高一秋・横浜学院戦

 

ついに秋季大会の目玉というべき新ライバル土門の横浜学院との対戦。しかし、準決勝の時点で土門本人は好調なのにもかかわらず(それゆえに)、キャッチャー山口をはじめ味方がどんどん負傷してゆくという実にタチの悪い事態に。このままでは到底実力を発揮しようもない土壇場で思いがけず谷津吾朗を得た土門は、ボールを全部落球しようが負傷せず後ろに逸らさないだけで十分だと、野手に極端な前進守備をしいて明訓に対抗する。

対する明訓は里中こそ復調したものの、入れ替わるように東海戦で負傷した山田は試合中さらにケガを悪化させてレフト三太郎と交代、打棒とリードの両方とも力を削がれてしまう。相手が実力全開の土門だけに最初の一点を取り返せないまま進行する試合にハラハラさせられます。

しかし山田の打球を無理矢理止めたのが原因で土門が足を痛め球の威力が減退した(それでも普通の投手レベルの球威はある)のと、山田・岩鬼についで長打を期待できる三太郎の活躍とで、明訓はなんとか逆転勝利を得る。四天王以外が勝負を決めた貴重な試合です。

もし土門が最後まで本気の球を投げ続けられたら山田故障の(故障してなくても?)明訓にまず勝機はなかったでしょう。本調子の土門との勝負はこの後、翌年の夏まで持ち越されることになります。


・準決勝の翌日、キャッチャーを捜し求める土門は偶然に谷津吾朗と出会う。決勝戦を一日順延させた雨は故障が癒えたばかりの里中にとって恵みの雨であったと同時に、捕手難に絶えず苦しんでいた土門に高校時代を通じての恋女房とめぐり合わせる時間をも与えたわけですね。

・吾朗が元野球部ときいて驚く土門。「あのですね土門さんはご存知ないはずです ぼくが入部した時土門さんは大ケガをして入院していましたから」。つまり4月(入学と同時に入部したものと想定すれば)時点で土門はすでに入院していたことに。

・部室にあわてて戻り部員登録を調べた土門は、自分の知らぬうちに吾朗をクビにしていたチームメイトらに「グズの吾朗は微笑三太郎・・・いや山田太郎以上だぞ」と説明。捕手三太郎を熱望してた土門にとってさえ三太郎より山田のほうが評価高いのか。

・明訓ナインの練習風景。北「土門に対しては山田以外は金属バットを使うことになったから目だたないしさ」。夏はもっぱら木製バットで打ってたらしい明訓、ここから金属バット導入ですか。そして「山田は木製バット」というこだわりはこの当時からあったわけですね。

・夏子の風邪を勝手に大病と思い込んで家の前で夜明かしする岩鬼。朝迎えに来て事情を聞いたサチ子は、夏子が病気だから試合にいけないと岩鬼が言うのを「おまえにしちゃ一生出てこない人だもんね その人の命がかかっているなら仕方ないわね」と案外あっさり納得する。命がかかっている=特別事態とはいえ、岩鬼にはとことん口の悪いサチ子の思いやり深い態度になんかしんみりしました。

・そこへ夏子が普通に出てくる。しかし夏子を大病だと信じ込んでいる岩鬼は、彼女は自分を安心させようと平気なふりをしてるのだと主張してやまない。
ここで無理に真実を納得させようとせず、わざと胸にすがって見せて「岩鬼くんが徹夜でお祈りしてくれたから助かったわ」と話をあわせ張り切って試合にいくよう仕向ける夏子さんの、高校生離れした見事な男の操縦っぷりに感心しました。嘘も方便、臨機応変に対応し、岩鬼のみならず野球部にとっていい結果になるよう常に考えてくれる夏子さんはなかなかいい女なんじゃないかと思います。

・試合開始。一番は土門から。初打席の土門は内心「第一打者をせめてくるようにプレイボールの第一球もまたストライクから入ってくるのが心情だ」。しかし来た球は外角へボールになるカーブ。土門は手首を返さず審判はスイングしてないと判断してボールと判定。里中内心「さすが山田だ 完全に土門の打ち気をはずした 外角へストライクを投げていたら待ってましたとひっぱたかれたな」。
土門はインコースストレートにヤマを張るが、そこにインコースのシュートが。このまま打ってもどんづまりと見て土門はぎりぎりバットを放す。土門内心「カーブシュートいずれもスピードがのっている 完全にストレートだと思ったが・・・」「里中調子よし」。見事な読み合い合戦。そして里中の完全復帰を受けて、久々の山田の里中に対するリードで見せる試合になっています。

・ストレートど真ん中と見せたシンカー。またバット放してあやうく避ける。ツーストライクワンボール。固唾を呑む横学応援の観客たち。「あの土門がてこずっている あんな必死な土門は初めて見た」という言葉に、明訓方の客?は「てやんでえ相手を誰だと思ってんだい 小さな巨人だぜ」。名もないキャラがアップで里中はすごい男だと自明の事のように言ってくれる。里中ファンとして妙に嬉しかった台詞です。

・どこかでストレートが来るはずとヤマを張った土門、ボールの回転からストレートと見切って打つ。レフト三太郎ジャンプするがわずかに届かずホームランになる。ひとまずは土門が読み勝った形。結果的に自分を袖にした三太郎への復讐も果たせています。

・攻守交代。土門は吾朗と投球練習。吾朗は緩いボールさえ全部ミットで取れずに取り落とす。あえてキャッチングの悪さがバレるのを承知で練習をやったのは、吾朗の下手くそぶりをさらすことで吾朗が土門の球を体で止められる、したがって土門はがんがん本気の球を投げられる事をまだ伏せておくためでしょう。

・岩鬼は様子見のボール球打って一塁へ。つづく殿馬はツーストライク。山田「今あの捕手の意味がわかったぞ 捕ることができないんだ速くて」里中「そうか最初から体でとめるだけの捕手だったのか そのためのライトとレフトの前進なのか」北「そ そんな それじゃ外野はどうなるんだ」徳川「いらんのじゃ 打たれないから外野はいらんのじゃよ」北「そんなバカな野球が」。
学校きっての秀才な北さんですが、常識人であるゆえに常道を外した作戦を立てたり見抜いたりということは不得手みたいですね。

・殿馬、山岡ともバワーでおされてスリーバント失敗。山田が何とか打とうとするそばから、岩鬼が無謀な盗塁を成功させ二塁へ。
左手がつぶれてもの覚悟で山田が打った球はバットが折れたものの高く飛び、その間に岩鬼がホームインを目指すがタッチにいった吾朗にはじきとばされアウトに。
あの岩鬼が自分より遥かに小さい相手に力負けとは。吾朗の不死身っぷりがわかりやすく描かれています。

・里中は土門を相手に初球インコース低めのボール球。のけぞらせて次はアウトコースへストライク(のサインを山田が出す)と里中は予想するが山田はインコースへシュートでストライクのサイン。読みを外された土門は見送り。三太郎内心「度胸のいいリードをするやつだ・・・・・・あの土門に一番長打のでやすいインコースへ二球つづけたとは よーしそれならそういっちょうインコースだ しかし今度はボールになるタマだ」。
この三太郎の読みもはずれ「読みにくいっス 山田のリードは実に読みにくいぜ」。この前の東海戦で三太郎がキャッチャーズマスクをかぶった時もサインは山田が出していた。やはりリードについては山田が圧倒的に上な模様。

・四球目、山田が打者土門のオープンスタンスに騙されてライト前ヒット。ライトと交代していた岩鬼が追って、殿馬の中継でバックホーム。山田は土門のスライディングに対し本塁を死守するが(このあと里中が山田の健闘を称えつつ脱げた帽子をかぶらせてやってる)、チェンジで下がった直後左手首から大量出血。
血の出方が派手でかなりの迫力。里中がうろたえて青ざめながら山田の名前を繰り返してた気持ちがわかります。この時の里中は珍しく?ちゃんと山田のケガを心配している様子。たいていは山田がケガしても試合への影響をまず心配してますからね。

・山田負傷につきキャッチャー三太郎に交代。山田より以上にリードも強気だが、観客席では「ちぐはぐだぜ 山田のリードなら打たれまいに」「うん逆にレフトが微笑ならもっと早くボールに追いついてたよ」といった会話が。キャッチャー山田、レフト三太郎がベストの配置という認識が一般観客にまで持たれるようになってるんですね。

・ワンアウト三塁のピンチで4番打者を迎えた里中は勝負に行く。レフトの山田がフライを右手で取ることで、タッチアップのランナーをホームで刺すことに成功。山田の頭脳・器用さ・強肩と捕手を離れても山田が優秀なプレーヤーである事が描かれる。上で引いた観客の会話への身をもっての(もちろん山田には聞こえてないけど)反論か。

・殿馬は白鳥の湖編曲版で三塁打。三塁上の殿馬内心「こう疲れちゃなんつうても未完成づらぜ ホームランこそ完成づんづら」。
殿馬はホームランを打つために野球部に戻ってきた→ホームランを打てば野球を辞める、を改めて読者に思い返させる演出は、遠く春のセンバツ決勝でのサヨナラツーランを視野に入れたものですね。

・傷ついた左手をかばって土門の球を右手一本で打とうとする山田は二度空振り。岩鬼「山田〜〜もうええわいあっさり三振してこいこのおく病者 そのかわり明日からわいとおんどりゃアカの他人じゃい」山田内心「それは困るおれは岩鬼が好きだ 他人になんかなりたくないぞ」。
「キャラクター語り」の岩鬼の項でも書きましたが、山田の岩鬼への好意をあっさりはっきりと示していて、とても好きなセリフです。

・痛む左手もバットにそえて、ビリビリと痺れるのをおぼえながらも、「岩鬼おまえのいうとおりだ この1点左手をつぶしても必ずとる」と闘志をあらわに土門に向かう山田。岩鬼の無茶な要求を痛みに甘えそうな自分に喝を入れるものとして聞く、自分に厳しい山田のストイックさを感じます。

・左手を添えた甲斐あって痛烈な当たり。しかし土門は右足を伸ばしてセンター前に抜ける当たりを止める。当たったボールをダイレクトで三塁捕球。殿馬すべって戻るが間に合わずアウト。ダブられてチェンジ。
メットを叩きつけてくやしがる山田。こんなに感情剥き出しなのもめずらしい。「な なんと遠いんだこの1点」という発言も山田らしからぬ悲観的態度です。
ベンチを出る里中内心「う〜〜っ犬死にだ山田の左腕」。この状況なら山田の自己犠牲的頑張りが報いられるのがパターンだろうに、これまた自己犠牲的なファインプレーを見せた土門の根性と執念が山田を上回った格好です。もっともこのプレイで足を痛めたことがやがて土門の投球に響いてくるので、最終的にはこの打席の勝負は山田に軍配があがったといえるかも。

・5回表の時点で横学が一回表で入った1点をリード。打線の援護がない中で好投する里中の姿に山田は「こんな好調な里中を犬死にさせてなるか なんとか土門の弱点を見つけなくては」との思いを強くする。自分もケガに耐えて懸命の好プレーをしているのに、それでも自分のためでなく“里中のために”勝ちたいんですよね。つくづく“里中がモチベーション”なんだなあ。現在自分はレフトに入っていてリードで里中を支えられない状況にあるから、なおさら何とかしてやらないととの思いが強いのでしょう。

・土門三度目の打席。里中敬遠。勝負しろとのヤジに対して岩鬼が「じゃかァしゃい!!腕が未熟なんや かんにんしたらんかい!!」と怒鳴り返す。「腕が未熟」とはひどい言い方だが、とっさに里中をかばう岩鬼の身内意識と男気を感じます。

・7回裏山田がライト前ゴロでランニングホームラン。本塁クロスプレーでためらわず負傷の左手でタッチにいく。鈍足の山田がよくぞ。「里中を犬死にさせてなるか」の一念ですか。そして岩鬼に怒られて以降、左手を使うことに実にためらいがない。山田の意志の強さに驚きます。

・二度目の土門敬遠指示に一瞬愕然とする里中。「どんなことをしても勝つ・・・・・・・・・それが高校野球なのか ・・・・・・堂々と立ちむかってそれで敗れることもまた高校野球ではないのか」。
勝つこと、というか“負けないこと”に非常な執着を見せる里中ですが、どんな勝ち方でもいいわけじゃない。里中の優等生的真面目さと美意識を感じる場面。
そこにナレーション「監督のサインに無条件にうなずくことのできない里中・・・・・・そこに一瞬の迷いがあった スキがあった」。高校での初登板から見せていた敬遠嫌いがついに最悪の結果につながった。後に弁慶高校との試合のさい土壇場で武蔵坊と勝負にいかせた土井垣が監督だったら二度もの敬遠指示は出さなかっただろうか。

