岩鬼 正美

 

初登場時、口の端によだれ垂らしつつ薄ら笑いする『男どアホウ甲子園』の大熊的な不気味さと、運動部の猛者たちによってたかって袋だたきにされても(金的攻撃さえも)びくともしない不死身性とで、化け物然とした存在感を示した岩鬼。この最初期イメージの異様さがあるから、ベントウ箱の大きさで決闘を申し込むのを皮切りとする理不尽な行動の数々や女性に対する狂った審美眼も、「人とは違った価値体系に生きる男」として妙に納得できてしまう。この無敵・傲慢の岩鬼が、唯一夏子さんにはメロメロかつ頭が上がらない設定は、岩鬼にわかりやすく微笑ましいウィークポイント(チャームポイントでもある)を添えていていいバランスです。

しかしあれだけ化け物っぷりを自ら見せ付けておきながら、「化け物」と呼ばれることに岩鬼は非常な反発を見せる。第一巻冒頭の一対多数の対決も元はといえば、彼らに化け物呼ばわりされたのが岩鬼の逆鱗に触れた結果だった。だから化け物扱いどころか自分を一切恐れずバカにもせず、一個の人間として誠意をもって向き合おうとする山田の存在は驚きであり(ベントウの大きさだけで決闘なんて冗談だと思ったという山田発言を受けて(岩鬼を)笑った野球部員たちに、山田が「笑わないでください」と叫んだのに岩鬼が「いっ!!」っと意外な表情になる場面がそれを象徴しています)、ゆえに最初はあからさまに突っかかっていったものの内心は凄く嬉しかったんじゃないか。決闘の原因だったはずの「山田が自分より大きい弁当箱を持っている」ことについても、時々山田をかつては自分のものだったはずの「ドカベン」の愛称で呼んでるくらいでいつのまにか肯定しちゃってますし。

結局岩鬼は「山田を殺す」と言いながら何かと彼と行動をともにするようになっていきます。口癖の「山田はわいが殺すんや」発言も「ほかのやつにゃ指いっぽんふ・・・ふ・・・ふれさせねえ」「それがわいの生きがいなんじゃい」と続くともはやラブコールにしか聞こえません。
山田のため(山田を柔道部に入れさせないため)に柔道部の丹下に土下座までしたのに、最終的に喧嘩になり丹下にケガを負わせたことで山田にかえって怒られたときの、「な・・・なんでわいの土下座に感動せえへんのや な・・・なんでわいがそない責められなあかんのけ!?」→「あ・・・あいつを生かしておいたら わ・・・わいはほんまにあほうにされてまう」→「こ・・・殺す あ・・・あいつかならず殺したる〜〜」という気持ちの流れからも、山田が彼を思う自分の気持ちを汲んでくれなかったこと、そして自分の理解を超えた価値観を見せつけられたことに怒り戸惑っている不器用な心情が伝わってきます(このシーンはちょっと岩鬼が可哀想だった。状況をさらに悪化させたとはいっても、その志だけは認めてやってもよかったんじゃないかと)。

岩鬼が山田に彼なりの(最上級の)友情を寄せているのに対し、山田の方はどうか。博愛主義というのか、(特に中学時代の)山田は岩鬼や長島の理不尽な暴力的行為(いきなりポールをぶっつけるとか)や不知火・里中たちのストーカー行為に対しても、その場では迷惑がりはしてもその事で相手を嫌ったり排除したりしようとはしない。校門で待ち伏せしていた里中にとくに嫌な顔もせず、高校野球部で遭遇したときにも普通に旧友に会ったような親しみを見せていた姿には「なんと心の広い男か」と感心したものです。それだけに彼が岩鬼の傲慢勝手な行動にも腹を立てず、ときにはわざと喧嘩を売るような真似をして彼の能力を引き出そうとする犠牲的行動さえ取るのは、あくまでその驚くべき優しさのゆえであって、岩鬼に対して格別の友情を感じてるわけではないんじゃないか――高校入学の日、岩鬼が同じ学校、しかも同じクラス隣の席と知って弱りきった顔をしていたのを見て、やっぱり内心じゃ岩鬼を迷惑がってたのかなあ、とか考えてしまいました。

