高一夏・東海戦

 

ついに地区予選決勝。相手は中学編終盤から強大なライバルとして存在感を示してきた雲竜。それだけに状況設定にも力が入っています。
この試合の見所は大きく分けて三つ。「雲竜の打席(最低でも三回は回る)をいかにしのぐか」「東海の秘密投手の正体は誰か(でかせぎくんなのか)」「里中は完全試合を達成するか」。テーマが三点にコンパクトにまとまっていて全体の構造が見渡しやすいのは後のいわき東戦にも共通しています。

一点目については、もともと投手殺しのピッチャーライナーを警戒されていた(そのために里中は猛特訓までやった)雲竜ですが、さすがに(作劇上の)繰り返しを避けるために一打席目はピッチャー返し、二打席目は山田潰し&打撃妨害狙い、三打席目はまともに打ちにくる、と打席ごとに異なる方法で攻撃を仕掛けてくる。そのすべてをいずれもファインプレーで何とか乗り切った――とにかく雲竜の打撃を封じよう、雲竜に打席を多く回すまいとしたら結果的に完全試合になった感じです。

そして二点目。東海の秘密投手はさんざんでかせぎくんのごとく引っ張っておいて実は雲竜自身だったというオチ。でかせぎくんでないとしたら、ここまでモブ扱いだったキャラがいきなり秘密投手でしたと言われても何の感慨もなかったろうから、「実は雲竜」というのは読者をあっと驚かせつつもあのパワーを思えば十二分に納得できるいい展開だったと思います。そしてさすがというか、四回裏二死で雲竜が登板してから明訓は(描写されてるかぎりでは)誰も打ててない。少なくとも出塁はしていない(レフトフライ&ピッチャーライナーに終わったとはいえ唯一土井垣が当てたのはさすが)。雪村も打たれながらもよく最初の一点で抑えてきた。岩鬼の初球ホームランの一点がいかに大きかったかですね。

そう、この試合山田のすごさはもっぱら捕手としての活躍で描かれ、攻撃の立役者には悪球しか打てない岩鬼を当てている。後に随所で描かれる岩鬼の胸のすくような特大ホームランのこれが第一号。甲子園決勝のいわき東戦もですが、決勝戦では主として山田は守備で、岩鬼は打撃でチームを支える展開が多い気がします。

また『ドカベン』の名試合には名解説役がつきもの。ここで解説役として甲子園での強敵となる緒方・坂田の二人を出しておくのは上手い。特にでかせぎくんこと緒方勉は、東海の秘密投手と読者が誤認するよう仕向けておいて、伝家の宝刀・フォークまですでに見せたうえで正体を明かす形で強い印象を残します。

そしてなんと言っても最大の見どころはラスト、山田に後ろから抱きかかえられた里中がバンザイしながら最高の笑顔で、しかも涙ぐんでいるシーン。里中が初めて見せた涙は日頃生意気な彼だけになんだか胸にせまる。守備にずいぶん救われてきた里中ですが最後は自身の好守備・超ファインプレーで決めた。文句なしの完全試合達成。私はこの捨て身のバックタッチ+涙で(それまでもちらちら気にはなってたものの)里中に落ちました。その意味で個人的に感慨深い試合です。


・雲竜のピッチャー返しに備えた特訓の結果、里中では体力的に雲竜の打球を体でとめるのは無理(岩鬼の「あないなかぼそい里中かて生きる権利はあるんや」という表現が笑える。かぼそかろうとかぼそくなかろうと生きる権利はあるだろ)、それができるのは岩鬼となったはずなのに、なぜか準決勝までノーコンの岩鬼が登板し肝心の東海戦に里中が出てくる不思議さ。
まあ地区予選の間、ベンチにいる里中の顔のバンソーコーが増えたり減ったりしてるので、日々特訓を続けながら決勝に備えてたってことですかね。で、練習でボロボロのため試合には登板しなかったと。よくぞここまで負けずにこられた(汗)。

・試合開始。『明訓マウンドは満を持しての登板 エース里中くん一年生!!』などと実況に言われてしまう。一年生なのに、背番号11なのに、一回戦で一度、それも途中から投げただけだというのになぜかエース扱い。大川先輩の立場は。

・3番王島の痛烈なゴロを殿馬が横っ飛びにキャッチしつつそのままトスして一塁送球。『なんという守備 まさに軽業』と実況に評される殿馬。初めて殿馬のアクロバット守備が登場した場面。この時点では雲竜の言う通り「好守備に救われている」感じです。

・岩鬼がピッチャー雪村を挑発する過程がなんと10ページも描かれる。この長さがあるから雪村がビーンボール投げたくなる気持ちがよく伝わる。「(自分にたった一つ打てない球は)ゴロや」の発言に、『ダントツ』の“ゴロで敬遠シーン”を思い出したりして。

・雪村が頭を狙って投げたビーンボールを岩鬼が大ホームラン。このシーン打つコマ1つで1p、ボールがかっ飛んでゆく光景を岩鬼の後ろから捕らえたコマ1つが1pを取る大盤振る舞い。この構図、特に二コマめはバットの風圧、飛んでゆくボールの速度まで感じられるかのような迫力が素晴らしい。

・ところで雪村もキレのいいフォークとか投げてて結構いい投手なんじゃないかと思います。エース級のキャラ以外次の試合のときは入れ替えられてしまう(たぶんキャラを忘れられてる)ライバル校の選手のなかにあって、雪村がキャラとして高二秋まで無事生き残ったのはこのビーンボール→岩鬼初の大ホームランのくだりで強く読者の印象に残ったからではないかと。

・ピッチャー、ショート、セカンドと三人で壁を作る作戦で雲竜のピッチャー返しを無事封じる。初めて石毛の目だったシーン。ここで明訓のセンターラインの好守備っぷりが端的に示されています。

「一方の雪村くんも毎回ヒットを打たれながら懸命にふんばる」のコマで里中が打っている姿が。その後ツーベースも打ってます。彼がはじめて公式戦で打った打者はこの雪村ですね(不知火からは打ってない)。里中の好打者ぶりがはじめて発揮された試合でもある。
甲子園の第一戦(通天閣戦)の時点でもう好打者扱いなので、白新戦では打てず以降の試合には出てない以上、この東海戦で打率を稼いだってことでしょう。

・打撃妨害&山田の怪我を狙って雲竜の猛スイング。キャッチングを放棄してツーストライクまでは逃げる山田との攻防。それをさっぱり理解してない岩鬼を殿馬が「このドめくらめが」と怒る。そしてこれを逃せば後逸→雲竜出塁(=パーフェクトがつぶれる)となる三球目を、山田はバットをよけて倒れながらも見事に止める。
これ、なまじ打撃妨害などねらわず素直に打ちにいったら同点ホームランいけたかも?雲竜もそう思ったから次の打席は素直に打ちにきたのでしょう。

・土井垣に対する女子の猛声援。後の高校野球界のアイドル・里中だって座って立って歩いただけで黄色い声が飛んだりはしない。
この土井垣ガールズは彼の引退後どうしちゃったんだろう。秋季大会の時期が空いただけで土井垣は関東大会から監督として野球部に復帰してるんですけどねえ。そして7回裏マウンドへ向かう里中にはじめて(サチ子の誘導なしで)女の子の声援が飛ぶ。里中アイドル化の始まりですね。

・『明訓チーム内では里中くんのパーフェクトは禁言の状態でしょう はれものにさわる思いでしょう』などという実況の思惑に反して、徳川は「必ずパーフェクトをやれ〜」などと声をとばす。そんなナイーブなメンタルの野球部ではない。山田のリードは7回からストレート主体に。坂田は里中の実力を誉めながらも、山田のほうをマークしています。

・山田が東海ベンチにファールを取りに飛び込む形ではじめて謎の控え選手の顔(でかせぎくんではない)が明かされ、その直後に観客席にでかせぎくん=いわき東高校の緒方勉が現れ、新聞記者がその正体も解説してくれる。しかしいわき東はずいぶん早く代表に決まったのね。でかせぎにくる時間的余裕があるんだから。

・「でかせぎくん」扱いだった頃の緒方は「ほ ほたら土井垣くんのいるチームだね」、試合を見ては「ど・・・・・・土井垣さんだ」「大きいな・・・・・・」、ファインプレーに「す すごいすごい」とほとんど土井垣ファンのような反応。武蔵坊の「どこへいこーが逃がさんよ」といい、大物になんか目をつけられてるけどいつのまにかその設定が立ち消えになっていく土井垣。緒方も武蔵坊も東北勢だけど、土井垣東北あたりじゃ有名だったんでしょうか。

・「どんなデモンストレーションもおれには関係ない おれが信じれるのはただひとつ 山田のサインだけだ」。完全試合を目前に里中が落ち着いてられるのは山田への信頼があればこそ。

・坂田が記者や緒方を相手に賭けを持ちかける。がめつくてちゃっかりしてる坂田のキャラはこの頃からずっとブレることなく一貫している。モデルがあるからか?丁寧な口をきいてる緒方の方が実は二つ年上ですね。

・ファールでねばり里中の失投を待つ雲竜。山田のサインを信じるというモノローグがあったそばからサインに首をふる里中。里中が首をふるとろくなことにならないのが定番ですが(高三夏青田戦のラストとか)、ここではうまく決まった。まさかのオーバースローを坂田までフォークでなくチェンジアップと思ったのは「あのチビがあのちっこい指がフォークボールを・・・・・・」の意外性ゆえか。
山田後逸するも驚きのあまり雲竜走らず山田タッチ。のちに『プロ野球編』の一年目オールスターで、劇的な形でこれと同じシチュエーションが繰り返されることになります。

・保土ヶ谷に完全試合みたさで球場はじまって以来の観客がつめかける。つまり里中を見に来てるってことですかね。後の明訓フィーバーの片鱗がすでに見えています。

・上のシーンの直後、「いま八回裏の明訓の攻撃だからよォ」という観客のセリフの次のコマで「九回表明訓は早くもツーアウトです!!」と書かれていて、いきなり九回に飛んだ?と一瞬混乱しますが、後攻の明訓が攻撃してるんだからここは「八回裏」の間違いですね。あーびっくりした。

・『里中くんはおちついています なんともにくいマウンド度胸です』『どとうのような大歓声の中で黙々と投げる里中智くん』。この頃の里中はめっぽう度胸が据わってて、投球スタイルもわりにクール。これが『大甲子園』特に青田戦あたりになると、対戦相手の中西球道に影響されたか投げながら吠えてたりするように。決勝の紫義塾戦で一回「死ね〜〜」と叫びながら投げてたのには驚いた。その後藤堂が額を割る大怪我をするだけにシャレにならないです・・・。

・ピンチヒッター島野登場。山田が緊張をほぐすため皆に声をかけるが、里中、岩鬼、殿馬は緊張をほぐすナインの中に入ってない。やっぱり後の四天王は度胸のレベルが違うのか。

・島野がセーフティで一塁に走る構図の中、土井垣・殿馬がボールを追って土井垣が取るところ、里中が一塁カバーに走るところは実況も触れているが、文章にならないところで山田も一塁カバーに走る姿が描かれてる。実際に一連のプレーに貢献はしなかった(だから実況も触れていない)ものの、送球ミスに備えてバックアップに入るという野球をするうえで当然の行動がちゃんと描かれている。ストーリー展開に関係なくても実態に即した動きをきちんと描きこむきめ細かい描写。『ドカベン』がプロ選手にも人気が高かったのはこういう部分のリアルさが大きいのでは。

・土井垣からのパスを取ったものの逆タッチになる、パーフェクト敗れるかという土壇場で、里中は捨て身のバックタッチ敢行。審判にグラブを掲げてちゃんと捕球してるところを見せる時のちょっと得意げなキュートな笑顔、アウトの宣告を聞いてやったァ〜と倒れたまま右拳を突き上げるところの無邪気さが可愛いです(対照的に島野は一塁ベース前で倒れたまま、コーチャーズボックスの10番も地面に手をついてうなだれている)。
そして山田に後ろから抱き上げられて、全開の笑顔でバンザイしながらその目じりに光る一滴の涙・・・。そこに『あっぱれ里中くん 小さな巨人!!』の実況がかぶさる。ずっと投手として不遇だった里中がついに栄光をつかんだ。読みながら胸が熱くなったものです。

 


(2010年8月13日up)

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