高二秋・白新戦〜関東大会前

 

一年夏以来、県大会のたびに名勝負を繰り広げている白新高校との4度目の対戦。里中も山田も殿馬も、明訓サイドに誰も負傷者がいない、今度こそベストの状態で不知火と戦えるかという状況だったのに、なんとキャプテン岩鬼がすっかり腑抜け状態に。原因は岩鬼の心のマドンナ・夏子の浮気(この二人正式に付きあってるのか、そもそも両思いかもはっきりしてないため浮気といえるかは微妙ですが)。ケガや病気でなく恋の悩みでパワーダウンというのが体力馬鹿の岩鬼らしいというか何というか。ものが恋の悩みだけに、そして岩鬼だけに、どうにも悲壮感がなくコメディのような展開になってる(というかコメディ)のがなんとも。まあこれはこれで新機軸ではありますが。

対する不知火はといえば、夏の時点でさえ明訓打線をほぼ完璧に抑えていた(完全試合目前だった)というのに、この秋はさらに「高速フォーク」なる新必殺球もお目見え。明訓の甲子園行きを横目に必死に練習して会得したんでしょうね。一年夏の時点ですでに普通の(といってもいわき東の緒方を模すくらいだから相当な切れ味の)フォークは習得してましたから、比較的短時間で投げられるようになったんでしょうけど。
そんな不知火は夏の“ルールブックの盲点の1点”につづき、またも予想外の、かつ非常に不本意な形で点を取られてしまう。全くノーマークだった新レギュラーの一年生・香車に連続盗塁で一打席のうちにホームインされてしまい、さらに恋の悩みが(誤解により)見事に吹っ切れた岩鬼の、愛の力としかいいようのない大ホームランをくらい――。あんまりといえばあんまりですが、これも夏同様、不知火からは普通に点は取れないというある意味不知火リスペクト展開なのかもしれません。今回は山田の策にはまったわけでもないし。本人がそれで納得いくかといったら・・・いかないでしょうけど。

まあ何にせよ、ラストの岩鬼のホームランは実に爽快感あふれる気分のよさでした。あの岩鬼がここまでずっとしょげ返っていただけに、「愛してるやてー!!」と目を輝かせ、バットをふっ飛ばしての超豪快な満塁ホームランをかます。試合開始以前からずーーっと溜めが長かっただけに、そこから一気にもっていくカタルシスがたまりません。一年夏の連続三振記録のあとにあの緒方から大ホームランを打ったように、“ためてためて一気に引っくり返す”のが岩鬼の魅力ですね。「愛してるやてー!!」の場面と大ホームランの場面と、ともに2ページ見開きなのにもかかわらず、ページを無駄に使ってる感は全くないですし。岩鬼ファンには非常に美味しいエピソードなんじゃないかなーと思います。


・試合前に明訓ナインと親しげに言葉を交わす不知火。何度も戦って顔なじみになってるので(特に山田とははっきり友人といっていい)何ら不自然な行為ではないんですが、今までにない光景なのでちょっと違和感が。ずっと敗戦続きだからいつもと違うことをしてみよう、試合前に相手の調子を知っておこうという不知火の戦略でしょうか。結果、岩鬼の態度を自分をなめてるゆえと誤解して戦略を間違ってしまったわけですが。

・デッドボールでベンチに引っ込む岩鬼。悪球にあっさり当たるのもまさかなら、硬球ぶつけられた程度で(岩鬼的には「程度」)動けなくなるのもまさか。ここで思いがけず特別代走に出た香車の大活躍が。ヒッティングはさっぱりで野球については素人くさい香車のバックグラウンドは明かされてませんが、中学は陸上部だったとかですかね。それにしては俊足のみならずキャッチャーのミットを蹴って落球させた手際は鮮やかだった。『大甲子園』で見せた捕球も見事なもんでしたし。

・香車ホームインの瞬間のあっけに取られたような不知火の表情。この点の取られ方はかなりショックだったでしょうね。しかし香車の俊足を知っていてしかるべき明訓の連中まで一緒に驚いてるのがなあ。
ところで香車の盗塁はベンチの指示ではないんでしょうか。監督は野球音痴で基本岩鬼に采配をまかせてるし、その岩鬼は腑抜けになってるしで、おおよそのプレーは選手独自の判断でやっているのかも。

・そのころ夏子はニセ学生と喫茶店でインベーダーゲームに興じている。テーブルがそのままゲーム機になってる喫茶店(「マイアミ」とかそうだった)もインベーダー自体も時代を感じます。一頃大ブームでしたねえ。

・テレビ中継で岩鬼の不振ぶりを知って気になりつつも目の前のデートに集中しようとする夏子に、美人ウェイトレスが「本当に気にならないの」と声をかけてくる。かくて小林に続いて妹の稔子も再登場。髪型が(顔の感じも)変わってるのでマスターが「小林くん」と呼ばなければちょっと気がつかない。
しかしこの再登場には燃えました。中学当時山田といい雰囲気だったし、今度こそ本式にくっつくかと思ったんですが。

・1回裏山田の初打席にて不知火の新必殺球、130キロ越えの高速フォークが初登場。高一夏の甲子園前に仮想緒方役を務めるために習得したフォークを研ぎ澄ましたものでしょうか。超遅球といい、『プロ野球編』でのイナズマといい、『ドカベン』で魔球に近い球はたいがい不知火の担当という気がします(影丸の背負い投法などはその名の通り、魔球―球そのものが特殊―というより投げ方に特徴がある)。

・無気力プレーを続ける岩鬼を激しくなじる里中。「たかが失恋くらいでなんだよ」とか言ってますが、あんた失恋したことあるのかと。

・そんな里中を山田は止めるかと思いきや静観している。里中の言葉に岩鬼が激怒してそこから覚醒するのを期待してたわけですが(たぶん里中本人は何も計算してない)、岩鬼は怒りモードに入りかけるも結局気が抜けてしまう。このシーン里中の怒り方がいろいろ面白い。「女岩鬼と名前を変えるがいいぜ」とか。

・もはや岩鬼の覚醒はあきらめ三塁には打たせないピッチングを心がける里中。そのため投げられるコースが限られ、心身の疲れも倍増。ケガや故障じゃなくとも、こんな形でハンデをつけることも可能なんだなーとちょっと感心。

・ネクストサークルに渚を入れて姿を消した山田を汗を流して本気で心配する不知火。自分が追いつめたのに、なんかいいヤツだな不知火。

・「おれの不振など里中の苦投にくらべりゃびびたるものだ」「その分守りの方で里中の力にならなきゃ」。バックで血が出るほどの激しい素振りを繰り返しながらも里中を気遣う山田。まさに恋女房。キャッチャーの鑑です。

・小林とともに観戦していた徳川いわく「里中にはあの程度の打者(注・浦のこと)ならどん詰まりさせるだけのストレートの力はまだ十分にある・・・・・・・・・格がちがうんだよ・・・格が」。この人も何かと里中に対する評価が高い。小次郎もそうですが、野球巧者に褒められると里中ファンとしてはなんだか嬉しい(笑)。元明訓監督だけに何となく古巣自慢めいて聞こえるのも可愛げがあります。この浦にまさかのホームラン打たれちゃうんですけどね。
しかしいかに驚いたとはいえ「へたくそやろうのまぐれにやられた」ってのはひどいだろう里中(笑)。こういう口の悪さもむしろ好きだけれど。

・↑の徳川発言に小林は「たしかにそうだ」と頷く。おお小林が里中を認めている!中学時代は補欠の補欠として歯牙にもかけてなかったろう里中を評価してくれてるのがこれまた嬉しいです。まあ内心「おれのが上だ」と思ってそうだけど。

・サチ子たち明訓応援団が合唱する三太郎応援ソング「北風小僧の三太郎さん」。これサチ子の作詩なのかなあ。歌い踊るサチ子の表情と動きが可愛らしい。考えようによっては恥ずかしい歌ですが、「いいよグッドよのってきたよ」と気分よさげな三太郎。実際不知火の投球をスローボールとひらめいて、見事ピッチャー返し→内野安打で出塁したので、結構な効果です。

・夏子とニセ学生に偶然行き会い、ニセ学生の正体をばらしてとっちめる権左。権左が夏子に対して存外紳士なのに驚きます。女子供には優しく、カタギの衆に迷惑はかけない、という古き良き任侠道を感じさせます。初登場時はカタギの学生(里中)から金を巻き上げようとしたのになあ。山田との関わりを通して成長したのでしょうか。すっかり山田応援団な彼が山田の試合中なのになぜ中座したのかは謎。

・夢破れうなだれる夏子にニセ学生は、最初は単に金を引っ張るつもりだったがいつのまにか彼女に本気になっていたと告げる(そのわりに体よく彼女にタカり続けていたようだが)。岩鬼といい『プロ野球編』で彼女を妻にと所望した大蔵氏といい、夏子には妙に男を虜にする何かがあるのかも?

・応援席に姿を見せた夏子に気づいた里中は、「今ごろなんだよ この大事な時にどうして悩むようなことをするんだ」と怒りを滲ませつつ呟く。これは単に岩鬼がさらに動揺した結果ますます役に立たなくなることを危惧してるのではなく、夏子の行動が岩鬼の男心を弄んでいることに、友達を苦しめていることに腹を立ててるように聞こえます。里中の岩鬼に対する友情が感じられる台詞です。「岩鬼ここまでバカにされていいのか 燃えろ 真の男の強さを見せてやれ」も。

・夏子の登場を受けて再び岩鬼にハッパをかけまくる里中。しかし「男だったら燃えてみろよォ」ほか、岩鬼に男の道を説く里中のヴィジュアルがやけに(女の子のように)可愛すぎる(笑)。このアンバランスさが面白くもあり、妙に色っぽいようでもあり。

・「私が野球を好きだから岩鬼くんがいつも当たり前だと思っていたの・・・・・・」「それは岩鬼くんが私に対する好意だったのね」。『ドカベン』というか水島マンガには時々微妙にヘンな日本語が登場しますが(「なんという土門だ」「ムチャな里中だ」など)、この夏子の台詞に至ってはもはや日本語が崩壊してます。言わんとする内容は何となくわかるけれども。さらに「もうあなたに会うこともないわね」と続きますが、同じ明訓の生徒なので普通に校内で顔合わせちゃうんじゃないかなあ。

・岩鬼を裏切ってしまったことを深く悔やむ夏子は指で空中に「サヨウナラ」と文字を綴るが、それを岩鬼は「アイシテル」と読み間違えて(どうやったら間違えられるんだ。五文字ってだけしか合ってないじゃないか)、すっかり盛り上がって打撃開眼。夏子の指文字を明訓ナインが割り台詞のように一コマずつ読み取ってくれる演出も、皆が夏子の行動に虎視眈々な感じで面白い。
余談ながら宮藤官九郎脚本の連続ドラマ『マンハッタン・ラブストーリー』の中にこの「サヨウナラ」→「アイシテル」を変形させた小ネタが出てきます。「土井垣智(どいがきさとし)」なる土井垣と里中を合体させたような名前のキャラも登場しますし。クドカンさん『ドカベン』ファンなんですね。同じくクドカン脚本の『木更津キャッツアイ』には「野球狂の詩」という喫茶店が出てくるから、『ドカベン』ファンというより水島ファンかも。

・岩鬼の満塁ホームランで明訓は逆転。以後岩鬼の守備を当てにできるようになった里中はのびのびしたピッチングで白新打線を抑え切って勝利する。この展開を見つつ小林は「問題なのは岩鬼の前だ おれなら満塁になるまでにゲームセットにしてるぜ」と語る。全くごもっともだ。なんだって不知火は後半バタバタと走者を出してしまったんだか。

・東郷学園との決勝戦前日。不知火にすっかりバッティングを狂わされた山田は里中を相手に特打ちを行う。里中の体調を考えそろそろ練習を打ち切ろうとする山田と打てるようになるまではとねばる里中。
「この雨じゃ明日の試合は中止だろうから 明日たっぷり打ちこむよ」「晴れたらどうするんだよ 中止を考えるなんておまえらしくないぜ」。この二人の関係はたいてい山田が主導権を握ってるんですが(むしろ普段なら雨天中止を望む里中を山田が「気持ちが負けている」と叱る展開になる)、ここではそれが逆転してる。それだけ山田が自信を失ってるのを感じます。

・山田が特訓を行う意義を里中は「おまえのためでもおれのためでもないんだぞ 明訓高校のメンツのためだぜ」と言う。里中は基本きわめて自分中心主義ですがチーム全体、学校全体を思う気持ちももちろん持っている。それが前面に出た台詞かなと思います。

・テストの成績が(珍しく)振るわなかった山田に教師が「山田 バッティングの調子が悪いからといって学業まで落ちてはいかんな」。さすがに学校の星・山田ともなるとバッティングの調子がどうなのか野球部外の人間にも知れ渡っているらしい。このシーンの少し後に里中が「やっぱり一夜づけじゃテストはのりきれんかな」と山田に話しかける場面も出てきます。このへん、珍しく野球以外の学校生活が描写されてます。

・雨で一週順延になった東郷との決勝戦が翌週もまた大雨に見舞われる。次週に関東大会開幕が迫っているため、ここで戦わなければ決勝戦はなくなる。ゆえに「今日しかあらへんのや、やろやないけ。雨ン中の決戦もまたドラマやないけ!」と岩鬼は審判らに訴えるのだが、山田不振のまま決勝戦やったらどう考えても明訓が不利。あやうく明訓二度目の敗北になっていたかも。

・一方岩手県大会は決勝で太平監督の息子洋を擁する花巻高校が弁慶高校を破って甲子園出場を決める。ケガがいまだ癒えぬらしくベンチにも入らず観戦していた武蔵坊は「夏はこの武蔵坊が復活して必ずお返しするぜ」と言ってましたが、次の夏(『大甲子園』)も結局甲子園に来たのは花巻高校だった。『プロ野球編』を見るに武蔵坊が復活しながら負けたわけではなくやはり復活叶わなかったようですね。

・山田の調子がさっぱり戻らないのに業を煮やした岩鬼は、キャプテン権限でバッティング禁止令を言い渡す。山田が意外なほどあっさり従った(本来穏やかだが芯は頑固な山田は、意に染まぬ指示には表現は柔らかでも抵抗する傾向がある。このへん相変わらず山田が自信喪失気味なのが反映されてる気がします)一方、里中は猛然と反発、岩鬼のやり方を支持する太平監督にも抗議する。
「悪いフォームの時にいくら打ってもどんどん悪くなるだけというこの方程式は合っとるだや」という監督を「これだから数学の教師はこまる・・・・・・野球は理屈どおりにはいかないんだ」と里中は内心くさす。結果的には岩鬼と太平の考えが正しかったことが証明されるわけですが、実のところ「理屈どおりにはいかない」と考えてる里中の方が理屈―セオリーに縛られていて、無手勝流の岩鬼と野球オンチの太平は野球のセオリーに捕らわれないがために正解に到達できたという気がします。

・関東大会のトーナメント表では「便宜上抽選による」と断ったうえで東郷学園が神奈川一位、明訓高校が二位と記載されている。秋季大会決勝戦は雨で流れ両校は戦っていないのでどちらが上というのはないのはわかってるんですが、形だけにせよ「常勝」明訓が二位と書かれてるのがなんか新鮮です。こんなことでもないとナンバーツーに甘んじることはまずないもんなあ。


(2011年7月15日up)

 

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