高一夏・白新戦

 

山田たちが高一夏の地区予選第一試合、すなわち「明訓四天王」のおそらく高校初の公式戦となります。おそらく、というのは描写はないものの二年次と同じく、夏の地区予選の前にミニ大会をやっているはずだから。さすがの四天王も入部早々にはレギュラーになれなかった(彼らが活躍してないのであえて描かなかった)ってところでしょう。そう思えば里中故障中で投手力不足だったとはいえ入部から1〜2ヶ月程度でミニ大会に出た渚ってすごかったんだな。

そして相手校はあの不知火の白新高校。中三の時点で板塀ぶち抜くほどのとんでもない剛球を見せつけた不知火の球を、山田はともかく他のメンバーが打てるのか?(打者として相当の評価を受けている土井垣なら何とかなるか?)と思ってたら、投球リズムさえつかめれば結構打てる程度に球威がレベルダウンしてました。まあそうでもしないと明訓に勝ち目ゼロでしょうしね。ほぼ互角の投手戦だった高二夏などとちがって明訓が早々と大差をつけられてるだけに、そこから逆転するには不知火が打たれまくってくれないことにはどうにもなりませんから。

ではなぜそんなに点差が開く展開にしたのか。大川が点を取られまくってから里中に交代するならわかりますが、里中は初回からリリーフして、あげく5失点している。後の常勝明訓のエースとしてはずいぶんお粗末な投球内容ではある。これは要するにキャッチャー山田のリードの素晴らしさを強調するためでしょう。とはいえ山田のリードなしでは里中の球が通用しないということではなく、気の合わない捕手のリードで投げざるを得なかったせいという形にしてちゃんと里中の面目も立つようにしてある。バッテリー間の信頼関係の重要性も同時に描かれているわけですね。

ついでに里中ファン的にはこの試合はなかなかに美味しい♪さんざん打たれてヤジられてる場面は見ていて辛いですが、エースとしての地位を確立してからは(その必要がないので)あまり表に出さなくなる、上級生にも臆さぬ生意気っぷりとその生意気な台詞をにっこり愛らしい笑顔で口にする小悪魔的な魅力が全開でドキドキしてしまいます。絵的にもこの試合の里中は本当に美少年で(後へいくほどどんどん可愛い顔立ちになっていく)・・・。
敬遠指示に怒ってグローブを地面に叩きつけた時の激しさ・プライドの高さ、性格悪そうなぶん山田に対して見せる揺るぎない信頼や無邪気な一面はなにやら感動的でさえある。四天王それぞれに(+不知火や土井垣にも)しっかり見せ場があるのですが、やはり個人的には真っ先に里中に目がいってしまうのでした。


・球場についてバスを降りるなりファンの女子に取り巻かれる土井垣。現役時代の女性人気はまったく異常なほど。初期の土井垣は顔に険があるというか、そんなに美男子に見えないのでちょっと意外です。
そしてファンのマナーの悪さときたら。土井垣の一挙手一投足に騒いで他の選手は眼中になし。ただ後の里中ファンの女子たちと違って、土井垣にキャーキャー声援を送ったり囲んだりサイン求めたりはあっても、強引に群がって制服の袖を引きちぎるとかタオルを奪い取るとかの暴挙に出ることはない(試合前の投手のきき腕を引っ張るなってんだ)。
このへんは長身筋肉質で貫禄のある土井垣と小柄かつ華奢で見た目も少女のように可愛い里中のキャラの違いによるのでしょう。二人に向けられる主な声援がかたや「土井垣さーん」かたや「里中くーん」なのにもそれが表れています。

・土井垣の人気っぷりと対照的に(当然ながら)寄ってくるファン皆無の一年生里中が一言「ちぇっ だーれもいない」。地区予選優勝以降はすっかり女子のアイドルとなり、あんまり追い回されたのが高じて黄色い声援にも「うるさいな」程度の感想しか持てなくなる里中も、この頃は女の子にちやほやされたい気持ちがあったりしたわけだ。「だーれもいない」って言い方も何か可愛らしい。この試合では土井垣ファンの女子から罵声を浴びせられるという(里中が女の子にけなされるなんて!)、貴重なシーンも見られます。

・明訓高校編初の試合は、最後に入部した殿馬を除く一年生3人はベンチに置かれたままではじまる。
相手が不知火だけに打てないほうはわかるにしても、徳川の猛練習に鍛えられごぼう抜きノックをクリアしたはずのナインの守備能力の低さに驚きます。後の明訓黄金時代を支えたレギュラーメンバー、山岡・石毛・北がいながらこれは・・・。
もっとも里中いわく「(ピッチャー大川の)スピードがないからあそこまで引っぱられるんだ」(同じ投手・部内のライバルとして里中の大川への評価は常に辛い)そうなので、「打たせてとる」里中のピッチングと山田のリードだからこその明訓の好守備なのかもしれません。しかし土井垣はキャッチャーとして大川の実力のほどはわかってたろうと思うのに、里中の方がはるかに上だと気づかないもんですかね。

・不知火の打席を前に一回表で早くも里中がリリーフ。里中にとっては高校のみならず人生初の公式戦のマウンドですが、記念すべき第一球目を投げもしないうちに土井垣は敬遠を指示・・・。
なんだかその後の里中の多難な野球人生を暗示するかのようです。

・敬遠を指示された里中はしばしマウンド上で固まり、やがて怒りもあらわにグローブを地面に叩きつける。
このシーン個人的に大好きです。少し間を取ってから静から動へ一気に転換するという演出自体好みのパターンなんですが、グローブを叩きつけるという過激な行動と「侮辱」という短い台詞に里中の気性の激しさが鮮烈に表現されていて。
甲子園決勝のいわき東戦で頭から水をかぶるシーンもそうなんですが、里中のこういう感情のほとばしりに惹き付けられます。

・結局里中は殿馬の「守ってる身にもなってみろ」という言葉に、やむなく敬遠を実行。苦衷もあらわな表情で敬遠球を投げる里中を、かすかな笑顔で?見守る殿馬。
里中が敬遠を嫌うシチュエーションはこの後もたびたび出てくることになりますが、これがその第一号。かくて甲子園20勝投手の高校野球は敬遠からはじまった・・・。

・敬遠嫌いのみならず、高校編最初の試合だけに今後定番となってゆく行動ややりとりがここで初出という例がいくつか見受けられます。たとえば土井垣の指示に反して里中が三塁に送球するもセーフ、土井垣は怒るが山田は内心里中の判断の方が正しいと評するシーン。
この先土井垣が監督になってからも、土井垣の判断より山田・里中の判断の方が当を得ているというパターンはたびたび登場する。里中は明訓ナインの中でも山田に次ぐくらい野球に関する知識・判断力が豊富な印象があります。一年秋の東海戦で「山田シフト」を説明する場面のように、解説役を努める場面が多いからでしょうか。

・土井垣に向かって自分にサインを出させてくれと笑顔で言う里中。言葉つきだけは丁寧なものの、頼むというより要求すると表現した方がいい恐れ気なさすぎるその態度。
しかも生意気言ったあげくに「おこらないでください 正直言ったまでなんです」とさらに怒りをあおるようなことを。これ本当に悪気なく天然で言ってるのか、内心土井垣を舐めていてことさら慇懃無礼にふるまってるのか。
大川との対決のときに見せた悪辣さからするに後者のような気がするなー。天然ではなく計算づく。「土井垣とちがう 山田は一流だ」という心の声からしてもこの時期の里中は明らかに土井垣を侮ってると思われますし。

・五回裏、「里中は再び二死満塁と白新打線につかまった」というナレーションが入りますが、この切迫した場面で四番不知火を迎えた里中は「今度こそ勝負できる」とほくそ笑む。
直接の描写は出てきませんが、ナレーションによると里中は不知火の二打席目も敬遠して(させられて)いるという。さてはわざと白新打線に打たせて不知火と勝負できる状況を作ったな!?
それでも土井垣はなおも敬遠を指示し――しかし今回は里中が納得しないと見ると意外にあっさり勝負に切り替えている。里中の力を全く信用してないくせに勝負を認めたのは里中の、ピッチャーの心情を慮ってのことか。それとも追加点を覚悟で里中を懲らすつもりだったか。こっちも後者っぽい気がします。

・徳川監督は里中を交代させるかと思いきや、土井垣に変えて山田をキャッチャーに起用する。いかに里中があれこれ策略をめぐらせたとしても、この試合で徳川が里中を、山田を、起用していなければ黄金バッテリーは誕生しなかった(そして一年の夏はまず一回戦負けで終わっていただろう)わけだから、徳川の人を見る目の鋭さがその後の明訓の運命を決めたといえます。
しかし里中、「こんなにタマの走ってるおれはめずらしいんだ」って普段どれだけダメなのよ・・・。

・山田の交代直後、山田は里中にサインを出させる。山田のリードに支えられて好投するその後の里中のイメージからするとちょっと意外な場面です。確かにこの頃の里中はモノローグから察するに山田にリードよりミットの構え方などキャッチングの部分をこそ望んでいたようですが。
まあここで里中にサインを出させたのは自分は土井垣とちがって里中を信頼しているという山田の意思表示であり、里中もそれを汲み取って山田への信頼をなお深めた、とそういうシーンなんでしょう。結局里中がサイン出したの一球だけだったようだし。
一方で里中に二流呼ばわりされている土井垣にも、山田が気づかなかった「今日の里中のストレートの調子」をあらかじめ指摘する見せ場がちゃんと与えられている。ただ投げ込んだらすっかり調子が上がってきたように、「今日の調子」じゃなく単に投げ込み不足だったという点はやはり土井垣の読みが甘かった部分でもあります。ついでにここで見せた山田のトリック牽制も見事でした。

・7回表、不知火の投球リズムを四拍子と見切った殿馬がセンター前ヒットを放ち、不知火のパーフェクトを潰して一気に流れを変える。初めて不知火を打ったのが主人公の山田でなく癖者殿馬というバランスがナイス。しょっぱなっから殿馬が天敵だったのね不知火。
しかし板塀をぶち抜くような剛球投手が、いかにリズムを読まれたからと言ってこうもヒットを連発されるものですかね?あの土井垣さんまで「づんづらづんづら」言ってリズムを取ってるのが可愛いです。

・二死満塁で山田の打席を迎え一気に大量点なるか、というところで岩鬼が大声で投球リズムのことを口にして山田たちの目論見を台無しにしてしまうあたり、実に岩鬼らしい行動でハラハラさせてくれる。
そしてわざとリズムを変えてきた不知火にツーストライクと追いつめられながらも、山田はチェンジアップをグリップに当て、まさかのランニングホームラン(ヘルメットかぶってるとはいえ脳天からホームベースに落ちてるよ!)で一気に4点を返す。
ホームランを豪快にかっ飛ばすイメージの強い山田ですが、高校初の試合ではホームランでなくランニングホームランを決めているというあたりが山田のヒーロー化がむやみと進んでない感じで良。
この時先にホームインした殿馬が野球巧者の山田に「三塁も回れ」「キャッチャーに思いきりぶちあたれ」など的確な指示を出して4点目に繋げている。まだ野球歴一年そこらの殿馬の非凡なセンスを思わせる場面です。

・いよいよ正念場の9回表、2点ビハインドの明訓は先頭打者・殿馬の「秘打 ポテトチップ」で無死一塁に。ここで4番の土井垣が一発を狙わず、とにかく生きて山田に回そうとしたことが功を奏し一死二、三塁に。
打席は無事山田まで回ったものの、なんと不知火が敬遠策に出る。かつて山田を敬遠した小林をあれだけ罵倒した男が。不知火もその時のことを忘れたわけじゃないんだろうけど、まあそれだけ山田が投手に与える恐怖感は大きいということなんでしょうね。

・2死満塁で岩鬼が代打に。相変わらずのデタラメっぷりに、このまま空振りで終わるのか意外な活躍っぷりをみせてくれるのか、破天荒な男だけにどちちもありえて読者としてはハラハラさせられるところ。
結局山田の奇策によってウエストボールを投げさせられた不知火がまんまと岩鬼に打たれて(試合にさきがけ指摘されていた悪球打ちが公式戦で初登場する記念すべき場面)ついに逆転。
不知火にスクイズと思わせる手段として三塁ランナーの殿馬がホームスチール(の偽装)を敢行するのですが、これは鷹丘時代の東郷との試合ラストの状況にかぶります。あの時果たせなかったホームインをここで果たし雪辱を晴らした形ですね。
そういえば甲子園の二回戦、対梅ヶ丘高校戦(この試合、「だれもが明訓の一方的な試合を予想した二回戦 しかし初出場の梅ヶ丘高校にまったく苦戦を強いられていた」などと実況が言ってるが明訓だって初出場だ)もラストは殿馬のホームスチール(秘走「運命」)だった。こちらは本物のサヨナラスチール。
この「山田が決めると見せて、殿馬が決着をつける」パターンはより劇的な形で高二春土佐丸戦で反復されます。

・最終回前にベンチを出るところで岩鬼に引っ張られたり投げ出されたりしてる里中の表情が可愛い。マウンド上で一球ごとにふらつきながら投げてるところも。ふらついてても土佐丸戦以降のような悲痛さはないですが。「(二死なら)不知火は歩かせてもいける」などと山田は考えてますが、山田のサインなら大人しく敬遠に従ったろうか・・・。
どたんばでまさかのインコースカーブのサインに対して「今までおれは山田を信じて投げてきた」との里中のモノローグ。前のボールのときサインをきらったいきさつからもどう出るかと不安になるが、「今もその気持ちに変わりはない」と締める。この二人が信頼しあってるだけで磐石の安心感があります。

・ラストはレフト(岩鬼)への凡フライ。凡フライなのに山田は「神さま」と思わず祈りをささげ、サード北・ショート石毛・セカンド殿馬・センター山岡までボールを取りにきてるという信用のなさが笑えます。無事にキャッチしたらしたで「偶然だが本当だぜ」とか「奇跡でもアウトはアウトだぜ」とか(笑)。さんざんあちこち右往左往してる岩鬼に対し実況も「なんてこたアない 結局は定位置への平凡なフライです」なんて言ってるし。この岩鬼も後には常勝明訓を支える名サードに成長するんですねえ。

・試合終了と同時に里中が山田に飛びつく。抱き合うというより胸から上にしがみついてる。ここまで生意気っぷり全開だった里中だけに無邪気な喜び方が何とも微笑ましい。
そして試合後、サチ子に「サチ子の応援のおかげだ ありがとうありがとう」とほっぺにチューしまくる山田。それを見た岩鬼は「兄妹のくせにいやらしい」と突っこむ。岩鬼は山田兄妹の仲の良さを何かと「いやらしい」呼ばわりしますが、今回はさすがに岩鬼が正しい気もする。余談ですが、引き上げる不知火はなぜ切り込み入れた野球帽の上からヘルメットかぶってるんだろう。

 


(2010年8月6日up)

 

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