高二春・江川学院戦〜信濃川戦前

 

ミラクルエースと呼ばれるピッチャー大橋が有名な江川学院。当然明訓も大橋を打ち崩すべく警戒(研究?)してたのですが、その虚をつくかのように大橋は登板せず、かわってマウンドに上がったのが二年生の中二美夫。
初期の犬飼小次郎を童顔にしたような甘いマスクと、校名からしてあからさまに元巨人の江川卓選手(+父君の二美夫氏と弟の中氏)をイメージした左腕の投手。明訓との勝負に先だって二回戦で先発した(初登場の)さいは、なかなかはっきり顔を見せないなど勿体つけた演出がなされており、しかもノーヒットノーランをやってのけるなどセンパツ大会の主要なライバルの一人となることを予感させました。
いざ明訓との試合でもいきなり里中からプレイボールホームランを奪い、ピッチャーとしても決め球のフォークを生かしたピッチングで明訓の打線を封じる。そして有名な山田に対する5打席連続敬遠。4打席目など押し出しで一点献上してまで山田を敬遠。二回戦以来の好投ですっかり大会のヒーローになっていたものがブーイングの嵐で悪役扱いになっても泰然自若。
中ほどの力を持った投手がいかに山田が強打者とはいえここまで徹底敬遠するとは解せない。本人の山田に向けた視線や監督の台詞からして相応の理由があるんじゃないかと思わせましたが、この年夏の甲子園大会の時に“肩を負傷していて本調子じゃなかった”からだと明かされました。にもかかわらず山田以外は終盤までほぼ完璧に抑えたのだから明訓ナインは立場ないなー。
しかし中が怪我してるならなぜ本来のエースである大橋が出てこなかったのかという疑問がわきあがります。江川学院の監督は二回戦のときに大橋が登板しなかったのは「とにかく優勝するには どうしても大橋の連投連投になるので少し休ませる意味もあって」とコメントしてますが、それなら山田の打席だけのワンポイントリリーフとしてでも使えばよかったものを。十二回裏、中にあきらかに疲れが見えてきて実況も「(ここは)ライトにはいっているエース大橋くんのリリーフでしょう」と言うような状況でさえ替えようとしない。普通に考えて“本当は中以上の深刻な故障を負っていた”というのが理由でしょうか。その後プロに入った形跡もないですしね。七色の変化球投手と呼ばれた大橋の投球もちゃんと見てみたかったです。


・一番ピッチャー中に対して里中「よしど真ん中でいっちょう好打者かどうか様子を見てやれ」と山田にサイン。山田「なるほど好打者なら初球の好球は見のがさずくる」。結果その球をプレイボールのサイレンが鳴り止まぬうちにホームランされる。
体力の要求されるピッチャーでありながら最も打席の多く回ってくる一番打者、ということで里中が対抗意識を煽られたのはわかるんですが、山田がそれを止めずに乗っかっちゃったのがなあ。結局この一点があやうく決勝点になりかけたのだから、バッテリー痛恨のミスというやつですね。

・実況いわく『一方の里中くんも小さな巨人といわれた好投手 貧打江川学院をまったく寄せつけず それにしても初回の第一球の失投が悔やまれます たった一つのスキでした』。「豪打」ならわかるけど「貧打」の打線を寄せつけないんじゃ大してすごくないような気もする(笑)。

・打席の一番後ろに下がることで、かえって中を投げにくくさせ、まんまとフォアボールで出塁する殿馬。いわく「秘打 なすがまま」。このバットが届かなそうな位置に立たれるとかえって投手はストライクが入らない″戦は『大甲子園』青田戦の里中ほか定番といっていいほどよく使われてますね。しかし殿馬登場時の実況『秘打男殿馬くんがかったるく登場です』というのに笑った。たしかにかったるそうだけども。

・二度目の山田敬遠に際しスタンドから罵声が飛びまくるが、中は余裕綽々。江川の遠藤監督が「こんなに度胸のある男だったかいな」と驚いた顔をしてますが、つまり敬遠は監督の指示ではなかったってことですかね?ランナーなしでの2連続敬遠などブーイングの嵐を食らって今後のピッチングがガタガタになりかねないわけで、中の度胸を信じてなきゃそうそうやらせないでしょうから。それともいかにブーイング食らおうとそれでピッチングが崩れようと敬遠した方がマシだと思うほどに監督は山田が恐ろしかったってことでしょうか。

・六番・石毛の空振りで四回裏も明訓無得点。なのだが、ここで実況が『スイッチ・石毛 バットにかすらず』と言っているのに注目。およそヒットを打ってる場面が思いだせない石毛さんですが、スイッチヒッターだったとは。
そしてチェンジになって引き上げてくる山田の手前で仲根が「まわってくりゃかましたのに」などと言っている。殿馬や里中だって打ててないってのに。仲根のこういうさりげなく調子のいいところは結構好きです。

・客席の徳川「明訓バッテリーは一番投手・中に完全にあわてさせられたぜよ のォ犬飼 そこをねらった一瞬のスキの初球に中は勝負をかけたってわけだァ」。この徳川の発言からすると中を一番に持ってきた目的は中の打撃と足もさる事ながら、明訓バッテリーの動揺を誘うのが第一義だったのか、という気もします。まんまとしてやられたわけだ。
関東大会に引き続きライバル校の監督として大会に参加してる徳川が、読者に旧知の別キャラともども明訓の試合の解説役を務めるというのは対赤城山戦の時と同じパターンですね。

・7回裏、またも敬遠によって一塁に出た山田は、三太郎・石毛の送りバントで三塁へ到達。仲根の打席を前にした中を見つめて山田内心「どうやら中は三塁ランナーのいる 重みを知らんとみえる どうして土井垣さんがバントバントで三塁におれを送ったか 中よ考えてみろ」。このシーンの山田、静かな迫力があって何だか怖いです。山田も心の中では三打席連続敬遠にだいぶ頭にきてるんでしょうね。

・中は決め球のフォークで仲根を三振に。山田内心「すごい落差だ いわき東のフォークの緒方に匹敵する落差だ」。ここで久々に緒方の名前が出てきたのがちょっと嬉しかった。結構好きなキャラであり好きな試合だったので。やはりフォークといえば緒方なんですね。
そしてここで初めて(唯一?)普段髪の毛で隠れている仲根の目が描かれている。結構渋い男前です。ここだけ目が出てくるのは、それだけフォークに動揺したってところを見せる演出なんでしょうか。

・8回裏、ファールで粘ってフォアボールをもらい出塁した北を、続く里中が送るとみせて強打とみせてバント、というトリックプレーでサード新田をあざむき結果1、2塁ともセーフ。この時新田がファンブルしたにもかかわらず記録はヒットとついたため、中のノーヒットノーランはついえ里中内野安打の扱いに。プレイボールホームランで中に煮え湯を呑まされた里中が結果的に意趣返しをやってのけた形ですね。

・完全にエラーとしか思えない野手のプレーでノーヒットノーランを潰され、これまでの余裕の笑顔が消え苛立つ中は、岩鬼の態度にキレて脅かしのつもりで危険球を投げたところ、もろ岩鬼のみぞおちに入ってデッドボールに。悪球打ちの岩鬼が、それも「絶好球」と言いながらボールを食らってしまったのは岩鬼でも対応しきれないほどに中のボールが鋭かったということか。そして中の側の誤算は普通あんなボールを投げれば慌ててよけようとするはずが、岩鬼が真っ向から立ち向かってきたためにデッドボールになってしまったこと。双方にとって予想外の一球になったわけだ。

・土井垣は殿馬と山岡にわざと三振させ二死満塁で山田に回させる。徳川「ど 土井垣のやろうやりやがるぜ」「へたに打たせりゃダブルプレイがある 犠牲フライで同点としても塁がひとつあく」。
無死満塁だったものを二死にしてまで山田の敬遠を阻止しようとする。明訓の中でも高打率を誇る殿馬に空振りさせてまで。確かに度胸のある作戦です。敬遠されさえしなければ山田なら打つという土井垣の固い信頼と3連続敬遠というなめたやり方を何とか崩してやるという意地の両方を感じます。
そして山岡が打席に立った段階で早くも土井垣作戦を察した吾朗は大した洞察力。その長足の成長ぶりは、甲子園までついてきて明訓ナインとりわけ山田の生活に密着したことと無関係ではないはず。甲子園行きを通して吾朗を育てようという土門さんの狙いは見事に当たりましたね。

・9回表、江川学院ベンチ前に飛んだフライを山田ジャンプして取ってそのままベンチにとびこむ。この時山田と目のあった中はふと訴えるような視線を向けてくる。中が山田を全打席敬遠したのには相当の事情があり、一見平然としてるようでも内心には強い葛藤があることを感じさせます。その事情が明かされるのは大分後(しかももう一つ納得いかない理由)になりますが。
実のところ山田を4度目敬遠するまでは、中の敬遠の動機はノーヒットノーランに異様なこだわりがある―たとえば誰かにノーヒットノーラン達成を約束したとか―ためじゃないかと思ってました。前の試合もノーヒットノーランだったし、北を四球で塁に出したときは何ら動揺してなかった中が里中の内野安打でノーヒットノーランが消えたとたんにそれまでの笑顔が一変する。ノーヒットノーランの記録に響かないかぎりは四死球(敬遠ふくむ)やエラーで出塁されても、もしも点を取られたとしてさえ特に問題じゃない、とにかく記録が最優先。でもノーヒットノーランがなくなった以上はもはや山田を敬遠する理由もなくなった、と次の打席は勝負にいく・・・なんて展開を想像してたんですが、全然違ったなー。まあ「山田に全幅の信頼を置いた土井垣作戦のさらに裏をかく徹底敬遠」という両者のばかし合いの方が面白かったんで全然OKなんですが。

・10回表、顔を洗ってマウンドにあがる中に江川の監督は「中 がんばれ」と言い、その後にもう一度心の中で「がんばれ中・・・・・・」と呟く。この二回同じ台詞を、しかも二回目は心の中だけで沈鬱な調子で繰り返す監督の態度が、上で書いた中の視線に続いて連続敬遠を命じざるを得なかった“理由”の存在を匂わせています。

・そして中に対し「おめえも色々つれ〜づら・・・・・・が今楽にしてやるづら」と思いつつ打席に入った殿馬も5打席連続敬遠にはやむを得ざる事情があることを察していたのでしょう。スローボールを空振りと見せてついに出した秘打「回転木馬」で中の球を転がした殿馬には、山田が(敬遠されて)打てないなら自分が打点をあげなくてはという自負があったように思います。ついでに「秘打 回転木馬」と言いつつ走り出したときの殿馬の口の開け方と姿勢が何だかえらく可愛いです。

・ぎりぎり一塁でフォースアウトになった殿馬は、足の方が早かった(からセーフ)だと珍しくむきになって抗弁。独特の「づら」しゃべりとキュートな外見のせいで必死になっててもどこかユーモラスなんですが。だからこそ?審判もファーストもすっかり殿馬のオーバーアクションに気を取られている間に、お構いなしに走っていた岩鬼がちゃっかりホームインして試合終了。それを確認すると殿馬も「よう考えりゃやっぱりアウトづらな」とあっさり主張を引っ込める。岩鬼の走塁を助けるために自分に注意を引きつける芝居を打ったのが見え見えすぎる(笑)。わずかに送球より足が遅れたのもきっと計算のうちだったんでしょう。
「こ こんな負け方があるか・・・・・・」とマウンドにくずおれる中。こんな変則技にやられたんじゃ確かに悔しいでしょう。事情はどうあれ全打席敬遠なんて“卑怯な”手を使ってきた意趣返しにわざとまともじゃない、いっそう相手が悔しくなるような勝ち方を殿馬が選択したと見るのはうがちすぎでしょうか。

・殿馬が抗議してる間に三塁通り越してホームにすべりこんだ岩鬼の行為に土井垣は「で でたらめな走塁だ ひとつまちがえば大暴走だ」と勝利に湧くナインの中で一人顔色を失っている。土井垣の言うとおり普通なら三塁で止まるケースでしょう。殿馬が芝居を打ってくれたおかげで無事ホームインできましたが、岩鬼のことだから殿馬のアシストがなくても本塁突入していた(そして憤死していた)に違いない。岩鬼の性格を見ぬいていた殿馬の作戦勝ちというべき1点です。

・テレビで信濃川戦を観戦する明訓ナイン。殿馬は初球スクイズと読み、それがばっちり当たったことに吾朗は驚く。江川学院戦の幕切れに続き、殿馬のすごさをもう一段階読者に印象づけています。

・信濃川戦を前に一人池の上につるした5円玉をじっと見てる山田。吾朗「ぜ 前略土門さま テレビで相手選手を研究している他の明訓ナインとは山田さんはま まるでちがいます 山田さんは相手などだれでもかまわないのです 自分を鍛えるだけなのです」。山田の基本姿勢は求道者なんだなあと感じるのはこういうところ。


(2011年1月15日up)

 

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