高二秋・中山畜産戦

 

東郷との対決が繰り越されたまま迎えた二度目の関東大会。前回とは顔ぶれもかなり変わった。前年の大会は対戦投手の多くに(強引ながらも)柔道時代の過去キャラを利用することで山田との因縁及びそこから生まれるドラマを演出していましたが、今回は小林をのぞけば山田(たち明訓ナイン)と何ら繋がりのない人間ばかりのため、まずそこで一つ興が乗らなかったような気がします。あからさまに病気持ちの平手とかいきなり窓から飛び降りてみせてチームメイトの度肝を抜き「あいつはやっぱり人間じゃない」「ケタがちがうぜすべてにおいて」と評された(窓から飛び降りたくらいで?)一合とか、意味ありげに出てきたキャラの忘れ去られ方がハンパないです。

しかし全体にキャラが弱い代わりに、この大会ではチームに特色を出してきた。まずこの中山畜産は、一代で会社を築いた、今で言うベンチャー企業のオーナーが監督を務め、監督一流の組織論や人材を見出す目がチームの屋台骨となっています(しかし会社の名前が「中山農機」で、トラクター、地ならしといった農業関連の単語がたびたび出てくることからすると明らかに農作機械を扱う会社なんだろうに、学校は畜産高校って?)

新設校で学校の名を上げるために甲子園を目指すあたりは前年のクリーンハイスクールに通じるものがありますが、実業家目線で物事を見る監督の押しの強いキャラクター、なぜかベンチ要員な正捕手豊臣、秋季大会で山田に次ぐ打率を上げながらも実はそれがミスプリだった山嵐など、野球の常道を離れた、あるいは謎めいた行動の連続で読者の注意をひきつけます。特に山嵐の打率間違いに関しては、運営側のミスが原因で攻め方のプランを誤るという形で『ドカベン』らしい読みと駆け引きが久々に前面に出ていたのが嬉しかったし、また「打率のミスプリ」というちょっと想像しないような(しかしありえないことではない)ミスをきっかけに持ってきたことに上手いなあと感心したものです。

さらに脇坂→綱吉→新山の投手リレー。脇坂のフニャフニャした投法、綱吉のソフトボール投げとリズム感を狂わすような投法が続いたあとに正当派の新山がリリーフ、と特色を出して飽きさせない。さらに終盤豊臣のケガが明らかになることで、ケガを押して打席に立った豊臣への同情、中山監督への共感など一気に読者が中山畜産に思い入れるよう計算されている。敵キャラにも愛着が湧いてこそ、両校とも応援したい気分になってこそ名試合たりうると思うので、このあたりの組み立てはさすがの見事さでした。

また『ドカベン』では多くの試合において実況以外の解説役(たいてい複数)が存在して、そのやりとりを通して試合を盛り上げてくれるのですが、ここでは地区予選で中山に敗れたクリーンハイスクールのエース・影丸と山田二世と呼ばれる強打者・仁(下尾高校)という異色のコンビが解説役を務めてくれる。ほとんど面識もなかったらしい二人ですが、かたや前年の、かたや今回の、関東大会最大のライバル(の一人)という共通点がある。この二人の掛け合いによる解説(とくにフォアマンも交えての豊臣が出ない理由の推理)はなかなかの見応えでした。


・夏子が喫茶店に例のウェイトレスを訪ねていくと、自分が出会った翌日にすでに辞めたと知らされる。母親が家出人の稔子を探しに来たのは前日のことだから、親に居場所がバレたせいで辞めたわけではなさそう。夏子と会ったことが何か契機になったのだろうか。
そして夏子が訪ねていったのは岩鬼とよりをもどす(というのだろうか)きっかけを作ってくれたお礼のためだったのか?そのわりに大分間があいてますが。ここの会話で稔子が高校生、つまり兄・真司は高二なので高校一年生であることが発覚。初登場時は中学二年生だったのね・・・。

・脇坂のフニャフニャした投法に惑わされて球速を「速い」「135キロはあるな」と見誤る里中と山田。一方殿馬は「遅いづら あのリズムと長い手で速く見せてるだけづらづら」と喝破する。実際スピードガンではかったところでは120キロだとか。さすがは対弁慶戦の初打席でボールの初速と終速をピタリと見切った殿馬だけある。目も耳もどれだけいいんだ。

・地区予選で中山畜産に敗れた影丸(クリーンハイスクール)が試合を観戦すべく球場に。同じく試合を見に来ていた下尾の仁又四郎とたまたま(たぶん)出会って何となく並んで観戦。それぞれ野球には一家言ある二人の試合の読み合いが試合の裏側で繰り返される。この二人という組み合わせが面白いです。

・2回表、岩鬼の悪送球とランナー牛島の体当たりによって無死二塁に。5番代田の送りバントを受けて里中は牛島を三塁で刺そうとするが、牛島はあっさり二塁に戻る。最初から無死一、二塁を狙ってのプレーだったと知って里中は青ざめる。
この試合、ここでのフィルダースチョイス、後にはボークと里中の失敗が目立ちます。中山社長(監督)も里中のメンタルを乱すことを最初から狙ってる気配があるので、野球巧者の里中らしからぬミスの連続はそこに由来するのでしょう。太平監督が見抜いた通り頭のいい、したたかなチームです。

・7番山嵐の千葉大会での打率が5割5分と聞いて、観戦していた影丸が「千葉大会の最高打率はおれの4割8分のはずだぜ」と苦笑。5割近く打つ影丸は確かにすごいが、フォアマンは何やってるんだ?ピッチャーより打ててないのか?――と思ったら中山畜産との試合でヒザをケガしたそう。それが原因だったのかな?試合の序盤でケガした(でも打席には頑張って立った)ということかも。

・ちょうどその頃運営側でも山嵐の打率のミスプリントが発覚。しかし9分2厘が5割5分ってどんなミスプリだ(笑)。そして5割5分でもこの大会でNo.2の成績、つまり山田の打率の方がミスプリ抜きでなお高いという・・・。白新戦では全然打ててないはずなのに。さすがは山田。

・明訓側が好打者だと誤解して長打に備えた守備をしてくれたおかげで、山嵐はバントで楽々内野安打に。ここで早くもミスプリが山田たちに知れてしまったのはちょっと残念だったかも。もう少し騙されてくれれても面白かった気がします。

・投球モーションに入ってからバッター脇坂にタイムを切り出されつい手を止めてしまった里中はボークを取られる。三塁にランナーがいたため、これで一点が入ることに。当然これは得点を期しての周到な作戦ですね。
しかし投球モーション中にはタイムが適用されないルールは、わかっていてもつい相手の訴えに応じてしまいそう。ズルいよなあやっぱ。里中が「きたねえ!!きたねえぞ中山〜〜」とキレ気味に叫ぶわけです。しかし里中は巻が進むほどに口が悪くなっていくなあ。

・悪球打ちの岩鬼はタイミングが合ってるからこそ脇坂のボールを打つことができない。そして打席に入った岩鬼の構えを見て、山田「いい構えだ」里中「絶望だ・・・」。打者が岩鬼ならではのやりとりが面白い。「絶望」といいながらも里中も山田も笑顔なのであくまで軽口という感じです。

・脇坂を打つにはタイミングを「1、2の3」だと見切った殿馬は見事打球をジャストミート、レフトスタンドまで運ぶ。非力なはずの殿馬があっさりホームランを打ったのはずいぶん意外。小柄・非力のウィークポイントを克服すべく工夫を施した高二春土佐丸戦を思うとずいぶんイージーなようでもある。まあ見た目よりずっとスピードも出てない球なので、当たれば案外軽いもんなのかも。直後に里中までホームラン打ってますしね。

・脇坂が連打を浴びたのを機にキャッチャーを綱吉から正捕手の豊臣に交代、と思いきやなんと脇坂と綱吉がポジションを交代。ピッチャー経験などないはずの綱吉は案の定というかキャッチボール投法を越えるソフトボール投法。こういうでたらめは明訓の専売特許かと思ったのに(笑)。でたらめな投手起用とでたらめな投法はまさに高一秋白新戦の殿馬を思い出させます。もっとひどいけど。

・岩鬼の打席を前にピッチャーが綱吉からサードの新山に交代。145キロの速球を投げる正当派のピッチングに里中ら明訓ナインも驚くが、それ以上に影丸がショックを受けている。そりゃ真のエースを温存したチームに負けたことになりますからね。
ここまでエースを温存したことについて太平監督が「のらりくらりとかわした商売をしておいてここ一番というとこでドカンと大金を投げてもうける中山式事業法」と評したのも、つまりクリーンハイスクールはここ一番の相手ではなかったという・・・。結局真っ当な速球を投げる新山はたかだか打者四人のうち二人(岩鬼と山田)にホームランを食っていたので、変則投法の脇坂や綱吉のほうが何気に有効な気もしましたが。

・豊臣執念の一打でついに同点に追いつかれた明訓。9回表ツーアウトで5番代田のファールをフェンスに激突、さらにはベンチのバットケースにぶつかりながらもボールを見事キャッチしてチェンジに。
これは早く中山の攻撃を終わらせたいという以上に、豊臣の決死の同点打で向こうが追い風ムードになっているのを明訓側に揺り戻したい、そのために豊臣にひけをとらない気力のプレーを見せねばという思いがあったように思います。

・ここで試合を観戦する稔子と友人の由美が登場。喫茶店を辞めたあとの稔子の消息と家出の理由が思いがけないタイミングで明かされる。それにしてもこの稔子の回想シーンのサチ子といったら。小学校三年生にして祖父の世話を焼き家事を切り盛りするしっかり者っぷり、自分の欲より祖父や両親の墓を建てることを優先にする健気さ。『ドカベン』全編通して最もサチ子のよい部分を描写したシーンじゃなんじゃないでしょうか。(たとえ幽霊でも両親に)「でてきてほしいな そしたらあえるもん」と明るい笑顔で言い切るのも単純な言葉の中に両親への思慕が溢れていてなんといじらしい。稔子が苦労知らずの自分の至らなさに打ちひしがれてしまうのもわかる気がします。

・里中に一目惚れしたと稔子に告白する由美。「だってひと目でまいっちゃったんだもの 里中くんにさ」。え、でも、里中はかなり年下なんじゃあ?と一瞬思いかけてしまった(笑)。稔子同様大人っぽかったもんでつい。おそらく稔子と同年の友達なんだろうから、こう見えても稔子の兄・真司と同級の里中のが一つ年上でしたね。稔子と山田なら山田も老けてるからちゃんと山田が年上に見えるんですけども。

・「おとうさん 稔子がおれの応援にくるわけないよ 山田を好きなんだよ 県営球場のほうだよ」と話す小林に「そうか兄より恋人か・・・・・・」と応える小林父はなんだかがっくりした様子。おそらくここに来れば家出中の娘を捕まえられると思っていたら当てが外れたってとこなんでしょうね。

・八回からリリーフした新山は岩鬼にホームランされた悔しさから次の回も投げたいと監督に申し出るが却下される。「だめだそれができるくらいなら最初っから投げさせているわい」「でもいけそうです いえいけます」という会話からすると新山もどこか故障していて一イニング投げるのが精一杯なのだろうか。中山監督が「失敗する商売はこのケースがいちばん多い 調子に乗ってもう 少しいけるで 気がついたら大損食らっているんじゃ」と続けるので、あるいは監督一流の人材活用術にのっとった作戦なのか。しかし実際には9回裏も新山が登板している。監督の気が変わった理由はとくに描かれていませんが、肩をつぶす覚悟の豊臣の一撃を支持したことで、生徒の「それでも戦いたい」という気力に賭ける方向にシフトしたのかもしれません。

・9回裏、打席に立った山田に里中が「速球投手 好きなタイプだぜ」と声をかける。確かに山田は速球投手が得意、というか変化球投手、変則投法の投手に弱い傾向がある気がします。超遅球&高速フォークの不知火しかり、腕が伸びるトリック投法&背面投げの犬神しかり、両手投げのわびすけしかり。後にプロになってからは里中の「スカイフォーク」に手こずらされることにもなるし。その里中――自身は速球投手とは言えない(変化球投手のわりには球の速さに言及されることが多いですが)彼がこの台詞を言うところが何か意味深な。

・山田のサヨナラ場外ホームランに「簡単に」負けてしまったことを悔しがる中山監督を、豊臣は「山田らにはどんな修羅場をも体験してきた大いなるキャリアがある」「ぼくらは打倒・関東 目標・甲子園にむかって今ようやくスタートしたばかりです」と爽やかに励ます。肩をやってしまった瞬間ブチーンと壮絶な音がしてたのでもはや再起不能かと思ったんですが、存外元気そうで今後も甲子園目指して頑張る気満々。彼が無事再起できていることを祈ります。


(2011年7月29日up)

 

 

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO