悲運のエース・長島

 

『ドカベン』が(珍しくも)キャッチャーを主人公とした野球マンガを目しながら最初柔道マンガとして始まったのは、その頃他誌で、これも野球マンガである『男どアホウ甲子園』を連載中だったのでネタが被るのを避けたためだというのは有名な話らしいです。一方、連載前の打ち合わせの段階で地味すぎる主人公の造作に難色を示した編集者が、ハッパを加えた見るからに特異な岩鬼を主人公の相棒として提示したらすんなり連載の許可を出したというのも同じく有名な話(『大甲子園』チャンピオンコミックス版26巻あとがきなど)。『ドカベン』は連載当初から山田・岩鬼のコンビを主軸とした話が想定されていたわけですね。

野球マンガで主人公がキャッチャーとなれば、当然相方である岩鬼はピッチャーとして山田とバッテリーを組むのが定石でしょう。実際鷹丘中学時代はそうなった。しかし高校編を前に里中が登場し、以後岩鬼はサードにコンバートし、里中が高校時代を通じて(後にスーパースターズ編でも)山田とバッテリーを組むことになります。

これはキャッチャー山田のリードの巧みさを描くには、彼のリードを活かせる球種の豊富さと抜群のコントロールを持ったピッチャーが必要だったゆえだろう(「里中智」の項参照)。ノーコンでストレート一本槍の岩鬼では、キャッチャー山田の役割はもっぱら岩鬼をなだめて(時には怒らせて)何とかストライクを投げさせることに集中してしまう。リードというより操縦術。ピッチャー岩鬼のままでは試合の細やかな駆け引きの妙を描くには不適である、ということで新たに里中登場となったんじゃないでしょうか。

しかし鷹丘中学にも上の条件にあてはまる名ピッチャーがちゃんといたのである。言うまでもなく野球部のエース&キャプテンだった長島です。山田が転校してきた早々から彼の才能を見抜き、熱烈に野球部にスカウトし続けた長島。鷹丘野球部には彼の変化球を取れるキャッチャーがいなかったためストレートの速球だけしか投げられず、それだけに自分の球を受けてくれるキャッチャーとしての山田を熱望していた。
(とはいえ何度も一方的に山田にボールを投げつけておきながら「あ・・・あいつ なぜおれをさける なぜこのおれをもてあそぶんだ」というのは相当無茶な。「どうして長島さんはぼくにボールを投げたがるんですか」の山田の方が正論です)
彼の山田に向ける熱意と優れた変化球を持つゆえの捕手難は後の里中に通じるものがある。なのに山田がやっと野球部入りを決意したとき、長島はすでに右肩の故障のため投手生命を絶たれていた。岩鬼や山田に感化されて再び野球部に復帰はしたものの、彼は投手ではなく三塁手として山田と共に戦うことになります。

山田とバッテリーを組むのは「花のトリオ」の一人・岩鬼と最初から決めていたのなら、長島がピッチャーとして設定された理由は何だったのだろう。単に山田を野球部に勧誘する役割というならキャプテン・強打者設定だけでもよかったのでは?ピッチャーの視点から山田がいかに野球人として捕手として優れた資質を持っているかを語らせ、のちの野球編に向けて山田の才能を印象づけるためだけだったんでしょうか?

結局岩鬼・山田のバッテリーは中学時代の東郷戦一回きりしか描かれなかった(明訓時代にも一年夏の土佐丸戦、三年夏の青田戦再試合など岩鬼が途中からあるいは途中まで投げた試合はありますが)。ろくにストライクが入らず四死球を連発するのだからまともな試合になるはずもなく(土佐丸戦、青田戦のように短いイニングスだけなら逆にそれが興趣になりうるのだけど)、おそらく水島先生も描いててストレスがあったんじゃないでしょうか。長島も試合中に「自分が投げられれば」と悔しく思う局面が何度もあったことだろうと思います。

そこでいよいよ高校野球に舞台を移すにあたって新キャラクター里中の登場となるわけですが、ここで長島が肩を根性で(あるいは小林のようないちかばちかの大手術を経て)完治させて明訓に進み山田とバッテリーを組む展開にも出来たはず。あるいは山田の操縦と夏子との練習の効果あって岩鬼のノーコンが治り、山田とのバッテリーがまともに機能するようになるとか。どちらもすでに読者にも馴染みのキャラクターなわけですし、ぽっと出のキャラが山田とバッテリーを組むより盛り上がる気がするんですが。

(もっとも登場当初の里中は山田のライバルキャラと誤認されるような描き方があえてなされていた。里中が明訓に入ったことを明らかにするまで、読者の大半は高校でも山田と岩鬼がバッテリーを組み、他校に進んだ里中や不知火と戦うものと思っていたのでは。高校入学前に里中を登場させライバルと思わせたまま、雲竜とのケンカやらヤクザとのケンカやらインパクトの強いエピソードを積み重ねてしっかり存在感を示したうえで実はチームメイトになりました、という展開にすることで、後から出てきた里中が準主役の岩鬼から最も花形のポジションであるピッチャーの座を奪い山田の相棒に収まることに対する読者の違和感や反感が薄れるよう狙ったんじゃないでしょうか)

まあもし高校で長島とバッテリーを組んでたとしたら、正直『ドカベン』はここまでの人気を得てなかったと思います。体格に恵まれ速球にも力がある長島は里中に比べて危なげがなさすぎる。名前・風貌からして元巨人選手・監督の長嶋茂雄氏がモデルなのがあからさますぎて、メインキャラとして長く登場させるにはためらわれるものがあるし。
心身とも不安定な(投手としての技量ではなくケガの多さとメンタルにおいて)、そしてその不安定さがかえって魅力となる容姿を備えた美少年・里中を山田が支えるという構図が確実に『ドカベン』人気(特に女性人気)の一角になっていたんでしょうから。

すぐ目の前に山田という名キャッチャーがいながら、誰よりも早く彼の野球人としての才能を見出し彼とのバッテリーを切望しながら、ついに叶わなかった長島。本気の変化球が投げられればライバルを三振にとれる自信を持ちながらも、キャッチャーにその球を受けるだけの才がないために決め球を投げるに投げられなかった。そしてついには意地を通すため試合の最終局面でフォークを投げ、キャッチャーの後逸によって勝負に勝って試合には敗れる・・・。
高二秋の小林にも通じる悲劇ですが、小林の場合徳川監督が負けも覚悟で変化球(ナックル)を投げさせるよう指示を出し、キャッチャーも「死ぬ気で取るぞ」と小林に激を飛ばした。小林は彼のプライドを大切にし、彼の技量を信じてくれる監督と捕手に恵まれていた。ですが長島は監督の敬遠指示に逆らってフォークを投げチームをサヨナラ負けに導いた責任を負って退部するに至るのです・・・。
長島の願いを尻目に山田は柔道部に入ってしまい、監督や捕手も彼が変化球を投げることを回避しようとし――才能・人格に優れながら人に恵まれなかったことがエース長島の不幸だったように思えます。


(2010年7月23日up)

 

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