高二春センバツ前〜鳥取大砂丘戦

 

関東大会も終わったこの時期の目玉は土井垣のドラフトの行方でしょうか。どこに何位で指名されるかより、プロ入りとなれば当然明訓監督は辞めなくてはならない。その場合春のセンバツを前に明訓は監督がいなくなってしまうのか、土井垣自身はプロ入りより明訓監督の方に魅力を感じてるっぽいが――というところで引っ張り、さらにいつしか土井垣を終生のライバルと見なすようになっていた土佐丸の犬飼小次郎のドラフトの結果がどうかも合わせて描かれる。

結果、土井垣は一位指名されるもプロ入りを蹴って明訓の監督業を選び、土井垣を指名した日本ハムの大沢監督は、きっぱり断った土井垣の態度をかえって気に入って、土井垣明訓の敗北=土井垣のプロ入りを首を長くして待つ、という一番土井垣が格好良い形に収まり、さらに指名の順番で負けた(くじ順によるものなので一位指名には違いないのだけど)小次郎が土佐丸監督として、土井垣との代理戦争ともいうべき明訓との試合に闘志を燃やす伏線にもなっています。かくて明訓の地区優勝祝いに電報を送ってくるなど、このところ良いライバルぶりを見せていた土佐丸が、謎のアイパッチ集団として登場当初を上回る不気味さとともに再登場することになるわけです。

もう一つの見どころが明訓と山田研究のために春の甲子園までくっついていった谷津吾朗。土門さんも誉めた図太さで、新幹線の車内から旅館から常に明訓ナインについてまわり、最初はサチ子をはじめ皆からスパイとして警戒されたものの、独特の愛らしい風貌と謙虚な態度でいつしかすっかり溶け込んでしまった。彼が土門に心の内で呼びかける(実際そのままの内容をノートに書き込んでる?)「前略 土門さん」というモノローグは、この二年春の甲子園大会の象徴ともいうべきものでした(『前略、おふくろさま』というドラマが元ネタでしょうか?)。同時に明訓ナインに密着取材してるにも等しい彼の視点で試合展開の解説がなされる。それもまたこの春の大会を盛り上げる役割を十二分に果たしていたように思います。


・横学の練習風景。あいかわらずミットで取れない吾朗。監督は「一体どういうつもりなんだ土門のやつはこいつがどうしてキャッチャーになれるんだ」と呆れ気味ですが、土門の内心は、「体でしか受けられなかった吾朗がミットに当てるまでになった 吾朗にはたった一つだけ他人にないものがある それは・・・・・・ 酷使に笑って耐えられるだけの図太さがある」。ほめてるのかこれ?
「夏までにこの吾朗を必ず山田に匹敵するキャッチャーにしてみせる必ず・・・・・・」。心身の頑丈さ・図太さだけが取り得の男を高校球界NO.1キャッチャーと言われる山田と並ぶ実力者にしてみせるとはとんでもない自信。なんとこれが実現するのだから土門さんも吾朗もすごいものです。

・フォアマンに喝を入れつつともにグラウンド五百周(!)のトレーニングに挑む影丸。いくらなんでもかえって足腰おかしくするんじゃないか。山田にというか明訓に負けたのは影丸が岩鬼への私怨を優先させた結果であって足腰の問題じゃなかったんだが。ホームラン打ちまくってたフォアマンには何ら非はないのになあ。

・ドラフト会議前日の練習終了後。岩鬼が「おい下級生ええか 精神こめてタマ集めやれや」。下級生ってだれだよ(笑)。岩鬼自身が一年の最下級生なのに。まあ秋季大会の時点で野球部にはレギュラー9人+今川と仲根の友人しかいなかったはずなので、それ以降に入部したという意味で後輩には違いない(それにしても下級生ではないわけだが)。岩鬼なら同級生にモロ先輩面してても違和感ないし。

・ドラフト会議前日。一位指名は確実と噂の土井垣に記者が質問。「それじゃ一つだけ!好きな球団は?」「明訓高校です!!」「えっ」。記者も思わず驚く土井垣発言。
プロ入り、それも一位指名という野球少年にとって最良の瞬間をすぐ目の前にしながら、明訓が一番大事、このまま明訓の監督を続けるのだという意志が滲み出たような回答です。

・直後のミーティングの席。「ところでプロといえば・・・・・・」とついドラフトの話を土井垣にふろうとする里中を山田が肩をつかんでたしなめる。すぐにその意図を汲んだか話をそらそうとしつつ言葉に詰まる里中を山田がフォローし、後からこっそりと「里中 ドラフトのことにはふれないほうがいい」。
一見平静を装っていても内心穏やかでない土井垣の心境を山田は察して気を回している。対して里中の無邪気なこと。『プロ野球編』でこの二年後のドラフト当日、大学進学を宣言していながらも内心ナーバスになっている里中を見たとき、この場面の無邪気さが懐かしく思い出されたものです。

・上の会話のさい土井垣の気をそらすため殿馬がこの場にいないことを指摘する山田。「そや どうりで静かや思ったらとんまがミーチングさぼっとるんや あいつめ ピ ピアノひいてけつかる」と岩鬼は怒るが土井垣は「ほっとけあれがやつのミーティングだよ」。
夏の甲子園の後、三年生が合宿所を出るとき手伝いにこないでピアノを弾いてる殿馬を山田が連れてこようとするのを止めたときもそうですが、土井垣さんは岩鬼以上に殿馬には好き勝手させている。自分の常識が通用しない殿馬が苦手というのではなく、放っといてもやるときはやる殿馬の自主性を認め敬意を払ってさえいるからでしょう。土井垣さんが殿馬に寄せる信頼のほどは高二夏の地区予選前の“秘密兵器”を語るときの様子からもよくわかります。

・ドラフト会議の最中に抜け出して明訓のグラウンドまで直接会いに来てくれた大沢監督に対し、土井垣は一位指名を感謝しつつも日ハム入りを断る。「ぼくは日本ハムの魅力以上にこの明訓の連勝にとりつかれているんです」。言葉も顔つきも何だか輝いていて、土井垣さんが本当に明訓野球部を愛しまくってるのが伝わってくる。
断られた大沢監督もきっぷの良さを発揮して「はっきりしていて気持ちのいいやろうだぜ きたかいがあったというものよ」とすんなり納得したうえ、交渉権が切れる一年後まで明訓の敗北=土井垣の入団をあきらめず待つ、交渉権が切れたらまた来年指名するとまで言ってくれる。ここは監督も土井垣も最高に格好いいですね。

・新幹線のホームで応援団や生徒たちの見送りを受ける明訓野球部員たち。出発ぎりぎりに山田がサチ子とともにあわててかけこんでくる。山田が遅刻ぎりぎりに走ってくるのは第一話の鷹丘中学転校初日を彷彿とさせます。真面目な優等生でいかにも几帳面そうな山田だけにこの遅刻ぐせは意外ではある。特に朝が弱いって感じでもないしなあ・・・。

・明訓勢芦田旅館入り。山田は浴室でサチ子に風呂の入り方を指導。この入浴法や後で出てくる動いてる電車の中からホームの看板の文字を読む(動体視力を鍛える)訓練など、当時真似をした少年は少なくなかったらしい。
中学時代弁当を投げてよこしたサチ子のお尻を叩いて叱ったときもそうですが、山田は妙なところにこだわる傾向がある。言ってることは間違ってないのですが、日頃サチ子に甘々な山田がお説教するポイントはそこなのかー?と。例のトタン板の雨具や無印終盤でのマスコミの目をごまかすための雪ん子みたいな変装とか(正体がバレるかどうか抜きであれは恥ずかしい・・・)、どっか感覚がずれてるところがある。それも山田の持ち味なんですが。

・初戦、対桜島大商高。8回表まで0対0と意外な接戦。均衡を破ったのは何と9番里中のまさかのホームランだった。本人も打った瞬間に「えっ」。相応の手ごたえがあったんでしょうが、外野フライになる(そして外野手が取れない)可能性もあるんだからバッターボックスで突っ立ってないで一応走っておけよと。
岩鬼の「悲しいのォホームラン打ったことないさかい走り方知らんのけ 里中〜〜左足から出して走るんやはよいけ」なんて当たり前すぎる発言にも普段なら「バカにするな」と反論しそうなのに「お OK」と素直に返事して走り出す。よくよく呆然としてたんでしょうねえ。走るうちだんだん実感がわいてきたのかテレ笑い気味に。ホームイン直後岩鬼にはたかれてもまだ笑ってる。試合後のインタビューでも抑えようとしても喜びが滲み出ちゃってます。
ちなみに桜島大商高のエースは壁村という名前ですが、この頃の週刊少年チャンピオンの編集長は壁村耐三さん。『ドカベン』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』などの連載をスタートさせチャンピオンの黄金期を築き上げた名物編集長だとか。ネットで調べてみたら興味深い“伝説”がいろいろと(笑)。壁村って変わった名字なので当然壁村編集長から取ったものと思われます。そのわりに里中に人生初のホームランを打たれる役どころなんですが。

・勝利の後、ダメ押しのツーランを放った山田ともども記者たちにインタビューされる里中は「中学 高校を通じて初めてのホームランです」と語る。確かに嘘言っちゃいないが、そもそも中学時代は補欠→強制退部で試合出たことなかったじゃないか。
近くで取材を眺めているサチ子が「かっこいい〜」と言ってますが、この時喋ってるのが里中の方なことからして「かっこいい〜」という褒め言葉は兄でなく里中に向けられたもの。兄より里中が優先か。

・サチ子と散歩に出た山田は電車の中でも蹲踞で座って足腰を鍛える。当然周囲の注視の的。山田の正体に気づいてる人も多かったので“さすがの練習熱心さ”と見なしてもらえてますが、山田は結構人目を気にせずやりたいことやる方ですね。『プロ野球編』でも当たっているときのバットの感触をなくしたくないとバットを握りしめたまま電車に乗ったりしてて、変わってないなあとちょっと嬉しくなりました。

・第二試合は鳥取大砂丘学院との戦い。あいつぐバント攻撃であの明訓、あの里中から5点を取りながらも、山田の場外満塁ホームランに最後はあっさりと敗れる。結局、“甲子園の砂は鳥取の砂丘から運ばれてきたもの”というネタを生かすためだけの戦いだったような。


(2011年1月8日up)

 

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