・「たとえ敬遠のボールとはいえ気を抜いて投げたぼくが悪かったんです」「ぼくにスキがあったんです」。敬遠球を打たれるというまさかの事態に、素直に自分の非を認める里中。普通なら彼には責任がないと皆思うだろうケースですが、自分が“気持ち”で土門に負けたことを自覚していればこそ、プライドにかけてその事実から目をそらすことはしたくないのですね。

・「がんばれがんばれ里中ちゃ〜〜ん」「こらあなにをボケ〜〜っとしてんのよ応援よ応援 この回が終わるまで応援を続けるのよ〜〜〜」と自ら声援を送るのみならず周囲をも鼓舞するサチ子。里中を元気づけよう支えようという健気さにじんとなります。

・土門二塁。里中の牽制球が逸れてセンターへ。ここであの有名な山岡運命のトンネル。1p使った大ゴマ、前方上からのアングルでトンネルの瞬間を捉える。実況が一言『あっ』。当然取るだろうと思ってた球だけに、ページめくった瞬間まさに「あっ」としか言いようがない。
ショッキングな瞬間を最大限シンプルに演出し、シンプルなればこそ絶妙の効果をあげている。実際(山岡には気の毒なことに)山岡といえばこの時のトンネルというくらいの印象的なシーンとなりました。

・二塁ランナーの土門がホームインした後、守備位置で中腰の山岡の呆然たる面持ち→同じ画面をもう少し引きで→トンネルの瞬間回想→汗を流す山岡のバストアップ(姿勢は同じまま)→打者空振りの光景を無音で(山岡の視野)→山岡バストアップ(二コマ前と同じ構図)ハッと我に返った顔、ワーワーという歓声が戻る→やや立ち上がった姿勢(「九回表スリーアウトチェンジ」のアナウンス)の流れでちょうど2p。ショックで半ば自失状態の山岡の心理がよく伝わってくる。上手い演出です。

・「ホームランがでるとわかっとってなんでバントせなあかんのじゃい!!」と文句いいながらも送りバントする岩鬼。ちゃんとチームプレーを重んじるようになってきてますね。結局バントは失敗に終わりましたけども。

・山岡がライト前ゴロで出塁。走りながら「やったやった」と涙ぐむ。トンネルした山岡のショックが細やかに描かれていただけにこの場面では「よかったね!」と言ってあげたくなります。

・剛速球投手の印象の強い土門ですがカーブやシンカーも投げられる。山田の打席を迎え、吾朗は山田には変化球で行くよう土門に指示を出す。つい昨日土門の肝入りで野球部に入った(復帰した)ばかりの、一度は強制退部させられたほど下手糞だった吾朗が、単なる壁の役割から一歩踏み出して土門をリードする。日頃は謙虚で気弱なくらいの吾朗ですが、恐れ気なく不良に立ち向かいびくともしない精神的強さが野球部の星・土門にさえ堂々物が言う行動に結びついているのでは。

・もはや左手は使えず、しかし片手で変化球はミートできないと踏んだ山田は、何とか三太郎に回すために両手打ちのファールでねばり四球を待つ。自分が打つ、ではなく次の三太郎を信頼し希望を託す山田。転校がらみで因縁のある土門が相手だけに、三太郎がこの試合のキーパーソンになってるのがわかります。

・山田の狙いが四球待ちとわかるまえ、徳川監督は「変化球がなんでえ片手で思いきり振ってやれ それで負けても悔いは残らんわい!!」と叫ぶが、山田はそれを無視して両手打ちで構え、真っ向勝負ではなくねばり作戦に出る。
里中が敬遠球を打たれたことも含め、徳川が秋季大会優勝後監督を降りたのは自分の采配が彼らにはもはや追いつかないと思ったせいもあったのかも。

・微笑の満塁ホームランをセンター小池がバック→フェンスによじのぼる→ジャンプするも捕球できず、までを8ページ使って丁寧に描く。名もないに等しいキャラにここまでスポットがあたる。『風もやんでいます』などの実況のセリフの入り方、迫るボールと小池の表情の変化の追い方も見事。こうした臨場感ある描写は水島野球漫画の独壇場ですね。

・抱き合うというより皆に群がられパシパシ叩かれる三太郎。いじられ系キャラなんだね・・・。

 


(2010年10月29日up)

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO