土井垣と打ち合わせる間などなかったでしょうが、土井垣の思惑を正確に察している山田はさすがの慧眼。
そして山田は山田で気がすむまでさとるボールを投げさせるという、“ゲームメイキングより里中のメンタルケアを主軸にしたリード”によって里中の精神の建て直しをはかる。ケガの苦痛を思えば仕方ないとはいえ手間のかかる男だな里中。・里中は9番牙野をさとるボール三連発でしとめる。『苦投里中くん久しぶりの会心の微笑です』。小次郎内心「普通の指ではないはず・・・・・・つぶれる これではつぶれる こんなムチャなリードを山田がするとは思わなかった だからこそ裏をかかれたわけだが・・・・・・」。いつのまにか里中がやはりツキ指してることを察してたらしい。まあそりゃそうだな。
・ツーアウトで二塁ランナー犬神走る。山田とって三塁へ。岩鬼捕球するが犬神のスパイクで胸を切り裂かれ落球。怒って犬神殴ろうとする岩鬼を里中が止める。「これがやめずにいられっかい」(「やめられっかい」では?)と反発した岩鬼ですが「今おまえが退場になったら明訓はどうなるんだ」といわれてドンとショックを受ける。加えて「山田のバットは期待できないこの試合でだれが打ってくれるんだ」と言われるに及んで「いわゆる信頼感というやっちゃな 里中わいは冷静やで 次の回打ったるさけ安心して投げえ」と穏やかな笑顔に。
周囲から頼られ持ち上げられるのが大好きな岩鬼らしい態度の変容ですが、この場合里中の台詞は岩鬼をおだてて操縦する意図ではなく全くの本音でしょうね。しかし里中、岩鬼のケガの心配は全くしないのか。結構派手に出血してますよ?・三塁に犬神がいればさとるボールは投げられない(ワイルドピッチの恐れがある)との小次郎予想を覆し、またもさとるボール。しかしワンバウンドに。山田取るもはじき、ふりむきざまボールに飛びつくさい審判に衝突。犬神はホームにつっこみ、里中もカバーに走る。山田空中でボールキャッチし里中にトス。里中捕るもグローブを蹴られ落球。しかし犬神もベースにタッチしてない。里中はボールを拾ってタッチにいこうとするが、ボールがなぜか複数に増殖。審判が倒れたさいに予備のボールを入れた袋からボールがこぼれてしまったのだ――。
これも有名なエピソードですね。後述するようにこのプレーは審判の判断ミスが大きかったように思いますが、そもそも里中の投球がワンバウンドになってなければ起こらなかった事故。あれだけ投げたがったさとるボールも満足に投げられなくなってる。いよいよ里中の限界が感じられます。・どれが本物の(試合で使っていた)ボールか分からない状況で、とりあえず里中は適当なボールを拾って犬神にタッチ。これをもってアウトとするかどうか、審判団はしばし協議するが結果セーフの判定に。おそらく“どのボールが本物かわからない→どのボールも本物ではないと考えるべき→そのボールによるタッチは無効→したがって一瞬遅れでホームベースにタッチした犬神の得点が認められる”という理屈なのかと思いますが、これは明らかに審判に非があるのでは。
土井垣が言ったようにまずボールがこぼれたのは審判のミスなのだし、どれが本物のボールかわからない以上里中はああするしかなかったわけで、そのタッチが認められないのはおかしい(審判がボールをこぼした時点で明訓は土佐丸の得点を阻止するすべがなくなってしまう)。加えてもう一つ審判のミスがある。本物のボールがどれかわからなくなった時すぐに審判がボールデッドを宣言しなかったこと。ボールデッドにして犬神を三塁に戻し、問題のプレーの直前から仕切り直しをすべきだった。幸いボールが複数になったとき里中も犬神も驚きのあまりしばしプレーを中断してたのだから、ボールデッドを宣言する時間的余裕は十分あったのだ。ここでボールデッドにしていれば里中の犬神へのタッチも犬神のホームベースへのタッチもなかったわけで1点かアウトかでもめずに済んでいたのに。審判も一緒に呆然としていて反応が遅れたのが事の元凶である。そのミスのしわ寄せが全部明訓に行ってしまった・・・。土井垣が怒るのも当然です。下手すりゃ決勝点にもなりかねないのだし。
ちなみに、このプレイは〈審判がボールをこぼし本物のボールがわからなくなった時点で自動的にボールデッド→ボールデッドの際の規定にしたがって走者は一塁分進塁→結果犬神のホームインが認められた〉のだという説も見かけましたが、ボールデッドにそんな規則があるんだ!こんな理由で否応なく一点献上しなくちゃならないとしたらあんまりというものです。・里中はさとるボールを投げるが落ちない。ホームラン性のあたりをセンター山岡がキャッチしてチェンジ。先にホームラン性のあたりをキャッチした三太郎といい守備陣が踏ん張ってくれている。しかし例のホームクロスプレーでついに土佐丸一点リード。ケガを押しての力投にもかかわらず1点リードされ、それも自分の懸命のプレーを無効扱いされた結果とあっては、里中が精神的にも大打撃を受けても無理からぬところです。
・5回裏の打順は8番北から。北三振の後打席に入る里中。岩鬼「里中 でろよ でりゃ信頼のもとこの岩鬼のツーランじゃい」。この“里中出塁のうえでツーラン”の約束は9回裏で果たされましたね。(←ツーランじゃなくて殊勲打ですね、失礼しました)
・内心で「やはりツキ指はばれているようだ・・・・・・としてもやはりここは里中バットを振るな ツキ指にひびくだけだ」と考える山田。なぜかこのコマの山田プロテクターつけたままなんですが。その後ベンチ飛び出すシーンでも。なぜ?
・里中一塁側へセーフティバント。武蔵一塁カバーへ入るが、タッチをかいくぐってヘッドスライディング、セーフ。小次郎が考えたように見送り三振で当然の状態なのにあえて打ちにいく。前年夏の決勝戦を思い出させます。あの時は岩鬼がツーランを打って返してくれましたが、今回は塁を回ることもできないような状況になってしまいましたね・・・。
・『あ~~~里中くん 倒れたまま起き上がってきません』。前のページラストの明訓ベンチの皆が「おい里中が」「里中」などと呼ぶ場面で里中に何か起こったことを予期させておいてページをめくるとベースに両手を触れたままぐったりしている里中の姿。序盤からじわじわと悪い方へ悪い方へ追いつめられていくようだったこの試合、ついにきた最悪の瞬間という感じで読みながら頭を抱えたくなりました。ようやく体を半分起こした里中のうつろな目と半開きの口、力ない座り方から彼のふらふらさ加減が伝わってくる。同時にこういう時の里中はなんとも色っぽくてつい目を吸い付けられてしまいます。
・↑のコマ以降里中の胸ボタンの一番上が外れていますがスライディング時にボタンが飛んだのか少し前に息苦しくて緩めたのか。里中はいつも襟元のボタンをきっちり一番上まで留めてるので、ボタンが外れてるとしどけない印象になって苦しげでもありこれまた色っぽくもあり。
(2011年1月28日up)
(2024年5月20日加筆)
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||