その疑いがはっきり拭い去られたのが一年秋季大会決勝のときのモノローグ。傷ついた左手首をかばったバッティングをしていた山田に「もうええわいあっさり三振してこいこのおく病者 そのかわり明日からわいとおんどりゃアカの他人じゃい」とベンチから罵声を飛ばした岩鬼のセリフに対し山田は「それは困るおれは岩鬼が好きだ 他人になんかなりたくないぞ」と苦笑気味に心で呟く。こんなストレートな「好き」という表現は里中に対してもなされていない。試合中、単純かつ唯我独尊の岩鬼の性格を的確に捉えて言葉巧みに操縦しているさまは体よく岩鬼を利用しているようにも見えますが、山田はちゃんと岩鬼の人間性を認めて、彼に好意を抱いていたんだなあと今さらながら何だか嬉しくなりました。

野球に転向して間がないころの岩鬼はど真ん中が打てないのみならず、守備の方も凡フライでさえ取れるかどうか周囲から不安がられる始末でしたが、打撃では「悪球打ち」というスタイルを見出して明訓の貴重な得点源となり、守備でもその瞬発力・怪力・頑丈さを生かしたファインプレイをしばしば見せるようになる。それと平行してトラブルメーカーだった岩鬼はしだいにチーム全体や仲間のことを考えるようになり精神的にも成長を遂げていきます。

その成長の決定的なポイントの一つとなったのが実家の倒産とそれに続く母の危篤でしょう。幼時より乱暴で破天荒だった岩鬼が、立志伝中の人である父親はともかく、いかにも金持ちの奥様然とした母親と優秀な兄たちから疎まれ、深い孤独感を抱えていたのは高二春決勝戦中の回想シーンから明らかです。岩鬼の素直な心根を見抜き、つねに彼の味方だったお手伝いのおつるさんの存在がなかったら、まともな愛情を知らず育った岩鬼はもっとすさんだ性格になっていたかもしれない。ところが父の事業の失敗とそれにおたつく頼りない兄たちの醜態を前に両親、とりわけ母親にとって、甲子園大会で夏春二連覇の偉業を成し遂げた明訓高校の主戦力の一人として、岩鬼はいつしか「自慢の息子」というポジションに繰り上がり、ついに「母さんはあなただけが生きがいですよ」なんてセリフが出てくるまでになる。
さらに会社の再建を助けるためセ・リーグの球団「大阪ガメッツ」のスカウトに応じようとしたり、母が倒れたと聞くや必死で病院に駆けつけ、金がどれだけかかってもかまわない、自分が必ず出世払いするから母を助けてくれと医者に懇願したりという衷心からの親への思いもまた母親の心を大きく動かしたことだろう。兄たちと比べて自分を差別し続けた母親を憎むのでなく、それでもなお尽くそうとする岩鬼の純情。上述のガメッツスカウト事件直後の「お おっかさんがはじめてわいにやさしいことばを」という感慨にも岩鬼がどれだけ母の愛情を求め続けてきたかが現れています。

そして第二のポイントはキャプテンに就任したこと。新任の太平監督は何かにつけて岩鬼を褒め上げ(その褒め方は傍目には過剰なほどだが自画自賛の岩鬼にはそれでちょうどいいくらい)、多くは采配もまかせっきりにする。野球はど素人の監督が無責任に丸投げしたとも取れる状況ですが、その言動を追っていくとどうやら太平は岩鬼を本気で信頼し認めているらしい。山田が「太平さんは岩鬼を信用している・・・土井垣さんにもなかったことだ」といってますが、男気溢れる性格だけに寄せられた信頼には全力で応えようとする岩鬼は意外なほどちゃんとしたキャプテンになっていく。存外まともな作戦を指示し、時には縁の下の力持ち的ポジションを自ら引き受けさえする。
特に『大甲子園』での活躍ぶりは目覚しく、試合以外でもプラカードガールの少女やアイス売りの少年に侠気を見せているし、山田のロッテ逆指名事件に関しては探りを入れにきたスポーツ記者から逆に情報を引き出し、変に騒ぎ立てることなく山田にそっと事情を確認するという大人の対応をしている。山田が岩鬼一人に「おまえには詳しいことを知っておいてもらおう」と事の真相を説明するのも岩鬼がキャプテンだから、すでに事情を半ば以上知っているからというだけでない、岩鬼に対する信頼を感じます。まさにキャプテンという立場が人を作ったというべき成長ぶり。

そんな岩鬼の成長がよくわかるのが里中との関係の変化。ポジションがサードで定着してからも何かにつけ「真のエース」と豪語しマウンドに上がりたがる岩鬼にとって、里中は(虚弱のどチビのくせに)自分からエースの座を奪った男という認識のはず。また口ではとやかく言いつつも心の底ではずっと無二の友人と思ってきたろう山田の親友<|ジションも奪われたようなもんなわけで、二重に里中を目障りに思って当然だろう。そのわりに岩鬼は基本的に何とか言いつつ里中には優しいのだが、これには小さい者弱い者は守ってやらないと、という岩鬼の義侠心が反映していた気がする。それは同時に一人前の男として認めていない、ということを意味する。1年夏の東海戦を前に「あないなかぼそい里中かて生きる権利はあるんや」「発育不良児め栄養失調め」などと言っていたのに顕著です。

しかしチームメイトとして数年ともに戦い、何度も再起不能もののケガから懸命の努力で立ち直ってくる里中を見るうちに次第に認識を改めていったのだろう、無印最終回、病気の母のために学校を中退し野球部を去る里中に、岩鬼は初めて「おんどれはやっぱり小さな巨人やったで」とはっきり言葉に出して告げるのだ。日頃そうそう人を誉めない岩鬼が最後の別れに際してようやく尊敬すべき男として里中を評価する。

以後『大甲子園』ではかつてよく口にしていた「どチビ」「虚弱児」「野球少年」といった仇名?にかわって「サト」という愛称呼びがすっかり定着、りんご園農業戦で里中が予想外のめった打ちにあった時には自身がリリーフするかと思いきや里中を背中に乗せて体をほぐすための体操を始めたり、青田戦では「エースがお疲れや。山田おんぶしてかえったれ」と発言したり、いつしか里中を対等の仲間として明訓不動のエースとして認めるようになっているのがわかります。
前日の疲労が濃い里中に代わり先発した青田との再試合でも、ワンバウンドでピッチャー頭上に大きく上がった球をサード里中とのコンビネーション―互いへの固い信頼がなければ不可能―で見事にさばいている。同試合は5回裏一死満塁で里中の登板となるのですが、1年夏の土佐丸戦で負傷の里中をリリーフするも無死満塁で交代させられそうになった(結局勘違いだったが)時、「自分のためたランナー人にまかせられっかい そんな女みてえなこたァできるかい!!」と叫んだ岩鬼がここでは大人しく降板しているのも、里中にならまかせていい、という思いがあったんじゃないか。この二人の仲良しっぷりは微笑ましくて、私の『大甲子園』好きの理由のいくぶんかはそこにあります。

『プロ野球編』に入ると、キャプテンという立場でなくなったせいか精神的には無印中期くらいまで逆行してる感があります。破天荒で傍迷惑で短慮で面白い男。夏子さんがらみだとえらくいい男なんですけどね。義理堅く家族思いの岩鬼のことだから、プロの契約金+年俸でかつての公約通り岩鬼建設を再興し「なつかしのわが家」を買い戻したに違いないと思うのですが、ぜひそのへんの親子愛のエピソードも描いてほしかったなあ。

 

(2010年3月28日up)

 

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO