高二秋・大熊谷戦〜東郷対下尾戦

 

「中山畜産戦」の回でも書きましたが、この関東大会では各キャラよりもチーム単位で特色を出してきている。今回の大熊谷の特色はラフプレー。それだけなら高一夏の土佐丸という前例がありますが、ここでは地元チームということで審判も観客も大熊谷に味方するというのがもう一つの特徴になっています。甲府学院戦のときも途中から観客がすっかり甲府応援団と化しましたが、あれは常勝明訓を倒すかもしれないチームへの期待感がさせたことで、審判までがえこひいきするなんてことは起こらなかった。それが当たり前のように起こるのがこの試合。高校野球界のスター・明訓がこれだけ憎まれたのも珍しい。

そしてラフプレーに対抗できる男は土佐丸戦同様やはり岩鬼だった。しかし前のように殺人野球に殺人野球で返すのではなく、表面的には(岩鬼とも思えぬほどに)従順な態度を見せながら、正攻法の範疇で大熊谷に一撃を浴びせる。ここで岩鬼とともに大熊谷を打ち砕くのが殿馬。この二人の会話がまたいちいち小気味よい。そして審判も向こうに贔屓してる状況にもかかわらず「この回10点とってコールドにするづら」と悠然と殿馬は言い放ち、本当に明訓はコールド勝ちしてしまう。殿馬の台詞からあとの試合状況が全部省略され、予定よりずいぶん早く下尾VS江川学院の試合を観戦にやってくる明訓メンバーの姿を描くことで彼らのコールド勝ちを表現するのも、なまじ以降の試合を描写するよりも彼らのスピーディーな完勝っぷりを伝えてくれます。対戦相手も試合状況もそして試合描写も異色の、それゆえにとても面白い試合でした。


・大熊谷もラフプレー連続なのにもかかわらず、岩鬼の打ったバットがピッチャー河地の足を直撃した件で岩鬼の守備妨害を言い立てる審判。つづく岩鬼のスライディングでセカンドが足をすくわれた件もさらに守備妨害とされる。
岩鬼のことだから二つの乱暴なプレーは相手のラフプレーへの報復行為、つまり故意かとも思ったのですが、本人の主張を信じるかぎりでは懸命なプレーゆえの偶然の事故。事実がどうなのかは、その後の太平監督の試合放棄宣言に驚かされてうやむやになってしまいましたが。山田など、不可抗力を主張する岩鬼に「そんなこと今は関係ない」(=現在の問題点は事の真実がどうかより太平の試合放棄宣言を撤回させることにある)と言い切ってますからね。

・岩鬼を弁護し審判に抗議したものの認められなかった太平監督はいきなり試合放棄を言い出す。あくまで野球人ではなく教師の立場で物を見る、生徒の教育上試合の勝利より真実を全うすることが優先だという太平監督ならではの考え方です。職業監督の徳川や、根っから野球青年の土井垣では考えられない。当然正統派の野球少年たる山田や里中が承服するはずもない(まあ誰だって承服できないだろうけど)。
この場面でのバッテリーと監督の衝突は、正統派たるがゆえに、野球オンチの監督をどこか軽視している二人の感情がもろに表れた感があります。山田は長幼の礼を重んじるように見えて結構目上にでも思い切ったことを言うほうですが、「どうしてもというのなら監督ひとりで出ていってください」なんて台詞をさすがに徳川や土井垣に対して口にはしないでしょうし。

・バッテリー(とくに山田)と監督の押し問答をよそに打席に入っていた殿馬が快打を放つ。それも三塁打。そういえばタイムではなく試合は続いていたのだ、岩鬼の次なんだから当然殿馬の打順なんだとここで思い出した。明訓ベンチ内がさんざん揉めてる様子を描いた後に、それも最後通牒のごとき山田発言(「監督ひとりで出ていってください」)で緊迫感が頂点に達したところで、「カキン」の快音とともに一気に空気に風穴を開ける。ページをめくったら殿馬が打っていた、という演出もナイス。一人淡々と自分の仕事をこなし、険悪なムードを全部引っくり返してしまった。殿馬の無言のかっこよさがここでも最大限に発揮されています。

・殿馬が三塁打を打ったらとたんに「さあ〜〜里中 つづけやつづけえ」「山田ここはとにかく1点とっておくだにゃ」と当然のように試合続行モードに切り替わっている太平。現金もいいとこですが山田は「監督さん」とにっこり。試合放棄さえなくなれば細かいことはどうでもいいという山田の実利主義がうかがえます。

・三番里中が犠牲フライを放ち、殿馬は本塁突入。タッチをかいくぐるも審判はアウトを宣告。またも大熊谷に贔屓した判定。ベンチに引き上げる殿馬はまるで平然としている・・・と思いきや、いつものポーカーフェイスのまま大きくヘルメットを放り投げてみせる。裁定への不服を表明する、クールな殿馬らしからぬパフォーマンス。
そして岩鬼との間に、「へえ〜〜とんまよおまはんもどたまにくることあるんやな」(中略)「ここの野球はまともじゃだめつらな キャプテン岩鬼くんよ 次の打席にはなにか手を打ってくれるづらだろな」「うっ うっしっしっし 任しとけやと〜〜んまちゃん」なる不穏な会話が。わざわざ「キャプテン」と頭につけるあたり、岩鬼の親分意識をつついてその気にさせようという殿馬の計算と、こういうまともじゃない相手には山田より岩鬼(および自分)のような変格のプレーヤーのほうが有効だという岩鬼への信頼を同時に感じさせます。

・岩鬼の第二打席。観客のヤジに怒鳴り返す岩鬼を審判が口汚いととがめる。するとあの岩鬼が「そうですかわかりました もう口ぎたなくしゃべりません ごめんなさい」と大人しく応じ、さらに軽く頭を下げる。審判内心にいわく「うむむきれいな言葉のほうがよっぽどきたないなこの男は・・・」。ひどい言われようですが、岩鬼が敬語(しかも標準語)など使うことはそうそうないためかえって不気味すぎる。なにか企んでるとしか思えないです。

・なんだかんだのあげく岩鬼はワンバウンドのボールを打ってホームランに。山田里中の心配に反して今度はバットも投げず。バット持ったままグラウンドを一周して戻ってきた岩鬼は、「殿ちゃんちょいとこのバットとってちょ〜〜だい」(中略)「ぼくさあバット飛ばすくせあるでしょ相手に対してさ だからさァ松ヤニたーくさんつけたの」。
先にバットをピッチャーにぶつけたことで文句を言われたのを受けて、今度は決してバットを飛ばすことなく(それも松ヤニをたくさんつけるという手段で)、普通なら打たないようなワンバウンドの球を打って審判も贔屓のしようのない一点を奪いとった。バットを持ったまま塁を回る行為は認められてはいるものの打たれたピッチャーに対して失礼なのには違いない。しかしそれもバットを飛ばさないために(先の件をしっかり反省したがために)松ヤニをしっかりつけた結果だと言われたら文句をつけることもできない。バット飛ばしの件で彼を咎めた審判も相手チームもまとめてコケにしてのけた見事な作戦。まさに胸のすくような思いがしました。

・ホームランの直後「よおづらよ この1点は河地にとっちゃ〜10点のショックづら・・・・・・ならよこの回10点とってコールドにするづら」と言う殿馬。つまり100点分のショックを与えてやるという意味ですか?しかも一回で。ピッチャーにしてみれば立ち直れないほどの屈辱でしょう。それを“ショックを与えること”を目的として実行しようという・・・河地や大熊谷に対する殿馬の怒りのほどを感じます。

・旅館で母親と電話で話す小林。話題は家出中の妹稔子のこと。「いやそうはいかないよお母さん そんな甘いことだから稔子のやつは調子にのるんだよ とにかく帰ったら張り倒してやる」。小林が両親をお父さんお母さんと呼ぶのがなんか好きです。お坊ちゃんぽい品のよさが見えるというか。「張り倒してやる」なんて言ってますが、中学時代の兄妹仲の良さをみるに稔子に手をあげるなんてできないでしょうね。目が悪かった間、杖代わりに自分を支えてくれた妹には借りがあると感じてるでしょうし。電話切ったあとに「まったく稔子のやつめ」とトホホ顔で呟くのにも稔子には本気で怒れない気持ちが表れているような。

・母との電話を切った直後にまた電話が鳴り「はいはいあけぼの旅館ですが」と愛想よく電話に出る小林。「東郷学園ですが あの〜 ぼく主将の小林ですが・・・・・・」。高二夏までは留学してて野球部に入ったのは早くても7月後半だろう小林が、関東大会の時には(たぶん秋季大会の時点でも)すでに主将というのがすごい。ちょうど前キャプテンが夏で引退した後を継いだ格好か。そういえば中学時代も視力が回復して野球部に復帰したと思ったらいきなりキャプテンになっていた。東郷学園、人材なさすぎじゃないか?

・明訓対日光学園。1回裏ではやくも0−11のコールドゲーム。実況によれば下位打線もかなり打っている様子。大熊谷戦も最初はいろいろあったものの結局コールドゲームになった。大熊谷戦は岩鬼のホームラン以降がかなり省略されたためスコアの詳細は不明ですが、早い回でコールドになるからには、この日光学園戦同様下位打線も相当打ったんでしょう。明訓がもはや四天王頼みのチームではなく、甲子園常連校にふさわしく全体の実力が底上げされているのが感じられます。
この日光学園戦、進行状況をコールドゲームに備えて予定より早く球場に向かう東郷学園のバスの中の放送という形で出しているのが面白いです。大熊谷戦の“以下略”といい、連載が長く続くなかでマンネリ化を防ぐためにいろいろ工夫している模様。また明訓の圧倒的強さを表すにはなまじ試合経過をきっちり描くより読者の想像にまかせる部分を多くしたほうが、という計算もあるんでは。

・東郷が球場に到着すると同時に試合終了。「しかしよく打つな山田太郎くん」などと挨拶する小林に山田は「小林がんばれよ」。中学時代は山田の方がへりくだってる感じだったのに。まあ日本高校野球界での二人のポジション的には山田が上から目線でも当然なんですけど(小林には日本の高校野球での実績はまだないに等しい)。
ちなみにこの場に里中はいない。いて不思議のないシチュエーションなのに。この場面に限らず小林と里中の交流シーンはいっさい描かれない。里中は中学時代ずっと小林に屈折した思いを抱いてきたという経緯があるだけに、二人にどんな会話させていいのかわからず二人のシーンを避けたのかも。この二人の会話がどんなものか聞いてみたかった気もします。

・『これがあるんです仁又四郎には なにしろ遠投力130メートルという持ち主です』。放送を帰りのバスで聞いていた里中「うそだろ山田でも120メートルだぞ」岩鬼「けどわいの150メートルからくらべりゃ赤ちゃんよ」。この遠投の記録、プロ編の設定と微妙に違うような。
しかし彼らは東郷と下尾の試合を見ていかないんですね。どっちかは次の対戦相手になるってのに。敵を知る以上にまず体を休めて決勝に備えろという太平監督の考えだったんでしょうか。さっきまで東郷が放送で明訓の試合の様子を聞いていたのをそのまま引っくり返して今度は明訓メンバーが東郷の試合をバスの中で聞くという演出は面白いと思いますが。


(2011年8月5日up)

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